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2013年5月17日 (金)

『老いのこころと向き合う音楽療法』 その2

 この本は、本文が164ページですから、それほど分厚くありません。けれど、学問的なこと、実践的なことが凝縮されてたくさん詰まっています。 その中から、高次脳機能障害について取り出して紹介させていただきます。

高次脳機能障害:脳の特定部位が関与する人間に固有の機能が傷害されること。

◇ 失語症 理解できるのに話せないなど、言語機能が侵される

◇ 失行症 服の着方は分かっているのにうまく着られないなど。行為機能が侵される

◇ 失認症 聞こえているのに何の音か分からなかったり、見えているのに何の顔か分か らないなど、物の認知が侵される 

 歌のメロディは分かるのに、歌詞が出てこなかったり、歌詞が分かっているのに歌えなかったりするかた ・・・ そういうかたに疎外感を与えずに、みんなと一緒に歌や音楽を楽しんでいただくには、どうしたらよいのでしょうか。 

 失語症の症状が軽い場合には、歌詞をビー紙などに書いて、読み仮名もつけ、指で示しながら一緒に歌うとか、誰かが歌詞を先読みしてそれをリピートしていただくとか。全員でハミングするとか、♪「夜明けのスキャット」の最初のほうを歌うとか・・・。 工夫しながら、昨日ご紹介したケアの考え方を土台に実践を重ねていくことが大切なのだと思います。 

 高齢者の方で、特に認知症疾患を有する方を作業療法というリハビリの面から対象とする場合、改善という目標を立てたり、達成したりすることは難しい ・・・ その点、音楽療法はそういう方を対象として実践するとき、その時間においても、普段の生活にも充実感をもたらすことができるのではないか・・・ 北本さんは、そういう期待を寄せられて、手探りしながら勉強し、実践する日々を重ねてこられたので、この本は望まれて増補改訂される生活へのことになったのだと感じました。

 老人病院のベッドに横たわっておられる患者さん・・・外界からこのかたに届くものは、一体何なのか、どうしたらよいのかと思案に暮れつつ、かすかな呼吸の動きを目盛りとして呼吸を合わせていくと、ほんの少しそのかたに近づけたような気がしてきたそうです。 

 息を合わせることは、気を合わせること。患者さんの気に調律を合わせた響き合う身体をつくることがセラピーの手始めだったと思います。患者さんの気に合っていてこそ伝わるリズムで動くと、交流の目盛りの幅をより細かくすることができます。その幅で見ていくと、認知症末期の患者さんの閉じた身体の中で何が起こっているのだろうという困惑が、少しずつ氷解していくような素直な気持ちで向き合うことが可能になり、交流の手がかりが見えてきたのです。さらに調律を細かくし、患者さんから発せられている温に触れていくと、「本当にいのちの火は消え失せようとしているのだろうか」とも感じられていきました。 

 尊い、そして示唆に富む実践の綴られている本だと思います。 

 今日も、よい日となりますように。

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