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2015年3月10日 (火)

詩 「もし私が 知っていたなら」

 明日、3月11日は東北大震災が起きた日です。

 今も、大切な方を災害で失って、孤独の寂しさに耐えつつ、一日一日を歩んでおられる方がたくさんおいでになることを覚えて、お祈りいたします。
 「続きを読む」をクリックしていただくと、9月11日のアメリカでの同時多発テロの翌日、インターネット上に英語で掲示された「もし 私が 知っていたなら」という詩を、関根一夫という牧師さんが翻訳された詩を読んでいただくことが出来ます。
 悲しみが癒えることは難しいですけれど、お亡くなりになった方々との日々の思い出を力として、新しい日を歩むことが出来ますように。
「もし私が知っていたなら」
 もしも、ぐっすり眠っているあなたを見るのが これで最後だと知っていたら、私はあなたをもっとしっかり、毛布に包み、神様の祝福を祈っただろう
 もし、外出するあなたを見るのがこれで最後だと知っていたら、私は、
あなたをしっかり抱きしめ、キスをし、出かけるあなたをもう一度、呼び止め、もう一度しっかり抱きしめたことだろう
 もし、あなたの心からの、ほめ言葉を聴けるのがこれで最後だと知ってさえいたら、私は、それを毎日繰り返して見ることが出来るように、あなたの言葉とその態度のすべてをビデオに撮影したことだろう。
 私達は、将来の道を考えるための明日はきっとある、きっと来ると考えている。すべてをやり直すための明日はきっとくるはずだと、私たちは考えている
 「愛しているよ」といえる別の日がいつか必ずあるのだろう。「何か手伝いましょうか」と言える機会が、また明日もきっとあるのだと思う。
 しかし、もし、それが間違いだったら、あなたがどれほど愛しているのかを伝えられるのは、今日しかないのだ。そのことを決して忘れないようにしたい。
 若者にも、そうでない者にも、明日という日は約束されているわけではない。
 だから、今日が、あなたが愛する人をしっかり抱きしめることができる最後の機会かもしれないのだ。
 もし、あなたがなすべき明日が待っていると思うのなら、今日のうちに実行してみたらどうだろう。
 もしかしたら、明日は来ないかもしれないし、そうなったら、きっとその日、あなたは後悔することになるだろうから。
 笑顔を見せること、抱きしめたり、キスしたりするためのほんのわずかな時間
 相手があなたに求めている、唯一の、最後の願いだったかもしれないそれらのことを、忙しさを理由に拒否してしまったら、きっと後悔することになるだろう。
 だから、今日、愛する人をしっかり抱きしめよう。そして耳元でささやこう。愛していることを、いつも大切な人だということを。「ごめんなさい」「ありがとう」と時間をとって伝えよう。そうすれば、もし明日が来ないとしても、その時、後悔することはないだろうから。
                 (作者不詳 : 関根一夫牧師 訳)
 9月11日のアメリカでの同時多発テロの直後にネットで見つけた詩を訳されたものだそうです。

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