« 詩集 『ぞうきん』 河野 進 | トップページ | 断・捨・離とデジタル化 »

2013年2月26日 (火)

『丘の上の邂逅』 三浦綾子

0004『丘の上の邂逅』 

三浦綾子 著 

三浦綾子記念文学館 監修

小学館 2012年4月28日 

初版第一刷 発行

 三浦綾子さんは、1999年10月に召されています。77歳でした。

 この本は、主婦の友社に連載された「旭川だより」、朝日新聞や「旭川市民文芸」、「芸術新潮」、「北海タイムス」などに執筆された文章を三浦綾子記念文学館が編集協力・監修して発行されたものです。

本のタイトルとなっている「丘の上の邂逅」 ・・・ 邂逅(かいこう)は、めぐりあいという意味合いのことばでしたね・・・ は、三浦綾子さんが小学校の教師時代の教え子と30年ぶりに、大雪山をバックにした旭川の街を一望できるレストランを会場として会ったときのことが綴られています。

 このレストランのメニューに義経鍋というのがあり、巻末に、このように紹介されています。 義経鍋は義経が大陸に渡ってジンギスカンになったという伝説から、日本の汁鍋とジンギスカン鍋を組み合わせた形の鍋。中央に水炊き用の鍋があり、周囲にひさし状になった焼き肉用鉄板がある。これから発した北海道鍋は北海道の形をしている。 ・・・ 鍋の中央で煮たり、周辺のひさしで焼いたり ・・・三浦綾子さんはその自由さがひどく楽しい、むろん、充分においしい、と書いておられます。 そうそう、食材は、マトン、鮭、貝、鶏肉、えび、しゅん菊、かぼちゃ、もやし、長ねぎなどだそうです。おいしそうですね。

 「旭川とわたし」という文章には、こうあります。

 もしこの旭川が、きびしく長い冬を持たなかったら、それは何とつまらぬところであろう。長い冬の中で、人々は耐えると言うことを学ぶ。自然のきびしさに耐えるということである。それはまた、人生のきびしさに耐えるということでもある。しかも、ただ漠然と耐えているのではない。そこには、春を「待つ」という積極的な姿勢がある。希望がある。待って待って、待ちくたびれるほど待った果てに春が来る。春を迎える喜びは、北国の者でなければわからない。むさぼるように春を楽しむ。道端に咲くタンポポにも、庭にふくらむ木の芽にも、大いなる驚きと喜びとをもって、わたしは体全体に春を感じる。 

 ・・・ この文章の冒頭に「旭川に生まれ、旭川に育って53年になる」とありますから、しっかりと実感のこもった文章なのですね。

 ふるさと旭川に対する心が、たくさんあふれている本です。

 さて、今日も、二月下旬の寒い日かもしれません。けれど、春への希望を強く抱きながら、歩んでまいりましょう。 すてきな日となりますように。  

 

 

|

« 詩集 『ぞうきん』 河野 進 | トップページ | 断・捨・離とデジタル化 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『丘の上の邂逅』 三浦綾子:

« 詩集 『ぞうきん』 河野 進 | トップページ | 断・捨・離とデジタル化 »