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2013年9月26日 (木)

王様と少年  聖書から

 関根一夫という牧師さんがほぼ毎朝、旧約聖書と新約聖書のことばとご自分のメッセージを届けてくださるメールマガジンがあります。今日は、その中からご紹介させていただきます。

【虚しさのむこうに】 旧約聖書 伝道の書 4章から
4:13 貧しくても利口な少年の方が老いて愚かになり忠告を入れなくなった王
よりも良い。
4:14 捕われの身分に生まれても王となる者があり王家に生まれながら、卑し
くなる者がある。
4:15 太陽の下、命あるもの皆が代わって立ったこの少年に味方するのをわた
しは見た。
4:16 民は限りなく続く。先立つ代にも、また後に来る代にもこの少年につい
て喜び祝う者はない。これまた空しく、風を追うようなことだ。
++++
 本当にひとそれぞれですね。
貧しくて利口な少年のほうが、置いて疎かになり忠告を受け入れなくなった
王よりも良い。
王家に生まれながら卑しい利得を追い求め、民を困窮させる王がいるかと思
えば、貧しい捕囚の身分でありながら、努力して王と認められる者もいる。
では希望はあるのかと思うと、のちのち、それらの不遇から王になった人た
ちへの嫉妬や反感を持つ人達も起きてくるので、どこで転覆させられるかわ
からない。
  この世の中の理不尽さは、今も昔も変わりません。思わず「神などいない、 神の計画などあてにならない」と言いたくなるような出来事は、起こるものなのです。
 それらの人間的な事象だけを見て、あれこれ永遠を考える事自体無理がある ということなのかもしれません。人間的事象だけを見て、これは永遠に続く
神のわざだなどと簡単に言い出すことは危険です。
人間的な不安定な事象は、それ自体で不安と混沌、驚き、理不尽と良い話が
まぜこぜになって満ちていることを教えるために神が存在を許した事柄なの
だとコヘレト(伝道者)は言っているようです。最終的な安心、救いはそこには見つかりません。
 今日も、不安定な社会の中で、変わることのない神を見ていたいですね。
祝福がありますように。
 関根一夫

 特に、「人間的な事象だけを見て、あれこれ永遠を考える事自体無理がある ということなのかもしれません。人間的事象だけを見て、これは永遠に続く神のわざだなどと簡単に言い出すことは危険です。」というところが印象に残りました。

 関根先生の聖書のメールマガジンは、次のURLから申し込むことができます。よろしければ、どうぞ。http://archive.mag2.com/M0037610/index.html

 今日もよい日となりますように。

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