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2016年9月 7日 (水)

平和は 武力でなく 文化で

 1946年、昭和21年生まれのわたしの中学生の頃・・・ テレビは白黒でした。どういうものか、「ベン・ケーシー」という脳外科医、ラッシーという名犬、「てなもんや三度笠」というコミカルな時代劇にまじって、西部劇がたくさん放送されていたと思います。

 「ライフル・マン」・「拳銃無宿」・「ガン・スモーク」・「ララミー牧場」・「胸に輝く銀の星」・「ローン・レンジャー」・「ロー・ハイド」などなど。

 熱心な友だちは、ピストルを腰に吊すホルスターを自分で作り、モデルガンで早撃ちを練習し、達人になっていました。

 西部の男のルールは、拳銃を持たない者を撃たない・背中を見せている相手を撃たない、など明快でした。

 さて、 現在はどうでしょうか。 反撃の手段を持たない相手に、自分は安全なところから大量殺人兵器で攻撃する ・・・ 素手の相手に卑怯だとも思わずに ・・・

 いえ、昔の西部のやり方でなら、闘い合ってもよい、というわけではありませんね。

  地球上の核兵器の量、そして性能は、人類全体を何回でも絶滅させるところまできているそうです。それなのに「核兵器の安全性を高める」という訳の分からない理由で、核実験をし、核兵器を開発している国があります。

 撃ち合いをやめようということになったとき、ピストルを敵と味方が同時に手放す約束をして、「一、二、三」で武器を捨てる・・・そのとき、もしかしたら相手が武器を捨てずに、自分だけ丸腰になるかもしれない  という懸念を持たずに 疑心暗鬼にならず 武器を放棄できるでしょうか。

 もし、世界中の、軍隊・軍備を持つ国が、「イチ ニ サン」 で軍隊を解散し、兵器を廃棄する約束をして それを滞りなく 実行出来たら  今まで投入していた膨大なお金を これからは もっと有用なことに用いることができるでしょう。

 さて、それが出来るほどに人類は賢いでしょうか。 それが出来ないほどに、人類は愚かでしょうか。

  作家、宮城谷昌光さんは、「正しいことが常に力を持つ、これを文化という」と書かれました。  ぜひ、どの国も、豊かな文化を成熟させることができますように。

 今日も、よい日となりますように。

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