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2015年4月30日 (木)

黒百合

 四月も、フィナーレ ・・・ 気温が上がって、夏日と呼ばれる日も出てきました。我が家の庭も花盛りです。花の名前は、覚えた回数だけわすれてしまう傾向が、これは、年齢にあまり関係のない若い頃からムーミン・パパにはありました。

0006  でも、「黒百合」は分かります。
 ↑(ムーミン・ママが「黒百合が咲いたよ」と言ってくれてから庭に出たおかげかもしれません。)
 この季節、たくさんのマーガレットも咲いてくれます。
 明日から五月スタート。
 よい日々となりますように。
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2015年4月29日 (水)

『ほんわか介護』 城戸真亜子

0004 『ほんわか介護』 私から母へ ありがとう絵日記

城戸真亜子 著
2009年 10月31日 第1刷 発行
 城戸真亜子さんは、NHKの絵画教室でしたでしょうか、講師を務めて、初心者の光るところを認めて、素敵な作品へと導いて行かれました。
  専門的な力量を優しく相手のために生かすことのできる人柄で、人気のあるかただと思います。
 介護というのは、なかなか、ほんわかとできるものではないと思うのですが、読んでいて、認知症の進んでいくお母さん(ご主人のお母さん)のいろいろな行動を相手の身になって、温かく寄り添い、工夫しながらともに歩んでおられることが伝わって来ました。
  お母さんが戸惑わないように、イラスト入りの短冊を準備して家中に貼る心遣いなど、専門性をこういうふうに生かすセンスが素敵だと感じます。
Photo
  介護は大変に違いないのですが、心が通い合っている歩みは、あたたかです。
 アクセサリー類を長時間、手にとってためつすがめつしているお母さんを、つきあいきれなくなって一人にしておいたら、「お世話をおかけしているから」とお母さんにとって大切な思い出のこもっている指輪を差し出されて、ああ、自分に贈るためにいろいろ考えながら選んでいてくれたのかと胸打たれ、ご自分を省みたことなど、飾らずに綴られています。
  聖書に「もしあなたが苦難の日に気落ちしたら、あなたの力は弱い。」(箴言24章10節)とありますが、城戸真亜子さんは、気落ちしない方、気落ちしてもそのまま、へたり込んだりはしない方だと思い、教えられました。  根元が前向きで明るいのです。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月28日 (火)

雪解け

0003  ふるさと飛騨高山は、さくらを初め、いろいろな花の花盛りですが、今年の冬の雪の多さを物語るように、郡上と高山を結ぶせせらぎ街道では、道の両脇にかなりの雪が残っていました。この写真は、4月23日に撮影したものです。

 けれど、この写真の中央は、まさに雪解け水・・・ 春は着実に訪れているのです。
 私は願います。武力の強さを誇示して、他を威圧し、大国が自分の利益を拡大しようとする動物的な傾向が、溶けて、この雪解け水のようになることを。
 人間にしかない叡智を、今、発揮しないで、いつ発揮するというのでしょう。
  ツバメやスズメだって、安心して子育てできると見極めたところに巣を作ります。少子化が進む原因は複合的な要因があるでしょうけれど、生まれてくる子どもが戦場に向かう兵士となる恐れが立ちこめてくるとき、不安を感じずに明るい未来を夢見て、出産・育児ができるでしょうか。
  飢えに苦しんでいる人がいます。マザー・テレサは語りました。
  地球には、もっと多くの人を養う食料があります。たいせつなのは、足りないところに分かち合う力、愛ですと。
 「起きて半畳、寝て一畳」 ・・・ トルストイの「人にはどれだけの土地が必要か」の物語を引用するまでもなく、領土拡大争いは、人知によって、止めなければいけません。
 平和をつくる者は、幸いです。その人たちは神の子と呼ばれるから。聖書 山上の垂訓から。
 世界の争いごとの雪解けを、と心から願います。
 今日も、よい日となりますように
 
 

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2015年4月27日 (月)

教会の庭掃除

  私の通う教会は、建物も素敵ですが、庭もすてきです。たくさんの人がバーベキューをして楽しむこともあります。 4月26日、日曜日の礼拝後、力を合わせて庭掃除をしました。

 生け垣の剪定、草引き などなど  快晴で夏のようでしたが、暑さに負けぬ情熱で、取り組みました。  牧師夫人がこのように分かりやすく作業内容を描いておいてくださいました。 聖書の言葉を思い浮かべました。 草は枯れ、花はしぼむが、神のことばは永遠に立つ イザヤ書40章8節  草のしぶとさは、なかなかですが、神様のことばはそれ以上に強く、永遠に不滅です。 今日も、よい日となりますように。
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2015年4月26日 (日)

『クラシックに捧ぐ』 横溝亮一

0002 『クラシックに捧ぐ』 

 横溝亮一 著
KADOKAWA 2014年 2月28日 初版発行
 横溝さんが音楽雑誌「モーストーリー・クラシック」に連載された文章が好評で、まず『クラシックの愉しみ』という本が第一巻として203年3月に出版され、本書は、その続巻とのことです。
 第一巻の副題は、「アナログ主義者が選んだ名指揮者・名歌手・名演奏」、第二巻にあたる本書は、「アナログ主義者が独断と偏見で選んだ後世に語り継ぎたい名演奏」 となっています。
 日本人にまで書きおよばなかったのが心残りで、いずれの機会にか紹介したいとあとがきにありますので、第三巻が出るかも知れませんね。
 掲載されている音楽家はとても多いので、「序にかえて」の一節だけ、紹介させていただきます。
 ◇   □   ○   ☆   ※
  音楽には各種あるものの、本質的には人間の心をいやすものであり、また終局的には倫理性を訴える〝哲学〟なのであろうかと私は考える。今、ベートーヴェンの最後のピアノソナタ・ハ短調の瞑想的な第2楽章を聴きながら、私の頭にはベートーヴェンのさりげない
「善きことに向かう美しさ」というモットーが浮かんでくる。
 ・・・ こんな形で、自分なりの感触、思考を吐露してみるのも、(音楽とは何かを考える)一つの方法であろうかと思っている。
           ◇   □   ○   ☆   ※
  とにかく、音楽について、博識・博学  何よりも 深く 音楽と音楽家をこよなく愛しておられることが伝わってきて、素敵だと感じました。
 こんなふうに、何かに打ち込めたら、人生を深く、味わい豊かなものと感謝しつつ歩むことが出来るのだと 頭が下がりました。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2015年4月25日 (土)

花盛りのふるさと

423  岐阜県高山市・・・私のふるさとは、今、さくらの花盛りです。市内を流れる宮川に架かる橋では、赤く塗られた中橋(なかばし)の景観が目を引きます。

 今年の高山祭は雨で勢いがそがれた面がありますが、晴れているとこの中橋の上に飛騨の匠の会心の作、屋台が勢揃いします。
 天領だった江戸時代の代官が政治を行っていた陣屋が中橋のこちら側にあり、毎朝開かれる伝統の朝市は、よく知られています。
  一年を通じて、たくさんのかたが訪れてくださるのも嬉しいことです。知床に次いで、二位の観光名所と呼ばれたこともあります。
 みたらし団子、飛騨牛の串焼き、朴葉(ほうば)味噌、赤カブの漬けものなどなども人気があります。
 よろしければ、ぜひ、訪れてくださいまし。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月24日 (金)

『イラストでときめく 片づけの魔法』 近藤麻理恵 著

0003_2 『イラストでときめく 片づけの魔法』

近藤麻理恵  著
サンマーク出版2015年1月10日 初版発行
 これは、ムーミンママ推奨の本です。
 近藤麻理恵さんの著書は、とてもたくさんの愛読者があり、テレビにも、その名を略した愛称「こんまり」でよく登場しておられます。
 幼稚園の年長組の時から、掃除・片づけ・料理・裁縫などの家事をこよなく愛し、
小学生時代も、「花嫁修業」的な生活を送り、大学2年のとき、コンサルティング業務を開始した ・・・何という経歴。
2011年に、初めて書いた『人生がときめく片づけの魔法』がミリオンセラーになり、何と海外24カ国で刊行が決定。
 ニューヨークタイムズの取材を受けたというのは、すごいですね。
 この、「ときめく片づけの魔法」は英語でセラフィー と表現されています。
  単なるテクニックではなく、心をいやして人生を明るい気持ちで歩む力をわき出させてくれるセラフィーだと受けとめられたことが大きかったようです。
 と、書いてきましたが、説得力をもって、この本のこと、そしてこんまりさんのことを語るにはムーミンパパには力が及びません。 よろしければ、書店で、手にとってお読みくださいまし。 いえ、皆様のほうが、よくご存じのこんまりさんかもしれませんね。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月23日 (木)

コントラバスの魅力

 コントラバスは、オードリーヘップバーンが、映画「昼下がりの情事」で抱えて歩いていた楽器チェロよりさらに大きいので、オードリーをコントラバス奏者の役をさせることは無理だったと思います。  あの映画の主題曲としてヒットしたのは、♪「魅惑のワルツ」でしたね。

 さて、そのコントラバスの魅力を感じさせてくれるCDに出会いました。1941年にロサンジェルスに生まれたゲリー・カーの演奏です。
Photo とても音色が素晴らしく、音の表情も魅力が尽きません。
 チェロのために書かれたサンサーンスの「白鳥」、よく知られているバッハの「G線上のアリア」などなど、心がとても安らぎます。
 調べてみますと、日本の曲を特集したCDも出ていました。
 しばらく、この人の演奏に浸る時間が多くなりそうです。この人の演奏に魅せられたクーセヴィッキーの未亡人から1611年にアマティという名工が作ったコントラバスを貸与されたとのことで、この400年前に生まれた名器と見事に息の合った演奏だと感じ入っております。
 思いがけないときに至宝に巡り会うことって、やはりあるのですね。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2015年4月22日 (水)

青空と新緑

  雨に耐え、謙虚さを学ぶ のも大切かも ・・・ と先日書きました。それはそれとして、大きく広がる空、そのしたに展開する数え切れないほどの濃淡・質の広がりのある新緑の山の光景は、また格別ですね。

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 新年度、新学期がスタートして二十日あまり ・・・ お疲れがたまる頃かも知れません。
 ↑ 鍛え方の足りないムーミン・パパと一緒にしてほしくない とおっしゃるあなた 素晴らしいですね。
 でも、どうぞ、階段の踊り場のように、ひと息、ふた息つく時間を設けて、呼吸を整え、元気にお歩みくださいますように。
 木を伐るときも、一心不乱に斧を振るばかりでなく、その斧を吟味し、刃こぼれのない状態にする時間、斧を見る日間(ひま)・・・ 畑の作物、山の林も 光の差し込む空があって、健康に生長します・・・を大切にいたしましょう。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2015年4月21日 (火)

なかなかの雨降り

 4月20日(月)、岐阜は、かなりの雨降りでした。 でした、と結べないほど今もはげしくはありませんが、根気よく降っております。

 八代亜紀の歌に「雨 雨 降れ 降れ もっと 降れ」と、ゼスチャー付きの歌詞がありますが、もう、そろそろ、降り止んでくれるといいな、という気分になっています。
  でも、謙虚になって、耐える力を鍛えるのに大切な機会なのかも知れませんね。 ただし、山崩れや、スリップしての交通事故などが起きないようにと願います。
 そんな日でしたが、夕刻の大学内のバス停に、かなり長い傘の列がきちんと並んでバスを待っている光景を見かけ、何だか、心が温かくなりました。 横入りや抜け駆けなどのない、実に整然とした立ち姿、待ち姿でした。
  こうした心を真っ直ぐに伸ばして社会で活躍してほしい きっとそうなる いや、既に先輩たちが そう生きている ・・・ そう思ったら、嬉しくなりました。
 雨傘の整然とした列を写真にと思いましたが、降りしきる雨の中・・・遠くからしっかりと見て心の中でシャッターを切りました。
 やまない雨はない  山より大きなイノシシは出ない  ・・・ ムーミンパパ特有の飛躍がありますが、そんな思いを味わいながら帰途につきました。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月20日 (月)

おにぎり

0002  日曜日の礼拝後、希望者対象に手話の学習会が開かれました。昼食は、各自で、ということでしたので、おにぎりと玉子焼きを持参。 

 八重桜の塩漬けは、5日に摘んだのが、そろそろよい頃合いになったので、とのことです。
 手話は、聾唖のかたと、手話通訳してくださっている方が協力して指導してくださいます。
 手話については、覚えた回数と同じだけ、忘れてしまっている、そのことを確認しているような状態の私ですが、根気よく教えてくださるので、頭が下がります。
 約一時間の手話の学び ・・・ 覚えているのは、おにぎりの味だけ ということにならないように、励みたいと思います。
  そういえば、小さいときに、ピアノを習い始めたときに、ピアの教室帰りに買ってもらう高山名物のみたらし団子が動機付けになっていたかも知れません。その当時は10円で3本・・・ しばらくして10円で2本、現在は1本が70円かな かなりの歴史を歩んできたことを改めて思います。
 先週の介護予防教室で、健康維持の話をしました。
「20歳をすぎると、これといった運動をしていない人は、1年に1%ずつ筋肉が減少していきます。  私、ムーミンパパは、筋肉量が約半分ほどになり、競輪選手なみの速さで、寒い飛騨高山の雪道を自転車通学していたのに、数年前に、久しぶりに自転車に乗ったら男子高校生に追い抜かれました。 それはよいとして、女子高生にも抜かれたので、がっくりしました。」
 それを聞いたかたたちが、にこにこして何とおっしゃったと思います ?
 ムームンパパの年齢がだいたい分かった ですと。
 別に年齢を隠すつもりもありませんが、とてもよく話を聞いていてくださるかたたちだと分かりました (^J^)
 さて、今日も、そして今週も、よい日々となりますように。

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2015年4月19日 (日)

日本の名随筆 50 『歌』 加藤登紀子 編

0002 日本の名随筆 50 『歌』

加藤登紀子 編
作品社  1986年12月25日第1刷 発行
  この名随筆の出版は、大事業だと思います。第一巻の『花』(宇野千代 編)に始まり、第百巻の『命』(野間宏)まで、100のテーマを設け、それぞれの巻に、たとえば、『歌』では25編の随筆が収録されているのです。
 編者の加藤登紀子さんの「あとがき」を引用させていただきます。
◇  ○  □  ☆  ※  ☆  □
 この夏、高野山という雅なところで水上勉さんと対面する機会があった。・・・水上さんがおっしゃった。
「トキちゃん、君はいいものを選んだな。うたというものは犬をさえ泣かせることが出来る。犬がね、歌を聞きながら泣くのを知ってるかい。それは本当のことだよ。言葉は空しい。歌はそれを越える唯一のものだよ」
 私の胸の奥でギュッとひきしまる想いが走った。 ・・・・・
◇  ○  □  ☆  ※  ☆  □
 
  随筆には、書き手の人柄、人生への構えなどがすっと読み手に手渡されるような魅力があります。
 この本で申しますと、服部良一さんの随筆「青い山脈・銀座カンカン娘」には、大阪の梅田から省線に乗って京都に向かう途中、くっきりと稜線を描く六甲山脈の連峰を車窓越しにながめているうちに、にわかに♪「青い山脈」の曲想がわいてきたこと、昭和23年の秋のことで、買い出しの人たちやヤミ屋らしい連中ですし詰めの電車の中で、数字ばかりのハーモニカの略譜で、忘れないうちにメロディを書きとめたことなどが綴られています。
 また、♪「銀座カンカン娘」を作曲するとき、どういう娘のことかを原案者の山本嘉次郎さんに尋ねたら「ぼくにも、どういう娘かわからんのですよ。でも、調子のいい言葉でしょう、銀座カンカン娘って、あなたが作る主題歌から(映画「銀座カンカン娘」の)登場人物とストーリーを考えます」と澄ました答えが返ってきたそうです。
 実は、このすてきな日本の名随筆集は、尊敬するあるご夫妻からいただいたものです。
 一気には読めませんし、そうするのはもったいないことですので、一冊ずつ本棚から取りだしては息長く楽しませていただいています。 ほんとうにありがとうございます。
 今日も、よい日となりますように。 下の写真をクリックしていただくと、この本に収められている随筆の筆者、タイトルが、少し大きい画像でご覧いただけます。
 日曜日、キリスト教会の礼拝にご出席ください。
Photo

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2015年4月18日 (土)

蒔かぬ種は はえぬ

 「蒔かぬ種は はえぬ」 ・・・ 昭和20年代、多くの学校で、「子ども銀行」という活動が設定されたように思います。子どものときから貯金の習慣を育てようという国策があったのではないでしょうか。 現在も、、「金銭教育」、「消費者教育」などにそうした活動が引き継がれているようです。

 昭和20年代、そして30年代前半ころに、郵便局や銀行に行くと、プラスチック製の貯金箱がもらえました。郵便局のは、丸い円筒形のポストの形をしていて人気があったように思います。 ムーミン・ママは、銀行の貯金箱には、小さなイラストと「まかぬ種は はえぬ」という言葉があった、と申します。
0007  前置きが長くなりました。 逆に申しますと「蒔いた種は はえる」ということで、我が家の菜園にラディッシュの目が顔を出しました。 
 雨が多いことが幸いして、順調です。
 採りたてのラディッシュの丸かじり、サラダなどは、また格別ですね。
 チューリップの球根も順調に育って
エールをおくってくれます。
 妹は、保育士時代に、園の花壇のチューリップの一つ一つに一回ずつ「チューリップ」を歌ってから帰ろうとする子どもに、にこにこと付き合うお母さんの姿を見て、なんとも温かい気持ちになったと話してくれたことがあります。
 蒔いた種は はえる  今日も、よい日となりますように。
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2015年4月17日 (金)

『おとなになる日』 シャーロット・ゾロトウ 

0003 『おとなになる日』

シャーロット・ゾロトウ  文
ルース・ロビンス     絵
みらい なな 訳
童話屋 1996年 8月8日 発行
 図書館で、ムーミン・ママが、この絵本を選んだので、私は題を見て、そろそろおとなにはなっているつもりだけど・・・と言おうとしました。 すると、ムーミン・ママは、「シャーロット・ゾロトウ という人の名前に何だか記憶があって」 と申しました。
 この絵本は、ティモシーという小さな男の子が、あそびあいてがなくて、年の離れたジョンという兄さんに、いつもつきまとうところからスタートしています。
 兄さんのジョンは、かなり頑張って相手をしていますが、自分の友だちが来たときは、ティモシーの相手をしていられません。
 ・・・ あとは、題名から推測していただくか、できれば手にとってお読みくださいね。
 子どもの心と成長が、とてもよく伝わってくるように思います。
 そうそう、シャーロット・ゾロトウさんのことは、末盛千枝子さんの本に、丁寧に書かれておりました。ムーミン・ママはそのことを覚えていたのですね。
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 この本には、絵本作家とその作品などがたくさん、紹介されています。
その一人が、シャーロット・ゾロトウさんです。 アメリカの絵本作家で、1915年生まれ。末盛さんがお会いになられたのは1960年代後半だそうですが、緑色の目の美しい魔女のようだったそうです (^J^) ゾロトウさんは70冊以上の本を手がけられているそうです。
 末盛さんのことば
 シャーロット・ゾロトウの絵本は、結局子ども時代の自分や同じような経験をしている子どもたちの悲しみに寄り添うものだといえると思います。
 私(末盛千枝子さん)が基本的に絵本や子どもの本で重要だと思っているのは、絶対的に、ハッピーエンド、あるいは完全なハッピーエンドではないにしても、きちんと希望がある、ということです。ハッピーエンドというよりも、悲しんでいる子どものそばに立っている、それがゾロトウの本の素晴らしいところだと思います。
 そういう意味で、子どものときに、そういういいもの、ハッピーエンド、あるいは将来に希望をつなぐものに会っていれば、大人になってからでもかなりなことに耐えていけると思うのです。 ・・・・・ 満ち足りた状態だけが幸せなことではなくて、いろんなことに出会っても、希望を失わないでいける、人を愛していける、そういうことが幸せではないかと思うのです。
 『人生に大切なことは すべて絵本から教わった』  末盛千枝子 著
 現代企画室  2010年3月27日 初版発行 5月25日 第二刷
 2冊の本のご紹介になりました。 よろしければ、どうぞ。
 今日も、よい日となりますように。 

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2015年4月16日 (木)

勘所(かんどころ)

  降り続いていた雨が止んで、山あいの散歩道にウオーキングに出かけました。聖書の中に出てくる記事にちなんで、「エマオの途」(エマオのみち)と名付けて、親しんでいる道です。

 すてきな道ですが、雨の降った後には路上に水があふれて流れているところがありました。今回、雨上がりにその道を歩いたのは、先日、水があふれないように工事されるきざしを見かけたからです。
Photo道の左右に、その工事物はありました。
 排水溝が設けられるのだなと、しばらく前からその後の展開を楽しみにしていました。
 近づいていきますと・・・おお、効果抜群の排水状況!!
 道の下には、かなりの勢いで水が噴き出しています。 Photo_2 排水溝を設けるのに一番効果的な場所 ・・・ これで、雨の後も「エマオの途」を安心して歩くことが出来ます。
  感謝とともに、いろいろな物事への対応も「勘所」をとらえて見通しを持って進めることが大事なのだと、学ばせていただきました。
 今日も、よい日となりますように。

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無事に 回復いたしました

 今回の事態の原因と対策を考えて、もとになっていると考えられるソフトをアンインストールしましたところ、パソコンが正常動作するようになりました。アンインストールする作業をパソコンが拒否するのではないかと懸念していましたが、すなおに受け付けてくれたので、ほっとしました。

 ※ ウイルス感染ということではありませんでしたので、ご安心ください。
 まもなく、本日の記事を掲載させていただきます。 これからもよろしくお願いいたします。
  コメントをいただけること、喜びですが、ご多用の日々の中で時々お立ち寄りくださること自体が、大きな励みとなっています。 ありがとうございます。

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2015年4月15日 (水)

パソコンが 花粉症 ?

 外部へのご迷惑をかける事態ではないと思いますが、私のパソコンで、作業させようとすることが一部ですが、出来ない状態となりました。

 しかるべき技術者に診ていただいて問題が解決するまで、このブログの更新を控えさせていただきます。
 どうぞ、ご了承くださいますように。
 私自身は、とても元気にしておりますので、ご案じくださいませんように。 4月15日は、7千9百歩ほど歩きました。 なかなか一万歩まではいけないものですね。
 それでは、また。

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ワラビの一本漬け

0005 Photo  摘み立てのウドとワラビをいただきました。

 ウドは、サラダ、ウドの葉はヒジキや人参と煮物にいたしました。

 さて、ワラビ ・・・ こちらは、一本漬けにいたしました。 ← いずれも料理担当はムーミン・ママです。

 漬けるのは、集団でですが、食べるときには、一本ずつ軸の根元のほうから噛みきることなく天井を仰ぎながら食べるのだそうです。
 うーん、そうでない食べ方をしても、いけないことはないのでしょうけれど。
 ところどころにあるのは、ショウガです。
 あく抜きしたワラビを麺つゆとショウガに漬け、一晩から好みによっては二晩おく。
 詳しくは、下記のURLでどうぞ。
http://cookpad.com/recipe/568352
 
 新鮮なウド、そしてワラビをありがとうございました。美味しくいただきました。
 初物、旬のものは、健康によいと聞いております。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月14日 (火)

八重桜

0004   私の通っている教会のそばの池からカモが旅立ったと思ったら、今度は、八重桜が綺麗に咲きました。

 ぽかぽか陽気になったり、菜種梅雨の日が続いたりしますが、やはり、春はしっかりと進行していますね。
 ムーミン・ママは、その八重桜の花を摘んで、塩漬けの準備。洗って干して、梅酢につけるのだそうです。 八重桜の梅酢付け ・・・ ということは桜と梅のコラボレーションですね。
 人間も、国籍を越えて、こんなふうによいコラボレーションが出来たらと思います。
 今日も、よい日となりますように。
 
こちらは、咲いている八重桜の 艶姿(あですがた) です。
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2015年4月13日 (月)

お弁当

 大学には食堂もコンビニもあるのですが、やはり食材、カロリーは若者向き ・・・ それで、お弁当を持って出かけます。

 この日の容器は、信玄弁当・・・コンパクトにして一つにまとまる構造です。
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 わかめご飯にさくらの塩漬け、野菜類、写真には撮りませんでしたが、豚肉の生姜焼き、という構成でした。
 出勤して、ふと気がつくと、昼食時間はとっくに過ぎていた 食事を忘れるほど仕事が好き ← ということは、一度もありません。  食欲は、しっかりとあり、健康のバロメーターとなっています。  というとあまり品性が高くない感じになりますので、「腹が減っては 戦が出来ぬ」 ということにさせてください。
 103歳の現役医師、日野原重明先生は、「バイキングで2千円払って、5千円食べようという人は長生きしません」という言い方で、腹8分目、あるいは腹7分目を奨めておられます。 ただし、スマップの番組に出たときには、二つに分かれたグループの料理をどちらも公平にしっかりと食べて、意見を述べておられました。
 とは申しながら、もう少し機敏に活動できる体型・ウエイトにして、活動したいと思います。
 毎年、こんなことを言いながら、ちっともそうならないので、「まだあきらめないの?」と温かく声をかけてくださる方もおられます。
 ♪今にみていろ ぼくだって ・・・ という歌詞の歌がありました。 おなかでなく、胸を張ってそう言えるようになりたいです。
 今日も、よい日となりますように。 焦点のない文章ですみません。

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2015年4月12日 (日)

『ファイナル・ウイーク』 マックス・ルケード

0002 『ファイナル・ウイーク』 イエス・キリスト、十字架への道

マックス・ルケード  著
佐藤知津子      訳
いのちのことば社  2001年1月20日 発行
 イースターの時期に、この本を読むのは、クリスマスの時期に『クリスマス・キャロル』(ディッケンズ)や『賢者の贈り物』(オー・ヘンリー)を読むのと似通うところがあるかもしれません。
 マックス・ルケードさんは先日、ご紹介した『グリップ・オブ・グレース』の著者でもあります。
 今回の翻訳者、佐藤知津子さんは、実は、私と同じ教会に通っておられた方で、その語学力をみた宣教師さんが本の翻訳を薦められ、その後、翻訳なさった本が何冊も世に送り出されることになりました。
 マックス・ルケードさんの本を訳される機会が多く、訳しているとルケードさんが骨身を削りながら渾身の力を込めて執筆されているペンの音が伝わってくるように感じるとおっしゃっています。
 このようにして本は世の中に、祈りを込めて送り出されるのですね。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2015年4月11日 (土)

花の道

  今年の岐阜市では、開花した桜に花冷えと雨が「待ってました」とばかりに波状攻撃をかけたような印象があります。せっかく咲いた桜が散るのが早められたようで、残念にも思います。

0001  けれど、散った花びらが、道を綺麗に装った光景も見られました。この上を歩くのは、もったいない気がいたします。
 ふと、キリストを描いたルオーの絵に「白檀は、それを伐り倒す斧にも芳香をうつす」という題がついていたことを思い出したのは、イースターの時期だからでしょうか。
 十字架の上で息を引き取ったイエス・キリストの一部始終を見ていたローマの隊長が「まことにこのかたは神の子であった」と感慨を述べたことが聖書に記されています。
 ローマ人の隊長がこう語ったのは、 十字架上の苦しみの中で、イエスは自分を十字架につけた人のために、神にこう呼びかけ、とりなしていたからでしょうか。
「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは自分が何をしているのか、わからないのです。」
 キリスト教会では、毎週日曜日に礼拝が献げられています。イースターやクリスマスの時期も、そうでないときも、どうぞ、足を運んでください。
 あなたを愛しておられる神様が喜んでくださいます。
 今日も、よい日となりますように。
 
 

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2015年4月10日 (金)

花もて 人を 迎える

0003   非常勤講師として勤めている岐阜大学教育学部 ・・・いよいよ2015年度の学びが始まりました。
 教育学部棟では、チューリップの花がお出迎えです。
 新聞に♩「チューリップ」は、日本の子どもたちが最初に覚えて親しむ歌だという記事が載ったことがあります。歌との出会いの時期に個人差はあるかも知れませんが、広く知られ親しまれているいい歌ですね。
 「さいた さいた チューリップの はなが ならんだ ならんだ あか しろ きいろ
 どの はな みても きれいだな」  教育的にみても  とても よいでは ありませんか。
 特に、私は、以前勤めた小学校の校歌の作曲者が、この「チューリップ」を作られた井上武士さんでしたので、ひときわ、この歌が好きになりました。
 玄関だけでなく、各教室も、通路、アプローチ、洗面所なども、0006 大変美しく整えてくださっているかたたち 本当にありがとうございます。 きれいな花を咲かせる球根を 自前で準備してくださったり、広いキャンパスを 寒い日も 炎暑の日も いつもたゆまず 整備してくださっているのです。 折れた鉛筆の芯、消しゴムのかす などで汚れた机をクレンザーで磨いてくださっているのを見かけたこともあります。 そうしたことを笑顔でしてくださっているのです。
 こうしたお働き、心遣いを 学生たちがあたりまえだと思わないで、それぞれが、花もて 人を迎える 心の持ち主として 自分が教師・社会人になって巣立って活躍してほしいと願っています。
 私自身も、この方たちを見習いながらこの一年、成長して新たな自分と出会えたら・・・。
 今日も、よい日となりますように。
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2015年4月 9日 (木)

♪ バッハの 演奏家 ヘルムート・ヴァルヒャさん

  イースターの時期、キリストの受難を描いた「受難曲」などを作曲したバッハのオルガン曲を聴きたくなりました。 ヘルムート・ヴァルヒャというオルガン奏者のCDを聴いていて、以前、このかたについて、教えてくださったかたの言葉を思い出しました。

 ヴァルヒャさんは、若くして目が見えなくなったこと、お母さん、そして結婚後は奥さんが、支えてくれて、ヴァルヒャさんは、バッハのオルガン曲全部、そしてチェンバロ曲全部を暗譜してしまったとのことでした。
 今回、インターネット上の辞書、ウイキペディアで、さらに詳しく知ることが出来ました。
 お母さん、そして奥さんは、右手、左手、そしてパイプオルガンですから、右足、左足をそれぞれ独立して弾くと、ヴァルヒャさんは、絶対音感と抜群の記憶力で、それぞれを正しく覚えて、全部を合わせてその曲の世界を組み立てていったのだそうです。
 正しい音の高さ、長さ、和音、そして強弱、曲想、速さ ・・・ パイプオルガンでは、たくさんのペダルの組み合わせで音色が変えられますから、 とても複雑です。
 熱心な練習と強い意志で、バッハのオルガン曲全部を数年にわたって録音したころ、録音技術が進歩して、ステレオ録音の時代が始まったのです。
 周囲は気遣いましたが、ヴァルヒャさんは、「もちろん、少しでもよい音質で録音したい」と、数年かけて、見事に録音し終えました。
 心に直接響いてくるすてきな演奏に、私は感動しています。
 4月・・・ 子どもたち、若人たち、新しい学校や仕事、あるいは上の学年に進んで励んでいます。
 定年退職なさったかたも、新たな生活、生き方をスタートさせておられます。
 とてもヴァルヒャさんのように強い意志をもった歩みはできませんけれど、私も、できるだけ励みます。
 ラジオ体操、ウオーキング なども続けています。 フーッ ← 聞こえてしまいました  か  すみません。  (^0^;)
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月 8日 (水)

ナルニア国物語 『ライオンと魔女』

 昨日、復活祭 イースターのことを書きました。 映画にもなった『ナルニア国物語』7冊の中の最初の1冊、『ライとオンと魔女』と結んで、復活のことを書かせていただきます。

 この物語に登場するライオンは、アスランという名で、みんなから尊敬されている立派なライオンです。 ただし、アスランと対立する魔女とその家来を除いてですけれど。
 魔女は、一計を案じ、ナルニア国に迷い込んだ少年を処刑しようとします。アスランは、その少年の身代わりに死刑になることを魔女に申し出て、承諾されます。
 雄々しく、気高い心のアスランを魔女とその家来たちは、有頂天になって思いっきり辱め、そして殺してしまいます。  美しいたてがみを剃られて、丸刈りにされるときも、殺されるときも、アスランは無抵抗のままでした。
 悲しみにうち沈んだ少年たちとナルニア国の住民たち。 明るい希望を抱くことも出来ず、これから、ずっと魔女の支配下で生きていかなければならないのでしょうか。アスランを葬り去られた闇のような日々を。
 絶望の中にある彼らの前に、しかし、アスランが、よみがえって現れます。思いがけないことが起こって、喜びながらも理解できない少年たちに、アスランは語ります。
 わたしは、確かに魔女たちに殺されて死んだ。しかし、魔女たちは知らなかったのだ。罪を犯したことのない者が、罪を犯した者に変わって殺されるとき、いったんは殺された罪なき者がよみがえるということを。
 ◇  ○  □  ※  ☆  ※  □  ○   ◇
 英国の文学者であり、信徒伝道者であったC.S.ルイスが、イエス・キリストの十字架城の死と復活について、深い信仰をもって書いた『ナルニア国』物語 の『ライオンと魔女』 ・・・よろしければ、本か映画で出会っていただけると嬉しいです。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2015年4月 7日 (火)

復活祭 イースター

 復活祭 イースターは、「立春後の最初の満月の後の日曜日」ということになっていて、毎年、日付が変わります。 どうしてだろう ? と関心を覚えた方は、どうぞ、お調べになってくださいませ。

0005   イースターで大切なのは、イエス・キリストの復活を喜び、祝い、礼拝し、そのことの意味を改めて噛みしめることだと思います。
 周辺的なことですが、イースターに関係があることとして比較的、よく知られているものにイースター・エッグ、イースター・ラビットなどがあり、「イースター・パレード」という映画もあります。正装してパレードをする習慣があったからこういう映画が生まれたのでしょうね。、花としては、百合の花がイースターに合う感じです。
 どれも・・・例えば、クリスマス・ツリーなどもそうですが、特に聖書に記述があるわけではありません。イースター・エッグは、せっかくのお祝いの日だし、クリスマスにはケーキがあるから、子どもたちには、ゆで玉子をプレゼントしようか・・・そうそう、庭のあちこちに隠しておいて、子どもたちに見つけさせると喜ぶかな・・・というアイデアが元になって広がったのではないかと思います。 玉子が貴重品だった時代には、らくがんがプレゼントされることもあったそうです。
  ゆで卵は孵化しないけれど、キリストは復活なさったというメッセージを込めたという意見もあります。 印象的な説ですね。
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 私の通う教会では、イースターの礼拝の後に、昼食会をしました。
 イースターを喜び合い、お祝いすると共に
入学、進級のお祝い、国家試験に合格した青年を祝福、そして、お孫さんが生まれたことのお祝い ・・・ ちらし寿司を作り、いろいろな具を持ちよろうというアイデアで、すてきな食事会となりました。
 写真で、紹介させていただきますね。
今日も、よい日となりますように。
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2015年4月 6日 (月)

『グリップ・オブ・グレース 神の恵みの手 』 マックス・ルケード 著

0002 『グリップ・オブ・グレース』

マックス・ルケード 著
山下章子 訳
いのちのことば社 1999年10月25日 発行
            2000年3月20日 再刷
  聖書と聞くと、おそれ、かしこんで、敬遠したくなる・・・そういうイメージをおもちのかたは、多分、多いと思います。
 私にも、そういう傾向がありました。
 でも、この著者には、聖書の真理をとても身近なところにまでひきつけて説き明かし、心の奥深くに届かせる賜物があるようです。
 読んでいて、そのことを体験いたしました。
 とても多くの方が、そう感じたのでしょう。この本は1997年に、アメリカのクリスチャン・ブック・オブ・ザ・イヤー金賞を獲得したのだそうです。
 イースターの時期に読んでいて、心に届いた一節を引用・紹介させていただきます。
◇  ○  □  ※  ☆  ※  □  ◇
「神よ、あなたはこの世で何をしておいでなのですか」
「あなたを愛することを私にやめさせるものなどあるだろうか 
 ・・・あなたは、私の愛がどれほど長く続くものかと思っているだろう。
  割かれた十字架の上に、岩だらけの丘の上に、答えを見つけなさい。あなたはわたしがそこを上ってゆくのを見るだろう。あなたを創った者、あなたの神が釘で刺しつらぬかれ、血を流している。身体中に唾をかけられ、罪にまみれている。
  わたしが感じているのはあなたの罪である。わたしが死んでいるのはあなたの死である。わたしが生きているのはあなたの復活である。わたしはそれほど強くあなたを愛している」
 上記のことばに続いて、聖書のローマ人への手紙8章38節・39節が書かれています。
マックス・ルケードさんが上記のように書いた背景には、こうした聖書の言葉があるのです。
 「私(パウロという人物です)はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」
 
    ◇    ○   □   ※   ☆   ※   □   ◇ 
 ある修道尼が、アルツハイマー病の症状が見られるようになり、だんだん、表情が暗くなったそうです。
 ところが、ある時から、とても明るい表情に一変したので、周囲の人は、驚き、そのわけを訊ねたとのこと。
 修道尼は、次のように答えました。
「私は、自分がイエス・キリストのことさえも忘れてしまうのではないかと、とても不安でした。でも、、気がついたのです。たとえ、私が忘れてしまっても、イエス・キリストは、わたしのことを決してお忘れにならないことを。 ですから、今、私は平安の内に毎日を歩むことが出来ます。」
 この本の日本名は『神の恵みの手』 ・・・ 断崖にぶら下がって神様に取りすがるとき、私たちの手が細く、力弱くとも、恐れることはありません。神様の恵の手が私たちをしっかりととらえていてくださるからです。
 
 復活祭 イースターの季節ということで、つい長くなりました。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月 5日 (日)

桜 豆 腐

0003_2   桜豆腐 ・・・ トッピングは、昨年塩漬けにした八重桜 豆腐の桜色は、実は梅酢の色です。 一つのメニューは、いろいろな食材のコラボレーションで出来上がっているのですね。

 どこにも発表したことはありませんが、以前、こんな短歌もどきを作りました。
 満開を まもなく迎える八重桜
    われを恨むな 塩漬けにせん
 塩漬けにするには、満開の状態よりも少し前の八重桜がよいのだそうです。そう言って、せっせと八重桜を摘むムーミン・ママ ・・・ その心を 察して、ムーミン・パパは 成り代わって、上記のように詠んだのでした。
 満開前に摘まれるのは、かわいそうですけれど、塩漬けになって1年以上、桜茶やおにぎりを彩ったり、桜豆腐を形成したり・・・ 喜ばれ、重宝されるのですから、きっと桜も喜んでくれていることと思います。
 美味でありました。  
 さて、私の住んでいる岐阜市の芥見地区には、希少価値を認められて国指定の記念物となっている「中将姫誓願桜」という桜があります。
 こちらは、保護のため、つぼみも花も摘んではいけないことになっています。0002 可憐な花です。開花した花、そしてつぼみの両方をご覧いただけるでしょうか。
 さて、今日も、よい日となりますように。
 今日は日曜日。キリスト教会では、復活祭・・・ イースターの礼拝が拓かれます。
 どうぞ、お出かけください。神様が喜んでくださいます。
聖書 ヨハネによる福音書 3章16節】
  実に神は、ひとり子をさえ惜しまず与えるほどに、世を愛してくださいました。
  それは、神の御子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠のいのちを得るためです。

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2015年4月 3日 (金)

焦がし醤油チャーハン

0003   焦がし醤油チャーハン ・・・ まいたけ 玉子 大根葉 ちりめんじゃこ  を具としました。しいたけの時もあります。

↑ と書きましたが、昨日の料理担当は、ムーミン・ママでした。 
 ムーミン・パパは、まだ、醤油の焦がし方を見習い中の身です。
  もちろん、食べるときにムーミン・パパが遠慮することはありませぬ。 醤油は控えめにし、まばらなのがいいのだそうです。
 庭の白玉椿が大きく咲いた昨日でした。
今日も、よい日となりますように。
  明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。復活祭・・・イースターの礼拝が行われます。
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『ことばのともしび』 5  孤独

 末盛千枝子さんの本、『ことばのともしび』から引用させていただいての記事、今日でひとまずの区切りとさせていただきます。

 1回目でご紹介したラジオ放送、「心のともしび」はいつも次の言葉で結ばれます。
 「暗いと不平をいうよりも、すすんであかりをつけましょう」 ・・・ 末盛さんの文章、そして生き方は、まさにこの通りだと感じ入り、5回にわたって紹介させていただくこととなりました。 厚くお礼申し上げます。
 孤 独
  英国の作家、オスカー・ワイルドは『幸福の王子』などをはじめとする本当に美しい作品を書きましたが、自分自身は同性愛事件によって、最高に華やかな作家としての絶頂から奈落の底に突き落とされた人です。
 彼は名誉も財産も家族もすべてを失い、監獄に入れられました。そして獄中で、与えられた紙に、事件の相手への恨みつらみを書き始めます。しかし、その文章はやがて心からの懺悔と祈りの言葉になっていきます。日本では、「獄中記」と訳されているそのほんの原題は、聖書の詩篇からとった「深き淵より」といいます。どれほどの孤独の中でそれを書いたかと思うと涙があふれます。しかし、これほど美しい魂の書は他にないとも思うのです。
 ワイルドは出獄後、英国に戻ることなく二年ほどで亡くなってしまうのですが、しばらくの間、フランスの田舎に暮らしていました。毎日朝食を食べに訪れた村の食堂で、ある日土地の親子と一緒になったのですが、そのとき、子どもがテーブルの上に水をこぼして母親に叱られるということがありました。ワイルドは少年の頭をなでながら、母親に向かって「子どもとはいつ別れが訪れるかわからないのですから、叱ったりしてはいけません」と、涙をぽろぽろ流して言ったそうです。破滅した作家の孤独の極みの姿のように思われます。もちろん、少年は、その人が有名な作家であることなど知るはずもありませんでした。
 何十年かたって、ワイルドの息子が、名前も何もかも変えていきてこなければならなかった自分の人生を本に書きました。すると、その本を読んだかつての少年が、フランスから手紙をくれたのだそうです。そこには村の食堂での出来事が綴られていました。
 孤独の中に育ったワイルドの息子は、父親が自分たちをどんなに愛していたかを知ることになったのです。
  ◇  ○  □  ※  ☆  ※  □  ○  ◇
 いくつかの 「もし ~ しなければ」が積み重ならないと、ワイルドの息子が父の愛を知らずに終わってしまっていたことが思われます。
 そして、もし、この本に私が出会わなければ、私もこの話を知ることなく歩んでいたに違いありません。    人生は、いろいろな出会いに満ちています。  すてきですね。
 末盛千枝子さん、よい本、すてきなお働きを本当にありがとうございます。心からお礼申し上げます。
 今日も、よい日となりますように。

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2015年4月 2日 (木)

『ことばのともしび』 4 ー 妻へのいたわりー

 今回も、末盛千枝子さんの本、『ことばのともしび』から、引用・紹介させていただきます。

妻へのいたわり
 キリスト教信仰に根ざした数々の美しい詩を書いた八木重吉という詩人は、ほとんど人に知られることもなく、三十歳になるかならないかで妻と二人の子どもを残して亡くなりました。彼の死後、子どもたちも相次いで亡くなり、妻の登美子は一人になってしまいました。それから彼女は、いろいろなところで住み込みの事務員や裁縫などをしながら生活していました。彼女は、どこへ行くにも、亡き夫の詩の原稿の詰まったバスケットを大事に持ち歩いていたそうです。
 重吉が亡くなって二十年近くたったころ、鎌倉に住む吉野秀雄という歌人が妻に死なれ、四人の子どもを抱え、自らも病身で途方に暮れていました。登美子は例のバスケットを持って、吉野秀雄の家にお手伝いとしてやってきました。戦争末期から戦後にかけての大変な時代でしたが、彼女は献身的に一家に尽くしました。やがて、秀雄と登美子は再婚することになりました。
 数年して、重吉を偲ぶ墓前祭がおこなわれたおりに秀雄が詠んだ、次のような歌があります。
   重吉の妻なりしいまのわが妻よ ためらはずその墓に手を置け
 これほど妻への愛情といたわりのこもった美しい詩を、私は知りません。
 
◇  ○  □  ※  ☆  ※  □  ○  ◇
 吉野秀雄さんは、八木重吉の詩集の発行に力を尽くされたそうです。
 今日も、よい日となりますように。   

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2015年4月 1日 (水)

『ことばのともしび』 3  ー 楽観主義 ー

  今日は、『ことばのともしび』から「楽観主義」という章を引用・紹介させていただきます。著者の末盛千枝子さん、有り難うございます。 

楽 観 主 義

 楽観主義というと少し難しいことのように聞こえますが、結局のところ、神を信じるとはそういうことなのではないでしょうか。聖書に出てくる言葉は、すべて楽観主義ではないかと思うのです。  ← (と、末盛千枝子さんは、この文を書き始めておられます。)
 「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」(マタイによる福音書5章3節4節)
 そして、この「山上の説教」と呼ばれる言葉の最後に、この世で苦しむ人々に向かってキリストは「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある」(同5章12節)と言われます。
 これは、どんなに困難な道筋を通ろうとも神様のなさることは最終的には良いことだという、最高の楽観主義です。自分なりの希望があるとしても、最終的には自分の願うことではなく、神さまのなさることこそがすばらしいのだ、と信じる楽観主義。これほど心強い言葉があるでしょうか。
 マザー・テレサの言葉に、「あなたがもしベストを尽くしたのなら、どのような結果になっても、がっかりしてはいけません」というのがありました。それを見つけたとき、あまりの力強さにハッとしました。英語ではもっと強く、「がっかりすることを自分に許してはならない」という言い方でした。
 私の友人が息子さんのことで本当に悩んでいたので、その言葉を紙に書いて渡しました。「そうか、そんなことを自分に許してはいけません、か」と二人で、しばし呆然としました。
 ああしていたら、こうしていたらという思いは誰にでもあるでしょう。でも、キリストもマザーも、楽観主義を命じておられます。
 ◇  ○  □  ※  ☆  ※ □  ○  ◇
 4月のスタート   今日も、よい日となりますように。
 

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