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2013年5月 7日 (火)

『The Sense of Wonder センス・オブ・ワンダー』

Photo_2『The Sense of Wonder 

センス・オブ・ワンダー』

 レイチェル・カーソン 著

上遠恵子(かみとお けいこ) 訳  1991年6月30日 第一刷発行

 レイチェル・カーソンは、この本の中でこのように書いています。 

 子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激に満ちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。

 もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。

(中略) 妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。

(中略)わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。 

 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。 

 美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なるものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。 

 消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。 (後略) 

 引用が長くなりました。よく読まれている彼女の著『沈黙の春』に続いて書かれたこの本は、訳者の後書きを含めても63ページという短編です。よろしければ、どうぞ。 

 今日も、美しいこと、不思議なことに目を見はるすてきな日となりますように。

 

 

 

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