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2016年12月31日 (土)

岐阜市 長良公園

 岐阜市の長良公園を訪れました。 岐阜大学が現在のところに統合されるまでは、教養学部、そして教育学部があったところで、私は学生時代をこの地で過ごしました。

0012 金華山と岐阜城がよく見えます。
 そういえば、この金華山を眺めながら、管弦楽団員だった私は、トランペットのロングトーンの練習をしたものでした。 教えてくださった先輩は、後に東京都管弦楽団に入られ、そして音楽大学の先生になられました。 教育学部になる前は学芸学部で、当時の音楽科には、プロのオーケストラの団員を目指し、実際にプロになられた先輩たちが何人もいらっしゃったのです。
 私は、学芸学部に入学し、2年生になるときに学芸学部は教育学部となりました。
0005 私の学生時代も、このメタセコイアたちは植えられていたようですが、どうもしっかりと見た記憶がありません。脇目も振らずに勉強していたのか(?)、視野が狭かったのか(^J^) 思い出せませぬ。
 今は広い公園になっていて、ウオーキングする人、ゲートボールをする人たち、そして大きな遊具で遊ぶ子どもたち、見守るご家族などの姿がたくさん見受けられました。
 隔世の感がありますが、植栽も豊かで、多くの人の憩いの場になっていることは、嬉しく思いました。
0010 この大きな遊具たちで、孫娘たちが遊んだこともあります。
 この遊具の高いところでも、元気に走り回っていました。
 二人の孫娘の一人は、木登りが好きで、そして得意でした。
 もう一人は、雪が降ると、いつも以上にパワフルになり、猫や犬などの足跡を見つけようと張り切るところがあります。
 足跡のことを、どういうものか、あしもとと覚えて 「あしもとみっけ」と言っていました。 でも、成長した今は、「足跡見つけ」と呼んでいるのか、他の楽しみを見つけて、もう「あしもとみっけ ? なにそれ」と、素知らぬ顔でいるのかもしれません。
 ああ、会いたくなってきました。
 長良公園に、以前教育学部があったことを記念する碑があります。
 「師魂」 ・・・ 小中学校、そして教育委員会に勤務した38年間の教師時代、定年退職後、母校の岐阜大学で、教育の道を志す後輩たちと歩んだ教育指導員としての9年間 ・・・合計47年間、私はどんな「師魂」、教師魂を抱いて歩んできたのでしょうか。
  普段は意識することはないのですが、こうして母校の跡地を訪れると、47年間に出会った人たち、そしていろいろな出来事などが去来します。
 年の暮れ、皆様は、どのようにお過ごしでしょうか。このブログを訪れていただき、ありがとうございました。
 さあ、明日からの2017年、一日一日が佳い日となりますように。

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2016年12月30日 (金)

福井越前 水羊かん

 向田邦子さんの随筆に夏の水羊羹のことが書かれていますが、このいただき物の「越前福井水羊かん」は、冬の期間限定の名物なのだそうです。

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 大正・昭和のころ、丁稚(でっち)さんが冬の里帰りの時に食べたお菓子がこの水羊かんの由来だという説があるとのこと。

  大きな一枚になっていて、これをフリーサイズで切り取って、器に ・・・ うーむ、贅沢 (^J^)

 黒砂糖・ざらめ糖を使っての控えめな甘さはブラックコーヒーにもよく合うそうです。

 寒い日に暖かくした部屋で食べるのが、格別・・・ いただきまーす !!

 わあ、ありがとうございます。 まさに、ごっつあんです。

  これを題材に、一句詠みたいのですが、今は美味しさで思考停止していますので、こういうときには詠めないもののようです。

 おお、気がつけば、2016年もあと2日 ・・・ りっぱに「数え日」なのですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年12月29日 (木)

正直なお店

 今年の秋だったと思います。 このお店、正直だなぁと生鮮野菜、お肉、お魚を新鮮で求めやすい価格で販売している人気店で感じたことがあります。

 ある商品の所に、段ボールのおおいの部分を切り取って,それにマジックで、こう書いてありました。

 「自信を持って仕入れました。が、さっぱり売れません。できたら、助けてください」

 ふーん、と思いながら商品を見ていますと、店内放送が ・・・最初のほうは聞きそびれたのですが、「・・・美味しいと思いますので、ぜひお買い求めください・・・」

 ムムッ、 「美味しいと思いますので」・・・ このアナウンサーは、自分では食べていないのではないか と言葉通りにとれば思えます。そうでないかもしれませんけれど、意地悪に受け取るならば、試食して確かめていない品物を美味しいと思うと言って売りつけるのかと抗議するお客がいても不思議ではない放送です。

 けれど、そんな抗議の動きはありません。 

 レジの所ではこんな会話が聞かれました。

 お客 「これだけいっぱい買って思うけれど、いつも安いわねえ」

 レジ係 「安いですね。どうしてでしょうね」

  買い手と売り手が笑顔でこういう会話を交わしているお店 ・・・何だか、いいですよね。

 暮れのご多用の日に 今年は こんなこともありましたと 思い出したことを書かせていただきました。

 今日も、落ち着いて、よい日となりますように。 

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2016年12月28日 (水)

樋口一葉のこと  

 もうすぐ、大晦日(おおみそか) ・・・樋口一葉の名作に「大晦」(おおつごもり)がありますね。

 確か,竹西寛子さんだったと思いますが、講演の冒頭で「樋口一葉は、若くしてなくなったと言われますが、私は別の言い方で、老いを知らずにこの世を生きたと考えています」 とお話しされました。

 おお、ずいぶん前向きな考え方だな、と思いました。

 別のかたの言葉に、「人生で肝要なのは長さではなく、深さだ」とあり、印象に残っています。

 なんと申しますか・・・そうそう 世界で最短の定型詩といわれる俳句と何冊にも亘る長編小説とどちらが優れているかということを、量だけを比較して述べるのは乱暴ですし、意味がないと思います。

 おお、今日は12月28日 ・・・ ご多用の年の瀬ですので、ここまでにさせていただきます。 いいえ、特に続きがあるわけではありません。 おまかせいたします。 (^J^) 

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年12月27日 (火)

ダブル・ふるさと

 ダブル・ふるさと ・・・ 私が生まれたのは、飛騨古川です。今、人気のアニメ映画「君の名は」に、この古川のシーンも登場しているようです。ただ、私は生後1年ほどで高山に移りましたので、私の記憶にあるのは、小学時代などに祖父母が住む古川を訪れたときの思い出の光景となっています。

 前置きは、そこまでにして、ふるさと高山から宅配便が届きました。飛騨のお餅・・・塩昆布入りの豆餅、甚五郎ラーメンなどです。
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 高山の甚五郎ラーメンは、昼食時には待ち人が出るほどの人気です。細めの麺と醤油味・・・うーむ、よきふるさとの味ですね。
 ダブル・ふるさととしましたのは、送られたお餅の中に、母のふるさと広島から母に送られた丸いお餅があって、それを焼いて入れて、力そばと申しますか、力ラーメンにしたからです。
  これを食べましたところ、おお、力がもりもりと湧いてきて、師走の多忙さも何のその と乗りきることが出来そうです。 ← すみません。多忙というのは、少なからぬ見栄が働いて、はずみで出た言葉です。 
 あの、105歳の現役医師、日野原重明医師の予定帳は10年ほど先まで講演やなにやらかやで、びっしりと埋まっていると聞きましたので、こう書いてみたかったのです(^J^)
 ただし、日野原先生は、存命していたら、という条件付きで受けておられるようです。そこまで考えておられるのは、さすがですね。
 もう、このかたは、スーパーマンですから、ちらとでも比べようとすること自体が冗談です。失礼いたしました。
 
   さて、2016年も、あと数日となりました。どうぞ、おすこやかでお歩みください。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年12月26日 (月)

クリスマス・ランチ  神様とのコラボレーション

 今日は、クリスマスの翌日 ・・・ でも外国では、クリスマスシーズンということで、新年を迎えてもしばらくは、クリスマスツリーなどが飾られているところがだいぶんあるようです。

 そういうわけで、私の通うキリスト教会のクリスマス・ランチから少し写真でご紹介を。
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 黄色の星はパプリカ ・・・ よく煮込まれたおでんなのです。 おだしも、よく利いていました。 おでんって、こんなに美しいお料理だったのですね。
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 デザートのフルーツたち ・・・ 果物もこんなに可憐で美しい存在なのですね。
 神様と人のコラボレーションの素晴らしさを クリスマスランチで しみじみと感じました。
 集まられた方々の心尽くしのお料理、デザート ・・・ その一端をご紹介しました。
 すてきでした。神様、そして皆様、ごちそうさまでした。ありがとうございました。
  もちろん、午前中の、クリスマス礼拝、メッセージ・聖書朗読・全員での讃美などもとてもすてきでした。
 その余韻を味わいながら、すごしています。 
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年12月25日 (日)

クリスマス

 クリスマスは、クライスト・・・キリスト (救い主) とマス・・・ミサ(礼拝)を合わせた言葉です。 救い主イエスキリストの誕生を感謝し、礼拝することが、クリスマスの中心です。

   ◇    □    ○    ※   ☆

 洗濯物を洗うときには綺麗な水が代わりに汚れてくれています。(ドライクリーニングの仕組みは知らないのですけれど。)

 罪を犯した人間を、完全無欠の神様に赦していただけるように聖くするために、イエス・キリストは、身代わりとなって、むごく、苦しい十字架の刑を受けてくださった そのことを感謝するのがクリスマスです。

 映画にもなりました「ナルニア国物語」でアスランというライオンが魔女の前に無抵抗となってたてがみをそられ、辱めを受けて死刑になること、しかしアスランは何も罪を犯さず、少年の身代わりになって死んだことによって、復活しました。 これは、先ほど書かせていただいたこと、そしてこの後紹介させていただく聖書の内容を物語にしたのですね。

 聖書は、旧約聖書39巻、新約聖書27巻、合計66巻からなる書物です。その内容を凝縮して表していることから、小聖書と呼ばれている箇所をご紹介いたします。

 神は、実にそのひとり子を遣わされるほどに世を愛された。それは御子を信ずる者が一人として滅びることなく永遠の命を得るためである

                        ヨハネによる福音書 3章16節

 青函連絡船が運行されていた時代、洞爺丸が遭難して多くの人が命を落としました。 そのとき、手にしていた救命具を日本の若者に譲って、海に沈んでいった宣教師がおられました。

 北海道の塩狩峠というところで、険しい坂道を登っていた列車が機関車とのつながりが外れて逆走したとき、自らの身体を投げ出して列車を止め、自分の命に代えて他の乗客たちを救ったクリスチャンがいます。

  こうした気高い行いを知るとき、身も心も引き締まります。そういう場面に出会ったとき、同じような行動を自分は取ることが出来るだろうか、と思います。

 もう一つ、東南アジアで起こった実話があります。

 ひどい吹雪の道を通行していた旅人が、寒さに倒れている人を見つけました。自分自身も身体が冷えて、どうなるか分からない状態だったのですが、この人は、倒れている人を見捨てることが出来なくて、その人を背負って、人家を求めて苦しい歩行を続けました。

 その苦しい歩行が、彼の体温を上昇させ、その暖かさが背負われた人にも伝わって、二人は命を取り留めたとのことです。

 キリストに倣(なら)って生きる人のことをクリスチャンといいます。他の人のために自らの命を投げ出す決心が出来る人になりたいと思いますが、自信が持てません。せめて、吹雪の中で倒れている人を見捨てない人になれたらと思います。

  そうした場に直面したとき、神様が力を与えてくださるようにと祈り、願います。

 クリスマス、おめでとうございます。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2016年12月24日 (土)

クリスマス・イヴ

  このところ、伴侶が、「女性のほうが健康年齢が長いけれど、それは統計上のことであって・・・」とかなんとか申しまして、何かと思いましたら、男性も身のまわりのことが出来るようになっておくべきだということのようです。

 なるほど、と素直に従いまして(家庭平和のため)、炊事のこと・・・自力で作れるメニューを増やすことに努めたり、洗濯機の使い方 ・・・ 柔軟剤と洗剤の入り口は別、お風呂の残り湯を使うときには、どうのこうの ・・・ も大体分かってできるようになりました。  ← 先日、洗剤と柔軟剤を逆の場所に入れるという失敗をしましたので、指をさして、口に出しながら確認するように、しばらく気をつけました。

  えっ、これのどこがクリスマス・イヴなのでしょうか。すみません、書いている本人も戸惑っています。 あっ、そうそう、聖書の「受けるよりも与えるほうが幸いです」という言葉を言いたかったのです。

 ある時期に、「くれない族」という言葉がはやりました。真っ赤とかジブリプロの映画「紅のぶた」(くれないのぶた」のことではなく、「お母さんは、あれをしてくれない」「これもしてくれない」と不平を言いつつ日を過ごす傾向の人たちのことを、こういったのですね。

 「こころのともしび」という,カトリック教会提供のラジオ放送がありまして、5分間の放送の結びは「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けましょう」という言葉です。

 プレゼントをもらうのは嬉しいことです。そして、心が育ってくると、プレゼントをlあげることに喜びを覚えるようになるのですね。

 掃除・炊事などの家事も、まかせっきりでなく、進んで「ここはまかせといて」といえるように実力を蓄えたいと思います。

 やっぱり、クリスマス・イヴのイメージと結びつきにくいでしょうか。 うーん、古稀を過ぎると、こういうものかもしれません。

 でも、できましたら、お若いかたも、ご自分のジェネレーションに翻案して、

受けるよりも与えるほうが幸せです」を、何か一つでも実行してみてください。

 私ですか? 大晦日も近いことですから、部屋の中の手が届きにくいところ、そしてちょっと力を入れないと綺麗になりにくいところに磨きをかけたいと思います。 実は、私にしてはめずらしく先月あたりから少しずつ取り組んできましたので、どかんと大掃除しなくても、小掃除の積み重ねでいいんだなということを実感しつつある今年の暮れなのであります。 大器晩成 ? いえいえ、何事にも、とっても遅まきな私なので、恥ずかしいですけれど。

 今日も、よい日となりますように。

 明日はクリスマス。キリスト教会では、クリスマスの礼拝が献げられます。初めてのかたもどうぞ、足をお運びくださいますように。歓迎させていただきます。

 

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2016年12月23日 (金)

ピアノの調律

0002  ここしばらくピアノの調律をお願いしていませんでしたので、調律師さんをお願いしました。

 電話で打ち合わせた時間の少し前に、ピタッと登場。うーむ、正確で緻密な仕事をなさる方だろうと、その瞬間に思いました。
 ピアノの配置してある部屋に入っていただいて1分か2分 ・・・ すぐに調律に取りかかられました。   予告された1時間半後、調律を終えられました。
 ムムッ、ペダルが光っています。 ・・・ 見事な輝き ・・・それを口にしますと「いえいえ、あれは30秒ほどの仕事で、ピアノの中は、もっときれいになっています」 とのこと。
 早速、ピアノに向かってみると、鍵盤も、美しく、すっきりとしていますし、ピアノの内部も確かにとてもきれいにしてくださっていました。感激 (^J^)
 もちろん、肝心の音、音色も澄んで、しっくり、しっとりと響いてきます。
 製造後、50年以上経過しているピアノですが、「この時代、木を選ぶこと、そして、じっくりと年数をかけてピアノへと仕上げられていますから、これから、ますますよい音になります。」と明言してくださいました。
 この言葉は、ピアノに関して言われたことですが、何だか、私も、まだまだこれから成長していけるような気がしてまいりました。 ← 拡大解釈し過ぎていると思いますけれど。
 手元にあった3冊の本を見ていただきました。今年の本屋大賞の『羊と鋼の森』、調律だけではないのですが、調律師も登場する『パリ左岸のピアノ工房』、そしてゴフスタインの『ピアノ調律師』です。 どの本も、ご存じで話が弾みました。
 ゴフスタインの『ピアノ調律師』は、表紙の紙をはずすと、次のように調律道具が現れるのです。
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 末盛千枝子さんが訳され、末盛千枝子ブックスから2012年11月15日 初版第1刷を発行された本 ・・・ すてきですね。 今は、現代企画から、世に出されています。
 話が本のほうにきてしまいました。
 スタインウエイのピアノも調律する資格も取得しておられるこの調律師さんが調律・整備してくださったピアノにしっかりと向かって練習を重ねたいと思います。
 うーむ、ところで、私という人間の調律は、どのようにしたらできるのでしょう。光を放つことができないまでも、正しい音程に合わせ、美しい音色を奏でられるように、育っていきたいです。
 まずは、聖書を家内と通読するように心がけています。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年12月22日 (木)

二本のクリスマス・ツリー

 すてきな二本のクリスマスツリーをいただきました。写真では、全てをお伝えしきれないかと思いますが、全部が折り紙でできています。

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  この二本のクリスマスツリーを折り上げるのに注がれた情熱と時間、集中力は、はかれるものではありません。
  早速、飾らせていただいて、クリスマスソングを歌いました。 「もみの木 もみの木 ・・・」
  こうしてクリスマスを迎え、お祝いできることを、本当に嬉しく、感謝しています。 ほんとうにありがとうございました。
 昨日のブログに引用させていただいた文章に、私たちは自力で生きているのでなく、地球・宇宙などの環境、多くの周囲の方々 などなどに支えられて生かされているのだと書かれていました。
 そうしたはかりしれない恩恵・ギフトの中で最高にして最大のプレゼント ・・・ 私たちクリスチャンにとって、それは、イエス・キリストなのです。
 いきなり、理解していただくのは、難しいことだと思います。牧師の子どもとして生まれた私が、洗礼を受けて、クリスチャンとして生きていく決心を神様と人の前に明らかにしたのは、18歳、まもなく19歳になろうというときでした。
 今度の日曜日、私の通っている教会には三つの会堂があるのですが、その一つで、小学6年生の女の子が洗礼を受けます。
 洗礼を前にして、その子は、私や数人の大人からいろいろな質問を受けたのですが、堂々としていました。18歳の時の私より、よほどしっかりしていると思いました。
 うーむ、育った環境や年齢、教会に通う期間の長さとは関係なく、信仰は育つのですね。
 今、気がついたのですが、兄、私、妹二人という四人兄弟の中で、洗礼を受けた時の年齢が一番高いのは私でした。気がつくのものんびりしていますね。 ゆっくり育つというと聞こえがよいかもしれませんけれど、大器晩成というのでもなさそうですし。
 そんな私のブログですけれど、それでもよろしければ、どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
 今日も、よい日となりますように。  
 
 

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2016年12月21日 (水)

『婦人の友』 2017年1月号

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   この表紙の一番上の言葉をご覧ください。「生活を愛する人とともに114年」 ・・・すばらしい歴史ではありませんか。

 日本で最初の女性新聞記者となった羽仁もと子さんが1903年に創刊されたのがこの『婦人の友』 ・・・ 1903年というのは、ライト兄弟が飛行機が空を飛べることを、そんなに長い距離ではありませんでしたが実証した年でもありました。

 巻頭にこう書かれています。

 ◇    □    ☆   ○   ※

 2017年は、{婦人の友」とごいっしょに〝足もとにある豊かさ〟を見つけませんか。生活の中のこころはずむ発見が、持続可能な社会へとつながる日々を。

         ◇    □    ☆   ○   ※

 感じ入る言葉に出合いました。 小学生で視覚を失い、高校生で聴覚を失ったけれど、お母さんが「指点字」という方法を考えられ、その方法で周囲とコミュニケーションをとりながら学んで、現在東京大学の教授をしておられる福島智さんと、カトリックの家庭に育ち、現在、批評家という仕事をしておられる若松英輔さんとの対談、「比べずに生きてみませんか」 からです。

 若松さん

 『夜と霧』のフランクルさんにこういう言葉がある

  人間が意味を見失うことはあっても、意味は人間を離さない

 福島さん

  今年は、比べるのはやめる。まず自分を認める。他の人がどうこうではなく、自分の人生を見つめてみませんか

 ◇    □    ☆   ○   ※

 みんな、いかに生きるべきかを考えていると思いますが、そこからは賢明な言葉は出てこない。なぜなら人は生きているのではなく、生かされているからです。いかに生きるべきかの主語は「私」ですが、いかに生かされているかと考えると、他者なくしては存在できないことが大前提になる。われわれは近代になってからずっと、いかに生きるべきかを考えてきた。もう一度、いかに生かされているのかを、真剣に考えるときに来ているのだと思います。

                                   (若松さん)

    ◇    □    ☆   ○   ※

  こうしてとりだしてご紹介すると、とっつきにくくなってしまいますが、この対談や、1月号の全体を見ると、身近なこと、足もとから出発して、とても大事なことを考えるところへ導かれている自分に気がつくことができるように感じます。

 国際法の学者、最上敏樹さんの「未来の余白から」の、もうひとつの別のアメリカ、心療内科医の梅原純子さんの「こころの深呼吸」に書かれている90秒システム ・・・カッとなると放出される脳内化学物質は、約90秒で消える、それを過ぎても怒り続けるのは、「怒ることを自分で選択している」 などの文章も、興味深く読みました。

 税込み770円 ・・・ いえ、お買いにならなくても、店頭で、手にとって、ご覧いただく値打ちがあると思いました。

 新しい年を迎えるにあたって、何かその準備を ということの例として書かせていただきました。 年間を通して、よき読者であるかということになりますと、そのあたりは武士の情けということで お許しください。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年12月20日 (火)

『竈河岸』 (へっついがし) 髪結い伊三次捕り余話

『竈河岸』 (へっついがし)  髪結い伊三次捕り余話

宇江佐真理 著

文藝春秋 2015年10月30日 第1刷発行

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  この本に図書館で出合って、うれしさと、ほろ苦い寂しさのような思いがわいてまいりました。と申しますのは、この本が発行されて一週間後の2015年11月7日が宇江佐真理さんの命日となったからです。

 髪結い伊三次は、テレビでも放送されました。少し、歌舞伎調の画面作りを連想させるところがあったように覚えています。

  髪結い伊三次が、気っぷのよい芸者、文吉と世帯をもつようになり、生まれた子どもがこの本では成長して絵師となっています。

 髪結い伊三次捕物シリーズは、長年に亘って書き続けられ、たくさんの人物が登場し、年月を重ねていますので、何だか、私には時代小説の形をとった大河小説のように、思えてきていました。今回のこの本も、いろいろな人物を丁寧に描き、愛情、愛着を注いで書かれていることが伝わってきますので、もう、この続きを読むことは出来ないのかと、とても残念な気持ちを抱きました。

  けれど、今後、書き続けておられたら、どんな人物がどのように生きていったかなあ、ということを想像する楽しみを宇江佐さんはプレゼントしてくれたのだなあと思うことにもいたしました。

 一人の作家の生み出した人物、物語は、作者一人だけのものではなく、多くの愛読者と共に生き続けるのだなあと改めて思いました。

 さて、師走も、下旬 ・・・ 今日も、よい日となりますように。

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2016年12月19日 (月)

あれから50年 ・・・ 第50回 岐阜大学管弦楽団定期演奏会

 綾小路きみまろさんの笑いをとる展開に「あれから40年」という名文句がありますね。その真似ではありませんが、「あれから50年」というお話を・・・。

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 「第50回 岐阜大学管弦楽団 定期演奏会」 ・・・ 第50回を記念して団員のOB、OGも希望参加できる企画。 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のソリストはOGでした。見事な演奏でしたよ。
 ボロディンの「ダッタン人の踊り」でスタート。そしてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。最後は、ショスタコーヴィッチの交響曲第5番。
 熱い拍手に応えて、アンコールは、エルガーの「威風堂々」
 若い情熱あふれる演奏でした。
 第1回と第2回の定期演奏会の時、トランペット奏者として、私はステージの上にいました。 そのときは、第50回の定期演奏会を会場で聴く日が来ることは、思っても見ませんでした。 見事な演奏を聴きながら感無量でした。
0002  演奏が終了したときに写真を撮らせていただきました。前のほうの席からでしたので、管楽器、打楽器のかたたちの写真は撮れませんでしたが、気持ちとしては、50年、そうです、半世紀前の自分を写した思いです。こんなにかっこよくはありませんでしたけれど。
 写っている人たちは、第100回の定期演奏会を聴く機会があるかも知れません。  そうあってほしいと心から願います。
 時は巡るのですね。すてきな演奏をありがとうございました。
 今日も、長い歴史に続く一日・・・よい日となりますように。

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2016年12月18日 (日)

ライムライト

 テレビで、「ライムライト」を放映していました。チャップリンの名画ですね。

 皆さま、ご存じの喜劇王ですが、この映画は悲しいフィナーレを迎えます。たまたま、永六輔さんの言葉が別の番組で紹介されていました。
 いろいろな施設を訪問して、楽しい話を、と要望されることが多く、それに応えたところ、会場が大いにわいて、よかったな、と帰ろうとされたとき、会場にぽつんと残っていた方が、ひと言、おっしゃったそうです。
 「楽しませてもらって、ありがとう。ただ、私としては、しんみりと泣かせてもらえたら、もっとよかった」
 永六輔さんは、その言葉からいろいろなことを考えられたそうです。
 チャップリンの映画は、楽しませ、笑わせる場面も多くありますが、そうでないものもあります。
 楽しさと悲しさ・哀しさ ・・・ しばらく、考えてみたいテーマですね。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日。キリスト教会の礼拝に、よろしければ、お出かけくださいますように。今日は、アドヴェントリースのキャンドルが4本点火されます。 

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2016年12月17日 (土)

冬の季語

 先日、生まれて初めて、「句会」に参加させていただきました。9人という人数で温かい雰囲気の中、多くのことを学ばせていただき、よい体験となりました。

 たとえば、冬の季語の一つ、綿虫「雪螢」(ゆきぼたる)ともいうこと ・・・ 句会の席で、さりげなく教えていただいたのですが、日本語の美しさを改めて感じ、嬉しく思いました。 
 さて、この季語を入れて詠んだ句にどんな句があるかと、思っていましたら、ありました。ありました。
 ひだまりの なかをたゆたひ 雪螢  西宮 舞
  興味がわいて、冬の季語にどんなものがあるか、まだ眺めたとしか言えませんが、季語一覧に目を走らせてみました。
  冬うらら  春隣(はるどなり)  数へ日 ・・・ これは、「もう いくつ寝ると お正月」と関連させてイメージすればよいのでしょうか。 「日脚伸ぶ」(ひあしのぶ) や 帰り花 返り花 なども 印象に残ります。
 煤逃げ ・・・(すすにげ) ・・・ 大掃除に猫の手も借りたいときに 何やかや用事があると言い立てて不在になってしまう (あるいは、気がついたら姿が消えている)  ユーモアの感じられる季語ですが、これを男性に限定するのは、男の身勝手というものでしょうね。 反省しています。
 初めての句会で、温かく、的確に導いてくださった方々にお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 以下は、余談です。
 野球のプレイで、ボールをぶつけられた選手が、怒ってバットを持ってピッチャーを追いかけ回したら、その選手は、短歌型 ・・・ 感情を外に出すから  そして、打席から、じーっと強いまなざしをピッチャーに向けて静かににらみつけたら、その選手は 俳句型・・・感情を内に秘めているから
 中学校の国語の授業で、そんな説明をしたこともありますが、一人の人間が、あるときは俳句型になったり、短歌型になったり というところが、人間らしさなのかもしれませんね。
 今日も、よい日となりますように。
 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださると、神様が喜んでくださいます。
聖書
 わたしの目には、あなたは高価で貴い。わたしは、あなたを愛している。
 
 

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2016年12月16日 (金)

「愛は意志」

 昨日、書かせていただいた「ルーの法則」は、身体についての法則です。

 考えてみると、心についても、鍛えることを通して成長していく過程がありますね。

 たとえば、小さいときには、お菓子をだれかと「はんぶんこ」にすることや、シーソーや滑り台で遊ぶ順番を待つことが出来なかった子が、だんだんと自分より小さい子に順番を譲ったり、「こういうときには辛抱することが大切なんだよ」と優しく教えたりするようになっていく ・・・ これは、すごいことだなあと思います。

  残念ながら、今の世界情勢、そういう心が、特に為政者の中に見受けにくくなってきているように感じられてなりません。

  政治のリーダーがそういう考え方・生き方をしていて、子どもへの教育には平和・友愛・献身などなどを掲げる・・・ 教員免許の更新制も結構ですが、政治に携わる方々の人間としての在り方を、幼な子の前に胸を張れるものとして示していただきたいと、心から願います。

 炭酸ガスが増えることが地球の温暖化を促進してしまうことが明らかになって、それを食い止めようと「京都議定書」が検討されたとき、たくさんのCO2を排出している国の大統領は「国益に反する」と堂々と述べて、賛同しませんでした。国益 ・・・ その大統領は、自分も大きな企業に携わっていましたので、私益でもあったのです。

  世界で最も貧しい大統領と言われた人は、自分の家を建てたい人に、その人自身も家の建設に自分の出来る作業を果たすことを条件として、国家として支援する政策を打ち出し、多くの人に働きがいと希望を与えました。

  自分より弱い立場にある人の身になって生きること ・・・ これは愛の一つの在り方だと思います。こうした愛は、強い意志に支えられていないと貫けないという意味合いで、あるかたは、「愛は意志である」と語られました。

 あるかた、というのは、あの「目蓋の母」(まぶたのはは)という名作を書いた長谷川 伸さんのお兄さんです。 

 私の手に余ると申しますか、生き方に余ることを書いてしまいました。もとより小さな器ですが、少しでも意志ある愛を心がけて育っていけたらと願います。

 今日も、よい日となりますように。

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2016年12月15日 (木)

ルーの法則

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 ルーの法則 ・・・ ルーと申しましても、カレー・ルーではありません。鰈(かれい)・ルーでも、ましてや、加齢(かれい)・ルーでもありません。

 ↑

 冒頭から、すみません。4か月に1回の歯医者さんの定期検診・手入れを終えて、心も軽く、身も軽く という気分になっているものですから。おまけに写真まで添えてしまいまして。

 改めまして、ルーの法則のことを・・・。

   ルーというのは、ドイツの学者、ウイルヘルム・ルーさんのことで、彼が研究から導き出した法則を簡略に表現すると、次のようになるそうです。

 「身体(筋肉)の機能は適度に使うと発達し、使わなければ萎縮(退化)し、過度に使えば障害を起こす」 ・・・ほどよく身体を鍛えると、身体は発達し、あまり強い鍛え方をしても、使わなさすぎてもよろしくない ということですね。

 こうして読むと、とても分かりやすく、当たり前のことに思えるのですが、何かを最初に言い出すのは、どんな世界においても、自分の説について科学的な根拠を手にするまでの苦労の日々、そして発表する内容に責任をもつ覚悟を伴うことだと思います。

  たとえば、腹筋を鍛える運動を、私の中学生・高校生のころは、膝を伸ばして仰向けに寝て上体を起こすやり方でしていましたが、そのやり方では強すぎて腰を痛める恐れがあるとか、ウサギ跳びも、鍛えるよりは足の健康を損なう恐れがあるとか言われるようになって、最近では、そうしたやり方はしなくなりました。

 その点、ルーの法則は、評価がひっくり返ることのない、安心して納得できるものではないかと思います。

  実は、今から、しばらく前・・・私が中学生の時の保健体育の時間にこのルーの法則のことを教わり、印象が強かったものですから、それ以後、いろいろなときに思い出すのです。

 中学生時代がしばらく前!? ← ずいぶん前だろうとお思いでしょうね。そのとおりです。でも、地球の歴史の長さに比べたら、ほんの一瞬前 ということとで、お許しくださいまし。

 今日も、大きな心をもって歩む、よい日となりますように。

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2016年12月14日 (水)

寒さに負けないたくましさ

 12月8日の岩手の朝は、新雪の銀世界だったそうです。聞いただけで「おお、寒っ」と思う私ですが、何と、小学二年生の孫娘は、銀世界を見るや、着替えも、朝食などの動作も素早くきびきびとすませ、学校へ走り出したそうです。

 うーん・・・何というエネルギーでしょう。

 私などとは逆の反応に感心していましたら、知人から苗をいただきました。

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 キヌサヤエンドウ ・・・ ご自分で種から育てられたのだそうです。 実を結ぶのは、春と申しますか、来年の6月頃だとのことで、これからの寒さにめげず、生長しつつ冬を越すのですね。 これも、何というエネルギーでしょう。

 見習いたいとは思うのですが、何しろ、ムーミン谷は冬眠の季節・・・ 人には、それぞれの向き不向きが・・・ などと言い訳をしたくなる私をなんとしたらよいでしょう。

 寒い冬ほど、守口だいこんは、長く生長すると聞きました。地表が冷えるので、より暖かい地中の熱を求めて生長するのだとか。 そういうたくましさを持ちたいと思います。 春まで、おやすみなさい ということにしないで・・・

 と申しましても、寒中水泳とかに挑戦することはしないで、せめて日々のウオーキングを途切らせないで、できるだけ続けたいと思います。

 近づく寒い季節 ・・・ どうぞ、お健やかで。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2016年12月13日 (火)

開拓 

 ウオーキングする道の一つ ・・・聖書に出てくる道になぞらえて、エマオの途(みち)と呼んでいますが、山を抜けたところに少しずつ、竹藪や木を伐採して道を作っている方たちがおられます。実際に作業しておられるところに行き合わせたことはほとんどありません。集まれるときに集まれる人が来て、地道にこつこつと切り拓いておられることがうかがえます。

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 通りかかって、少しずつの進展を見るとき、無言の内に伝わってくるものがあります。

 中学生の時に学んだ高村光太郎さんの詩「道程」を思い出しているのかもしれません。

「道程」 高村光太郎

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

 今日も、よい日となりますように。

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2016年12月12日 (月)

『マリー・キュリーの挑戦 科学・ジェンダー・戦争』

『マリー・キュリーの挑戦 科学・ジェンダー・戦争』

川島慶子 著

トランス・ビュー 2010年4月5日 初版第1刷 発行

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 私たちがよく知っている「キュリー夫人」「マダム・キュリー」という呼び方は、一緒に研究してラジウム・ポロニュウムを発見した夫、ピエールの夫人ということを示しています。 男性だったら、「誰々の夫」という言い方は、ほとんどされないでしょうね。

 こういうところに焦点を当てるのが、「ジェンダー」という考え方です。女性初のノーベル賞受賞者、マリー・キュリーさんは、国際的な科学の会の委員長や、外国の科学アカデミーの会員になっていたのに、パリの科学アカデミーの会員には加われずにいました。17世紀に起源を持つこの権威ある組織は設立以来、女性会員を受け入れたことがなかったそうです。

 マリー・キュリーさんともう一人の候補者のどちらを会員にするかという投票が行われ、科学的業績ではキュリーさんが明らかに上位なのに、もう一人の候補者、男性が選ばれました。フランスが後進的だということが世界に明らかになってしまったと嘆いた人も多くいたとのこと。

 この本のタイトルに「戦争」が入っています。第一次大戦の時、キュリーさんは、50歳近くでしたが、砲弾などを受けた兵士たちの治療のため、前線にレントゲン車を送ることを提案し、これが認められて、18台の小型トラックがレントゲンを積んで戦場を駆け巡ることになったそうです。彼女も運転免許を取って、この指揮をしたといいますから、すごいですね。

   ラジウムは、癌の治療に使われる・・・それは、癌細胞が健康な細胞よりも放射線に破壊されやすいという性質を弱いということを治療に使用するわけですが、健康な細胞が放射線の影響を全く受けないというわけではないことも、ある程度予測がついていたそうです。毒と薬は、はっきりと分かれていない・・・ そのため、最初に体調をくずしたのは、キュリー夫妻でした。

 夫ピエールは交通事故で亡くなりました。実は、それは放射線によって、疲れやすいなど、体調の不調が進んでいたことがおおもとの原因ではないか、とこの本に書かれています。マリーさんも9キロほど体重が減り、ノーベル賞を受賞したときに行われる講演は、この夫妻の場合、受賞の1903年12月から延期されて1905年6月に行われたという異例の事態となったそうです。

 放射線の影響を身をもって感じながらも、研究を続け、娘さんもそれを受け継いだということ、頭が下がると同時に、惜しまれます。

  医学の進歩の陰には、こうした人々の尊い犠牲、献身があること、粛然とした思いになります。

 生かされて、こうしてある命 ・・・一日 一日を大切に歩まねばと,改めて感じました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年12月11日 (日)

『映画音楽への招待』

『映画音楽への招待』

宮本 啓 著

丸善ライブラリー 平成6年4月20日 発行0001

 映画音楽 ・・・ 「エデンの東」が、ベストテン入りする場面を今でもよくみる気がいたします。邦画では、「愛染桂」の主題歌、〝♪旅の夜風〟「青い山脈」の同名の主題歌の人気が根強いように思います。

 この本は、よくここまで掲載されているなあと驚くほど、たくさんの映画音楽が網羅されています。

 あの全部の台詞もメロディで歌われた「シェルブールの雨傘」(1964)で大成功を収めたミシェル・ルグランが初めて手がけた映画音楽は「過去を持つ愛情」(1954)だったことをこの本で発見し、どちらの映画も好きな家内が喜んでおりました。 テレビ番組「題名のない音楽会」の司会を務めていた羽田健太郎さんがミシェル・ルグランさんとグランド・ピアノを向かい合わせて協演していたときの、とても幸せな表情を今も思い出すことがあります。

 その巨匠、ルグランさんにも、新人だった時代があることを発見できた気がして、何だか、感慨を覚えます。

 考えてみると、どんな巨匠、有名人にも駆け出しの新人だったことがあるのですよね。 ← 考えなくても、そうだといえなくはないですけれど。

 今日という日は、これからの人生で一番若い日 ・・・ 今日もよい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけくださいますように。

 アドヴェント・リースに三本のろうそくがともされる日曜日です。

  今日は、妹の誕生日、おめでとう。

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2016年12月10日 (土)

豆腐ステーキと エノキダケのスープ

 今日から中旬 ・・・ 鍋物に親しむ夜が多くなってきた食卓に、ステーキが登場しました。 片栗粉の衣をまとい、ニンニクを上に載せた豆腐ステーキです。

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  そして、小春日に半日当てたエノキダケを具にしたスープが登場。 このエノキダケが張り切って、何と申しましょうか、ホタテのような味わいを呈していました。
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 この食卓に、パキパキラディッシュのサラダが彩りを添えました。
  脳の活性化の手立ての一つに、料理に新しいメニューを加えるチャレンジ というのがあるそうです。
  ちなみに、私には、ほとんどレパートリーがないので、何をやってもチャレンジになるという長所があります。 ← いえ、威張っているわけではありませぬ。
 これからもおりにふれて、身近な女性(家内)に教えてもらいながら、学びたいと思います。
0004 幸いなことに、にがてな食べ物がほとんどないのはありがたいことと思っています。
 あまりに酸っぱいもの、そして激辛(げきから)を売りにする食べ物は、ちょっと苦手ですけれど。
 スナフキン体型になるにはハードルが高いので、少しスリムなムーミンパパ体型を形成していきたいと思います。 105歳の日野原重明医師は、年齢が高くなってきたら、少し太め、ちょいふとがよい と書いておられるので、心強いです。
※  別の朝のオムレツとラディッシュの写真に家内の許可が下りましたので、追加させていただきます。
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 「食」という漢字を分解すると「人を良くする」となる、と教えてくださった方があります。
 なるほど ・・・ そういう食事、食生活を積み重ねていきたいと思います。
  今日も、よい日となりますように。
明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
 

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2016年12月 9日 (金)

折り紙 銀河をゆく白鳥

 家内の友人と、その娘さんが、折り紙ですてきな作品を折ってくださいました。

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 それをいただいた家内がレイアウトして、写真を撮り、題を付けました。「銀河をゆく白鳥」です。それぞれの☆は1平方センチほどでしょうか。 折り鶴を完成できたことのない私には、
「紙ワザ」です。
  すてきな作品をいただき、本当にありがとうございます。
  身近な材料から美しい作品を創り出す営み ・・・ すばらしいですね。
  今日も、有形無形を問わず、すてきな作品の生まれるよい日となりますように。

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2016年12月 8日 (木)

樹林と 遊具の ハーモニー

 
関市の百年公園にウオーキングに行きました。
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 青い空  紅葉・黄葉した木々 万歩計も快調に数字を伸ばしていきます。
     ↑
 とはいえ、上り坂では、少々、息が切れます。でも、そこがいいのですね。身体には。
 博物館やサイクリングロードなども有する広大な施設 ・・・ 整備・手入れは大変だと思いますが、働いておられる方たちは、にこやかです。
 平日に訪れる人はどれくらいおられるのか、分かりませんが、土曜、日曜などは、親子連れ、お孫さん連れのファミリーが、かなりたくさんおられます。
 なかなか、心和む情景です。
 しばらく塗装中だった遊具が、鮮やかな色で姿を見せてきました。
0006 まさに、お色直し、と申しましょうか。
 押さない子 ・・・ いえいえ、失礼しました。幼ない子がちゃんと順番を待って、仲良く遊んでいました。 押し合いへし合いしないので、押さない子 ← 朝一番で、このブログを訪れてくださっているかた、すみません。こんなジョークを書いてしまいまして。
 さあ、帰宅して、万歩計を見ると ・・・うーん、 一万歩には到達していません。
 もっとも、出来るだけ、ウオーキングしない日を作らないように心しているので、あまり歩数のでこぼこはなくなってきました。
 ちりも積もれば山となる ・・・ マイナスではなく、プラスの積み重ねをしたいと思います。
 冬籠もりしないように、気をつけます。 「貯筋」・・・筋肉を蓄える・・・こういう言葉が生まれているのですね。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2016年12月 7日 (水)

『九十三歳の関ヶ原 弓大将 大島光義 』

『九十三歳の関ヶ原 弓大将 大島光義』

近藤龍春 著
新潮社 2016年7月20日 発行
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 うーん、実際にこんな人がいたのでしょうか。著者の創作でしょうけれど、モデルになった人物はいるのだと思います。四百メートル以上も正確に矢を飛ばし、理想は、相手の戦意を一矢でくじき、戦いを終わらせること。 槍の得意な同僚に刺激され、宝蔵院に槍の修行に行き、次の戦いでは弓を使わずに手柄を立ててみせるなど、武士の意地の強さも並々ならぬ主人公。
 岐阜市に住む私としては、岐阜城や大垣城など比較的近いところで大きな戦いがあったことをこの本は詳しく書いてあり、参考文献が巻末に2ページ以上びっしりと書かれているので、そのことに敬意を表して読みました。
 仕えた武将は信長、秀吉、家康 ・・・ まだまだ挙げられています。どの大将も、主人公の心意気、弓の技倆に一目おき、頼りにし、取立てます。
 歴史の学習が出来ました。
 この表紙の絵から、鋭い眼光、鍛錬を怠らず、権力者におもねず、堂々と自分の信ずるところに従って生きた武士魂が伝わってくるように思います。
 ウイリアム・テル、ロビンフッド、鎮西八郎為朝、那須与一 などなど古今東西の弓の名人、達人には、なぜか心惹かれる魅力を覚えます。 なぜでしょうね。
 的を射た歩み、生き方を できたら嬉しいですね。
 今日も、よい日となりますように。

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2016年12月 6日 (火)

まど・みちお さんの 詩  12月6日

 

 小走りくらいで,進みたいのですが、さすが、師走 ・・・ 時々走っている12月です。いえ、身体ではなく、心がです。

 今日も、まど・みちおさんのお世話になります。

 ◇   □   ○   ※

世の中いろいろ大変ですが、
人間だけが生きているんじゃないんですからね。
すべての生き物が生きているんですから、
いのちの全部に感謝しながら暮らしていくことで、
自分もほかの人も幸せになるんじゃないかと思います。

ーまど・みちおさんの 『百歳日記 ココロが晴れる』からー

    ◇   □   ○   ※

私みたいに
あと1年か2年にすぎない人間の言うことを、
いくらかでも参考にしてくださるならばうれしいものですが、
みなさん本当に好きなことをなさればいいと思うのであります。

ーまど・みちおさんの 『百歳日記 ココロが晴れる』からー

◇   □   ○   ※

ちがっても仲良くしようではなく
ちがうから仲良くしよう
 

 ーまど・みちおの名言からー

 ◇   □   ○   ※

  今日も、よい日となりますように。

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2016年12月 5日 (月)

まど・みちお さんの詩 「ぼくがここに」

「ぼくがここに」  まど・みちお
 
ぼくがここに
ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも 
ぼくに かさなって
ここに いることは できない
もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ
マメがいるならば 
その一つぶの マメだけしか ここに いることは できない
ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも
その「いること」こそが
なににも まして 
すばらしいこと として
 

   ◇    □    ○   ☆   ※

 104歳で天に召された まど・みちお さん ・・・ わあ、こんな詩を書いておられたんだ と よく驚かされます。 そして力をいただきます。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2016年12月 4日 (日)

不平は 伝染しやすい  → 距離を保つのが賢明

  聖書には、清らかなことだけが書かれている ・・・ と、お思いでしょうか。

人間の弱さ・醜さ・・・が、厳しく書かれています。

  映画「十戒」にも描かれていましたが、モーセに率いられて、エジプトでの奴隷生活から脱けだすことのできたイスラエルの民たちは、しばしば、不平・不満をあらわにしました。

聖書 民数記 11章1節

  さて、民はひどく不平を鳴らして主につぶやいた。主はこれを聞いて怒りを燃やし・・・

 エジプトの軍隊がこの民を追ってきたとき、海の水を二つに分け、民が渡りきるまで、燃える火をもってエジプト軍を足止めした神様

 食糧の不安を訴えたときには、天から「マナ」を降らせ、ウズラの大群を飛んでこさせて肉を与えた神様

 ・・・ 他にも、多くのことをしてくださっている神様に、民の中の多くの人は「ひどく不平を鳴らし」たのでした。

 その時、その時は感謝し、神様を褒めたたえるのに ・・・どうしてでしょう。

 マックス・ルケードという、信仰に満ちた分かりやすい本を書いているアメリカの牧師さんは、あるとき、張り切って、ハーフ・アイアンマン・トライアスロンに出場し、張り切って前進していたそうです。

 「2キロ泳いで、90キロを自転車で走った後、22.1キロのマラソンを走るエネルギーは残っていないように感じました。 その辛さは,隣の奏者も同じだったようで、『もうイヤだ。こんなレース、出なければよかった』と言いながら走っていました。 私は、さようならと挨拶して,彼のそばを離れました。」 この人の話をいつまでも聞いていたら自分も同じように感じてしまうと思ったので離れたのです。

 不平に耳を貸していると、自分もだんだんそう感じてきて、不平・不満をエスカレートさせ合う集団になり、せっかくさわやかな思いで前進しようと思っている心も、なえてしまい、喜びも、エネルギーも感謝も、どこかへ消えてしまう ・・・ トライアスロンでなくても、人生のいろいろな場面で、そういうことは起こりそうです。

 心が、なえそうになるような状況に直面したときこそ、志を高く持ち、前進してまいりましょう。

 不平・不満でなく、ゴールに向かって進む力・エネルギーが与えられていることに感謝しながら、今まで培ってきた力を発揮して進めたらと思います。

 今日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 よい日となりますように。 

 

 

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2016年12月 3日 (土)

『賢者のおくりもの』 オー・ヘンリー

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『賢者のおくりもの』 

 オー・ヘンリー 文

リスベート?!)ツヴェルガー 絵

矢川澄子 訳

富山房(ふざんぼう) 1983年12月3尾値 第1刷発行

 オー・ヘンリーの短編の中でも、特に有名な作品だと思います。

 ジェイムズ・ディリンガム・ヤング夫妻には、何より自慢にしている品物が二つありました。

 ひとつは、祖父から父、そしてジムへと伝わってきた金時計。もう一つは、あのシバの女王もうらやましがるだろうほどのデラの髪・・・栗色の滝のように波だちきらめく、さながらひざ下までとどくガウンにたとえられるほど美しい髪の毛です。

  つつましく、仲良く暮らしているこの夫妻は、お互いに相手のためにぴったりのプレゼントを見つけていました。 けれど、それを買うお金がなかったのです。 何とかしたかったのに、今夜はクリスマス・イヴ・・・ さて、愛する相手のために、ジムとデラは、いったい何をするのでしょう・・・・ ご存じの方がおおいでしょうし、言わぬが花ですよね。

  この絵本は、「絵が美しい」と、何人かの知人・友人が称えています。

  今日も、よい日となりますように。

  明日は日曜日。キリスト教会の礼拝に、どうぞ、お出かけください。

 

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2016年12月 2日 (金)

『イチローの流儀』 ーその2ー

 敵に塩を送る

 イチローは大リーグに移籍した最初の年に首位打者になり、日米を通じて8年連続の首位打者という快挙を成し遂げました。

  大リーグ2年目もヒットを重ね、9年連続首位打者という大記録も達成するのではないかと気の早い予想が出始めた2007年7月、オールスター戦前日の練習の時にイチローにバッティングの助言を求めた選手がいました。

  大リーグ歴1年半のイチローに大リーグでの実績の豊富な強打者が率直にアドバイスを求めたのです。イチローはこのとき、打撃ベストテンの2位、打率3割5部7厘、相手選手は3割4分 ・・・成績は肉薄していました。

 イチローは、相手の野球への情熱、向上心に共感し、自分の考えるところを語りました。

 その年、首位打者になったのは、そのときイチローに教えを請い、それを活かしてイチローを抜き去ったレッドソックスのマニー・ラミレス選手でした。メジャー10年目にして彼は初めて首位打者のタイトルを手にしたのです。

 イチローは、このことについてこう語っています、

 「自分がアドバイスした通りにラミレスがやって、それで結果が出れば嬉しいじゃないですか。僕もアドバイスで言ったことを同じようにやってきた。自分の考えていたことがそれで正しかったということになる」

 より高い次元でのライバルとの戦い、野球選手が質の高いプレーを求め続けて切磋琢磨し、野球フアンを楽しませる ・・・ それがイチローの大切にしていることだったのですね。

 イチロー選手は、足が速く、バランス感覚もよく、動体視力が優れていることなど、資質にも恵まれていることも確かかもしれません。

 けれど、その素質に甘んじず、常に大きな志をもっていつも高いところを見つめ、そこへ達する思索と努力を積み重ね続けてきたことで現在のイチローになり、これからも高嶺を目指して錬磨するイチローであり続けるのだと思います。

 この本を読んでいて、イチローを見ることができる時代に生きていることが幸せに思えてきた私です。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2016年12月 1日 (木)

『イチローの流儀』

『イチローの流儀』

小西慶三  著

新潮社 2006年3月30日 発行

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 著者の小西慶三さんは、1966年生まれ、共同通信社に入社し、1994年からオリックスを担当。野球記者となり、2000年12月にシアトル支局勤務となり、全米野球記者協会の会員となって活躍されているとのこと。

 イチロー選手の日本時代から、シアトルマリナーズでの大リーガーとしての活躍、いろいろなエピソードを熱意と愛情を持って知りしておられることが伝わってまいります。

   イチローの試合を見続け、何回も直接話し・・・要するにイチローに惚れ込んでいる小西さんの書いた本ですから、紹介されているイチローの言動は魅力に満ちています。でも、いいところだけを書いているのでないのもこの本のよいところです。印象に残った二つを紹介させていただきます。

    ◇    □    ○   ※   ☆

 アオダモの木、1000本の角材からプロ野球選手の使うバットは300本ほどしかとれない。イチロー仕様バットとなると1000本中約12本。

 イチローは1995年頃から特性ジュラルミンケースに入れて持ち歩いている。ケース内には乾燥剤を入れるポケットがあり、湿気による重量増を防いでいる。

 2004年、マリナーズのアリゾナキャンプを訪れた久保田・・・バットの制作者・岐阜県養老町にあるミズノバット工場。2003年1月 厚生労働省認定の現代の名工100人に選出されている・・・には印象的なシーンがある。フリー打撃を終えた選手たちがそれぞれのバットを芝生の上に平気で放り投げる中、イチローだけがバットをグラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベッドに横たえるように老いていた。

 バットのコンディションを可能な限り一定にする努力を続けながら、不振の理由を道具に求めることは絶対にしなかった。

 「あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責任ですよ」とイチローは語る。実は、1996年7月6日、近鉄戦で三振を喫して思わずバットを叩きつけたことが一度ある。その後、我に返って久保田に謝罪メールを送っていた。

 「何人かの選手から、自分の手がけたバットについてお礼を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね」と伝説的バット作り職人は語った。道具に対する意識の高さはイチロー流準備の特徴だった。

    ◇    □    ○   ※   ☆

 引用が少し長くなりましたので、もう一箇所は、明日にさせていただきますね。

 今日も、よいヒット、いえ、よい日となりますように。 師走のスタート、よい12月を (^J^)

 

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