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2016年11月13日 (日)

大きな目と心で

 おはようございます。 昨日に続いて、イチョウの木の写真で、申しわけありません。けれど、印象がだいぶん異なることと思います。 そうです。今日のは青空が背景で、明るい陽ざしのなかで撮影したのですね。
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 そして、後方の建物は岐阜市の幼稚園です。この幼稚園は、残念なことに少子化に伴って廃園となったのですが、育った子どもたちは、元気に成長していろいろなところで、活躍しています。 昨日掲載した夕暮れが迫る街の中で撮影したイチョウの木の写真とは、こんなにも印象が変わってくるのですね。
   昨日は、生と死のことについて書かせていただきました。私の手に余ることを書いてしまい、振り返って恐縮しています。 「虎は死して皮を残し、人は死んで名を残す」という言葉がありますが、今日は、そのことについてある牧師さんのお話を紹介させてください。
  以下は、昨11月12日の関根一夫さんという牧師のメール通信からの引用です。、こんなお話でした。
聖書の言葉 「箴言」 11章30節
神に従う人の結ぶ実は命の木となる。知恵ある人は多くの魂をとらえる。
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  神様に教えられつつ、謙遜に生きる人の後ろには「人を生かす実」がついてきます。
「実」はその人の生きた結果、結ばれるものです。
  この箴言の言葉を借りれば、神に従い続けた人、神の心を求めつつ生きた人は、その結果「人を生かす実」をたくさん結実させたことが「他者」によって、また「神」によってわかることになるのです。
  自分の人生の結果としての「実」は、自分ではわからないことも多くあるように思います。また、不遇な作曲家や芸術家の傑作は彼らは死んでから、大いに評価され世の人に知られることになったというものがたくさんありますが、これなどは、「実」を生きている間に味わえなかった実例なのかもしれません。
  でも、間違いなく誰かを癒し、誰かを励ます音楽や絵画をこの世に残し、それによって実が結ばれたと評価されることになるわけです。
  もしかすると、私たちはあまりに近視眼的に「実」を求める傾向があるのかもしれません。神様に従い、礼拝の心を大切にしながら、与えられた役目を丁寧に果たし、与えられた能力を活用し、怠惰にならないよう心がけながら生きる時、いつになるかわかりませんが、「実」はどこかに稔っているはずなのだと思います。  後略
    ◇    □   ○   ※   ☆
 たとえば、多くの人に、愛され、親しまれているバッハの名曲は、バッハの死後、メンデルスゾーンが楽譜に巡り合って演奏するまで、実に長い年数、眠り続けていました。そんな風に発見されることなく、今も眠り続けている素晴らしい作品が、まだまだたくさんあるのではないかと思えてきました。
 人生の実りを、大きな目・大きな心で見つめてみたい、と思います。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

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