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2016年10月 1日 (土)

『ところで、きょう指揮したのは?』 秋山和慶回想録

『ところで、きょう指揮したのは?』  秋山和慶回想録

 秋山和慶・冨沢佐一  著

アルテスパブリッシング 2015年2月25日 初版第1刷発行

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 桐朋学園で斉藤秀雄という先生が確立してお教えになった指揮法・・・それが、世界に通ずるすばらしいメソッドであることは、斉藤先生の育てた小澤征爾さん、岩城宏之さん、そして、この秋山和慶さんなどによって立証されています。

 この本を通して、秋山和慶さんの卓越した実力と、次世代の音楽家たちを愛しながら厳しく育てる姿に何度も感動を覚えました。

 この本の題名は、秋山さんが理想としてきた指揮者像から、付けられたそうです。

 それは、指揮者がめだたず、オーケストラがすばらしい演奏をすること 「ああ、いい演奏だった。ところで今日の指揮者はだれだったっけ」と言われるぐらいがよいと思っています」 とういうことなのです。

 カナダのヴァンクーヴァー交響楽団を秋山さんが指揮したとき、ある音楽評論家が、彼の指揮がまずかったと論評し、オーケストラの全員がそうではないと抗議文を新聞社に送ったので、その音楽評論家が新聞社から契約を打ち切られたほど、愛され、支持されたこと。滋賀県栗東市のさきらジュニアオーケストラ・アカデミーがベートーヴェンの交響曲第三番を初めての演奏会で熱演したときには,涙をこぼして子どもたちの成長を喜んだこと。教えることは自分にとって最高の勉強、と考え、広島交響楽団、九州交響楽団など、たくさんのオーケストラを育ててきたこと  など、すばらしいかただと、読めば読むほど思いました。

  実は私は40年ほど前でしょうか、秋山和慶さんに岐阜交響楽団(現在、岐阜交響楽団)の一員だったときにお目にかかったことがあるようなのです。そのときは、あまりよく存じ上げなかったのですが、多分、記憶違いではないと思います。瞳が、子どもが何かに夢中になっているときの目とそっくりだったことが、この本の写真を見ていて、よみがえってきたのです。

 外国のオーケストラ団員も、秋山さんは指揮棒ですべてを表現するので、言葉を通さなくても、どういう音楽を一緒に創り上げようとしているのかが理解できるのだと語っています。

 ロシアでラフマニノフを演奏したとき、その劇場の食堂で40年働いている婦人が、こんなに感動したのは初めてだと、貴重な5ルーブル銀貨をプレゼントしてくれたのが最高の思い出とか ・・・こういうエピソードに満ちていて、魅了されました。

 9月は、例年の25パーセントほどしか日射量がなかったとか・・・野菜の値段もその影響からか高嶺ですね。

 でも、今日から10月 ・・・爽やかな天候が続くようになって、芸術の秋・文化の秋・学問の秋が深まるよい月、よい日となりますように。

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