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2016年6月30日 (木)

岐阜大学管弦楽団 第45回サマーコンサート

 岐阜大学管弦楽団 ・・・ その前身は「岐阜交響楽団」・・・現在の「岐阜県交響楽団」でした。 私が大学1年生で入団した昭和40年当時、「岐阜交響楽団」は、年齢に関係なく、とにかく音楽に魅入られた人たち・・・幅広い職業人 薬剤師 教師 元オーケストラの団員だった方  主婦 学生 そして、そして高校生も団員となって練習、演奏活動をしていました。 団員の結婚式には♪「結婚行進曲」の演奏に行くのが恒例だったそうです。

 私が大学3年生になったとき、発展的分離ということでしょうか、岐阜大学管弦楽団と、社会人の岐阜交響楽団とに分かれました。

  岐阜大学管弦楽団の第一回定期演奏会 ・・・ そのときの曲目の一つが、今回のコンサートと同じ曲 「新世界から」でした。 当時が懐かしいです。

0001 若人たち、年々着実に力を付け、それがバトンタッチされて、すばらしい演奏が楽しめるコンサートです。 ああ、時の経つのは早いものですね ・・・ 遠いまなざし・・・

 ちなみに第一回サマーコンサートではウイリアムテル序曲が曲目にありました。 教育実習に行った学校の6年生が聴きに来てくれて張り切ったことを覚えています。 ・・・うーん、今、トランペットを吹こうとしても難しいです。 まず、身体作りから取り組まなくてはいけませんから。 やはり、ピアノを集中的に練習する方がよさそうです。ピアノもよい音は鍛えた身体から。(トランペットは迷惑をかけない練習する場を考えなくてはいけませんし・・・。外に音を出さずに練習者だけイヤフォンで聞ける装置もあるようですけれど。)

 6月のフィナーレ、今日も、よい日となりますように。

 

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2016年6月29日 (水)

滝廉太郎忌

 6月29日は、滝廉太郎忌だそうです。1903年のこの日に24歳で召されたそうです。『音楽の366日話題事典』によりますと、「荒城の月」のモデルとなったのは滝廉太郎が13歳から16歳まで過ごした大分県竹田市の岡城跡・・・雄大な石垣と桜の景観が見事だそうです。 もう一つ、モデル候補があり、彼が父の転勤のため8歳から数年住んだ富山市の富山城跡だそうで、こちらは小さなスケールだとのこと。

 「荒城の月」のメロディは外国でも親しまれて、洗礼式の時の讃美歌になっているところもあるそうです。

 洗礼を受けてクリスチャンとして歩んだ滝廉太郎でしたが、戒名も残っているのは、その時代の家を大事にする家父長制度とも関係があるのかもしれません。 その時代のいろいろなしがらみや闘病生活の中にあって自らに誠実に生き通すということを大切にし、短い年数の間に多くの名曲を世に送り出したすばらしい人・音楽家だったと改めて思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年6月28日 (火)

まれなるケーキ

 まれなるケーキ ・・・ そうです、まれなるケーキ、いえ、マロン・ケーキではありません。 うーん、写真をお目にかけますね。

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  この5月に古希を迎えた私を祝って、28歳の時に担任した2年8組の教え子たちが贈ってくれたケーキ  古希のケーキ・・・こうしたケーキはなかなかつくられることがないでしょうから、まれなるケーキです。 
 このクラスは、担任はいたらなくてもよき生徒、よき学級は育つ という見本のようなクラスでした。 ・・・私の受け持ったクラスすべてについて、それは言えることだと 反省しつつ、思うことですけれど。

 サプライズで、このケーキが出現してから感激が持続していて、今も言葉が出てきません。  本当にありがとう。 2年8組を担任したときの私の年齢28の倍の年に皆さんは達したので (ということは4年後には還暦を迎える ?!) どうぞ、出来るだけ健康を維持増進して ますます 社会で活躍し、ご家庭・ご家族を大切にしてください。 感謝を込めて (^J^)

↑ これは、私の教員時代に出会った児童生徒の皆さん すべてに伝えたい「贈る言葉」です。 本当に、ありがとう!

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月27日 (月)

劇 「祭りよ、今宵だけは哀しげに」 はぐるま 公演

 岐阜の劇団はぐるま 第136回公演  

   「祭りよ、今宵だけは哀しげに」 ー銀河鉄道と夜ー を 観ました。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に想を得て、二人の高校生が書き上げた作品の再演だそうです。 ミュージカル仕立てです。

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 ひきこまれて夢中で観劇しました。不思議な力が働いて、遠方にいる小学生の孫娘二人も一緒に観ることが出来ました。この二人は身を乗り出して観ていました。

  コミカルな場面もあるのですが、素早い動作とかなりの運動量を見事にこなしながら、はっきりした声で、息切れもせず演じきる劇団員さんたち ・・・ 普段の修練・鍛錬の豊かさが偲ばれます。

  「銀河鉄道の夜」の書かれた背景には、宮沢賢治の妹さんが亡くなったこと、そしてタイタニック号の遭難で多くの人命が失われたことなどがあると聞きました。 そうした原作を生かしながら 観る人・・・ 子どもも大人もいる・・・をこの劇の世界に招き入れ、見事に演じきったことに 心からの拍手を送りました。

 舞台には、熱演するかつての教え子の姿もありました。ひたむきなその姿に今は、私のほうが教え子になって学ばせてもらっているような思いがわき上がってきました。 心から、感謝の拍手と、力一杯のエールを贈ります。 ありがとうございました。 健康で、ますますのご活躍を (^J^)

生かされて ひと日 ひと日が 晴れ舞台

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年6月26日 (日)

『フェルメールの楽器』 ー音楽の新しい聴き方ー

Img11『フェルメールの楽器』 

-音楽の新しい聴き方ー

梅津時比古 著

毎日新聞社 2009年7月30日 発行

 梅津時比古さんの名は、どこかで見かけたことがあると思いましたら、月刊誌『婦人の友』におんがくてちょう  Music-Notizbuch を連載しておられる方でした。

 この本は、毎日新聞の夕刊の芸能面に月2回掲載されている「音のかなたへ」と、月一回掲載の「コンサートを読む」をまとめたものだそうです。

 本の題名にもなっている「フェルメールの楽器」は見開き2ページの文章です。 他の章も、新聞掲載のスペースがそうだったのでしょうね、同じほどの分量で、読みやすい本です。 引用で概略をお伝えします。

   ◇    □    ○    ☆   ※

  フェルメールの絵、「牛乳を注ぐ女」で、窓ガラスから差し込んだやわらかい光が、一筋に落ちる牛乳の白をきらきらと光らせているのは、注がれるひそやかな音の形容として描かれているのであろう。ここでは光は音の描写としてある。・・・X線調査によって、窓の上部のスペースに、もともとは何かが描かれていたことが分かっている・・・特定されていない。そこに描かれていたのは楽器ではなかっただろうか。・・・仮説だが聞こえるか聞こえないかの音が壁から放射されると(フェルメールは)考えていたような気がしてならない。(中略)

 

 「真珠の首飾りの女」でも、制作の過程で椅子の上にいったん描いたリュートを、その後に塗り込めていることがX線調査で分かっている。 音が直接聞こえるわけではない。しかし、牛乳を入れるかすかな音が、やがて、壁から立ち   のぼってくるやわらかな楽器の音とハーモニーをなし、静けさが聞こえてくる。

  ◇    □    ○    ☆   ※
 ※ こういう文章で描かれていると、絵、そして音楽が一体となって、フェルメールの世界が立体的に浮かび上がってくるように思われます。 他の文章も読み応えがあります。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。神様が喜んでくださいます。

 

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2016年6月25日 (土)

花のリレー 夏椿から くちなしへ

 ふと気がつくと、夏椿の花の数が少なくなり、佳い香りのくちなしが たくさん咲く庭になっていました。 ← 何と、のんきなことを と 同居人は思っていることでしょう。 私の知らないところで、毎日毎日、駆虫していたのですから。

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  ごらんのように、葉っぱには穴が空いていますが、花は無事に咲きました。他にもアガバンサス、百合などが咲いていますが、見頃を少し過ぎた感があります。
 野菜コーナーでは、ミニトマト、ゴーヤなどが花を咲かせていますので、これからが楽しみです。
  友人が、ニンニクは消毒しなくても虫が付かないと教えてくれました。 できれば、駆虫しなくてもよい平和の中で収穫できる作物がいいのですが、そういう作物は限られているのでしょうね。
  たとえばタマネギなどは、どうなのでしょう。かじって涙を浮かべている虫を思い浮かべると なんだかユーモラスですが・・・。
  あなたの周りでは、どんな花が元気でしょうか。
  今日も、よい日となりますように。
    明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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2016年6月24日 (金)

宮城まり子さんの講演

 6月23日(木)、岐阜市文化センターで、宮城まり子さんの講演会がありました。

 ご存じの方も多いことでしょう。ねむの木学園を設立して、50年近く歩んでこられました。靴磨きの少年の歌でNHKの紅白歌合戦に出られたこともあります。司会が宮田輝さんのころ、私はラジオでそれを聞いた記憶があります。

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 89歳と2か月だそうで、普段は車いすに乗っておられるとのこと。ステージには歩いて登場されました。とても気さくで、あたたかい人格が会場を包みました。テーマは「やさしくね やさしくね やさしいことはつよいのよ」 でした。

 フィナーレ近く、ねむの木学園の生徒さん二人が登壇し、上記のテーマを歌ってくれました。 宮城まり子さんがふだん、生徒たちとどんなふうに歩んでいるのかが伝わってきて感銘を受けました。 生徒さんたちはとても素直で、のびのび、堂々として声も大きく、自己紹介や挨拶をしてくれました。

 ねむの木学園の子たちの描いた絵は、外国で展覧会が開かれ、本にもなっているのですが、この日、岐阜に来てくれた生徒さんたちはその本のどの絵を自分が描いたのか、誇りをもって話してくれたのです。

  温かい感動に満ちた時間でした。 

  まり子さんは、時々、呼吸を整える間をとられましたが、話す声は大きく、はっきりしていました。講演が終わったときには、ステージの袖から車いすに来てもらってそれに乗って明るく挨拶しながら去って行かれました。

  実は、演台の上に宮城まり子さんの好きな花、ブバリアが飾られていて、前から三列目、左側に座っていた私の席からはお顔が時々しか見えなかったのです。途中で、まり子さんは、それに気がついて花瓶の位置を変えられ、それからはしっかりとお顔が見えるようになりました。 そんな心配りもごく自然になさる方なのですね。 白い十字架のように見えるので、ブバリアの花がお好きなのだそうです。

 今日も、よい日となりますように

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2016年6月23日 (木)

ワインのソムリエ

 ソムリエといえば、ワインに関する達人だと思っていたのですが、このごろ、いろいろな飲み物(ひょっとすると飲み物以外にも)にソムリエと呼ばれる達人たちがおられるようです。

 21日、少しテレビを見ていましたら、品種 産地 収穫年 の三つをあてるという課題がソムリエ大会にはあることが報じられていました。 他にも、どんな料理に合うかというような組合せの知識が問われたり、実際にワインを選び、お客の意向を尋ね、グラスに注ぐこと、そして、日本語でなく、英語かフランス語のいずれかで 説明・アピールする力も求められるなどなど、敷居が高いなぁと思いました。
 ① 品種 ・・・200種類ほどあるとか
 ② 産地 ・・・50カ国ほど
 ③ 収穫年・・・2014年とか なんとか。 
 もちろんラベル なし の状態で あてっこするのです。どうやって当てるのでしょうね。
  ほほえましかったのは、国際ソムリエ大会に出場する挑戦者の準備を、幼い子どもが手伝っているシーンです。  はかりの上に置かれたグラスに、お父さんがワインを注ぐ・・・
その子は、真剣な表情で、はかりの目盛りを読み取って記録し、あらかじめ決めてある数値に適合しているかどうか、○ × で厳粛に告げるのです。
 こういう親子のコラボレーション すてきですね。 「おとうさーん ソムリエの運動会 がんばってね~」 と送り出されていました。
  えっ、私ですか ?   ワインをたしなむ などということは、めったにありません。 ミルクを低脂肪か普通のにするか とか、家庭的な雰囲気を求めてココアを飲むか ずーっと昔には カルピスを けっこう 愛飲していたこともあったような ← キャッチフレーズの「初恋の味」 というのが気に入っていたのかも知れません。 おお、「初恋の味」というキャッチフレーズ、そしてそもそも カルピス を知らないかたもおありでしょうね。
 失礼いたしました。 ともかく、ひとつのことを幅広く、奥深く極め続けるかたの真剣さ、磨き抜かれた実力、人格、風格 そして笑顔 などには、心を打たれま
すし、敬意を表します。 
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 いただき物のトウモロコシ ・・・ 最高に おいしかったです。ありがとうございました。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月22日 (水)

葵丘(ききゅう)の会盟  古い時代の中国で示された「叡知」

  これは、作家、井上靖さんが「人間の叡知を」ー核状況下における文学ーとして日本ペンクラブの会長だったときに日本で開催された国際ペン東京大会(1984年)クラブで挨拶で紹介された中国の故事です。   

          葵丘(き きゆう)(河南考城)での会盟

 春秋時代、BC651年 斉桓公姜小白が諸侯と葵丘(河南考城)で会盟する。

 斉桓公が即位して三十五年、覇業の頂点となる会盟です。
斉桓公に擁立された周襄王は感謝の意をこめて祭肉や宝物を斉桓公に贈りました。

 それを機に葵丘で会盟を開きました。
この会盟で諸侯達はいくつかの約束事を決定しました。
 その内容は
「水流を勝手に変えてはならない(川の上流の国が下流の国に洪水や旱魃の被害をもたらすことを防ぐため 特に黄河)」

「飢饉の国に対し、食糧の輸出を停止しない」
といった国際的なことから、

「太子を廃立しない」といった、内政的なことまでありました。

 会盟に参加したのは周王室の太宰・周公(宰孔)と斉桓公の他に魯、宋、衛、鄭、許といった国々の君主です。

  ◇     □      ○     ※     ☆

 井上靖さんは、圧倒的な黄河の水流を戦争の武器としないことを誓い合ったことに着目し、それを現代の核兵器に対して全世界が生かすべき人類の叡知だと呼びかけられたのです。

 中学校の国語の教科書で、井上靖さんの文を呼んだ記憶があったので、そのもとになった中国の史実を調べていて、上記の文に行き当たりました。

   この会見の場所が廃(すた)れていたので、井上靖さんは私財を投じて、この会盟の地にこの史実を記念する建物を立てられたようです。

  BC651年に中国の地に生きていた人たちの叡知 ・・・ とても残念ながら歴史は、そこで素晴らしい平和が訪れ、以後、争いは起こらなかったと告げる展開にはなりませんでしたけれども、それだからこそ、叡知を巡らす歩みは停滞させてはならないのですね。

 そのことも心して、現代に生きる私たちは「叡知」を発揮できるように進んでいきたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2016年6月21日 (火)

あさがお 『種蒔きもせす』から

 星野富弘さんの『種蒔きもせず』から、あさがおです。星野さん、ありがとうございます。

Img_000211_2 我が家では、ゴーヤがネットを上ろうとしています。今年は一本の苗は白ゴーヤにしてみました。 生長が楽しみです。

 私自身は、ショパンの「雨だれ」を梅雨時になると練習しています・・・あまり、這い上がっていません (^_^;  今年こそ、と思いつつ。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月20日 (月)

半夏生(はんげしょう)  『種蒔きもせず』から

 昨日の星野富弘さんの本『種蒔きもせず』から、今の季節にあった花の詩と絵を今日、明日と紹介させていただきます。星野富弘様 ありがとうございます。

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 画像をクリックしていただくと、少し大きくなると思います。 パソコンなどの環境にもよるかもしれません。 

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月19日 (日)

『種蒔きもせず』

Img_000311『種蒔きもせず』

星野富弘 詩・絵

偕成社 2015年5月 初版第1刷

 本の名前は聖書 マタイによる福音書6章26節から つけられています。

 今日は日曜日ですから、少し長めに引用させていただきますね。

マタイによる福音書
6:25 わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
6:28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
6:32 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

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  ハナニラ    この花はこの草にしか咲かない 

          そうだ 私にしかできないことがあるんだ

  今日も、よい日となりますように。

  日曜日。キリスト教会にお出かけください。

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2016年6月18日 (土)

橘曙覧(たちばな あけみ) 独楽吟

Img_000111 たのしみは朝おきいでて昨日まで無りし花の咲ける見るとき

  この歌は、1994年6月13日、天皇皇后両陛下ご訪米の歓迎式典でクリントン大統領が歓迎のスピーチのフィナーレに引用し、そのことで広く知られることになった橘曙覧の「独楽吟」52首の9首目の歌です。

 「独楽吟」52首すべてが たのしみは で始まって、・・・とき で結ばれているそうです。

 そういうことができるとは、どんなに幸せな生涯を送った人だろうと思われるのですが、家庭では、長女、次女を亡くすなど悲しみが多かったようです。家業を継いだが大きな負債を負って、28歳で隠居。住まいを黄金舎(こがねや)と名付けたのは山吹がたくさん咲いていたことからだそうです。その後も三女を亡くしたり、大病を患ったりしたそうですが、心は、枯らさず、黄金の花を咲かせていたのではないでしょうか。

 書も、独特のあたたかみのある連綿の美しさに特徴があります。 ← これは、写真にある福井市橘曙覧記念文学館刊行の『橘曙覧入門』の受け売りです。

 飛騨高山に本居宣長の門人であった田中大秀(たなか おおひで)を訪ねて、その門人になって学ぶなど学ぶことに熱心な人でもありました。

 正岡子規は、この橘曙覧を高く評価していたそうです。

 橘曙覧の郷里、福井市では、「独楽吟」にちなんで、平成独楽吟を募集する事業が生まれ、20年を越えています。

  関心がおありのかたは、下記のURLをクリックしてください。受賞作が紹介されています。

http://www.city.fukui.lg.jp/kankou/bunka/sinkou/p017140.html

 ※ このブログを書くにあたり、友人である俳人に 上記の資料ほか、いろいろお世話になりました。ありがとうございます。

 さて、 今日はどんな楽しみのとき となるでしょうか・・・よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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2016年6月17日 (金)

『百歳の力』 篠田桃紅

Img_000211『百歳の力』 

篠田桃紅 著

集英社新書 

2014年6月22日 第1刷 発行

2015年6月21日 第6刷 発行

 墨を用いた抽象表現の芸術家 103歳の篠田桃紅さんと 104歳の現役医師 日野原重明さんの 対談をテレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 ぴしっと背筋の通った姿勢で対談しておられましたね。そして、この本の文章・内容も、そのとおり、ご自身の考え・生き方がぴしっと貫かれており、それはそれは心地よいほどです。

 手なずけられないものに惹かれる

の章をご紹介いたします。

      ◇     □     ○     ※    ☆

  墨はいつも裏切ります。日々刻々と変わるお天気やこちらの気持ちに、非常に敏感に反応する。私などにちっとも手なずけられない。冷たいんですね、いつだって。私に一緒にならないで、一歩も二歩も離れている。墨っていうものは、そういうものなんです。私は、手なずけられないということに、好き嫌いというより、惹かれる。

 あるときは、思いもかけないぐらい、墨は美しい表情を出すんです。自分でも、こんなにうっとりする線が引けるとは思わなかった、っていうものを授けるんです。ときどき、私を越える。こんなに美しいものを描ける力があったんだって、自分で自分にびっくりする。惚れ直すことが出来るんです。墨には、それくらい幅があるんですよ。 だけど、やっぱり、その線は、私の中にあるものなんですね。墨は、敏感すぎるくらい敏感だから、描いているときに派生している私の気分を拾うことがあるんです。・・・中略・・・

 中国の乾隆帝の時代(清の第六代皇帝、在位1735年から95年)につくられた墨が一番いいとされている。・・・その墨は、どこかの谷間に生えている松の根を燃やして、遙か高いところまで昇ったいちばん軽い煤(すす)だけを集めて固める。それを頂煙墨と言って、いい墨の代名詞となった。・・・墨というのは、火でつくられて水で生きます。火であって水なんです。相反する両極を持つから、美しいんですよ。どんな人も、どんなものも、届かないものを、墨は持っているんです。

         ◇     □     ○     ※    ☆

  墨を磨って(すって)芸術作品を生み出すことに打ち込んできた方のおっしゃることですから、深みがありますね。

 墨童(ぼくどう)という言葉をこの本で初めて知りました。

  墨を磨るのは、12歳ぐらいの、無心で、あまり力の強くない子ども。大人の力では得られない、子どもが磨る墨色がいちばん美しいからと、墨童という童を雇った。それくらい、墨というのは繊細に取り扱われていた。

 奥が深い世界ですね。103歳を超えて、修練を積んでおられることに心から敬意を表します。

  今日も、よい日となりますように。

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2016年6月16日 (木)

『嬉しうて、そして・・・』

Img11『嬉しうて、そして・・・』

城山三郎  著

文藝春秋 

2007年8月18日 第1刷 発行

  芭蕉の句 おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな を連想させる書名ですね。 城山三郎さんは、名古屋生まれだそうで、それを知って少し身近に感ずるようになりました。

 書かれた作品の中ではNHKの大河ドラマとなった「黄金の日々」が、私は好きです。

  読書好きで、足しげく通った図書館が休館していて、その日に同じく図書館にやってきた女性と少し、会話・・、後に再会する奇跡的な機会があり、その女性と結婚された。 運命の赤い糸 ?! 

 先に、その奥様が召され、城山三郎さんもお亡くなりになった後に、『そうか、君はもういないのか』 という本が城山三郎さんの次女、井上紀子さんと新潮社編集部の手で、遺されたメモや原稿を再編集して出版されました。これは、テレビで放送され、多くの人の共感を呼びました。

 さて、この本『嬉しうて、そして・・・』を読んでいて、気骨の人 ということを改めて思いました。

  収められている文章に「指導者の覚悟について」という、ある政党の勉強会での講演があります。その講演で、城山三郎さんは、宰相、浜口雄幸さんの政治家としての生き方をきっちりと語っておられます。

             ◇    □    ○    ☆    ※

  政治家は国民の道徳の最高の基準を生きなくてはいけない。国民全員が見ている。自分たちの生命とか幸福が政治家たちの行動にかかっているわけですから、非常に大きな期待をもって見ている。だから国民の道徳の標準を超えていなくてはならない。「およそ政治ほど真剣なものはない。命がけでやるべきものである」とも言っています。 ・・・浜口はその言葉どおり命を捨てて金解禁をやり遂げました。 後藤新平に声をかけられ、俸給が10倍以上になる機会でしたが、塩の専売という、民間の恨みを買う、やりづらい仕事をやりかけたのは自分 他の人は私ほどには責任を感じないでしょう、どんなことがあってもこれをやり遂げますと言って、誘いを断ったのだそうです。

  金解禁は、どんどん膨張する軍の予算を抑える唯一の手段として断行し、自分の身を警備する費用も人員も削りました。その彼がほとんどガードのない状態で、東京駅で撃たれました。

 首相代理が、必ず今国会中に浜口首相は出席しますと答弁した・・・その後症状が悪化し、絶対安静となったそうですが、末の娘さんの手をつかんで、こう語ったとのことです。

 「お前に最後の頼みがある。国会に立つという約束は、国民に対する約束だ。自分はどんなことがあっても立ちたい。そうしなければ・・・総理たる者が約束を破れば、国民はいったい何を信じて生きていけばいいのか。だからどんなことがあっても、自分を国会に出してくれ」と。

 娘さん・・・大橋富士子さんは、靴も履けなくなっている浜口総理のズボンに靴の形に切った布を縫い付けて、お母さんや医師を口説いて国会にお父さんを出したそうです。   まもなく、浜口総理は亡くなりました。

           ◇    □    ○    ☆    ※

  政治家のかたがた そして、それだけでなく、私たちの姿勢をただしてくれる 厳しい、そして崇高なお話ですね。

  今日も、よい日となりますように。

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2016年6月15日 (水)

『卜伝飄々』(ぼくでん ひょうひょう)

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『卜伝飄々』(ぼくでん ひょうひょう)

風野真知雄  著

文藝春秋 

2015年8月25日 第1刷発行

 生涯に200人と試合をして、負けたことがないと言われる剣聖 塚原卜伝が老境にさしかかった時代の話 七篇が収められています。題名の通り、飄々とした味わいがあります。

 第六話 「月を斬る」での 卜伝と若い女性との会話には 笑いを誘われました。

「夜、剣をふってますね?」

「ああ、ご覧になりましたか」

「上のほうを向いてませんか?」

・・・

「じつは、月を斬る稽古をしておりましてな」

「まあ、斬れるのですか?」

「斬れないでしょうな」

「斬れないのに稽古を?」

「惚けましたかな」

答えないところを見ると、疑いはもっているらしい。

「だが、老いて惚けるのは、もしかしたら人が次の高みへ達したのではないかと思ったりしましてな」

「次の高み?」

「ええ」

「でも、惚けるのに努力は要りませんでしょ。わらわの叔父にも老いて惚けた人がいましたが、高いところに行ったというより、目いっぱい下まで降りたというようすでしたよ」

「そうでしたか。では、努力して惚けると、次の高みに達することができるのではないでしょうか」

「努力して惚ける? どうも卜伝どののおっしゃることは、ときどきよくわかりませんね」

    ◇     □     ○    ☆

 こんな調子なのですが、いざ、剣を持って立ち会うと めっぽう強い ・・・ 危ない目にもあうのですが、勝つ工夫を惜しまないのですね。

 身体も、しっかりと鍛えていて、自分と同年齢の剣士と対峙して、相手の鍛錬のなさがすぐに伝わってきて、これほど衰えるのか、と無残に思うところもあります。

 毎日、剣を振らなかったのか。衰えたと思ったあたりを鍛え直したりしなかったのか。身を慎み、毎日、やるべきことをやらなかったのか。

うーむ、私に向かって言われている言葉のように思えてきました。

 本の結びでは、四回目の家出 ・・・修行の旅に卜伝は出かけています。何と80歳を越えているのにです。 すごいですね。

 ちなみに、宮本武蔵も不敗ですが、戦ったのは60余たびだそうです。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月14日 (火)

大切なことから目を離さないで

  保育園や幼稚園、学校であったことなどをお母さんに聞いて欲しくて、駆け足で帰宅した子 ・・・ 夕餉の支度に立ち働いているお母さんは、なかなか耳を傾ける時間が作れずに言います。 「あとで」

 どちらにも悪気は、ありません。これっぽっちもないのです。 でも、心は、すれ違ってしまいます。

  ぴちぴちと生きている子どもには、そのとき、そのときが ベストタイミングなのですね。  いつの時代にも人類の直面してきた そしてこれからも直面する大きな課題 というと大げさでしょうか。

 いえ、夕餉ではありませんが、今朝、台所に立って 料理というほどではありませんがミニミニ クッキングをしようとしたら、なかなか難しかったのです。

 いただいた枝豆をゆでる  お湯の量・煮立ち具合・塩を入れる量とタイミング   ゆで卵 ・・・ 栗原はるみさんによると、卵を冷水に入れて、ガスに着火してから13分でほどよい加減に  コーヒー 最初に20CC注いで約20秒蒸らし、その後、お湯をとぎらせずに2分程度注ぐ

トースト 焦がさず ほどよいところで スイッチオフ (オーブントースターを使っています) 八つ切り 四つ切り などで 違ってきます 冷凍庫でのパンのこおり具合 その日の気温で 微妙な調整が ・・・

 うーん  上記の品々の仕上がるタイミングをうまく合わせるのは至難の業! もし、ここに幼な子が 一生懸命に話しかけてきたら ・・・  お父さん、あなたの出番です という声が上がるわけが 台所に立つと やっと理解できそうに。 遅まき あまりにも遅まきではありますけれど。子どもたちが巣立って、定年退職後9年働いて やっと朝食作りの生徒として台所に立つというのは・・・。

  偉大な女性 お母さん方に 敬意を表します。

  でも 私なりにそのとき、そのとき ひたすら懸命に 励んできたのです。いたらないながら (^_^; 世の男性も、そうでありましょう。 私などより ずっとずと 素晴らしく

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              雨の中 仲良く咲いた 夏椿四兄妹 

  さぁ、今日も 大切なことを 見つめ続けて 歩む よい日となりますように。

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2016年6月13日 (月)

三夜目のホタル

 ホタルを見に行きました。この夏、三回目のホタル ウオーキング ← 今浮かんだ勝手な造語です。 すみません。

 五月下旬が一回目 ・・・ その夜は一匹か二匹。 行きに見たのと違うところで帰りに見かけたのですが、同一ホタルか別のホタルかが見分けられなかったのです。 まだ早いけれど、接待係になって おまえ、ご苦労だが少し光っておいで と言われて 出てきたみたいでした。

 二回目は、先週 ・・・ 歩数計があまりに少ない数字を示すので、ホタル ウオーキング ・・・ 10匹ほどが光を放っていました。

 三回目は、同じように足を運んで見に来た人たちが数人居ました。 初めてホタルを見た幼な子の喜びの声に あぁ、やっぱり慣れっこにならないで新鮮にこの神秘な光を喜びたいと思いました。 ホタルは三十匹ほどいたでしょうか。  訪れた人との会話も自然とはずみ、楽しい時間となりました。

 そうした夜があって、目覚めて、迎えることができた朝  ・・・ それを当たり前のように思わないで 感激して一日一日を始めることが出来たら すてきですよね。

 「今朝のコーヒー 特別に おいしい」 

「おお、このトーストの焼け具合 ひと味、違うね」

 などなど。

 今日も、新鮮な思いで、よい日となりますように。(^J^)

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2016年6月12日 (日)

『泣き虫ハアちゃん』

Img1『泣き虫ハアちゃん』

河合隼雄 著

新潮社 2007年11月30日 発行

 巻末に河合隼雄さんの奥様、河合嘉代子さんの文があります。それによりますと、この本は、河合隼雄さんが遺した最後の本だとのこと。連載中だったこの『泣き虫ハアちゃん』は、河合さんが脳梗塞で倒れたため、未完で終わったそうです。

 この本の舞台は、河合さんが生まれ育った兵庫県・丹波篠山(ささやま)。話はフィクションですが、河合隼雄さんの少年時代のイメージそのものと言っていい、と奥様は書いておられます。主人公の泣き虫ハアちゃんは、男ばかりの六人兄弟の五番目 ・・・ その設定も同じようです。

 この本を書くまで、思い出というものを書かなかった河合さん ・・・ なぜか書き始められて、結果的に置き土産になったのは、なんだか不思議な巡り合わせでしょうか。

  幅広い能力を開花させ、著書の多い河合隼雄さん・・・ 多くのお仕事の中で、特にカウンセラーとして、たくさんの方と、そのご家族を涙の中から立ち直るお手伝いをなさった河合さんが、少年時代、泣き虫だったのは、不思議と言えば不思議。 それだからこそ、よきカウンセラーになったとも言えそう・・・ やはり、人間の歩み、人生は奥深いものですね。

  この本に載っている谷川俊太郎さんの詩をご紹介いたします。

 来てくれる

      河合隼雄さんに

                   谷川俊太郎

 私が本当に疲れて  生きることに疲れきって  空からも木からも人からも

 目を逸らすとき  あなたが来てくれる  いつもと同じ何食わぬ顔で

 駄洒落をポケットに隠して    

 あなたの新しい物語は  もう始まっているのだろうか

 あなたの老獪な魂は ふさわしい木の洞を見つけたのだろうか

 心の中でそう問いかけても  あなたは答えない いつものように

 あなたは黙って待っている

 気づかないうちに  私は自分で答え始める

 あなたの新しい物語の中で  あなたとともに生きようとして

 あなたの魂の吹く笛の音に誘われて  ふたたび私は取り戻す

 空に憧れ木と親しみ人を信ずることを  (後略)

   ◇    □    ○   ☆   ※

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2016年6月11日 (土)

ついででなく 音楽を

 いつか読もうと思って購入し、まだ読んでいない本ってありませんか? 気がついてみると私の本棚には、結構そんな本の群れがあります。 『レ・ミゼラブル』も、その一つ ・・・三巻になっているので、一巻目から読み始め、少しずつ読んでいると最初のほうの記憶が薄れ、スタートに戻るということの繰り返しを何年かしています。

 恩師のお一人が

「本は所有するかどうかではなく、読むかどうかが肝要・・・図書館や人から借りたほうが、買って本棚に置くよりも 読むことにつながる」と語られたことが思い出されます。

  本当にそうですね・・・そう言いながら、図書館で借りた本を読み進め、手つかずの本が本棚にある現状からなかなか進展しないでおります。

  それはともかく、いつか聴くつもりでそのままになっている音楽も我が家にはあります。こちらは本ほどスペースをとらないのですが、それだけにそのままになりがちです。

 今日は、何かのついでではなく、「このピアニストの演奏するこの曲を」という聴き方で、数曲を真面目に聴いております。

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             アンドレ・ワッツ  「リスト」

 「カンパネラ」の演奏でデビューした人だそうです。 ついででなく 音楽を  ついででなく 花を眺める  ついででなく 人の話を傾聴する  ・・・ そういうふうに 時間を 6月10日は時の記念日 なので、ちょっと意識してすごしてみました。

 明けて6月11日、今日もよい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。 

 

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2016年6月10日 (金)

『生きたことば、動くこころ』  河合隼雄語録

0002『生きたことば、動くこころ』  河合隼雄語録

岩波書店 2010年8月27日 

第1刷発行

 京都大学の臨床心理学教室での事例研究会で河合隼雄さんが語ったコメントを当時大学院生であった藤縄真理子さんがテープに録音していてそれをノートにまとめたものがこの本の元だそうです。

 大学院の授業での発言ですが、難しい専門用語をあまり使わないで、自分ならこうすると具体的に述べているので、岩波書店から、一般向けの本として出版してはどうかと提案されて、世に出ることになったとのこと。発言の元になった事例は掲載されていません。

 大学の教室で1974年~1976年に語られたことが、このように現代にも意味を持つというのは、いつの世にも人間が問題に直面しながらも、よりよい方向へ歩んでいこうとする人生は、共通するところがあるということかもしれません。

 臨床心理学を専門とするかしないかということも、大きな違いではないということになりましょうか。 

        ◇    □     ○    ※   ☆

  印象に残った言葉 ・・・ 66ページに 同情しない受容 という見出しの小文があります。

 ・・・僕が言いたかったのは、深刻に話を受け取る、深刻になるならないというより、人生はどうせ深刻だから、こっちがそんなに深刻にならなくてもいいということです。 ・・・ もっと同情しない受容、厳しい受容というのを考えないといけないと。 ・・・ 深い次元にいけばいくほど、クライエントの苦労も僕の苦労も何も変わりはないんでね。「生きる」という次元にもっと深くはいれば何も変わりはありません。だから、あなたも、私も同じ人間です、というレベルで受け取ったらいい。

     ◇    □     ○    ※   ☆

   いかがでしょう。 わたしは、 真剣であれ されど 深刻になるな と以前書きました。 河合隼雄さんは 人生はどうせ深刻だから と言っておられますが、 上記の文脈で「深刻」をみると 通ずるところがあるように思えてきました。

  時の記念日・・・ 時は金なりと 金言にありますが、お金では買えない面もあるので、 時はいのちを盛り込む器なり というのが、私の持論です(^J^)

  今日も、よい日となりますように。 

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2016年6月 9日 (木)

開花 沙羅の花

 6月8日 ・・・ 沙羅の花が咲きました。 つぼみが今にもはちきれんばかりになっていたのですが、いつが一番よいときなのかを身にしみて知っているのは、沙羅の花自身なのでしょうね。

  同じ木、同じ枝のつぼみが、みな同時に咲くのでなく、それぞれの開花をそれぞれのときに可憐に、そして凜然とおこなうこと ・・・ 付和雷同しがちな私は見習いたいと思います。 いえ、そんなことも忘れて、しばらく静かに向き合っておりました。

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 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月 8日 (水)

『静おばあちゃんにおまかせ』

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『静おばあちゃんにおまかせ』

中山七里 著

文藝春秋 

2012年7月15日 第1刷発行

  女性の名探偵というと、アガサ・クリスティのマープルおばさんが有名で人気があるでしょうか。

 この本は、静(しずか)おばあちゃんが、密室での事件、容疑者は浮かぶけれどアリバイがくずせない などの要素に満ちた事件を見事に解決する短編、五つが収められています。

 元裁判官の静おばあちゃんが法曹界から身をひくことになった訳は、中山七里さんの別の本に書かれています。  この本はこの本として、楽しめる内容になっています。 ただし、マープルおばさんのようにシリーズ物として続編が出ることは、おそらくないと思います。その訳は、五つ目の話を読んでいただくと分かっていただけることでしょう。

 実は、この本を読むのは2回目です。でも、すっかり内容を忘れていて新鮮に読みました。 ← 記憶力が弱くなったと嘆くこともできますが、健忘症と申しますか、同じ本で何回も楽しめるようになったと楽しむのも いいことかもしれません。 ちなみにこの本のことでブログを書くのは2回目ですが、書く内容・視点は異なっています。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月 7日 (火)

六月のバラ

  今週は、天候不順の傾向が強いとの気象情報 ・・・ お天気のことですのでどうなるか分かりませんが、雨が降れば植物にとっては水分が摂取できて、元気が出るかもしれませんね。

  所用があって、岐阜大学を訪れたおり、バラ園にも足を運んできました。

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 クライマックスは少し過ぎたかもしれませんけれど、それでもバラ園一帯が芳香に包まれ、これから開花しようという蕾みもありました。

  バラ園のそばでは紫陽花が、これから我らの季節が訪れるよと元気に咲いていました。

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 花の種類によって、クライマックスの時期がまちまち(本当は、ばらばらといいたいのですけれど、洒落を言っているみたいですので、まちまちとしました) ・・・ 人生の華は、一度きりではなく、あの『花咲き山』のように、よい歩みをすると美しい花が咲き、よき実を結ぶのだと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月 6日 (月)

『恩讐の鎮魂曲(レクイエム)』

0002『恩讐の鎮魂曲(レクイエム)』

中山七里 著

講談社 

2016年 3月15日 第1刷 発行

 岐阜県生まれということで、ペンネームは、中山七里 1961年生まれ

 私がこの作家について知っているのは、これだけで、あとは、作品の面白さ、登場人物にすばらしい音楽家や司法関係者がいることに魅せられています。 ただし、猟奇的な場面などが出てくる作品、題名だけでひいてしまうような作品には、できるだけ手を伸ばさないようにしています。← これは実はつじつまが合いません。読んでみないと、そういう場面があるかどうか分かりませんから。

 第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『さよならドビュッシー』 は映画になり、しばらく前にはテレビドラマとして放送されましたね。

 この本に登場する御子柴礼司(みこしば れいじ)は悪徳弁護士と世間から呼ばれています ・・・ 何冊かのシリーズになっているのです ・・・ けれど、悪を持って悪に勝つ というたくましさがあって、そういうところを見込んでいるのかどうか、はっきり書いてはありませんが、彼を信頼して働いてくれる事務官もいます。

 ストーリーにはふれませんが、この弁護士が多治見に足を運び、陶器の工房を訪れ、出された湯飲み茶碗について・・・それは織部焼なのですが、感慨を抱くところを引用させていただきます。

   ◇   □    ○   ※  ☆

 形は歪(いびつ)だが黒い釉薬と相俟って、形容しがたい存在感がある。多少歪んでいた方が味があるというのは我ながら的を射ていると思った。人間も同じだ。強靱であったり一筋縄でいかなかったりする人間に限って、精神面のどこかが微妙に歪曲している。真っ直ぐに張った糸は切れ易く、整った形のものは崩れ易い。

  よろしければ、どうぞ。

  今日もよい日となりますように。

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2016年6月 5日 (日)

青田と麦畑

 田植え前の水田は、鏡のようでした。 苗が植えられて景観は変化しますが、秋の収穫に向けて、苗が育っていくのは、元気な子どもたちを見ているようで、嬉しいものですね。

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 いっぽう、麦畑は収穫の時を迎えています。

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 田植えと麦秋が同じ時期というのは、自然とその中で営まれる農業、それぞれの作物の特性による違いなどに思いを誘われます。

 けれど、考えてみますと、世の中は、生まれたばかりの乳児から、人生の収穫期を迎えている大人まで、様々な年齢の人々が同時に存在していますから、青田と収穫期にさしかかった麦畑だけでなく、いろいろな時期のいろいろな作物が一堂に会しているところ という気もしてまいります。

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 今の時代、見られなくなっている景色の一つに、♩「冬景色」の歌にある「人は 畑に 麦を踏む」 ・・・そうです、 麦踏みがあります。

 ずっと以前、こんな俳句を作りました。

 麦立てり 踏まれし跡をとどめずに

 愛情を持って子どもを育て、後輩を成長へと導く営みの大切さを この麦秋の景色を見ていると思い浮かべずにはいられません。

 今日も、収穫へとつながるよき日となりますように。

 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

聖書

一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。
            ヨハネ 12章24節

 

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2016年6月 4日 (土)

からしの花

 とても小さいものをたとえて「芥子粒(けしつぶ)」・・・けしの種ほど小さいなどといわれることがあります。

 聖書では、ごく小さなものとして「からし種」が出てきます
  もしあなたがたに、からしの種ほどの信仰があったら、この山に向かって『動け』と言えば、そのとおり山は動くのです。 
                                         マタイによる福音書 17章20節
 そのからし種から育った「からしの花」の写真をご覧ください。
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子ども讃美歌に、どんな小さな罪にも神様は悲しまれ、どんなに小さなよいことにも神様は喜んでくださるという歌があります。
 自分自身にとっても、よいことをすれば清々しく、後味がよいですよね。
 今日も、よい日となりますように。
 明日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。神様が喜んでくださいます。

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2016年6月 3日 (金)

『作歌のヒント』 

0002 NHK短歌 『作歌のヒント』 
永田和宏 著
NHK出版 2015年2月20日 第1刷 発行
 昨日、一昨日とこの本を漢字のことで引用させていただきました。
 でも、それだけでは申し訳ない内容豊かな本です。
 短歌を作るための47のヒントが書かれています ・・・ その最後、47番目のヒントをご紹介いたします。
 ◇   □   ○  ※   ☆
 ヒント47
 作者だけの〈思い〉で歌を縛らない
  ・・・・・ 作者は、読者に一首を読むためのちょっとした手掛かりをあたえるだけでいい。作者から内容を逐一指定されるより、ちょっとした手掛かりだけを与えられて、あとは読者自身の器量で読み込んでくれというのがこれらのうたのスタンスだと私は考えます。
[例]
するだろう ぼくをすてたるものがたり マシュマロ 口にほおばりながら
                村木道彦 『天唇』
 最後まで説明しないと読者は分かってくれない、納得してくれない、とは考えない。きっかけさえ与えておけば100人いれば100人の読者がそれぞれに違った思い入れをもって、歌を引き取ってくれるだろう。そんな態度が村木道彦の歌に感じられないでしょうか。作者一人の小さな経験をおしつけるより、それは宙に浮かせたまま、100人の読者のそれぞれの経験を引き出すことができれば、そのほうが何倍も豊かな世界の構築が可能になる。
 ・・・ 歌を作者だけの思いのなかに縛ってしまわずに、読者に開放してやること。短歌という詩型における作歌という行為の本質はそこにあるのではないかと、私は思っています。
           ◇   □   ○  ※   ☆
  これは、短歌について書かれているのです。でも、いろいろなことに通ずることではないでしょうか。
 たとえば、交通安全の標語で、印象に残っている言葉があります。
 ヒヤッとした あの瞬間を 忘れるな
 永田和宏さんの上記の文章の格調とはずいぶん開きがあると思いますけれど、文の内容と通うところがあるのではないでしょうか。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年6月 2日 (木)

漢字の覚え方 2

 昨日の、木へんに春夏秋冬の漢字の読み方というのは、書きっぱなしにしておいては落ち着かないので、続きものとして、永田和宏さんの本から引用させていただきます。
 江戸時代の『小野篁歌字尽』(おののたかむら うたじづくし)という本の冒頭にあるのだそうです。
「 椿 榎 楸 柊 桐 」 ・・・「 春つばき 夏はゑのきに 秋ひさぎ 冬はひひらぎ 同じくはきり 」 と 読むのだとか。
 漢字の覚え方というより、漢字の読みの覚え方 ですね。
Photo
 写真は5月29日の礼拝のおりに教会堂に彩りを添えてくれていた花です。
今日も、よい日となりますように。

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2016年6月 1日 (水)

漢字の覚え方 

 昔から、漢字の覚え歌と申しますか、覚えて忘れにくくする手がかりとしていろいろ工夫がされてきました。  今は、パソコンのワープロソフトで、さっと出てくることが多いのですが、逆に、手書きで文章を仕上げようとすると、「あれ、あの漢字、どう書くのだったかな」と戸惑うことも、時々経験なさるのでは内でしょうか。
  たとえば、古い字体の「櫻」 ・・・にかいのおんながきにかかる ← あまり、子ども向けではありませんがそれだけに印象に残りますね。
 教育と言うことを離れて書きますね。
 戀  ・・・ 戀という字を分析すれば いと(糸)し いと(糸)し という心
 櫻  ・・・ 櫻という字を分析すれば 二階(貝 貝)の女が 気(木)にかかる
 ルーペ二つ それでも見えぬ辞典の字 どうにかならぬか 鬱という文字
 この鬱という字を書き順は無視することになるが、書けるようになるよ と学生に紹介したのが 林缶(リンカーン)は (ワ冠) ※ アメリカン コーヒー 三杯飲んだ  です。
 漢字とにらみ合わせて ご理解くださいまし。
 私が考えたのではないのですが、好評でした。けれど、やはり「書き順がめちゃめちゃなのでよくないと思います」という意見も出ました。
 うーむと思っていましたら、別の覚え方が掲載されていました。
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『NHK短歌 新版 作歌のヒント』 永田和宏 著 
NHK 出版 2015年2月20日 第1版 発行 のヒント21 言葉遊びの歌 の項です。
 
木缶木ワ米コヒ三と書けばそう難しくない鬱という文字
 この本には、 木へんに 春夏秋冬 ・・・  椿 榎 楸 柊  の読み方も書かれていて、なかなか面白いです。
 
 困難には 要素を分解して あたれ という言葉は、漢字を覚える場合にも適用できそうです。
 さて、今日から6月。
 よい日となりますように。
 

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