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2016年6月22日 (水)

葵丘(ききゅう)の会盟  古い時代の中国で示された「叡知」

  これは、作家、井上靖さんが「人間の叡知を」ー核状況下における文学ーとして日本ペンクラブの会長だったときに日本で開催された国際ペン東京大会(1984年)クラブで挨拶で紹介された中国の故事です。   

          葵丘(き きゆう)(河南考城)での会盟

 春秋時代、BC651年 斉桓公姜小白が諸侯と葵丘(河南考城)で会盟する。

 斉桓公が即位して三十五年、覇業の頂点となる会盟です。
斉桓公に擁立された周襄王は感謝の意をこめて祭肉や宝物を斉桓公に贈りました。

 それを機に葵丘で会盟を開きました。
この会盟で諸侯達はいくつかの約束事を決定しました。
 その内容は
「水流を勝手に変えてはならない(川の上流の国が下流の国に洪水や旱魃の被害をもたらすことを防ぐため 特に黄河)」

「飢饉の国に対し、食糧の輸出を停止しない」
といった国際的なことから、

「太子を廃立しない」といった、内政的なことまでありました。

 会盟に参加したのは周王室の太宰・周公(宰孔)と斉桓公の他に魯、宋、衛、鄭、許といった国々の君主です。

  ◇     □      ○     ※     ☆

 井上靖さんは、圧倒的な黄河の水流を戦争の武器としないことを誓い合ったことに着目し、それを現代の核兵器に対して全世界が生かすべき人類の叡知だと呼びかけられたのです。

 中学校の国語の教科書で、井上靖さんの文を呼んだ記憶があったので、そのもとになった中国の史実を調べていて、上記の文に行き当たりました。

   この会見の場所が廃(すた)れていたので、井上靖さんは私財を投じて、この会盟の地にこの史実を記念する建物を立てられたようです。

  BC651年に中国の地に生きていた人たちの叡知 ・・・ とても残念ながら歴史は、そこで素晴らしい平和が訪れ、以後、争いは起こらなかったと告げる展開にはなりませんでしたけれども、それだからこそ、叡知を巡らす歩みは停滞させてはならないのですね。

 そのことも心して、現代に生きる私たちは「叡知」を発揮できるように進んでいきたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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