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2017年1月16日 (月)

『婦人之友』 2017年2月号

 『婦人之友』 2017年2月号

婦人之友社 発行

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 表紙の書名『婦人之友』の上に、こう印刷されています。

 生活を愛する人とともに114年   うーむ、素晴らしいですね。114年前に、日本初の女性新聞記者、羽仁もと子さんによって創刊され、その生活への考え方、社会への在り方、クリスチャン信仰、志を引き継ぐ方々によって、114年間、バトンが渡され続けているとは !!

  たとえば、ある年の「家計特集」で羽仁もと子さんは、こう書いておられます。

   ☆   ☆   ☆    ☆   ☆

 どんなに足りない家計でも、支出額に限度(くぎり)をつけなくてはなりません。・・・ありたけ使って足らない足らないという考えは、永久にその家計を不安なものにすることになります。私は限度をつけない家計を底なしの家計と言いたいと思います。

   ☆   ☆   ☆    ☆   ☆

 そして、婦人之友社の家計簿には、社会に目を向けて、公共費という費目が設けられています。 志と意図を持って、「家計簿をつけ通す同盟」も結成されています。 ※ こうしたことについて述べる資格をもたない私がこんなふううに書かせていただいて申し訳ありません。

 最新号2017年2月号に掲載されている羽仁もと子さんの「生活の朝、昼、夜」が心に響いてまいりましたので、後半を引用・紹介させていただきます。

  ◇    □    ○    ※    ☆

 朝起きて聖書を読み、昼は疲れるまで働き、夜は祈りて眠る。

 (中略) 

  朝起きて飢えかわくごとく聖書を読むものに、まず私たちはなりましょう。めいめいに与えられているみどりごの心をくらまして、手前勝手な都合ばかり考えていては出来ないことです。

  昼は疲れるまで働く人になりましょう。不完全な人間同士の錯綜する人事に耐えかねて、不平や憤懣を自己弁護にして、高い光明を見失うようでは、決して本気に働けないでしょう。

  私たちに祈って眠る夜があるのは、悔いの中にも恥の中にも、ただ導きの手を思い得る確かな望みがあるからです。この望み、この信頼、かすかながらも与えられている自分を感謝し、多くの友の中にも、その人をますます多く見出してゆきたいのです。ほんとうの人間(ひと)になる労作はそれからです。

(羽仁もと子著作集「みどりごの心」より抜粋 1932年3月)

 ◇    □    ○    ※    ☆

感動していて、引用が長くなりました。お許しください。

 今朝の道路の状況は、いかがでしょうか。どうぞ、よい日となりますように。

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