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2016年8月31日 (水)

『小澤征爾 指揮者を語る』

『小澤征爾 指揮者を語る』

小澤征爾 語り 有働由美子 インタビュー
100年インタビュー 制作班 編
PHP研究所 2012年3月29日 第1版第1刷発行
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 私は、高校生の時に、友人が貸してくれた『ボクの音楽武者修行』という本で小澤征爾さんのことを知りました。覚えているのは、単身日本からメーカーにスクーターを借り受けて、日の丸を付けてヨーロッパを走り、フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した人、ということです。
 その後、世界の小澤と呼ばれる存在となり、世界のトップモデル入江美紀さんと結婚されるなど、とても有名なかたになられました。
 今回、この本を読んで、ブザンソンは、あの『レ・ミゼラブル』の作者、ヴィクトル・ユーゴーが生まれたところだと知りました。
  ブザンソンのコンクールで優勝した後、仕事の話がどこからもなく、日本に帰ろうかと考えていた頃、ローマでオリンピックがあり、その関係でヨーロッパにやってきた井上靖さんにパリでお会いしたそうです。
 井上靖さんは、ご自分の文学作品は翻訳されなければ外国では読んでもらえない、音楽は、なまで国境を越えて感動を呼び起こすことが出来る。だから、世界を舞台として活躍すべきだと励ましてくださったそうです。
  ◇     □     ○      ☆     ※
 こうした出会いがあって、その後の世界の小澤と呼ばれる道が開けていったのですね。
人と人との出会いは自分で仕組むことはあまりできない要素がありますが、それだけに大切にしたいと思いました。1959年、23歳で海外に出かけるエネルギー、ほぼ7年間にわたる桐朋学園での斎藤先生秀雄先生殻の学びなど、素地は長年培われていたのですけれど、すてきですね。
 病と闘いながら、少年少女、青年、後輩たちと音楽を学び合い、一緒に創り上げている小澤さんの姿に感銘を受けております。
  ◇     □     ○      ☆     ※
 長くなってすみません。 いつか、書いたかと思いますが、小澤さんの素晴らしさを物語る一つのエピソードを。
 ある卓越したヴァイオリン奏者が書いていたことです。
  小澤征爾さんの指揮のもと、難しい曲を演奏していたとき、次に自分が出るところのタイミングが分からなくなってしまって焦った時があったそうです。まさにそのとき、順調にいっているときの練習ではそんなことをしなかった小澤さんが絶妙のタイミングでサインを送ってくれたとのこと。大編成のオーケストラで楽団員の数も、楽器の種類もたくさんで難曲を演奏しているときに、この一人のヴァイオリニストが助けを必要としていることを瞬時に把握し、文字通り、手をさしのべることができる小澤征爾さんなのですね。  すごいと思いました。勇気を持ってそのことを告白しているヴァイオリニストにも頭が下がります。
 計り知れないほどの音楽の力のこともありますが、小澤征爾さんのそのたゆみない歩み、挑戦し続ける若さ・向上心に力をいただいています。
 今日も、よい日となりますように。8月31日 ・・・語呂合わせでヤサイの日の日だそうです。 (^J^)

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