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2016年9月 1日 (木)

さあ 九月になりました (^J^)

  9月・・・二学期のスタートです。私の住む岐阜市では、従来の三学期制の学校と二学期制を採り入れている学校などがあり、二学期制の学校では、前期と後期ということになり、10月に後期が始まることになります。

 ともかく、元気に仲良く遊び、熱心に学ぶ日々を築き上げることが出来ますように。

 こう書いていて、教師と生徒という関係ではありませんが、指揮者とオーケストラの楽団員の在り方について連想が私の中で進み、昨日掲載した小澤征爾さんに関連した出来事をインターネットでたどってみました。

 小澤征爾さんとNHK交響楽団の間には、1962年から1995年まで、実に32年3か月に及ぶ断絶があったのだそうです。

 そのことについて、こんな説明・分析が掲載されていました。

  ◇      □    ○   ※  ☆

 小澤征爾さんの振り返り

 「僕の指揮者としてのスタイルはアメリカ的で、いちいち団員に指図するやり方だった。でも日本での指揮者に対する概念はそうではない。黙って全体を把握するのが指揮者だ。この違いに加えて僕は若造だった」

 このことについてはいろいろな意見があり、真相は、分かりませんが、現在の小澤征爾さんと若い音楽家たちとの関係は、小澤さんが若かった頃とはだいぶん違ったものになってきているようです。

 『小澤征爾 指揮者を語る』には若者たちと音楽することについてこんな一節があります。

有働由美子さん)「育てる」という話に移っていきたいんですけれど・・・サイトウ・キネンで言いますと,室内楽の勉強会、それから小澤征爾音楽塾、それとタングルウッドも含めて,後進を育てることに力をいれていらっしゃいますね・・・若い人って、言ってみれば、小澤さんよりうんと未熟な人たちですよね。

小澤さん)うんと若い。15、6から25歳ぐらいまでの。

有働さん)一緒にやっていて、どんなことを学ぶのですか?

小澤さん)それがね、エエッということがあるわけ。僕らはいろんな音楽をやっ  ているから、この曲をやるっていうときには、自分がわかったと思って、それでやっているわけですよね。

  ところが若くて経験がない人はね、そのときに教わってそこからくる。彼あるいは彼女が持っている繊細さとか、センシビリティ、あるいは感受性っていうのかな、それでやるとね、もっと純粋で、しかも納得性のあるものが出てきたりするんですよ。だから面白いですねぇ。音楽ってね。・・・僕の音楽塾には60人ぐらいの生徒がいる・・・全体として伸びるよりも、一人一人に伸びてもらいたい。

        ◇   □   ○  ☆  ※

 小澤征爾さんは1935年生まれ ・・・ たくさんの師に学び、いろいろな楽団を指揮され、豊富な経験を積んでこられたことは歴然としていますね・・・その方が、上記のように語っておられることに心打たれます。

  高い山に登る若人に山頂から「登って来~い」と声をかけるのでなく、同一地平線上に立ってこれから目指す山をともに眺め、その高嶺を目指して、一緒に登り始める・・・  そんなイメージが浮かんできました。

 新学期のスタートに当たって、教師と生徒がどんなふうにあったらよいかをいろいろ考えていたことを思い出してちょっと力んで書いてしまいました。

 今日、そしてこれからが、子どもたち、若者たち、そして大人たちによい日々となりますように。

 

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