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2013年3月19日 (火)

『小さな一歩から』

0001『小さな一歩から』 三浦綾子 著 講談社 1994年11月21日 第一刷 発行

  この本は、三浦綾子さんが方々の日刊紙や月刊誌に随時書かれたエッセイが集められて一冊になったものです。

 三浦綾子さんが出会われた井上靖さん、松本清張さんなども登場していますが、綾子さんの幼なじみだった医学生Mさんから聞いた話を、紹介させていただきます。

  このMさんは、まことに本好きで本屋を三日に一度は見てまわり、本のあり場所を店員より以上に明確に知っていて、本屋の主人にすくなからず敬愛されていたそうです。

 Mから聞いた忘れ得ぬ話  ーわが青春と読書 の章からー

 ある日、Mは一人で本屋まわりをしていた。その本屋にはいつもより客が少なく、幾人かの学生たちが、ひっそりと書棚を見上げたり、平積みの本を手に取ったりしていた。Mは、そんな落ち着いた雰囲気が好きで、微笑しながら店内を見まわしていた。そしてはっとした。どこかの工員らしい少年が、さりげなく自分の持っている雑嚢(ざつのう)に一冊の本をすべらせたのである。見誤りでなければ、文庫本であったという。 

 Mは激しく動悸しながら、店主の顔を見た。店主の顔に、一瞬深いかげりが走った。 

  (見つけられた!) Mは少年に代わって、金を払ってやろうかと思った。盗んででも読みたい本・・・・・・その思いがMにはわかるような気がした。が、次の瞬間、

「あんちゃん」

 出て行こうとする工員を呼びとめる店主の声がした。高くもなく、低くもない店主の声だった。ギョッとしたように振り返った少年に店主は言った。「はい、お釣りだよ」

 Mは驚いて店主の顔を見、少年の顔を見た。少年は「すみません」と雑嚢から本を出し、そそくさと店を出て行った。一瞬のことであった。M以外、どの客も、この店主と少年の動きに気づかないようであった。

 店主はくるりと背を向けて、かすかに肩をふるわせた。店主は泣いていた。Mはたまらなくなって店を出、吐息をつきながら街をさまよった。

 そのことを私に話したMは言った。「どうして店主は泣いたのでしょうね。文庫本も買えない少年工に同情して泣いたんでしょうか。結果的には、あの少年から本を取り上げたことを悔いての涙でしょうか」

 そしてまた言った。「読みたい本を、誰もが自由に読めるような日が来るといいですがねえ」 

  このあとの文を少し略させていただきましたが、心に残る話ですね。泣いた店主の心・・・推し量るにあまりある深いものがあるように思えます。

 今日も、よい日となりますように。

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