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2015年12月11日 (金)

「靴屋のマルチン」の劇 と ある牧師さんの涙

 「靴屋のマルチン」をご存じの方は、たくさんおられると思います。『戦争と平和』などを世に送り出した文豪、トルストイの小品です。  別名、「愛あるところに神あり」となっています。

  ある年のクリスマス、子どもたちが一生懸命に練習した「靴屋のマルチン」の劇が素晴らしい出来映えで終わり、帰り支度でにぎわっている教会を訪れた女の子と父親がいました。
 その前の年に母親が亡くなり、二人暮らしのその家庭に、「本当のクリスマスの意味が分かる劇をしますから」と牧師さんが配ったチラシをみて、「お父さんは仕事で遅くなるけれど、きっと見に行くので待っててね」と顔を輝かせた女の子が、やっとやってきたのでした。
 牧師さんは、関係者に相談しました。大人たちは、これからの予定があるので・・・との意見。「残念ですが、もういちど劇をすることはできません」と牧師さんはおことわりして、親子は帰っていきました。
  その時、「靴屋のマルチン」で、キリストの役をした子、小学2年生の男の子が、劇の中で語ったせりふ、「貧しい人、悲しんでいる人、苦しんでいる人、そのような人たちの中にわたしはいます」を叫び、泣きながらこう続けたそうです。「本当のキリストが来たのに大人は帰したんだ。教会がキリストを帰していいのか!」
 牧師さんは、我に返り、急いで外に飛び出してさがしたけれど、暗闇の中に父子の姿は見つからなかった。 希望を見失い、闇の中にいる親子のためにこそ、キリストは生まれてくださったはずなのに、その希望の光を伝えるべき自分は何をしたのか・・・牧師さんは人目をはばからず泣きました。
  これは、何年かまえにあった実話です。その牧師さん自身が綴っておられることです。今、この牧師さんは、教会で福祉の働きを始め、そこにさまざまな姿で訪れるかたを、男の子が叫んだように、最も小さい者として現れるキリストとして受けとめ、愛の手を尽くしておられるそうです。
 深い闇の中にある人にこそ、届く光 ・・・ イエス・キリストは、まさにそのためにこの世に来てくださいました。 
 今年のクリスマス、この世に光としてこられたイエス・キリストを深く思い、心にお迎えしたいと願っています。 私自身、教師としてこの牧師さん以上に慚愧に堪えない言葉を口にし、いたらなさすぎる存在であったことを省みつつ、その負の力を前進に生かすべく歩んできた者であるからです。
 今日のお話は、『百万人の福音』12月号・いのちのことば社発行 から引用させていただきました。ありがとうございました。 明日、別のお話をこの本から紹介させていただきたいと思います。
 今日も、よい日となりますように。
  私の妹の誕生日です。 おめでとう、どうぞ健康で歩んでください。
 
 

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