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2013年8月18日 (日)

日本の名随筆 『歌』

0003 作品社という出版社に題名を漢字一文字とする日本の名随筆というシリーズがあって、この『歌』はその50冊目にあたります。編者は、加藤登紀子さんです。1986年12月25日 第一刷発行。

 淡谷のり子さんの「歌のこころ」という文章には、進駐軍のクラブだということでブルースの本場のアメリカ人の前ではブルースを歌うことはしていなかった淡谷さんに、アメリカ人の隊長がこういったと書かれています。

 「あなたは日本人でしょう。日本人なら日本のことばを大事にすべきですね。日本の歌を日本語で歌ってきかせてください。あなたのブルースをぜひナンバーに加えるのですよ」

 淡谷さんはこれに続けてこう書いておられます。

 そこまでいわれては、隊長のことばに従わないわけにはいきません。私はいわれるままに、「雨のブルース」と「別れのブルース」を歌いました。 

 結果は大成功でした。アメリカの兵隊たちは、日本の聴衆と同じように、大変感激してくれました。 

 たとえ、彼らに日本語はわからなくても、歌の心は伝わったのです。歌に托した私の思いが伝わったのです。  

 私は心の底から悟りが開けたように感じ、「これからはぜったいに本物を貫いていかねばならない」と心に誓ったのです。

 文章は、さらに続きます。

 淡谷さんは、戦後36年経った昭和56年にブルガリヤに招かれてコンサートをされました。それは、昭和16年にブルガリヤに赴任した日本の公使が「雨のブルース」のレコードを携えて行き、その歌が日本の小説「不如帰」のヒロインの浪子の名を取って「NAMIKO」という題でブルガリヤで流行したからだそうです。  淡谷さんが歌い終えるとブルガリヤ第一といわれるバレリーナが「あなたの歌の言葉はわからないけれど、歌の心は私の胸を打ちました。私は泣いてしまいました」と握手を求めたそうです。 

 「歌のこころ」は、次のように結ばれています。

 人生のいろいろな機微をたくさん積み、これからも生きる限り、私は人の心にひびく歌を歌いつづけていきたいとあらためて念じたことでした。 

 ブルースの女王と称えられた淡谷のりこさんの歌のこころ ・・・ 胸に響きました。

 今日も、こころを込めて歩むよい日となりますように。

 日曜日、キリスト教会の礼拝に足をお運びくださいますように。

0005

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