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2016年1月31日 (日)

『命の往復書簡』 千住文子・千住真理子

0003 『命の往復書簡』 2011~2013

千住文子・千住真理子 著
文藝春秋 2013年4月25日 第1刷
 2011年3月11日の東日本大震災と併行するかのように、千住家には大きなことが起きました。
 80歳を越えて心臓の大手術を受けた千住文子さんは、2011年に85歳となっておられました。そこに、腎臓に末期の腎臓癌が見つかり、骨にも転移していることが分かりました。敗血症にもなり、意識がもうろうとしている文子さんに千住博さん、明さん、真理子さんは三人それぞれの言い方で文子さんに告知し、がん研にお連れしたとのこと。
 腎がんと骨の癌の摘出を同時に行う大手術・・・ それが成功して命を取り留めた文子さんと、演奏活動、ホスピスへの音楽訪問活動などで過密なスケジュールを組んで世界を飛び回っている真理子さん。
 なかなか会って語り合う時間がとれないこともあって、手紙が往復するのですが、それだけに内容も凝縮・充実しています。
 真理子さんがボランティアで訪れたホスピスのロビーで、どこに立ってヴァイオリンを弾いたら集まる方々によい音が届けられるか、その立ち位置を決めるのに、ピアニストと二人で苦慮していたとき、たまたまその病院で大切な治療を終えた文子さんが現れて、立ち位置の決定という大きな役割を担われたそうです。  
 その演奏会は、若き真理子さんを厳しく指導していた師、江藤俊哉さんがかつて褒めた世にも美しい「天を舞う音」が鳴り響き、「とても美しいものを心いっぱいに感じ」させるものとなったそうです。
 千住文子さんは、そのときのことを思い浮かべながら、芸術の持つ力について、考えてみるのは初めて、といいながら記しておられます。
            ◇    □    ○    ※    ☆
 芸術の力は、おのずと発するようにも思える。そしてやはり、その作品の真価にもよるのではないだろうか。聞き手、又は見る人が、多くのイマジネーションを受けて、より多くの感動をする。
  それは相手の心の中で、どんなにでも広がり、なぐさめ、喜び、希望さえも生むだろう。その時、力強く、その芸術は輝く。
  考えようによっては、芸術とは傷つき、苦しみ、悲しむ人のためにこそある。その美的感動は生きる勇気、生きる活力、生まれてきてよかったという感動をさえ教えてくれるのだ。そう思えるのが芸術力なのだ。そして芸術力によってそれは真価を問われるのだ。
 さて私は今、芸術そしてボランティアをするということの奇妙に思えるこの両者の中での、芸術を追い求めるマリ(真理子)の根本的是非論のようなものを考えて、迷路に落ち込んでしまったわね。長い夏を考え続け、とうとう到達したような気もする。
          ◇    □    ○    ※    ☆
 この本は、この手紙を読んで、しばらくいろんなことを考えてしまった真理子さんの手紙へと続きます。
 すみません。いきなり一冊の本のある部分をとりだして読んでいただくことになって・・・。
 関心を抱かれた方は、お読みくださいまし。 
 (血の滲むような思いで芸術を追究し、研鑽を積み、ステージに立ち続けている千住真理子さんと、その真理子さんとともに歩み続けた文子さんとは、言うまでもなく、遥かに遠い遠い距離のある私ですが、一歩でも高まりたいと思います。)
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2016年1月30日 (土)

マット記念日

Photo  私の通っているキリスト教会の礼拝堂のチャーチ・チェア・・・長年親しんだ長座布団から、ごらんのようにマットを新調して、会堂全体の雰囲気も新しくなりました。

 毎週、日曜日、午前10時から礼拝が始まります。讃美歌を歌い、牧師先生の聖書に基づくメッセージを糧としていただきます。
 メッセージ、そして讃美は手話通訳の奉仕をしてくださっている方がおられます。
 10時から始まり、11時少し過ぎに礼拝は終わります。 毎月の第一週は、聖餐式がありますので、11時半近くになります。
 ぜひ、足をお運びください。このマット、なかなか座り心地がよろしいですよ。
 この教会は、岐阜県各務原市にあります。 遠いかたは、全国各地にキリスト教会がありますので、勇気を出してアクションを起こしてお出かけください。
 今日も、よい日となりますように。
 明日は日曜日。晴れても降っても、教会日和です。

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2016年1月29日 (金)

だいこんと ひき肉の ころころカレー

Fullsizerender_8  NHKテレビの料理番組で、このカレーが放送されました。

 我が庭で収穫できた大根を用いて、だいこんカレーを作りました。ムーミンママの手ほどきを受けながらです。

 大根の皮を剥き、にんにくや、ひき肉といため、カレー粉を・・・ テレビでは、玉葱やショウガも仲間入りしていました。

  ムーミンママの申しますには、生椎茸や、ナスなどを加えるのもいいかな、とのことでした。

 なかなか美味しいカレーでありました。

 問題は、独力で最初から結びまでできるようになることです。

 小さなことを積み重ねつつ、 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月28日 (木)

ほうれい線

  テレビのコマーシャルなどで、よく耳にする「ほうれい線」ということば、美容の観点からではなく、国語科教師の立場から、どういう字を書くのだろうと気になりました。ほほ・・・ほっぺたの年齢の線 ? ← これを漢字で書くと ちょっと生々しいので、ひらがなで書かれているのだろうかなどと、探究心は深まりました。0001

 求めていた解答は、この本にありました。

 映画にもなった『舟を編む』の作者、三浦しをんさんも絶賛している本です。

『辞書を編む』 飯間浩明(いいま ひろあき)著 光文社 2013年4月20日 初版1刷発行

 あとがきに「ひとりの編纂者の視点から見た国語辞典作り」ということばがありますが、なかなかに面白いのです。

 さて、「ほうれい線」は、何と「法令線」が正しい表記で、長寿のしるしとして書く「豊麗線」「豊齢線」は当て字なのだそうです。

 長い間調べられた飯間さんによると、語の解釈は次のようになります。

 ほうれいせん 法令線 鼻のわきから口のはしにのびる、八の字のしわ。[人相学で、鼻のわきを「法令」と言い、規則正しさなどに関係するという]

 何と、人相学出身の言葉だったのですね。

ここへたどりつくまで、飯間さんは、つねづね注意していて、『大辞泉』第2版(2012年)で手がかりを得、国立国会図書館がインターネットで公開している「近代デジタルライブラリー」で、人相学、面相学、観相学の本を調べ、石龍子という本に、この法令線が深くて正しきものは、万事に規則正しく、権威も強しと記述があることを確かめたとのことです。

 一つのことばを調べていくのは、こんなにも奥行きがあることなのですね。

 ほうれい線が深くなるのは、人格的に高くなることを示している・・・と受けとめてよさそうで、気に病む必要はなさそうです。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2016年1月27日 (水)

「祝婚歌」 吉野 弘さん

  詩人の吉野 弘さんは、岐阜市の国語科研究会に講演に来てくださったことがあり、二回、お目にかかりました。中学校の国語の教科書に「夕焼け」という詩が掲載されていたので、その詩についても作者の立場からお話がうかがえ、嬉しかったことを覚えています。

 今日は、吉野さんの結婚を祝う歌、祝婚歌を紹介させていただきます。りきまないで、大切なことをしっとりと語ってくださっているように思います。 夫が妻に、妻が夫に 読み聞かせると言うより、それぞれが自分に向けて静かに読みわうのがよいでしょうね。

 聖書の夫に向けての教え、妻に向けての教えも、相手に「こうなりなさい」と突きつけるのではなく、夫が自分に向けて夫のところを、そして妻が自分に向けて妻のところを読み味わうようにしましょうと、牧師さんから教わったことがあります。

祝 婚 歌 (しゅくこんか)    吉野 弘
                
二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは

長持ちしないことだと

気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

◇   □   ○   ☆   ※

 これから結婚される方々、若いカップルだけでなく、結婚して40数年を歩んできたムーミンパパと伴侶にも、よい詩だなあと、お会いしたときの吉野 弘さんのおだやかな表情を思い出しながら、改めて味わっております。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月26日 (火)

ゆたゆたと 薬湯に草 揺れをりて

0008   寒波到来。さすがに大寒ですね。冬も、ここへきて意地を見せています。でも、人間も簡単にこたつで丸くなるのでなく、元気を見せたいと思います。

 と申しましても、持久走とか、縄跳び、寒稽古というのではなく、心のゆとりと申しますか・・・雨宮雅子さんの「冬の苺(いちご)」から二首。
 ゆたゆたと薬湯に草揺れをりて雨は雪へと変りゆくらし
  うーむ、ぬくもりを感じますね。
 オリーブの実の沈む壜きよらなり雪舞ふ窓に囲まれてゐて
 これも、冬という季節に縮こまっていない心の自由さが・・・。
 余談ですが、1月23日(土)のテレビ放送、「世界ふしぎ発見」で、古代オリンピックにおいて、優勝者に渡された賞品は? という問題が出題され、何と、 ・・・オリーブ油を入れた大きな壺 というのが答えでした。 
 とにかく、暖かくしておすごしくださいね。
 写真は、「暖かい期間が続いたので、たくさん実りましたから」といただいたレモンです。
美しい実を眺めていると、心がすっきりしてきますね。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年1月25日 (月)

原作と演出

0014   このブログで1月14日にご紹介した紙芝居「金色夜叉」・・・会衆のかたにお力添えいただいて、好評のうちに上演できました。その後、「貫一の履き物は朴の木の下駄だと思っていましたが・・・」とのお声がありました。    
 紙芝居を改めてみますと、原作では、革靴となっているが、お芝居の舞台では演出上の工夫から、朴歯の下駄となり、それが好評で定着した。 この紙芝居では、原作にそって、靴を履いている絵にしましたと説明書きがありました。
 うーん、上演を丁寧に見てくださっているのですね。身が引き締まりました。
 原作は、明治30年から35年にかけて讀賣新聞に連載され、人気を博したそうです。
 この後の展開は、なかなかに込み入っており、面白いのですが、作者、尾崎紅葉さんの病気が重くなり、未完となりました。
 金色夜叉のテーマソングの歌詞を添えさせていただきます。

「金色夜叉(こんじきやしゃ)

宮島郁芳/後藤紫雲作詞・作曲



熱海の海岸 散歩する
貫一お宮の 二人連れ
共に歩むも 今日限り
共に語るも 今日限り

僕が学校 おわるまで
何故
(なぜ)に宮さん 待たなんだ
夫に不足が 出来たのか
さもなきゃお金が 欲しいのか

夫に不足は ないけれど
あなたを洋行
(ようこう) さすが為
父母の教えに 従って
富山一家に 嫁
(かしず)かん

如何に宮さん 貫一は
これでも一個の 男子なり
理想の妻を 金に替え
洋行するよな 僕じゃない

宮さん必ず 来年の
今月今夜 この月は
僕の涙で くもらして
見せるよ男子
(おのこ) 意気地(いきじ)から

ダイヤモンドに 目がくれて
乗ってはならぬ 玉の輿
(こし)
人は身持が 第一よ
お金はこの世の まわり物

恋に破れし 貫一は
すがるお宮を つきはなし
無念の涙 はらはらと
残るなぎさに 月さびし

 ◇    □   ○   ☆   ※

 さて、今日も、よい日となりますように。

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2016年1月24日 (日)

関市に 白鳥 !

2_2   岐阜市に隣接する関市・・・先日、その関市のスポーツ施設にある中池というところに行きましたら、白い鳥が数羽、優雅に泳いでおりました。・・・ 白鳥です。

 万一、アヒルだったりすると誤報になってしまいますので、地元の方におたずねしました。
 白鳥です。いつも居るわけではなく、暖かくなるとどこかへ飛んでいき、寒い季節にやってくるとのこと。
 私にとっては、新鮮な発見でした。
 
 中池をぐるりとまわりました。 すると、目の前に水から上がった白鳥が ・・・ 離れてみるよりもだいぶん大柄です。私たちを警戒する様子もなく、ゆっくりと歩いています。どうも、軽い怪我をしているようでした。 しばらくすると池に戻っていき、仲間が寄ってきました。
  白鳥の世界にも、何か、苦労があるような気配でしたが、目の敵にされて、突っつかれているというふうではなかったように見えました。
1
 仲良く、暮らせるといいですね。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
 聖書  乾いたパンしかなくて、兄弟仲良く暮らしているのは、肉があって争っているのにまさる。

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2016年1月23日 (土)

あるトンネル

Funabuse  岐阜市の東部に、この舟伏山(ふなぶせやま)トンネルが貫通したとき、とても感動したことがあります。

 いったい私は、どんなことに感動したのでしょうか。
  答えは、もう一枚の写真をご覧ください。
 そうなのです・・・・ このトンネルの長さが、1001
1001メートルと掲示されていることに、私は
感動したのです。
 「何でですか?」 とおっしゃるかたがおられるでしょうね。
 そう思われる方は、きっと手先が器用で、図画工作の時間や、技術科の時間に設計図を書いたり、本棚などを作ったりするときに、あまり苦労をしなかった方だと思います。
 そうしたことが苦手で、子どもの雑誌の付録の工作を組み立てることにも大いに手こずる不器用な私は、長ーいトンネルを測量して、1001メートルと自信を持って掲示することのできる自信と誇りに心を打たれたのです。
 さらに後日、おもしろいことがありました。 ムーミンママと、その友人を後部座席に乗せて、このトンネルを通りかかった私が「1001メートルという表示に感動しました」と話したら、「あ、その仕事、主人の会社がしました」との反応があったのです。
 わあ、びっくりしました。
 あなたがどうお感じになったか、想像がつきませんので、このお話は、ここまでとさせていただきます。 本物のムーミンパパは、舟を操って海に出るなど、割合、器用な気がいたしますね。 なお、このトンネルが完成してからだいぶん経過していますが、通りかかったときに後続車が居ないというシャッターチャンスを得るのは、なかなか難しいので、今回、やっとということになりました。
 今日も、よい日となりますように。
 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。
 孫のひとりの誕生日です。 おめでとう。健康で学生生活、励んでください !!

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2016年1月22日 (金)

大根・ほうれん草

Photo  小さな菜園ですが、そこで収穫したものを食卓に載せると、「産地直送」・地産地消」ということばが実感されます。規模は小さいのですけれど・・・。

 大根 ・・・ 大根おろしにし、サンマと・・・、あるいは鍋物のタレに添えたり、ジャコと合わせて、醤油、酢少々をかけて、炊きたてご飯の上に  などなど。
  辛みの中に、甘さも感じられて、美味を喜んでいます。
 もう一つの作物は、ほうれん草です。
ほうれん草と豚肉のしゃぶしゃぶは、手軽で美味しい優等生。 何かの本に、ポパイの漫画は、子どもたちにほうれん草を食べさせる手立てとして考えられた成功例と書いてあったようでしたが、ポパイを読まなくても、摘み立てのほうれん草は、柔らかくて、すてきな味わいがあります。
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  「我が物と思えば軽し 傘の雪」と申しますか、 身びいきの思いも作用しているようですが、これに味をしめて、春の野菜を計画したいと思います。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年1月21日 (木)

短歌の魅力

 五七五七七のリズムの中に、詠み込まれる世界の広さ、深さ ・・・ それが、短歌の魅力ではないでしょうか。

 たとえば、春の七草を覚えよと言われたとき、どこから覚えようかと眺めていても、頭に入りにくいですね。

 でも、「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ七草」 と短歌の形になっていると、このリズムで口ずさめば、割合、歩留まりよく頭に入るように思います。いかがですか。

 ほんのときおり、図書館で借りて、角川の月刊誌『短歌』を読むことがあります。2015年の8月号に今井恵子というかたの「歌集 歌書を読む」の中に、教育者として定年を迎え、退職後に札幌に移り住んだ清水芳洞さんの『六花』という歌集が紹介されていました。

 その中に、私の目を引いた歌がありました。

 教育とは教はりしことおしなべて忘れし後に残るものをいふ

 うーんと思ったのは、ある宣教師さんが語られた言葉、「教養とは ある人が身につけたものではなく、その人から奪い去ることができないものをいう」 と即座に結びついたからでしょうね。

 というような関わり方ですが、ゆるやかに短歌を味わうことを楽しみながら歩んでいきたいと思っています。

 今日も、よい日となりますように。

     今日は、長男の誕生日です。 おめでとう (^J^)

Fullsizerender

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2016年1月20日 (水)

薬  食前 食後 食間

 小学校の6年間は皆勤、中学校では1日だけ欠席 ・・・ そういう私でしたから、これから書くことは、多分、高校生の時のことだと思います。

 体調を崩して、お医者さんにいただいてきたお薬の袋に、こう印刷されていました。私の記憶違いの可能性もあるのですが、こうあったように思います。

「 食前  食間  食後」 そして「食間」に○印がついていました。  さて、私は、どうしたとお思いですか。  では、次のシーンです。

 夕食時、食事の途中で、行動を開始した私に、父が声をかけました。 「何をしとるんや」

  もう、おわかりでしょうか。 あまり薬に縁のなかった私は「食間」を「食事の中間」と受けとめたのです。 でも、「食間」の薬は、皆様のご存じの通り、食事と食事の間で飲む薬だったのですね。

 父は、「まあ、それだけ薬と縁がなかったということだから、まあよしとするか」と笑っていました。

 懐かしい話です。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月19日 (火)

『母と娘の協奏曲』 千住文子・千住真理子

Photo 『母と娘の協奏曲』 

千住文子・千住真理子  著

時事通信社 2005年5月20日 第1刷発行

 学者である夫、千住鎮雄とともに、3人の芸術家、日本画家千住博さん、作曲家千住明さん、ヴァイオリニスト千住真理子を育てた母、千住文子さんと娘さんとの対話形式で書かれている一冊です。

 千住三兄妹が大きな信頼を寄せ、口をそろえて「表現者になっていたら、きっとすごいことになっていただろう」という、母、文子さんは、この本の「芸術と表現者」の章で、次のように語っています。ブラームスのヴァイオリン協奏曲をどこも支障なく弾いた千住真理子さんは、大きな拍手を受けながら、どこか不満足。そしてその演奏を聴いていた文子さんも、それはどこなんだろうと朝4時まで考えていて一つ気がついたことがあるという場面です。

 ◇   □   ○   ☆   ※

文子 足りなかったものは、年齢と、あと一つ 

 真理子  教えてよ。もういいじゃない、早く!

 文子   本当は自分で分かってほしいから・・・・・・でもいい、言っても?

 真理子 言ってよ。

 文子   呼吸よ。

 真理子  呼吸? 呼吸がどうだったの。

 文子   あのね、演奏には横の動きというのがあるじゃない、横の波と言った方がい     いかしら。それと縦の波があるのね。縦の波と横の波とが交わって十字となる。この縦の波が若いの。分かったかしら?

真理子 ああ、ああ! 分かった! 分かったけれど、それは難しい、とっても。

文子   縦の波が呼吸の息なのよ。深い息があれば、両方の波が交わった点にそれがあれば、もっと立体感があったのよ。 ・・・・・ それには何が必要なのか。 人間です。(笑)

真理子 それじゃ、私が人間が浅いってことになっちゃうじゃないのよ。(笑)

文子   そう。人生経験が深いか浅いかっていうことよ。悲しみを悲しみと感じるところを、あなたはあまりに忙しくってはしょってしまっている。忙しさの中で、人の言った言葉を少しアバウトに聞いている。何かがあった時に十分に人の心を汲み取ってくること、それができるだけの時間がないのよ。だからご飯だって三口で食べる(笑)。それなのよ。

真理子 あーん、図星だねぇ。

文子   それがあの曲の中のどこか分かるでしょう。ブラームスが掘り下げている箇所で心の息遣いが物足りないの。分かるでしょう?

真理子 分かりますよ。よーく分かります。そうだね。

             ◇   □   ○   ☆   ※

 一流のヴァイオリニストとして、長年世界で活躍してきている千住真理子さんに、音楽家ではない母親の文子さんが語る言葉が、相手が図星だと受け止めざるを得ないものになっている ・・・ そういう歩みを長年にわたって築き続けていることが伝わってきて、頭が下がります。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

 

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2016年1月18日 (月)

ウイーンフィルのニューイヤーコンサート

  録画しておいたウイーンフィルのニューイヤーコンサートを見ていましたら、ウイーン少年合唱団が登場していました。 

 少年時代、ウイーン少年合唱団の登場する映画を見たことがありました。
「野バラ」は入団した子がいろいろな体験をする筋立てだったと思います。「菩提樹」・「続菩提樹」という、後に「サウンドオブミュージック」にも描かれたトラップ一家の映画には多分、ウイーン少年合唱団の団員が出演していたのだったと思います。山本富士子さんも出演していた「この道」にも、ウイーン少年合唱団が登場していたのではなかったでしょうか。懐かしいです。
 ニューイヤーコンサートでは美しい歌声を披露して大きな拍手を浴びていました。ますますの活躍をと思いました。 団員に、日本人ではないかという顔も複数あったような気がします。
 会場に、着物姿の日本女性の姿も何人かおられました。 コンサート、口笛やため息が挿入さるなど、気の利いた演出がなされて、何といっても、ウインナーワルツの粋な演奏は、他の追随を許さない楽しく、すてきな演奏でした。 ゆったりとシュトラウスたちの音楽に浸れて、喜んでいます。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月17日 (日)

平和をつくる者

 山上の垂訓・・・イエス・キリストが山の上で語った言葉を記した聖書のこの箇所をご存じの方は、多くいらっしゃることでしょう。

 その一節に、「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから」とあります。
 平和 ・・・ 国と国の争いがない状態を思い浮かべます それはとても大切なことです。そのことは、願い続けます。 心から希求せずにはいられません。
 それと同時に大切なのは、自分と周囲の人たちとの間の平和です。 これは、とても身近なことで、世界平和よりも保つことが手近なところにあり、手が届きやすく、維持しやすそうに、思えます。
 でも、なかなかどうしてどうして ・・・  聖書に、こういう言葉も あります。 「人には出来ないことが、神には出来るのです」  自分と同じ重さで 身近な人をたいせつにすることは、なかなか出来ない ・・・それができれば、家族をはじめ、自分の周囲の人々との平和をつくり出すことは可能だと思いますけれど。
  今日も、よい日となりますように。
  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
 写真は、クリスチャンの友人が作られた3Dアートで、今日ご紹介した聖書の言葉をテーマとした作品です。このブログに掲載させていただき、ありがとうございます。
Photo

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2016年1月16日 (土)

氷塊も 氷解

Frost   暖冬ではありますが、気温が下がる日もあり、ふるさと高山では氷点下の朝も出てきました。岐阜市でも、屋根に霜が降りる朝があります。その光景を見て、今日のタイトルが浮かんでまいりました。

 霜がほとんど解けている面と、霜に覆われて白い面があるのを見ていただけるでしょうか。

 突然ですが、現在、心配事、悩み事を抱えておいでのかたは、おいででしょうか。

 そういうときは、いつになったらこの問題が解決して、肩の荷が下ろせるやら そんな日が来るのだろうか という思いになりますね。

 でも、屋根を白く覆っている霜も、そして海を閉ざしている氷の塊も、零度より少しでも高い気温にさらし続ければ、時間に長短はありますが、必ず溶けるときが訪れる・・・これは、真理です。

 大切なのは、なかなか解けないからといって冷蔵庫・」冷凍庫に氷をしまいこむようなことをしないことです。 あきらめないで、肩の力を抜いて、継続する・・・ そうありたいですね。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2016年1月15日 (金)

若者の憧れとなる在り方

 1月15日・・・以前、この日は、「成人の日」の指定席でした。それで、今年の「成人の日」、1月11日に岐阜新聞第一面の「分水嶺」に書かれた記事を紹介させていただきます。

   ◇    □     ○   ☆     ※
 明確な目標がないという若者の言葉に美術家の篠田桃紅さん(103歳)は答える。「先輩が楽しそうじゃないから。老いたる人がやっていることは若い人たちの憧れではない。私たちの力が足りない」自らを見つめる目はなお厳しい。
 ◇    □     ○   ☆     ※
 この篠田桃紅さんのことば、すばらしいと思いました。どちらかというと「今の若い者は・・・」というスタンスになりがちなのが年長者ですから。
 余談ですが、エジプトのピラミッドの中の壁の落書きにも「今の若い者は・・・」という言葉がかかれているのだそうですよ。(もちろん、エジプト語で。)
 ああいう大人になりたいなぁと憧れを抱かせる在り方、生き方をしたいと思います。といっても、力まずに、自然体で、自分がありたい自分、こう生きたいと願う自分を淡淡と目指して、一日、一日を歩んでいればいいと思うのです。
 今日も、そんな一日となりますように。
 篠田桃紅さんの作品展が関市で開かれています。見に行く機会を作れたら、と思っています。
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2016年1月14日 (木)

紙芝居 「金色夜叉」

0001  先日、図書館で「金色夜叉」の紙芝居を見かけ、借りてきました。 まだ新しく、ケースに「はじめてみよう 老人ケアに 紙芝居」とあります。
 ♪「熱海の 海岸 散歩する 貫一 お宮の 二人連れ」という歌詞は知っていますが、尾崎紅葉の原作には、この場面は1月17日のこととあるのだそうです。
 おお、それならば、と近々予定されている介護予防教室のプログラムに取り入れてみようと考えました。
 幸い、メンバーは顔なじみのかたが多く、気さくなかたが多いので、貫一やお宮の役をお願いしたら、快く引き受けてくださりそうです。
 と、ここまで、書いておき、1月12日に、それを実行に移しました。
 お宮の役を受けていただいた方が、貫一役に自治会長さんを選んでくださり、すばらしい好演に会場は明るく、盛り上がりました。
 こういう参加型の時間を多めに設けていくことをこれからも大切にしたいと思います。
 以前、勤務した小学校の校区での会でしたので、気心がわかり合っていたので、出来たことでもありますけれど、温かくお力添えいただいて、たいへん嬉しいひとときとなりました。
 さて、1月14日は、あのシュバイツアー博士、そして51歳で天に召された私の父の誕生日にあたります。 私にとりましては、心を静めて、いろいろなことを思う日です。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月13日 (水)

『消えた剛速球』 与田 剛

0002『消えた剛速球』 ー 157キロで駆け抜けた直球人生 ー

与田 剛 (よだ つよし) 著

KKベストセラーズ 

2001年8月7日 初版第1刷 発行

 与田 剛 投手は、この本のタイトルにあるように、当時のプロ野球界で最速の157キロを記録し、長年、それを破られることのなかった剛速球の持ち主です。

 昨日の山本 昌投手は中日ドラゴンズで、スタートし、引退までドラゴンズで活躍しました。

 与田 剛投手は、中日、ロッテ、日本ハム、阪神と移籍し、プロ生活は1990年から2000年まででした。 特にデビューの年、新人王に輝き、最優秀救援投手のタイトルを獲得しました。

 剛速球で真っ向勝負 ・・・ この本のいろいろなところに強気、負けん気、一本気の性格が顔を出しています。

 そんな中で、わたしの印象に残ったエピソードを、ご紹介します。

 甲子園球場、抑えで起用されそうな展開の場面で投球練習をしている与田投手・・・。

             ◇     □    ☆     ○       ※

 「いてっ」 何かがぼくにぶつかった。見てみると、何とおにぎりだった。投球練習をしているぼくのところにおにぎりが投げ込まれたのだ。当時はまだラッキーゾーンがあり、そのなかにブルペンがあった。レフト側とはいえ、観客はほとんどがタイガースフアンだ。投げたのは阪神のメガホンを持った茶髪の青年だった。・・・・・一瞬カーッとなったが、ケンカをするわけにもいかない。そこでぼくは、おにぎりの製造年月日を確認して一口食べることにした。食べながら、彼がお茶を持っているのが見えたぼくはこうお願いした。

 「どうせなら、お茶もくれよ」 

きょとんとした顔でお茶を差し出したその彼は、最後にこう言った。

「がんばってください」

           ◇     □    ☆     ○       ※

  うーむ・・・2000年に引退した投手ですけれど、ここを読んで、なんだかとっても好感が持てました。 ドラゴンズが勝ったときだけのフアンですけれど(したがって、昨シーズンはあまりフアンになれる日がありませんでした) 今年は、もう少しまじめに応援したいと思います。  ※ ひいきのチームが負けると、その日や翌日は機嫌が悪いというのは、周囲の人にも気の毒ですので(特に、その人が社長だったりする場合) 身内が監督や選手ということでもないので、今までと同じくらいの応援でよいのでは、と思っている私です。

 でも、スポーツ選手の名言は心に響きますね。「プロとは、人としての生き様を示すこと」といった選手もいました。 そういえば、この与田投手に届いたフアンの手紙に「与田さんの姿を見て、自分も頑張ろうと励みになりました」という内容の手紙が会社をリストラされたサラリーマンやその家族たちから届き、与田さんは、驚いたことがあったそうです。 自分が好きでやっている野球だと思っていたのに、その姿に共感してくださる人、自分の存在自体が励みになると言ってくださるかたがいるんだと思うと本当に幸せ ・・・この人たちのためにもがんばろう・・・僕のほうが逆に励まされた・・・という一節がありました。

 与田さんはさて、選手生活を終えて、野球のあり方、チャンスに恵まれないまま選手生活を終える選手を出さないようにと、仕組みを考えて提言するなどの働を続けておられるそうです。

  さて、多くの新人がプロ球団に夢と希望を持って入団しました。努力して磨き上げ、のぎを削る選手たち ・・・元気で活躍し、よいシーズンを築き上げることができますように。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年1月12日 (火)

『覚悟を決める心』 山本昌

0002 『覚悟を決める心』
山本 昌  著
青志社 2015年7月17日 第1刷 発行
 
 中日ドラゴンズの左腕投手 山本 昌さんは、プロ野球で実働28年間で219勝を上げました。プロ野球最年長勝利記録を打ち立てるほど、長年にわたって活躍するのは、たいへんなことです。
   たとえば、ドラゴンズで活躍した左腕のピッチャーには、初登板でいきなりノーヒットノーランを達成した近藤真市投手が居ます。彼は、山本投手の3歳年下です。
 また、やはり左腕の今中慎二投手は5歳下・・・山本昌投手の後から入団し、二人ともだいぶん前に引退しています。
  長い間、苦労を重ねてきた山本投手のこの本には心に響いてくることばがたくさんあります。
 ◇   □   ○   ☆   ※
・風がなくても、いざ吹き始めたときのために帆は高く掲げておくべきだ
・置かれた場所で精いっぱいの努力をする。努力して変わらない人生など、決してない
・人間は努力をやめてしまえば、そこで進歩は止まってしまう。それはたぶん人生の真理なんだ。
・僕には誰にも負けない唯一のとりえがある。それは〝手を抜かずにやり続けること〟である。
・やらなければいけない状況に置かれて、そこから逃げ出さなかった
・人生のハードルは自分で少しずつ上げていく。
などなど。
 教師になろうと考えていたところへ、中日ドラゴンズからドラフト5位で指名。
それから、鍛錬、苦労しながらプロの道を長年築いてきた山本 昌投手のことばには、説得力を感じます。
 新しい道で歩き始める2016年・・・どのように後輩・若手を育てていくのか、楽しみです。どうか、山本昌さんにしかできない後輩育成を成し遂げてくださいますように。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年1月11日 (月)

美しい環境は感性・知性を陶冶(とうや)する

  ムーミンママは、整理整頓が大好きです。家の中を「さあ、整理しよう」とムーミンママが目に力を込めて眺め始めるとき、私、ムーミンパパは身を縮めています。← 整理の対象にならないように・・・見逃してもらえるように と。 いえいえ、これはジョークです。(多分)
 こんなテーマのクロワッサンを借りてきましたら、「こういうテーマ、大好き!」とムーミンママは申しました。
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 こういう本や、テレビの特集などに接していて、いつ、どこからと言えないのですが、こんな言葉が印象に残っているそうです。
◇ 一日に30分ほど、すっきりした部屋の中ですっきりした机に向かっていると頭の状態 も、心もすっきりする    ごちゃごちゃしていると逆のことが助長されるということでもあります。
 聞いて、思い出したことがあります。著書『国家の品格』がベストセラーになった数学者、藤原正彦さん・・・お父さんは「八甲田山」などを書いた新田次郎さん・・・その藤原正彦さんが、ある本で書いておられたことを。
 インドの生んだ世界的数学者三人の故郷を訪ね、美しい環境が彼らの数学的感性、知性をはぐくむ土壌となったと書いておられるのです。藤原さんの持論は、一輪の花を美しいと感ずる心が数学の原点・・・  すてきな言葉ですね。
 さて、お話を戻します。
 上のようなわけでありますから、私も、身を縮めているというところから殻を破りまして、すっきり環境の創造に加わりたいと思います。
 以前、久しぶりに帰省した次男が、混雑していた私の部屋がすっきりしているのを見て「あの部屋が窓辺に花が飾られるようになるなんて、奇跡的!」と感嘆したことがあります。  ムーミンパパも、頑張ります。← と申しましても、ムーミンママの足を引っ張らないように心がけること が、ムーミンパパにできる最大の働きかもしれません。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月10日 (日)

人が歩けば 友と臘梅と柚子にあたる

  お正月の間の運動不足を解消しようと、ウオーキングに出かけました。昼ご飯を食べに、徒歩で出かけたのです。 カレー好きのムーミンパパらしく、目指すはカレー屋さんです。実は、前日、テレビの料理番組で美味しそうな牡蠣フライを見かけて、牡蠣カレーを食べようとイメージして眠りについたのです。
 注文内容に融通のきくお店ですので、ご飯の量を少なめにしてもらって、野菜サラダをつけてもらいました。
 量も、味も満足して、さて、出ようとすると ・・・ なんと友人夫妻が居て、声をかけてくれました。 しばし、会話が弾みました。 めったに行かない店でお会いできるとは、なんとラッキーなことでしょう。
 帰途、それほど大きくない川のほとりへと気まぐれにコースを定めて歩いていますと、とてもよい香りが ・・・  おお、臘梅(ろうばい)が咲いているのでした。 しばし、たたずんで眺めていましたら、育て主のかたが「よろしかったら」と臘梅と、その横の柚子をお土産にと、持たせてくださいました。
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 帰宅して万歩計、6789歩  なんと ねらったわけではないのに こういう数字が出るとは・・・。
 いろいろよいことのあったウオーキングでした。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
聖書  安息日をおぼえて、これを聖なるものとしなさい。
 

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2016年1月 9日 (土)

冬あやめ

2015122511090000   あるご婦人にいただいた冬あやめが美しく花開きました。
 この花をプレゼントしてくださったご婦人は、私たちと同じキリスト教会に通っておられ、お花を育てることに素晴らしい賜物をもっておいででした。
  心から、花を大切にして、はぐくんでおられましたから、きっと花の心、こうしてほしいと花が言いたいと思っていることを聴きとっておられたことと思います。
 冬あやめをくださってしばらくしてから入院され、やがて、天に召されて旅立たれました。何かにつけて、その方が偲ばれていたところへ、この花が咲いてくれたものですから、ムーミンママと私は大いに慰めと力をいただきました。
 花を残してくださった方に、改めてお礼申し上げます。 ありがとうございます。
 今日も、よい日となりますように。
 明日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2016年1月 8日 (金)

年齢は足し算 内面もそうあれば・・・

 年賀状をしたためながら、こんなことを思いました。 年齢は、足し算だけ・・・そうであれば、知性や人間性、心意気なども加算するいっぽうであれば、いいのにと。

  上記のようなことを年末から年頭にかけて思いました。年々体力が減じていくことについては納得するものの・・・。 年齢が増すにつれて、目減りしないでますます積み重ねられ練り上げられていくものが自分の内面のどこかにあるべきだ、あってほしい・・・ と。

  と、ここまで、ちょっと力んで書いてみました。  星野富弘さんの詩画を思い浮かべました。

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 そうだ、今まで重ねてきた年齢は年齢として、今日という一瞬の中を生きていこうと思いました。

  今日も、よい日となりますように。

  今日は私の兄の誕生日です。 おめでとうございます。

  

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2016年1月 7日 (木)

元気になる書  「遊ぼう」

0002  「遊ぼう」 ・・・ 武田双雲さんの元気になる書 第9回 NHKテレビテキスト『きょうの健康』2015年12月号から引用させていただきました。
 エッセイが別のページにありまして、およそ、こんなことを書いておられます。
 ◇   □   ○  ※    ☆
 やるべきことをしっかりとやらなければならない。それはもちろんわかるのですが、「やるべきことを減らす」ことが大事だと思うのです。 ・・・ 講演を依頼されたとき、20代の頃は、当日現場について講演会が終わったらすぐにとんぼ返りというような感じだったのですが、あるときに思いました。「せっかく行ったことのない土地、会ったことのない人々と接する機会なのだからもっと堪能したいと。
  講演前日の午前にその土地に着いて、レンタカーで名所をまわったり、郷土料理や温泉などをたっぷり楽しんでから次の日の講演に臨み、その土地の素晴らしさを織り込んでお話ししたら、こちらのエネルギーは高く、本気で伝えられるからお客さんにもガツンと伝わりました。
  お互い一度きりの人生、ドキドキワクワクしていきましょう。
           ◇   □   ○  ※    ☆
  うーむ、インドの詩人 タゴールの詩の一節を思い浮かべました。
  張り詰めすぎた弦は、美しき音を奏でること、能わず(あたわず)。
 もちろん緩みすぎても 美しい音色で演奏することはできませんので、弦の張り方は微妙ですね。
 今日という日が、美しき音色を奏でることのできる日となりますように。

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2016年1月 6日 (水)

SHIHORIさん提案 おせちの盛り付け 

Photo  お正月の新聞を見ていたムーミンママが、「あっ、このアイデア いいんじゃない」とお勝手へ。
 しばらくして行ってみると、このように・・・。
  料理研究家、SHIHORIさんが、その日の新聞で、いろいろなおせちを重箱に盛り合わせるのも、もちろんいいけれど、家族といえど年齢や好みなど、バリエーションがあるので、その人その人にあわせた詰め合わせも楽しいのでは、と提案しておられたようです。
 いろいろお考えはおありでしょうが、一つのアイデアを受けて、試しに盛り付けたのが、この写真ということということです。
 ここまでお読みくださって、ありがとうございました。
 今日も、よい日となりますように。
 
 

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2016年1月 5日 (火)

『ピアノの森』 第26巻 完結号

0002 『ピアノの森』 第26巻 完結号
一色まこと
講談社 2015年12月22日 第1刷 発行
 表紙の帯に「ついに完結! 18年間のご愛読、本当にありがとうございました。」 とあります。
 18年・・・その期間、書き続ける作者。そして読み続ける読者  すばらしいですね。その間に映画もできたようです(2007年)。
 5年に一度のショパンコンクールに最年少で挑戦した主人公は 世界にどのように迎えられるのでしょうか。
 気にかかる方は、どうぞ。
 物理的には紙面からは彼の弾くピアノは聞こえてこないのです・・・けれど、本の中の聴衆の表情、言葉から聞こえてくるのですね。
 
 一ノ瀬 海(いちのせ かい) や、その師、阿字野壮介(あじの そうすけ)たちの音楽が。
 よろしければ、どうぞ。
 余談ですが、昨年のショパンコンクール、ファイナルに進んだ10人の内、7人のピアニストがヤマハのピアノを用いたそうです。これは、初めてのことだそうです。あとの3人は、スタインウエイ。テレビで、ショパンコンクールに用いられるピアノを調律する人たちの苦心などを追った番組でみたことです。 
 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月 4日 (月)

名もない池 でも有名

0001   この池・・・名前がないのだそうです。でも、「モネの絵の池みたい」と評判が立って、「モネの池」という名が広まっているようなのです。
  何かの小説の書き出しで、「朝、目覚めると、ぼくは有名人になっていた」というようなのがあったように思いますが、この池も、そういう心境を味わっているかもしれませんね。
 正月に帰省した長男が、ムーミンママとドライブに出かけましたら、小さな字で「池」と表示してあるのをめざとく見つけ、無事に行けたのだそうです。
  ムーミンママは、夢見心地のような瞳で「とてもきれいだった」と一言。
  正月の、よきひとこまでした。
 
※ インターネットで「モネの池」と検索していただくと 現れるかも・・・ 夢か、うつつかという雰囲気のある池のお話です。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年1月 3日 (日)

お菓子

Photo  勤めていた小学校の地域のかたが花餅を届けてくださいました。その学校に勤めていたのは12年以上前のことでした。 その時代に低学年だった子が、今、岐阜大学の学生となって、教育実習に打ち込んでいます。

 時の経つのは早いものですね。

  そして、松と竹の手作りお菓子は、ムーミンママの友だちからいただきました。

  おお、梅は、とおたずねですか。

はい・・・別に写しました。

 梅は、ばいとも読むからでしょうか。一つではなく、Photo_2

倍の紅白カップルになっていますね。

 今日も、よい日となりますように。

 2016年、最初の日曜日。

 聖書

 わたし(神)の目に あなたは 高価で貴い

 わたしは、あなたを愛している。

  キリスト教会にどうぞ、お出かけください。

 

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2016年1月 2日 (土)

お餅

Photo  お餅の形は、四角、そして丸、そして、菱餅の形、飛騨の豆餅のようにやや小さな楕円形・・・というふうに、それぞれの地域で築かれてきた食文化が端的に表れていますね。

  この写真、丸いのは、母に、広島県の実家からおくられてきたものです。おすそわけで高山から届きました。 ストーブの上で、四角いお餅と、それぞれの出身地のことばで語り合っているように思えます。

 お雑煮のあり方もいろいろですね。

 どうぞ、よいお正月をおすごしくださいますように。

 

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2016年1月 1日 (金)

明けまして おめでとうございます (^J^)

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  明けまして おめでとうございます。 すてきな2016年となりますように。 
  初春にマリアカフェを訪れていただきますと、玄関は、このようなしつらえとなっています。
  元旦から、ブログを訪れていただき、感謝いたします。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
  よき元旦をおすごしください。

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