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2014年3月17日 (月)

忘れ貝

 しばらく前に、俳人、黛まどかさんのメールマガジン「愛の歳時記」のことをご紹介しました。申し込むと日曜ごとに黛さんの目にとまった俳句の中から二句をコメント付きで送信してくださるのです

 3月16日の二句の中から一句とコメントを紹介させていただきます。

うつむくは貝ひろふため春の浜  岡田史乃

<季語/春の浜・季節/春>

  ふいにうつむいたのは、美しい貝がらを拾おうとしたから。決して寂しさや涙を覚られまいとしたのではありません。昔の人は二枚貝の片方の貝がらを「忘れ貝」と呼び、苦しい恋を忘れるために片割れの貝がらを拾いました。渚には様々な片思いの残り香があります。   (『愛の歳時記』より) 

 うーむ、すてきな句とコメントですね。「忘れ貝」ということばを初めて知り、新鮮な思いがいたしました。

 今日もよい日となりますように。

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