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2015年4月 6日 (月)

『グリップ・オブ・グレース 神の恵みの手 』 マックス・ルケード 著

0002 『グリップ・オブ・グレース』

マックス・ルケード 著
山下章子 訳
いのちのことば社 1999年10月25日 発行
            2000年3月20日 再刷
  聖書と聞くと、おそれ、かしこんで、敬遠したくなる・・・そういうイメージをおもちのかたは、多分、多いと思います。
 私にも、そういう傾向がありました。
 でも、この著者には、聖書の真理をとても身近なところにまでひきつけて説き明かし、心の奥深くに届かせる賜物があるようです。
 読んでいて、そのことを体験いたしました。
 とても多くの方が、そう感じたのでしょう。この本は1997年に、アメリカのクリスチャン・ブック・オブ・ザ・イヤー金賞を獲得したのだそうです。
 イースターの時期に読んでいて、心に届いた一節を引用・紹介させていただきます。
◇  ○  □  ※  ☆  ※  □  ◇
「神よ、あなたはこの世で何をしておいでなのですか」
「あなたを愛することを私にやめさせるものなどあるだろうか 
 ・・・あなたは、私の愛がどれほど長く続くものかと思っているだろう。
  割かれた十字架の上に、岩だらけの丘の上に、答えを見つけなさい。あなたはわたしがそこを上ってゆくのを見るだろう。あなたを創った者、あなたの神が釘で刺しつらぬかれ、血を流している。身体中に唾をかけられ、罪にまみれている。
  わたしが感じているのはあなたの罪である。わたしが死んでいるのはあなたの死である。わたしが生きているのはあなたの復活である。わたしはそれほど強くあなたを愛している」
 上記のことばに続いて、聖書のローマ人への手紙8章38節・39節が書かれています。
マックス・ルケードさんが上記のように書いた背景には、こうした聖書の言葉があるのです。
 「私(パウロという人物です)はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」
 
    ◇    ○   □   ※   ☆   ※   □   ◇ 
 ある修道尼が、アルツハイマー病の症状が見られるようになり、だんだん、表情が暗くなったそうです。
 ところが、ある時から、とても明るい表情に一変したので、周囲の人は、驚き、そのわけを訊ねたとのこと。
 修道尼は、次のように答えました。
「私は、自分がイエス・キリストのことさえも忘れてしまうのではないかと、とても不安でした。でも、、気がついたのです。たとえ、私が忘れてしまっても、イエス・キリストは、わたしのことを決してお忘れにならないことを。 ですから、今、私は平安の内に毎日を歩むことが出来ます。」
 この本の日本名は『神の恵みの手』 ・・・ 断崖にぶら下がって神様に取りすがるとき、私たちの手が細く、力弱くとも、恐れることはありません。神様の恵の手が私たちをしっかりととらえていてくださるからです。
 
 復活祭 イースターの季節ということで、つい長くなりました。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 今日も、よい日となりますように。

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