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2016年1月13日 (水)

『消えた剛速球』 与田 剛

0002『消えた剛速球』 ー 157キロで駆け抜けた直球人生 ー

与田 剛 (よだ つよし) 著

KKベストセラーズ 

2001年8月7日 初版第1刷 発行

 与田 剛 投手は、この本のタイトルにあるように、当時のプロ野球界で最速の157キロを記録し、長年、それを破られることのなかった剛速球の持ち主です。

 昨日の山本 昌投手は中日ドラゴンズで、スタートし、引退までドラゴンズで活躍しました。

 与田 剛投手は、中日、ロッテ、日本ハム、阪神と移籍し、プロ生活は1990年から2000年まででした。 特にデビューの年、新人王に輝き、最優秀救援投手のタイトルを獲得しました。

 剛速球で真っ向勝負 ・・・ この本のいろいろなところに強気、負けん気、一本気の性格が顔を出しています。

 そんな中で、わたしの印象に残ったエピソードを、ご紹介します。

 甲子園球場、抑えで起用されそうな展開の場面で投球練習をしている与田投手・・・。

             ◇     □    ☆     ○       ※

 「いてっ」 何かがぼくにぶつかった。見てみると、何とおにぎりだった。投球練習をしているぼくのところにおにぎりが投げ込まれたのだ。当時はまだラッキーゾーンがあり、そのなかにブルペンがあった。レフト側とはいえ、観客はほとんどがタイガースフアンだ。投げたのは阪神のメガホンを持った茶髪の青年だった。・・・・・一瞬カーッとなったが、ケンカをするわけにもいかない。そこでぼくは、おにぎりの製造年月日を確認して一口食べることにした。食べながら、彼がお茶を持っているのが見えたぼくはこうお願いした。

 「どうせなら、お茶もくれよ」 

きょとんとした顔でお茶を差し出したその彼は、最後にこう言った。

「がんばってください」

           ◇     □    ☆     ○       ※

  うーむ・・・2000年に引退した投手ですけれど、ここを読んで、なんだかとっても好感が持てました。 ドラゴンズが勝ったときだけのフアンですけれど(したがって、昨シーズンはあまりフアンになれる日がありませんでした) 今年は、もう少しまじめに応援したいと思います。  ※ ひいきのチームが負けると、その日や翌日は機嫌が悪いというのは、周囲の人にも気の毒ですので(特に、その人が社長だったりする場合) 身内が監督や選手ということでもないので、今までと同じくらいの応援でよいのでは、と思っている私です。

 でも、スポーツ選手の名言は心に響きますね。「プロとは、人としての生き様を示すこと」といった選手もいました。 そういえば、この与田投手に届いたフアンの手紙に「与田さんの姿を見て、自分も頑張ろうと励みになりました」という内容の手紙が会社をリストラされたサラリーマンやその家族たちから届き、与田さんは、驚いたことがあったそうです。 自分が好きでやっている野球だと思っていたのに、その姿に共感してくださる人、自分の存在自体が励みになると言ってくださるかたがいるんだと思うと本当に幸せ ・・・この人たちのためにもがんばろう・・・僕のほうが逆に励まされた・・・という一節がありました。

 与田さんはさて、選手生活を終えて、野球のあり方、チャンスに恵まれないまま選手生活を終える選手を出さないようにと、仕組みを考えて提言するなどの働を続けておられるそうです。

  さて、多くの新人がプロ球団に夢と希望を持って入団しました。努力して磨き上げ、のぎを削る選手たち ・・・元気で活躍し、よいシーズンを築き上げることができますように。

 今日も、よい日となりますように。

 

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