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2013年9月30日 (月)

月刊誌『俳句』九月号 角川学芸出版

0002 『俳句』九月号 角川学芸出版 ・・・これも岐阜県図書館から借りてきた本です。『短歌』も『俳句』も最新号は貸し出されませんし、人気があってなかなか直近の号は書架に並んでいないことが多いように思います。

 この九月号の特別企画、「いのちの詩」は、なかなか読み応えがあります。

 テレビ、NHK短歌の第一週を担当しておられる小島ゆかりさんが一人っ子で、現在、ご両親を介護しておられることをこの本を読んで知りました。

 とても明るく気さくなかただとテレビで感じていたので、正直、驚きました。  尊敬の念が強まったと申しあげておきます。 

 同じ「いのちの詩」のなかで、画家・絵本作家のいせひでこさんが、自作の『ルリエールおじさん』について語っておられます。製本職人が子どもの本を直してあげるというご存知のかたも多いと思われる絵本ですが、この絵本は二年がかりのパリ通いの取材をしてできあがったのだそうです。

  圧倒されたのは、ご自分のお父さんが末期ガンで余命3か月と言われた時期に、酸素ボンベで呼吸しながら描かれた絵を「見てくれ」といわれたときのことです。

 お父さんには、もう描き直す時間がないかもしれないと思いながらも、ものすごくうまくまとまってはいるけれど何の感動もない絵だったので正直に「えっ、違うんじゃないの」と言ってしまったこと ・・・ それから四日間、お父さんが徹夜して、その絵をほとんど描き直し、再び「見てくれ」とおっしゃったとのこと。

 見ると、すごくよくなって魂が入っていたので「いいじゃないの」と言ったら安心して「これが俺の絶筆だな」と言われ、2か月後にお亡くなりになったというお話。 

 いせひでこさんは、こんなことも語っておられます。

 白いキャンバスは一つの恐怖です。いつも「お前は今、何を考えているんだ。何を表そうとしているんだ」という問いですから。でも、白いキャンバスがないアトリエは私には考えられない。そんな状況にいます。

 長くなりましたが、この『俳句』九月号には、「4週間でラクラク身につく 文語文法入門」という特集が組まれており、総論では名句を題材にして文語文法を学ぶことができるようになっていますので、私も勉強したいと思います。 

 うーむ、学問の秋もスタート ・・・今日は9月のフィナーレ。よき学びの秋となりますように。  私事ですが、身内の身近な女性の誕生日でもあります。

 よい日となりますように。

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2013年9月29日 (日)

月刊誌『短歌』 添削のこと

0002  岐阜県図書館で、月刊誌『短歌』九月号(角川学芸出版 2013年8月24日発行)を借りました。 

 いつも借りているわけではないのです。なにしろぎっしりと短歌が詰まっていて、ドドドッと押し寄せてくるような気がしてしまいますから。

 さて、この本の「名歌で学ぶ文語文法」橋本喜典という方の連載第18回 形容詞 というところに、橋本さん自身がある短歌の会に入会して二,三年のころの短歌を、師である窪田章一郎先生が添削してくださった例が書かれていました。

 足すりて畳を歩くおこなひもみにくく祖父の老い衰えぬ

 これを師は、次のように添削されたそうです。

足すりて畳を歩くおこなひもはかなく祖父の老い衰えぬ 

 橋本さんは、このような添削を受けて、「なにかほっとした気持になったことを覚えて」おられるそうです。  そして十数年後、「はかない」という言葉の意味の深化を詳しく知って、恩師の添削の深さを再認識されたことを綴っておられます。

 優れた添削は、直された人自身にも、ほっとする思い、さわやかさ、感謝の念を与えるのですね。

 今日も、言葉やおこないをさわやかに研(と)ぐ よい日となりますように。

 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

 

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2013年9月28日 (土)

見事なパプリカたち

0003 いただきもの・・・右側の三つを見たとき、青リンゴかなと思ったほど、大きく実ったパプリカたちです。 

 「たくさん穫れたので、助けてもらえんかな」と持ってきてくださったのです。

 何と、温かいお心遣いに満ちたお言葉と優しさでしょう。

 

 これは、もったいなくてすぐには食べられそうにありません。 ← いえいえ、新鮮な内にきっと素早くいただいてしまうことでしょう。 ありがとうございます。 

 実りの秋のスタート ・・・昨日は芸術の秋のスタートについて書いたような・・・ ほんとうによい季節にさしかかりました。

 今日も、よい日となりますように。 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2013年9月27日 (金)

ピアノ/リサイタル 藤原由紀乃さん

0002 すてきなピアノ演奏会に行くことができました。 

 藤原由紀乃さん ・・・フランスのロン・ティボーピアノコンクールで優勝されたときに二十歳 ・・・ そのあと、世界で活躍する大切な時期に恩師の介護に献身されていたようです。なかなかできることではありませんね。

 アンデルセン童話の「赤い靴」の女の子のように、ピアノに向かったら、誰かが引き離さないといつまでも引き続けているかたなのだとインターネットにありました。 

 シューベルトの「即興曲」、シューマンの「トロイメライ」、ショパンの「幻想即興曲」、ドビュッシーの「月の光」、リストの「ラ・カンパネラ」「愛の夢」、ラヴェルの「水の戯れ」、ベートーヴェンの「月光」 など、よく親しまれている曲で構成されたプログラムを、りきみも気負いもない美しい音色で、何の難しさも感じさせずに心を込めて演奏され、ほんとうに至福のときでありました。 

 ふぁーっ ・・・ 今も、陶然としています。 芸術の秋の幕開け・・・今日もよい日となりますように。

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2013年9月26日 (木)

王様と少年  聖書から

 関根一夫という牧師さんがほぼ毎朝、旧約聖書と新約聖書のことばとご自分のメッセージを届けてくださるメールマガジンがあります。今日は、その中からご紹介させていただきます。

【虚しさのむこうに】 旧約聖書 伝道の書 4章から
4:13 貧しくても利口な少年の方が老いて愚かになり忠告を入れなくなった王
よりも良い。
4:14 捕われの身分に生まれても王となる者があり王家に生まれながら、卑し
くなる者がある。
4:15 太陽の下、命あるもの皆が代わって立ったこの少年に味方するのをわた
しは見た。
4:16 民は限りなく続く。先立つ代にも、また後に来る代にもこの少年につい
て喜び祝う者はない。これまた空しく、風を追うようなことだ。
++++
 本当にひとそれぞれですね。
貧しくて利口な少年のほうが、置いて疎かになり忠告を受け入れなくなった
王よりも良い。
王家に生まれながら卑しい利得を追い求め、民を困窮させる王がいるかと思
えば、貧しい捕囚の身分でありながら、努力して王と認められる者もいる。
では希望はあるのかと思うと、のちのち、それらの不遇から王になった人た
ちへの嫉妬や反感を持つ人達も起きてくるので、どこで転覆させられるかわ
からない。
  この世の中の理不尽さは、今も昔も変わりません。思わず「神などいない、 神の計画などあてにならない」と言いたくなるような出来事は、起こるものなのです。
 それらの人間的な事象だけを見て、あれこれ永遠を考える事自体無理がある ということなのかもしれません。人間的事象だけを見て、これは永遠に続く
神のわざだなどと簡単に言い出すことは危険です。
人間的な不安定な事象は、それ自体で不安と混沌、驚き、理不尽と良い話が
まぜこぜになって満ちていることを教えるために神が存在を許した事柄なの
だとコヘレト(伝道者)は言っているようです。最終的な安心、救いはそこには見つかりません。
 今日も、不安定な社会の中で、変わることのない神を見ていたいですね。
祝福がありますように。
 関根一夫

 特に、「人間的な事象だけを見て、あれこれ永遠を考える事自体無理がある ということなのかもしれません。人間的事象だけを見て、これは永遠に続く神のわざだなどと簡単に言い出すことは危険です。」というところが印象に残りました。

 関根先生の聖書のメールマガジンは、次のURLから申し込むことができます。よろしければ、どうぞ。http://archive.mag2.com/M0037610/index.html

 今日もよい日となりますように。

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2013年9月25日 (水)

四角の平面から目を解放

 以前にも少し触れたような気もいたしますが、おゆるしくださいまし。 

 日常生活に、四角い平面に目が向けられている時間が、多くはないでしょうか。 

 四角の平面 ・・・ 本、テレビ、パソコン、そしてタブレットパソコン、携帯電話 などなど。 

  私にはその傾向が強いので、家庭菜園の主任に任命されたのでした。(我が家のもう一人の住人の優しい配慮によるものです。)← 多分。 

  秋は、いろいろな花々、そして夜空、日中の遠景などなど、すてきな光景が登場する季節ですね。目を四角の平面から転じると、心も遙かなところに向かうように思います。

 今日も、視野を広くし、志を高くしてよき展望が開けるよい日となりますように。

 記事とはあまり関係ないのですが、0004_2

最近、ノートパソコンに外付けのディスプレイをつないで、目に優しい環境を構成しました。見やすい画面で効率を上げて、パソコンに向かう時間が短くなるとよいのですけれど (^0^;) ちなみにUSBでつなぎ、電源もそこからとれるスピーカーをつないで、音楽を聴けるようにもしました。小型のスピーカーですが、なかなかよい音がします。


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2013年9月24日 (火)

世界ロボットコンテスト

  2013年世界ロボットコンテストが8月18日にヴェトナムのダナンで行われ、日本代表の金沢工業大学チームが優勝した・・・との快挙を、22日のNHKテレビの番組で知りました。(日本の代表チームの優勝は8年ぶりとのこと。)

 実際の試合、そして競技場の床素材などの思わぬ状況への対応を限られた時間の中でロボットを制御するプログラムに反映・調整する過程をテレビ映像で見ていましたので、優勝の瞬間の出場者の喜びに共感して、胸が一杯になりました。

 コンテストの課題を達成するために、出場各国の若者たちが、それぞれ独自のアイデア、技術的な工夫をこらして実際にロボットを創り上げる姿、世界の若者がベストを尽くし合ってしのぎを削る大会の在り方にも感激いたしました。 

 ロボットの調子のよいときに強い相手と対戦し、不調の時に、対戦相手のロボットがさらに不調だったので勝ち上がることが出来たという、運も味方してくれた面もありました。 

 試合を前にしたチームに応援の声をかける場面もありました。励ましが励ましにならずにプレッシャーを増幅し、選手を緊張に追い込んでしまうのではないかと思うような応援も、国によってはあったように思います。 

  何にしましても、平和な中での技術力の競い合いということで、敗れた残念さ、悔しさを笑顔に包んで対戦相手を祝福する姿もあり、若者たち、素晴らしいじゃないかという喜びが湧いてきました。

 こうして磨かれた技術が、たとえば、介護ロボットなどの進歩、放射能汚染の除去などにつながっていくと嬉しいですね。 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月23日 (月)

『楽しみは』 ー 橘 曙覧・独楽吟の世界 ー

0001『楽しみは』 ー 橘 曙覧・独楽吟の世界 ー 

新井 満 自由訳・編・著

講談社 2008年11月27日 第1刷発行

 橘 曙覧(たちばなの あけみ)という男性歌人は、江戸時代末期に、現在の福井市に生きたかただそうです。(1812年5月生まれ。1868年8月逝去。)亡くなって十日後に明治元年がはじまったとのこと。 

 このかたは、1200首以上の和歌を詠まれたそうですが、その中に「独楽吟」という連作があり、52首の全部が「たのしみは」で始まり、「・・・する時」で結ばれていることに著者の新井満さんは感じ入り、この本を書かれたとのこと。

 その52首の中の一首が、両陛下が1994年に訪米されたときの歓迎式典で、当時の大統領、クリントン氏のスピーチに登場し、それがきっかけになって2000年に福井市橘曙覧記念文学館」が開館したのそうです。

たのしみは 朝おきいでて 昨日まで 無かりし花の 咲ける見る時 

 1日1日、新たな日とともに日米両国民の間の友好が花開きますように ・・・ 

 そのスピーチを起草したホワイトハウスの職員は、日本文学をドナルド・キーンさんのハーバード大学での 講義で学んだ人だったそうです。 

 この本には、橘 曙覧さんが、本居宣長の高弟である飛騨高山の国学者、田中大秀(おおひで)のもとを訪れて学んだこと、福井藩の藩主が召し抱えようとしても宮仕えを断って清貧の生活を通したことなども紹介されています。

 今日も、「楽しみは ・・・・・・ する時」という歌が生まれるような、よい日となりますように。

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2013年9月22日 (日)

『くらべない生き方』 ー 人生で本当に大切にするべき10のこと ー

0003『くらべない生き方』

ー人生で本当に大切にするべき10のこと ー

鎌田 實・大平光代  著

中央公論社  2010年1月10日 初版発行

  鎌田 實(みのる)さんは、長野県の諏訪中央病院で患者さんの心のケアも含めた地域医療で名高いお医者さん。

  大平光代さんは複雑な生育歴をおもちですが、29歳で司法試験に合格して、少年の更生に尽力する弁護士として活躍。2003年から2005年まで大阪市の助役を務められました。 

 この本は、10話で構成されています。

第一話 くらべない

以下、「ゆるす」、「伝える」、「無理をしない」、「繰り返す」、「つくりあげる」、「泣いてみる」、「さらけだす」、「寄りかかる」、「つないでいく」です。

第2話の「ゆるす」からお二人のことばを紹介させていただきます。どの章も、短い対話の後に次のようにお一人お一人のことばがあります。

 人間なら誰しも、憎しみや怒り、恨みを持つことは往々にしてあるはずです。だけど、そんな気持ちが湧いてきたときに、ちょっと横に置いてみてください。時間が解決してくれるのを待つのです。 鎌田 實

 ゆるすことは、こだわりがなくなること。こだわりから解放されて、初めて、「あなたも自由」「私も自由」という新しい関係をつくることができるのです。 大平光代

 よろしければ、どうぞ。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

 

 

 

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2013年9月21日 (土)

お月見コンサート

0001_2 9月20日の夜は、十六夜(いざよい)の月 ・・・ 地域の幼稚園で、お月見コンサートが開かれました。 

 幸いに晴れて、園庭での野外コンサートとなりました。 

 何回か、聴かせていただいたコンサートですが、園児の減少により、今年がラストコンサートとのこと。次男がこの幼稚園の初代卒園生ですので、感無量です。

 岐阜県交響楽団のバイオリンとクラリネット奏者、そしてピアニストの3名によるすてきな演奏でした。0003_2

  プログラムはドレミの歌、荒城の月、赤とんぼ、ハンガリー舞曲の5番・6番、デイズニーからミッキーマウス・マーチ、星に願いを、小さな世界などなど。 

 ちょうどコンサートが始まるころに姿を現した月が聞き惚れるように、見守るように空にありました。 

 園児とその家族、卒園生、地域の方々、近くのグループホームの方たちが集い、すてきなコンサートとなりました。 芸術の秋の到来ですね。 

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝におでかけください。

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2013年9月20日 (金)

きれいな月

すてきな名月でしたね。

月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月

空のmoonと何月のmonthとが組み合わされている言葉遊びの歌ですね。

どうもパソコンが不調ですので、回復まで休息をいただきます。

よい日が続きますように。

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2013年9月19日 (木)

「窓の月」

0002 名月のころ・・・ このお菓子の名は「窓の月」だそうです。 

 材料は、抹茶と粉寒天、そしてバナナ・・・涼しげですね。 

 岐阜市では日中は気温が上がりますが、朝夕はちょっと同じ日とは思えないほどです。 

 どうぞ、お健やかでお歩みくださいませ。

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月18日 (水)

クラフト

0007  松ぼっくりなどを生かしたクラフト・・・小学2年生の女の子の作品です。センスが光りますね。

  写真をクリックしていただくと、もう少し大きい画像を見ていただけると思います。

 私は、作品作りが苦手で、あるかたはこんなふうに言ってくださいました。

 「鶴も折れない、心も折れないムーミンパパ」 ・・・ このフレーズ、気に入っています。 笑点の春風亭昇太さんだと「それじゃ駄目じゃん」といいそうですけれど、いえ、駄目ではないのです。人には、それぞれ何かに向き、不向きということがあると思いますから。

0007_2  さて、こちらはある中学校で見かけた掲示作品です。木の枝や葉っぱなどを生かしていて味わいがありますね。

 まだまだ、気温の高くなる日はあるでしょうけれど、秋はいろいろな形で既に来ているように思われます。 

  今日も、よい日となりますように。


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2013年9月17日 (火)

すてきな貝がらショップ

0003 私がかよっているキリスト教会の小学生の女の子が「貝がらショップ」を開きました。 

 ショップといっても、ごらんのように「あげます」と書いてあります。何と心が広いのでしょう。 

 聖書にある「受けるよりも与えるほうが幸せです」という言葉を実践している印象を受けました。

 もう一つのコーナーがありました。

0004 こちらは、「あげません 音を楽しむ」と書いてありました。 

 実際に貝同士を打ち合わせて聴かせてくれました。きれいな澄んだ音がしました。 

 目、そして耳、さらに心も楽しませてもらえたすてきな「貝がらショップ」でしたよ。 ありがとうございました。 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月16日 (月)

枝に付いたまま口を開く栗

Kuri わあ、驚きました。大きな実がたくさんなっている栗の木を見かけたのでそばへ寄ってみましたら、枝に付いたまま口を開いていたのです。 

 なぜ驚いたかと申しますと、少年時代、栗の木の下に落ちている毬(いが)を靴で押さえながら木の棒などで口を開いて実を取り出す体験をしたので、栗の実の収穫とはそういうものだと思い込んでいたからです。

 人力で口を開く場合もあるのでしょうし、この写真のように枝に付いたまま熟す場合もあるという理解でよいのでしょうね。 

 思い込んでいないで、よく見ることを大事にしたいと思いました。 

 今日もよい日となりますように。

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2013年9月15日 (日)

バジルソース

Bajirusosu いただいたバジルで家内がバジルソースを作りました。

 たねを蒔くことから始めて収穫されたのだそうです。 ありがとうございます。

 パスタのソースにする予定とのこと。

 たくさんの時間と労力、そして心がこもって出来上がるメニュー ・・・ ゆっくりと感謝しつつ味わいたいと思います。

 ある本には、一口につき、年齢の数だけ噛むとよいとありましたが、それはなかなかに難しいことに思えます。なんでも、卑弥呼の時代にはそれくらいの回数を噛んでいたという話を聞いたような気もいたします。

  胃腸のためにも、そして脳のためにも、よく噛むことはよいのだそうですね。 学校の給食に炒り豆やスルメが登場するのは噛むことを奨励する意味があるとのこと。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2013年9月14日 (土)

洗礼を受けるということ

 明日は日曜日 ・・・今日は洗礼ということについて書かせていただきます。

 洗礼とは、神様を信じ、聖書の教えに従って歩んでいきます、という決心を神様と人々の前に明らかにすること。イエス・キリストを救い主として自分の魂に受け入れたことの宣言でもあります。 

 「もう少し、清らかな生活が出来る自分になったら洗礼を受けてクリスチャンになる決心がつくかもしれません。ですからもうしばらく待ってください」 ・・・こんなふうにお考えになる方がおありかもしれません。 私もそうでした。

  それで、清らかになるまで待たなくていいのですよ、ということをどのようにお話ししたらよいかと考えていて、最近、こんなお話はどうだろうと思うようになりました。 

 もし、あなたが真剣にダイエットしたいと考えて、ダイエットスクールに入校を申し込みに行ったとします。そのとき、ダイエットスクールの校長なり、受付の人がこう言ったとしたら、あなたはどう思いますか。

 「入校したいのですか、そうですか うーん、では、こういたしましょう。あなたが体重を○○キロ減量することに成功したら、このダイエットスクールに入校を許可します。それまでは、どうか、自力でダイエットに挑戦してください。なにしろ、今のあなたはあまりにも太りすぎていますから」 

 太っているからこそ、そして自力では痩せられそうにないからこそ、入校を希望し、申し込みにきているのですよね。 

 このことと、「もう少し、清い生活が出来るようになったら洗礼を受けてクリスチャンになる決心が出来るかもしれません」という構えとを比べ合わせてみてください。  ちょっとうややこしくなってしまいましたか ・・・ (岐阜では、「ややこしい」を「ややこやしい」と言って、さらにややこしくしている表現があります。) 

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2013年9月13日 (金)

『星の旅人』 スペイン「奥の細道」

Photo『星の旅人』スペイン「奥の細道」

黛(まゆずみ)まどか 著

角川文庫 

平成21年9月25日 初版発行 

 スペインにサンチャゴ巡礼道という8百数十キロの道があるそうです。12世紀から14世紀が巡礼運動の最盛期で、壮大なロマネスク様式の教会や修道院、そして巡礼者のための救護院や宿舎が建てられました。

 パウロ・コリーニョという人が『星の巡礼』という小説を書いたことからたくさんの人が、現在この道を旅するようになったそうです。 

 サンチャゴというのは、ヤコブにあたるスペイン語とのこと。 

 この道を、俳人、黛まどかさんは48日間、ひたすら歩き続け、俳句を詠み紀行文を書きました。 

 午前中は自分の影を見ながら歩けば、道から外れることはないよ・・・ある朝、その日の行程について黛さんが受けたそんなアドバイスを思わせる表紙の写真です。

 カウベルを鳴らして風の薫りけり

 杖の音のすみれの花に来て止まる

 こうした俳句が、一話がほぼ見開き2ページの文頭に記されて五十一話・・・関心のあるかたには読みやすいと思います。 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月12日 (木)

輝く床

0002  岐阜大学の教育学部 ・・・ 学生さんたちの教育実習先の小学校を訪問に出かけようとすると ・・・ 一階のフロアーがごらんのとおり光り輝いていました。 

 清掃してくださるかたたちのお心も一緒に輝いているようで、私などがこのフロアーを歩いてよいものか ・・・うーん、翼がほしいと思いました。  

 脳の本に、美しい環境におかれると脳は鋭敏にそれを感じ取って冴えた働きをすると書かれていました。岐阜大学教育学部の学生、卒業生、教官が教育界、いろいろな社会で活躍しているのは、このように心を込めて清掃し、花を育て随所に飾るなど、環境を整え、彩ってくださるかたたちのお働きが大きいと改めて感じた次第です。 

 そう思うなら、ムーミンパパよ、おまえも励め、という声が聞こえてきます。はい、頑張りますね。 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月11日 (水)

ぶどうの実

Photo 実りの秋の先駆けのよう ・・・ 見事なぶどうが店先にありました。

  ここまでくるには、それぞれの季節にその時々の手入れがどれほど積み重ねられていることでしょう。 

 八木重吉の詩を思い浮かべました。

果物(くだもの)

秋になると

果物はなにもかもわすれて

うっとりと実(の)ってゆくらしい

 あなたの日々の働きが、その成果を実らせる日がきますように。

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月10日 (火)

巻雲

0002 巻雲(けんうん) ・・・ 以前は、絹雲とも表記されたそうです。

 高さ五〇〇〇~一万三〇〇〇メートルに生じる細かい羽毛状の白雲。すじぐも。まきぐも。 明鏡国語辞典 第二版 (C) Taishukan, 2011 より

「天高く・・・」の季節がきているのですね。 

 これだけ上空ですと、水滴というより氷の粒の集まりだそうです。

  ちなみに、この写真は重陽の節句・・・9月9日の朝、岐阜市の金華山の上にきれいに雲が見えたので撮ったものです。

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月 9日 (月)

栗の実

Photo  図書館の駐車場近くの栗・・・しばらく前に見たときから格段に大きくなっていて、季節の進行を目の当たりにした思いがいたします。 

 小学校、中学校では運動会、体育大会の練習をしているところが多いようです。 

 栗きんとんなどが美味しい季節がやってきているのですね。

 さて、今日は角川の歳時記から栗の句を・・・。 

栗(くり)  【季語の分類一覧】
山栗(やまぐり) 柴栗(しばぐり) 丹波栗(たんばぐり) 毬栗(いがぐり) 笑栗(えみぐり《ゑみぐり》) 落栗(おちぐり) 虚栗(みなしぐり) 焼栗(やきぐり) ゆで栗(ゆでぐり) 栗山(くりやま) 栗拾(くりひろい《くりひろひ》)

「秋-植物」の季語
ほぼ全国の山地に自生するブナ科の落葉高木の実。外側に刺(とげ)が密生する毬(いが)の中で育ち、成熟すると毬の裂け目からこぼれる。栽培もされ、焼いたり茹でたりして中の胚乳を食べる。硬く光沢のある外皮や渋皮を剝(む)き、栗飯などの料理に使うほか、菓子の原料にもする。丹波栗など大粒種もある。

行く秋や手をひろげたる栗のいが    芭蕉
栗備ふ恵心の作の弥陀仏        蕪村
栗焼く香ただよへば船灯し合ふ     友岡子郷
三つほどの栗の重さを袂にす      篠田悌二郎
死の見ゆる日や山中に栗おとす    秋元不死男
栗の毬割れて青空定まれり       福田甲子雄
山行の栗の毬より雨あがる       石橋秀野
一粒の大粒の艶丹波栗         中山純子
間道はいづれも京へ丹波栗       渕上千津
抛(はふ)られて音もたてずに虚栗   松田美子
灯の暗き丹波の郷や虚栗        赤尾恵以
栗山に在れば落日慌し         高浜虚子
栗山の空谷ふかきところかな      芝不器男
昼飯に少し間のあり栗拾ふ       赤星水竹居
下野や風雨いよいよ栗林        鈴木真砂女
栗売の声が夜となる飛騨盆地     成瀬櫻桃子

 引用  「合本 俳句歳時記 第四版  (C) 株式会社角川学芸出版 2008」より 

 飛騨高山をふるさととする私にとっては、飛騨盆地のことばが出てくる句があるのが嬉しいです。 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月 8日 (日)

露草の歌 二首

Photo 岐阜市では、虫の音が聞こえるようになり、秋の草花がそこ、ここに見られるようになりました。 

 露草もその一つです。 その露草の詠まれている短歌が家内を憩わせてくれました。二首、紹介させていただきます。

 あるこおるらんぷのようなさびしさを点して咲けり露草の花

                               景山一男

つゆくさのつゆけきあした薬壜の置かれしところ浄まりゆけり

                              雨宮雅子

 つゆくさが歌を呼ぶのか、歌心がつゆくさに目をとまらせるのか、あるいはその両方なのでしょうか。すてきな歌ですね。

 今日も、よい日となりますように。 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2013年9月 7日 (土)

健康寿命  体によいことを

 10月4日 ・・・ この日が誕生日の日野原重明医師は、10月4日を10を英語のtenと読み、「てんしの日」と称しておられます。朝日新聞に「101歳・私の証 あるがまま行く」という記事を週一回書いておられます。

 その記事の一つに「健康寿命」という言葉がありました。自立して生活できる期間の年齢を平均したもので、日本の場合、70.42歳、女性73.62歳だそうです。  

 うーん、平均寿命よりだいぶん短いのですね。平均はあくまでも平均ですし、日野原先生が設立・運営に携わっておられる「新老人の会」は75歳以上の人が正会員だそうですから、健康寿命が平均よりも長いかたはきっとたくさん、たくさんおられるので安心しています。けれど、努力して健康を意地、いえ、維持し高めていくことは大切ですよね。 

 体によいことしてますか というキャッチフレーズが以前にありました。

 心の面では、作家の曾野綾子さんが、ある時期に色紙に好んで書いたことば「あとは野となれ 山となれ」が精神衛生上、よいように思います。 無責任というのでなく、「人事を尽くして天命を待つ」というところでしょうか。 

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

聖書  悲しんでいる人は幸いです。その人は慰められるからです。

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2013年9月 6日 (金)

『こんな美しい夜明け』

Photo_2『こんな美しい夜明け』 

加藤 剛  著  

岩波書店2001年8月2日 第1刷発行

 加藤 剛さんは、1938年生まれ・・・今年75歳。テレビ版の「人間の條件」の主人公、梶の役で登場。(映画版では仲代達矢さんですね。)  

 この本には、ご家族がよく登場します。お正月の長時間ドラマ『関ヶ原』が終わったとき、大阪方の将として死んだ役を演じた剛さんに郷里のお母さんから入った電話のこと。

「私は辛いよ、切なくて口惜しいよ。あんなタタミ一畳の上で、あんな白い罪人の衣着て。あんな所でサラシ者にするために私は子を産んだでないに。かわいそうで涙がとまらんけよ。はあ、もう一度、ほんとに生きてるお前の声を聴かんにゃ眠られんで」

 「どうみてもお前のほうに理があったに。分(ぶ)もあったに。汚い戦(いくさ)をするものに計られて」 くやし泣き。

 「関ヶ原は石田三成の負けと、380年前にわかってるでしかたない」と言っている元校長のお父さんまでお母さんには憎たらしく思えたようです。

 「役者などになってくれたで・・・・・・」 ・・・加藤 剛さんが親不孝を心から詫びたい気分になったところで、「お休み」と受話器がおかれたそうです。 

 うーむ、本当に親とは有り難いものです。 

 さて、「涙の渡り鳥」と題するこの文は次のように結ばれています。 

 おっ母ちゃ。頼まれれば義によって、この五体をも貸すのがわが生業の心意気なのだ。だから親不孝は大目に見て欲しい。この先もきっといろいろな男の人生を渡り鳥のようにかりそめにさすらい、老いた母を熱くせつなく、私は泣かせるのである。 

 きっと、テレビの「大岡越前」ではお母さんはさっそうとした剛さんの姿を繰り返し眺めて喜ばれたことでしょう。 

 剛さんの息子さん・・・生まれたその日にも舞台で剛さんが演じていた「剣客商売」の秋山大治郎・・・そのまま、長男の名前となったのだそうです。その弟の小次郎さんの書いた文章、もところどころで紹介されていますが、すてきな文章です。 

 『銀の匙』の朗読をしたときの文章にこんな一節があります。

 私は劇場空間が人の身や心に秘湯の効用を持つ、と信じて「世間におすすめしている関係上、少々騒々しかろうと、想像力はつねに創造的なものである、と信じる立場の男です。 

 図書館でたまたま出会った一冊の本を通して、スクリーンやテレビでしか知らなかった加藤 剛さんその人についての目が開かれた思いがし、皆様と分かち合いたく思いました。 

 今日も、よい日となりますように。


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2013年9月 5日 (木)

新しい歌を覚えて歌うと ・・・

Photo_2 NHKテレビ「きょうの健康」という番組のテキスト(2012年8月号)に「新しい歌を覚えて歌う」と脳が活性化するという記事があります。 (クリックしていただくと少し読みやすくなります。) 

 歌うこと自体、大きく呼吸して新鮮な酸素を採り入れることになりますから、いいことづくめですね。 

 味噌だったか糠味噌だったかが腐るというのは科学的には根拠のないことらしいですよ。

 今まで歌ってこられた歌も、もちろんよいのです。でも、新しい歌を覚えるとなると脳も総動員されて、「もう分かっていることだからよきにはからえ」という部分がなくなるのがよいらしいです。

 一人カラオケという世界もあるらしいですが、できたら気の合う仲間と、歌い手と聞き手を交代しながら新しい歌に挑戦し合えると、さらにいろいろな効用があるのでは、と思います。

 なにか、覚えたい新しい歌は、ございませんか。

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月 4日 (水)

長良川 薪能(たきぎのう)

Photo  岐阜市を流れる長良川は古来から鵜飼が行われていることで有名です。

  その長良川と山頂に岐阜城のある金華山との組み合わせの景観を背景に「長良川 薪能」が夏の終わりに行われるようになって、今年は27年目になります。本格的な能と狂言が素晴らしい舞台で鑑賞できるのは大きな恵みです。  (しかも、無料なのです)

今年は公募に応じた子どもたちの狂言舞も披露され、大きな拍手を呼んでいました。 

 能は金剛流の宗家、金剛永謹(こんごう ひさのり)さんがシテを演じた「黒塚」という演目、写真は岐阜新聞8月31日朝刊から引用させていただきました。大鼓(おおかわ)、小鼓、笛、太鼓、地謡との緊迫した一体感がみなぎる素晴らしい舞台でした。 

 能の前に演じられた狂言「昆布売」(こぶうり)も、本当に楽しく、すばらしい時間をすごさせていただきました。 

 長良河畔で上演されるときは、鵜舟の篝火から種火をとって薪に火が入るのですが、この日は雨が心配されて、近くの長良川国際会議場で実施されました。 

 伝統芸能を味わうことのできるこうした機会を心から感謝し、喜んでおります。ありがとうございました。 協力して鼓を打った方々の中に知人もおられたことを後になって知りました。すばらしいことですね。

 

 今日も、よい日となりますように。

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2013年9月 3日 (火)

『コメント力』 齋藤 孝

Photo『コメント力』  齋藤 孝 著 

筑摩書房 2004年10月10日 第一刷 発行

 著者の齋藤 孝さんは、NHK教育テレビの「にほんごであそぼ」の企画・監修や、『声に出して読みたい日本語』シリーズなど、皆様も、いろいろなところでそのお名前を目にしておられる方です。 

 とっさにコメントを求められてその場に応じた一言を語る・・・ そういう場面に遭遇することは人生にそんなに多くないかも知れません。

 特に、従来、奥ゆかしく生活してきた日本人はそういうときにどうも「よかったです」というような言葉で終わってしまってかなり損をしているのではないかというのが著者の意見です。   この本には印象的な例が書かれていますので、そのいくつかを引用させていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

① 映画「男はつらいよ」(第34作)で 「奥さんによろしく」と言われた時の寅さんの返事

「そういう(       )は持ち合わせていません」  以下、(   )内は、「続きを読む」をクリックしてごらんください。

② 長寿世界一となってインタビューされた泉重千代さんが「好みの女性は?」と尋ねられて 「 (    )の女」 と答えた。

③ 映画カサブランカでハンフリー・ボガートが女性に話しかけられたときのせりふ

 「ゆうべ どこにいたの?」 「そんなに(     )は覚えてないね」

 「今夜 会ってくれる?」  「そんなに(      )はわからない」  

④ 「おすもうさんは、なぜ頭に髷(まげ)をのせているんですか?」と聞かれた

元関脇の蔵間の答え

 「さあ、髷がないと(      )からじゃないですか」

 

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2013年9月 2日 (月)

『日本人が必ず間違う日本語1000』

Photo『日本人が必ず間違う日本語1000』

 関根健一 著 宝島社 

 2012年10月29日 第一刷 発行

 「必ず」間違う、とあると恐れをなしてしまいますが、いえいえ、もともと人間はすべてにおいて満点という完全な存在ではありませぬ。 特に私などは、完全でないことを自分で保証できるほど、不完全であることに自信を持っております。 

 名前は挙げませんが、もと総理大臣は、次のような読み間違いを堂々となさっていました。

未曾有(みぞう) を みぞうゆう

踏襲(とうしゅう) を ふしゅう

頻繁(ひんぱん) を はんざつ

  人間は誰でも完全ではないのですから、読み間違いしたことを責めるつもりはありません。 自分に自信を持ちすぎないで、事前に辞書で確かめる、周囲の人にチェックしてもらって確かめる というようなことが誰においても大切だと思うのです。

 黒柳徹子さんも、自分で書いておられるのですが、わんこそばというのは、食べる人が座っている部屋の戸を細く開けておいて、部屋の外からお椀のなかへ見事におそばを投げ入れるのだと思い込んでいたそうですし、結婚式の祝辞で、ちょっとここには書けないような用語を別の意味に勘違いして口にされたことがあります。

 えっ、どんな勘違いかって ?  いえ、だから、ここではちょっと書けないような言葉なのでーす。 「私と新郎とは ○○した仲でーす」というふうに ・・・まあ、ご愛敬で済んだようですけれど。 これ以上は書きません。書きませんとも。 

まあ、誰にも勘違い、間違いはあるものですから、「過ちは改むるにはばかることなかれ」という構えでまいりましょう。

 この本の表紙には、間違いやすい例が七つ掲載されています。反対側にも六つ載っていますので、お時間のある方は「続きを読む」をクリックしてください。 

 今日もよい日となりますように。

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2013年9月 1日 (日)

七十二候 秋の暦

2013728_272_272_2 一年を24等分した二十四節気、そして節気をさらに3等分して各節気を初候、中候、末候に分けた七十二候というのが旧暦の伝統的な姿だそうです。

 一年に四つの季節が訪れる日本・・・3か月ごとに衣服なども変わるので「90日の民」と

いう表現もあります。なんだか、素敵ですね。

 クリックしていただくと表が少し大きくなって見やすくなると思います。まもなく「白露」ですね。 

 夏も、まだまだ意地を見せるでしょうが、詩人、八木重吉さんが「うっとりと実っていくらしい」と表現した季節が近づいてきました。

 日曜日。どうぞ、キリスト教会の礼拝にお出かけください。 

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

 

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