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2017年1月31日 (火)

川柳 この冬は ・・・

 ちょっと時事ネタの川柳を ・・・

 写真と記事は、岐阜新聞 朝刊(1月27日付け)から引用させていただきました。ありがとうございます。

 まずは、百人一首の大会のクイーンの記事から

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 クリックしていただくと、少し記事が大きくなるかもしれません。

 もう一つの写真です。

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 就任一週間 ・・・ いろいろ物議を醸していますね。

 いえ、深い意味はありません。

 今日のタイトルの時事川柳の前振り

として二つをまず掲載させていただきました。

では、作品を

 この冬は トランプやめて

   歌加留多 

歌がるたは、歌歌留多・歌加留多などと表記があるのですね。

 いつまで続く冬の時代か分かりませんが、外国に目を向けるだけでなく、内なる国際化と申しましょうか、長い歴史の中で培われてきた日本の文化、日本人の細やかな心遣いを胸を張って世界の潮流へと育てていきましょうという思いです。

 自作の川柳では、力不足で表現しきれないので、新聞をお借りしました。お礼とお詫びを申し上げます。

 うーむ、自分で見直しても、やはり表現できていませんね。 すみません。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月30日 (月)

『お茶をどうぞ 対談 向田邦子と16人』

『お茶をどうぞ 対談 向田邦子と16人』

向田邦子 著

河出書房新社 2016年8月30日 初版発行

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 対談相手に森繁久彌さんの名もありますので、比較的古い本かと思いましたら、2016年夏が初版とのこと。向田邦子さんが飛行機事故で亡くなられたのは1981年8月のことですけれど、今になってこういう本が出るということも根強い人気があることの表れでしょうか。

 印象に残ったのは、黒柳徹子さんとの対談でのこういうやりとりです。

     ◇    □    ○  ※  ☆

黒柳  最近、書きたい人がすごく増えているんですってね。シナリオ講座とかいろいろ。そういう方たちに向田さんがおっしゃってあげられることがあったら、どういうこと?

向田  私はね、書く技術って氷山のほんの一角だと思うの。海面下の部分は考えたり、感じたりすることなんです。その上のちっちゃな部分が書くことだと思うんです。

 感じたり、思ったりすることがたくさんあれば、自然に書けるんじゃないかと思うのね、私は。どうやったら文章書けますかって訊かれても、私だって最近開業したばかりですから、お門違いなんだけど・・・・・・。

黒柳 もちろん慣れとか技術ということもあるんでしょうけれど・・・・・・。

向田 そうね。だから感じたり思ったりがなければ何も書けないとはいえますね。名文集なんて詠んでも無駄な気がします。

 ◇    □    ○  ※  ☆

 端的に大事なことが述べられていると思います。

 心を生かすのが技術だと思うのです。心があまりないのに技術でカバーしようとしたら、分母よりも分子が肥大している仮分数のような不安定さが、書き手にも、そして読み手にも感じられてしまうのではないでしょうか。

  対談集ですので、割合、短い時間で読み進むことが出来ました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年1月29日 (日)

♪ ア・カペラ の意味

 おはようございます。 今日は日曜日ですので、「賛美」のお話を・・・

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『百万人の福音』という月刊誌があります。(いのちのことば社 発行)

 その2017年1月号の特集「さあ 賛美しよう!」に目を通していて、いろいろなことばに目を惹かれました。

 ルターによる16世紀の宗教改革はいろいろなことに広がっていきました。

 それまでは、一般の信者たちはミサで聖書を朗読することはありませんでした。聖書を読もうとするとラテン語を学ぶことから始めることになります。

 讃美歌を歌うことも、それは聖歌隊が専門に受け持って、民衆はそれを聞くという立場だったようです。

 少年モーツアルトが、門外不出とされていたミゼレ-レという音楽を耳で聞き取ってほぼ正確な楽譜にしたというエピソードがありますが、それは、彼が天才だからこそ成し得たことでした。

 ルターは、会衆が母国語で歌えるようにと、自ら作詞・作曲をして讃美歌を作ったそうです。その36篇のドイツ語讃美歌の系譜は、それから200年後にバッハを生むことにつながっていったのだそうです。

 うーむ・・・ そうだったのか・・・。

 もう一つ、 「無伴奏を指すア・カペラの語源はラテン語で『礼拝のように歌う』・昔は礼拝で楽器を使わなかったため、神を礼拝する讃美=無伴奏を意味したとも言われています」 と、礼拝で楽器を使わない無楽器派の教会、御茶の水キリスト教会の伝道者、野口良哉さんは、語っておられます。

 うーむ・・・ そうだったのか・・・

 ということを頭に置きつつ、 それでは、教会に行ってまいります。

 今日も、よい日となりますように。

 よろしければ、キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 神様が喜んでくださいます。

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2017年1月28日 (土)

ちょっと ちゃっかり 浮寝鳥

 私がお世話になっているキリスト教会、最近、キャッチフレーズを相談して決めました。毛筆の堪能な教会員にお願いして、それを書いていただきました。

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 ステキでしょう (^J^)

 「睡蓮の池のほとりに佇(たつ)教会」

 ・・・ なんだか、モネさんも睡蓮を描きに来てくださる感じですね。

 さすがに今は、睡蓮が咲いていなくて、したがってモネさんとお会いできません。でも、この季節、この池を訪れているお客さんがいます。

 鴨 鴛鴦(オシドリ) カイツブリ・・・この鳥を鳰(ニオ)ともいうことを教えていただきました。そして川鵜 も 他の鳥たちに牽制されたり、逆に牽制したりしながらすごしています。

 水面に浮かびながら寝る鳥たちを総称して 浮寝鳥(うきねどり)という季語があることを学びました ・・・ 情緒のあることばですね。 でも、ちょっと下の写真をご覧ください。

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 ちゃっかりと、睡蓮の葉を間借りしているようですね。画像をクリックしていただくと少し大きくなるかもしれません。

 止まり木というのは水面になかなかありませんから、こういう姿も、時にはいいものかもしれませんね。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。よろしかったら、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 聖書  わたしの目にはあなたは高価で尊い。 私はあなたを愛している

 「わたし」 は神様です。 「あなた」のところに 遠慮せずにご自分のお名前を入れてください。

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2017年1月27日 (金)

ほっとケーキ

 私、ムーミンパパには、どういうものか、家庭的な雰囲気を感ずる飲み物、食べ物があります。

  ココアとほっとケーキ ・・・ 心がほっとするホットケーキです。

  何とか、自分で焼くことが出来ないかと、コーチしてもらいながらチャレンジしてみました。

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  薄力粉200グラム ・・・ これに卵2個・牛乳・砂糖、そしてBP ← えっ、BPって 聞きましたら、まさかと思ったバターピーナッツではなく、そうです、「ベーキング・パウダー」のことでした。

 ボウルの右側にあるのがレシピノートです。

 うーむ、ことばのバリヤフリーというか、分かりやすく書いておいてほしいと要求、いえ、お願いいたしました。

  なにやかやと尋ねながら、無事に、焼き0014
上がりました。

 ノートに「三組」とありました。二枚一組が三つ焼けるということで、六枚焼くことが出来ました。

 次回に一人で準備から片付けまで出来るようになったら、身についたということですね。

 うーむ、自立出来るようになるでしょうか。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月26日 (木)

小松菜 二題

 小松菜 ・・・ これで、ケーキを作ると、綺麗な緑色のケーキが出来ます。

着色料は用いていません。

0002  レーズンなどを入れて作るとなかなかのデザートになります。

  昨年、家内は種蒔きから始めて、待望の小松菜が実ってからは朝、採りたてをサラダにしたり、鍋物に入れたり、そしてケーキを作ったりと、いろいろなことに食材として活かしていました。

 そして、葉だけでなく、その根の白さに目を惹かれたのです。

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 堀りたての小松菜を洗うと、細めの大根かと思うような白い根 ・・・  これを俳句に詠もうと張り切って作品に ・・・  実際には、もっと白が鮮やかです (^J^)

 五七五におさめるには思いが入りきらずに、いろいろ質問いただきました。

 うーむ、そういえば、眺めることに気をとられていて、食べてみなかったなぁ、と気がつき、早速、かじってみることになりました。

  おっ・・・・ワサビみたい  いや、カラシ大根に近いかな あとくちがさっぱりしている  というわけで、今、俳句にどう詠むかを熟慮中です。

 ご教示いただいた皆様、ありがとうございます。

 新しい世界の扉を開いていただけるのは、本当に嬉しいことですね。

  今日も、よい日となりますように。



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2017年1月25日 (水)

『正岡子規』

『正岡子規』
ドナルド・キーン 著
角地 幸男 著
新潮社 2012年8月30日 発行
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  音楽は国境を越える ・・・ その通りだと思います。それに対して、文学は、言語が異なるということがあり、なかなか国境を越えるのは困難です。
  けれど、ドナルド・キーンさんは、日本語の壁を見事に越えて、素晴らしい働きをしてくださっているのですね
  この表紙にあるカマキリの絵、これは、正岡子規の筆になる「自らをかまきりになぞらえた図」とのことです。俳句での業績、文学での著述だけでなく、いろいろなことに才能を発揮していることが、この本でも紹介されています。
 自分で壁を設けてしまわなければ、人は、自分で思っている以上に成長できる・・・それも、あまり自分では向いていないと思い込んでいることで,意外な上達をするかもしれない・・・まだ、途中なのですが、この本を読みながらそんなことを考えています。
 ただ、以前書きましたように、一つの何かが身につくには一万時間ほど熱心に取り組むと土台が出来るということのようですから、本当に興味を覚え、打ち込みたいということを見定めることが大切だと思います。
 もう少し、この本を読みながら、そのあたりのことを見つめられたら嬉しいです。
 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月24日 (火)

稀勢の里関 おめでとうございます

 1月23日の夕方、大相撲 初場所において14勝1敗という成績で優勝した稀勢の里関が、横綱審議会の委員全員一致で、横綱への推薦が決定したとのニュースを聞きました。

写真は1月23日の岐阜新聞朝刊から引用させていただきました。ありがとうございます。

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 今までに、綱取りが期待されながら、5回、果たすことができず、30歳という年齢で推挙されるのは、遅咲きだとのことです。
 けれど、2002年から、本場所で土俵に上がれなかったのは、1日だけだそうです。
 まだ、正式に決定するのは25日になる見通しだそうですが、23日夜のニューズで、「まだまだ強くなるので、頑張ります」という意味のことを稀勢の里関は話しておられました。
 中学校を卒業して、15年 ・・・・その卒業の時に書いたことばを15年かかって実現 ・・・決して楽な道ではなかったけれど、そうした歩みを積み重ねてきたことに頭が下がります。
 たくさんの人が心から喜び、これからも応援してくださることと思います。
 スポーツ選手の幸せは、こういうところにあるのでしょうね。
 今日もよい日となりますように。

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2017年1月23日 (月)

氷の花のlリース

 昨日、教会の庭にこんなリースが飾られました。
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  水に花と葉を浮かべて、凍らしたリース ・・・ 涼感が漂うというのは
当たっていないでしょうから、何と申しましょうか。凜とした風情 というところでしょうか。
 借りてきたわけではなく、自前なのに「リース」 ・・・ 辞書を調べてみました。
1.「lease」
【原義:ゆるめる→土地を貸す.】
(書類による)賃貸借契約;借地[借家]契約;(産業機械・事務機などの)リース, 賃貸制度
2.[wreath]
  花輪, 花冠, リース
ジーニアス英和辞典 第4版 (C) Taishukan, 2006-2011
 英語では、綴りがしっかりと異なるのですね。
 と書かせていただいている間に 溶けてしまったかも知れません。 美とは、はかないものかもしれません・・・。
 今日も、よい日となりますように。
 

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2017年1月22日 (日)

手すきの和紙の 卒業証書

 1月21日の岐阜新聞朝刊に、下記の記事が掲載されておりました。

手すき、和紙の卒業証書  美濃市 牧谷小
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  このブログを見ていただいている環境にもよりますが、画像をクリックしていただくと、もう少し大きくなるかもしれません。美濃市の児童生徒は「美濃和紙の里会館」で卒業証書用の和紙を漉(す)くのだそうですが、「牧谷小」では、校内に美濃和紙を漉く作業教室がそなわっているのだそうです。
 さて、皆様は、ご自分の卒業証書を取りだしてご覧になることがおありでしょうか。
 正直に申しまして、私もほとんど見ることがありません。 でも、こうして、郷土に根ざした手作り和紙を実際に漉いて作成した卒業証書ということになりますと、たくさんの思い出とともに、おりにふれて取り出すことがきっとあるに違いないと思います。
 自分の血が通っており、親切に教えてくださる方があり、世界に大切な文化遺産として有名になった郷土の美濃和紙ですから・・・。
 美濃和紙に限らず、いろいろなところで、いろいろな工夫をこらして子どもたちへの有形無形の贈り物が贈られていることと思います。すてきですね。
 児童の権利条約の根幹の精神は、「すべての大人は 子どもに最善のものを贈る義務を負う」 だそうです。
 今日も、よい日となりますように。
 日曜日、キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。よろしければ、どうぞ。
聖書の言葉
 わたし(神)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している

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2017年1月21日 (土)

力で押し切っては いけないこと

 私の好きな作家、宮城谷昌光さんの著作に、「正しいことが必ず力をもつ。これを文化という」という言葉があります。

 ピストルを持った人間は、銀行強盗が出来るかもしれません。けれど、それは、正しいことではありません。

  ユダヤ人であったために収容所に入れられ、九死に一生を得たフランクルという哲学者がおられます。奥様は、収容所で命を落とされました・・・別の建物に収容されていたのに、フランクルさんにはそのことが感じられ、解放後に記録によって、フランクさんが感じたその日に亡くなっておられたことが確かめられたそうです。

 フランクルさんは『夜と霧』にその収容所生活のことを書いておられます。新しく訳された新版を読みましたが、驚きましたのは、怒り、哀しみなどをなまのかたちでは表現しておられないことです。

 シスター渡辺和子の講話集のなかにフランクルさんのことが語られていました。(ご存知のかたも多いと思いますけれど、渡辺和子さんは、1936年、2.26事件のとき、すぐ目の前で、お父さん、軍の教育総監であった渡辺錠太郎さんの命を奪われたかたです。)

 収容所では朝、健康状態のよくない人はガス室に送られてしまうという過酷な状況におかれていたそうです。即日の場合も、しばらく様子を見て明日も元気がない状態だったら・・・という場合もあったのでしょうか。 強制労働に行く体力がなくて、宿所に残される人の枕元に、これからつらい労働にかり出される人がパンを置いていくのだそうです。それは、その人のその日の食べ物の全部・・・ そのパンをこれを食べて、元気になれよ との心を込めてさりげなく置いていくのだそうです。

  冒頭の言葉に戻らせていただきます。 「正しいことが必ず力をもつ。これを文化という」・・・この言葉通りの文化が世界の人の共通のものになったら、ピストルで、人を従わせること、数の力に物言わせて、小数の人を虐げることは、起こりません。 9歳の子の目前で、その子の父親に機銃掃射を浴びせて命を奪うことも、起こりません。

 高スピードで走る車を設計するとき、最も大切なこと ・・・ 強力なエンジン ? 丈夫なタイヤ?  それも必要でしょうけれど、 一番大事なのは、そうです、そうなんです。 暴走しないようにきちんと車を止めることの出来るブレーキです。

  なぜ、今日、この記事なのか ・・・ そうお尋ねのかた ・・・ いらっしゃいませんね。 ありがとうございます。 

 今日も、よい日となりますように。

 長男の誕生日です。おめでとう。

 明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。

 

 

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2017年1月20日 (金)

冬土用

 「冬土用」(ふゆどよう)という言葉に出会い、辞書を見ました。

 立夏・立秋・立冬・立春の前の十八日間の称。春は清明、夏は小暑、秋は寒露、冬は小寒の後、それぞれ十三日目に土用の入りとなる。狭義では夏の土用を指す。暑さ中(アタ)りを避けるため、ニンニク・あんころ餅・鰻などを食べる習わしがある。 ( 三省堂 新明解国語辞典 第七版) 
 夏の土用に鰻を食べる習わしは、平賀源内が仕掛けたことが、うまくあたったと聞いたことがあります。ニンニク・あんころ餅も、もともとの習わしに含まれていることは、初めて知りました。
 辞書を読むこと、何か発見があって、楽しいですね。
 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月19日 (木)

安立スハルさんの短歌 から 

 昨日のハンバーグの文章、もう少し、格調高い食べることに関する記事を書きたいと反省し、安立(あんりゅう)スハルさんの短歌集から、数首を味わわせていただきました。 

  ◇   □    ○    ☆  ※ ◇

白妙の袋を縫ひて今年米贈りたまへり稲穂も添えて

ままかりの酢漬けつくるがうまくなりてここに寓居の月日つもりぬ

一皿の料理に添へて水といふもつとも親しき飲みものを置く

蓮根の一節(ひとふし)切つてすり下ろす夕餉支度を茜は照らす

どこからでもかかつてこいといふごとき面構せり俎上の鮎魚女(あいなめ)

俎に置きてはみ出す大ぶりの新巻鮭は身を載せて切る

椀に咲く花麩の紅のやさしさになぐさみもする春近づくと

たましひの脈搏のごと真率に述ぶる言葉の心に沁みぬ

◇   □    ○    ☆  ※ ◇

 うーむ ・・・やはり、ひと味もふた味もレベルの異なることば、そして生き方に心打たれるばかりです。 

  いえ、私は自分のレベルの低さを感じて落ち込んでいるわけではありません。このような先人がたくさん居てくださる同じ地上に生を享けて歩んでいることをとても嬉しく思い、そして力をいただいております。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月18日 (水)

ハンバーグ の 名の由来

 ごく最近の夕食のメニューは、ハンバーグ ・・・ 焼くところを見ながら、「丸ごと食べても ハン(半)バーグ」 などと、考えるともなく考えていました。

 さすがに、我ながら、もう少し高尚なことを考えようと思いました。それが、「ハンバーグって、ひょっとしてドイツのハンブルグ出身なのかな」ということでした。調べてみますと、このような記事がネットにありました。 あっ、その記事の前に、我が家のハンバーグはこんな具合にお皿に載りました。おろしハンバーグにしたのですね。

0003なんだか、テレビの、これからいいところと思うと入るコマーシャルみたいで、すみません。

 さて、本題です。こう書かれていました。

「 ハンバーグの起源は、ドイツのハンブルクから。
労働者向けの食事として流行したタルタルステーキがその元とされています。

このタルタルステーキというのは、13世紀頃にヨーロッパに攻め込んだモンゴル帝国のタタール人の生肉料理を原型としているのだそう。
硬い馬肉を細かく刻むことで、食べやすいものに加工したのがそれ。
それがドイツ系移民によってアメリカにもたらされ、「ハンブルク風ステーキ」と呼ばれるようになりました。つまり、ドイツの地名ハンブルクからハンバーグが生まれたというわけ。」 だそうです。

 私には、ひとつ、勉強になりましたけれど、皆様、よくご存じのことなのかも知れませんね。おつきあいくださいまして、ありがとうございました。 

 ちなみに、NHKの料理番組でぶりの料理を見ていましたら、「ぶりを使って、ハイブリッド料理ですね」と会話が ・・・ うーむ、料理を前にすると、こういうような発想モードになるのかも知れないと、思いました。 おあとがよろしいようで (^J^)

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月17日 (火)

詩 「もし この世の中に」 中原淳一

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もし この世の中に   中原淳一

もしこの世の中に、風にゆれる「花」がなかったら、

人の心はもっともっと、荒んでいたかもしれない。

もしこの世の中に「色」がなかったら、

人々の人生観まで変わっていたかもしれない。

もしこの世の中に「信じる」ことがなかったら、

一日として安心してはいられない。

もしこの世の中に「思いやり」がなかったら、

淋しくて、とても生きてはいられない。

もしこの世の中に「音楽」がなかったら、

このけわしい現実から逃れられる時間がなかっただろう。

もしこの世の中に「詩」がなかったら、

人は美しい言葉も知らないままで死んでいく。

もしこの世の中に「愛する心」がなかったら、

人間はだれもが孤独です。

    (「美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事」より抜粋)

 すてきな詩ですね。

 冒頭の写真は、雪の降りしきる1月15日(日)の朝、キリスト教会の礼拝堂にたどり着いた私たちを迎えてくれた臘梅(ろうばい)などの花々です。ありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年1月16日 (月)

『婦人之友』 2017年2月号

 『婦人之友』 2017年2月号

婦人之友社 発行

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 表紙の書名『婦人之友』の上に、こう印刷されています。

 生活を愛する人とともに114年   うーむ、素晴らしいですね。114年前に、日本初の女性新聞記者、羽仁もと子さんによって創刊され、その生活への考え方、社会への在り方、クリスチャン信仰、志を引き継ぐ方々によって、114年間、バトンが渡され続けているとは !!

  たとえば、ある年の「家計特集」で羽仁もと子さんは、こう書いておられます。

   ☆   ☆   ☆    ☆   ☆

 どんなに足りない家計でも、支出額に限度(くぎり)をつけなくてはなりません。・・・ありたけ使って足らない足らないという考えは、永久にその家計を不安なものにすることになります。私は限度をつけない家計を底なしの家計と言いたいと思います。

   ☆   ☆   ☆    ☆   ☆

 そして、婦人之友社の家計簿には、社会に目を向けて、公共費という費目が設けられています。 志と意図を持って、「家計簿をつけ通す同盟」も結成されています。 ※ こうしたことについて述べる資格をもたない私がこんなふううに書かせていただいて申し訳ありません。

 最新号2017年2月号に掲載されている羽仁もと子さんの「生活の朝、昼、夜」が心に響いてまいりましたので、後半を引用・紹介させていただきます。

  ◇    □    ○    ※    ☆

 朝起きて聖書を読み、昼は疲れるまで働き、夜は祈りて眠る。

 (中略) 

  朝起きて飢えかわくごとく聖書を読むものに、まず私たちはなりましょう。めいめいに与えられているみどりごの心をくらまして、手前勝手な都合ばかり考えていては出来ないことです。

  昼は疲れるまで働く人になりましょう。不完全な人間同士の錯綜する人事に耐えかねて、不平や憤懣を自己弁護にして、高い光明を見失うようでは、決して本気に働けないでしょう。

  私たちに祈って眠る夜があるのは、悔いの中にも恥の中にも、ただ導きの手を思い得る確かな望みがあるからです。この望み、この信頼、かすかながらも与えられている自分を感謝し、多くの友の中にも、その人をますます多く見出してゆきたいのです。ほんとうの人間(ひと)になる労作はそれからです。

(羽仁もと子著作集「みどりごの心」より抜粋 1932年3月)

 ◇    □    ○    ※    ☆

感動していて、引用が長くなりました。お許しください。

 今朝の道路の状況は、いかがでしょうか。どうぞ、よい日となりますように。

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2017年1月15日 (日)

置かれたところで 咲く花たち

 

『置かれたところで咲きなさい』など、たくさんの著書を書かれ、多くの学生を世に送りだされたシスター渡辺和子さんが、先日、天に召されました。

 わたしの住む岐阜市では、久方ぶりに昨14日、少し積雪して朝を迎えました。雪の中で咲いている山茶花を見て、上記の本 『置かれたところで咲きなさい』を思い出したのでした。
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 数日前、この山茶花の傍の侘助椿がつぼみを付けているのを家内が見つけて、玄関に活けていたのですが、これも花開いていました。雪の庭と家の中のちがいはありますが、それぞれが、まさに「置かれたところ」で開花しているのです。
0003  寒さは、今しばらくきびしいかも知れませんが、こうした花々に励まされて、胸を張って冬の日を歩み、春を迎えたいと思いました。
 ↑
 それにしては、こたつやエアコンと仲良くしていることの多い私 ・・・ でも、中学・高校と自転車通学したとき、一番冷えたマイナス19.4℃の朝も元気に登校した頃と平均すると釣り合いはとれているということに ・・・
 うーむ・・・
 今日もよい日となりますように。
 日曜日、 センター入試の受験生の方々は二日目ですね。どうぞ、たくわえてきた実力を発揮することが出来ますように。
 キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。よろしければ、どうぞ。

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2017年1月14日 (土)

団塊スタイル 橋田壽賀子さん

 1月13日の夜のNHKテレビ、「団塊スタイル」に脚本家の橋田壽賀子さんが出演しておられました。今までに書いてこられた脚本は、大ヒットした「おしん」などの連続ドラマは219本、単発ドラマは102本とのこと。

 大正14年生まれ、現在、91歳 ・・・ とてもお元気にお話をされていました。50歳の時からプールで一日に千メートル泳ぎ、今はなかなか観る時間がなかったテレビをバランスボールに乗って観る時間を午後に設けておられるとのことです。
 さばさばと、「私は痴漢に遭ったことがない」と言われ、41歳で岩崎嘉一(いわさき よしかず)さんと結婚なさったときには挨拶状に懸命に頼んで結婚してもらいましたという意味の文を添えられたそうです。
 何と、率直なかたでしょう。さすがに2016年は、「渡る世間は鬼ばかり」のスペシャル版を一つお書きになっただけだったそうですが、「人殺し」と「不倫」は、自分は書かないと決めて歩んでこられたそうです。
 実は、橋田壽賀子さんのドラマを、まともに観たことのなかった私です。私の性分に合わないと思っていたのです。
 でも、長く、一つの仕事を続けられ、人気を博したかたには、やはりそれだけの何かが備わっているのだなあと、認識を新たにいたしました。  食べ物に関しては、こういうことはまずない私・・・つまり、食べず嫌いはなく、よほど変わったものでない限りは、せっかくのお料理をやりすごすことはないのですけれど。 いえ、本日の記事の結びをここへ持ってきてはいけませんね。
  橋田壽賀子さん、そして、今まで橋田壽賀子さんがお書きになったドラマを観ておいでになったフアンの方々、どうもすみませんでした。  これからも、どうぞ、お健やかでお歩みくださいますように。
 今日も、よい日となりますように。
 今日、1月14日は、シュバイツァー博士、そして牧師でありました私の父の誕生日です。並べて書くのは妥当ではないかと思いますが、私にとりましては大切な記念日となっています。二人とも、天に召されていますけれど。
 明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。

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2017年1月13日 (金)

『高峰秀子との仕事1 初めての原稿依頼』

『高峰秀子との仕事1 初めての原稿依頼』

斎藤明美 著

新潮社 平成23年4月20日 発行

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  著者の斎藤明美さんは、あの名作「二十四の瞳」の大石先生を演じた高峰秀子さん ・・・ そしてご主人の松山善三の養子となった方です。明美さんが「週刊文春」という雑誌の編集部に入って、高峰秀子さんに原稿を依頼・・・六か月かかったけれど、高峰秀子さんに原稿を執筆していただくことができ、それがきっかけとなって、いろいろな原稿を・・・ そして、明美さんのお母さんが亡くなってからは、親身になって、けれど、さりげなくいろいろな配慮をしてくださったご夫妻。

 高峰秀子さんは、五歳で子役デビューしてから、自分ではなりたくなかった女優という仕事を義母、親族十人ほどを養うために、五十年、無遅刻無欠席で立派に歩み抜いたかたなのだそうです。

  仕事に追われて、小学校に通学できたのは、のべ一か月ほど。映画の仕事に出かけるとき、列車の窓から先生が差し入れてくれた絵本を通して文字を学び、書店に初めて入ったのは十一歳のときだそうです。映画のロケの合間に文庫本を読み、脚本家の夫、松山善三さんと結婚するまでは、辞書とも縁がなく、読めない字があると、新聞をめくってその文脈から類推して読み方を判断していたそうです。 外にはそういうことは出しませんでしたが・・・。親しくなってから斎藤明美さんが数ある本から一冊だけ選べと言われたら,どの本?と尋ねたら、「厚い辞書。広辞苑だな」 と答えられたそうです。

  その高峰秀子さんが執筆した本は、24冊あるそうです。24という数に縁があるのでしょうか。自伝『わたしの渡世日記』で日本エッセイスト賞を受賞しているほど・・・。

 そして、本職の女優としては、子役時代から、他の役の人の台詞も完璧に覚えて撮影に臨んだので、「ひでぼうがいるから、今日はプロンプターはいなくてもいいな」と言われるほどだったとか。取材で写真を撮られるときには、特に顔を上げて空を見なくても、「雲が出てきたので、少し待ちましょうね」と話したり「レフ板を15度ほど・・・」などと指示したり、取材の時期とその記事が発行される時期で季節が異なるときは、どちらに合わせましょうかと、用意を両方整えておいて、取材に臨んでいたとのこと。

 そうした細やかな心遣いも、斎藤明美さんが身近な存在として日常生活をとおして見ることが出来るようになって初めて分かってきたことのようです。

 ご主人のために調えるお食事も、家の雰囲気作りも、高峰秀子さんならではの工夫と資質、努力に満ちていたそうです。

 よろしかったら、どうぞ。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月12日 (木)

『ことばの雫』  その2

 花に描かせてもらおう

 花からとりのぞけるものはない

 花に付け加えられるものもない

 □  ◇   ○    ※   ☆

草花って実物を見ないと絶対だめですね。

突拍子もないかたちとか、こんなところにこれがあって

いいのかなっていうようなのがある。それをそのまま、

自分の気持ちよりも花のほうを優先させて描くと

描き上がった時、やっぱりいいんです。

□  ◇   ○    ※   ☆

物を創る人は、持っていたものをどんどん出して創る。

そして最後、出すものが、本当になくなってからが

本当のその人の力。今度は自分で創らなければならない。

それまではあるものを並べているだけなんです。

□  ◇   ○    ※   ☆ 

 星野富弘さんの奥様、昌子さんは富弘さんの指示でたんねんに絵の具の色を合わせていかれます。富弘さんの絵と詩は、お二人の大切な子どもなのだとのことです。

この本の後書きから 抄

 昌子さんは、絵の参考に、花の写真を富弘さんの依頼で撮ることか゛あったそうですが、最初の内は使い物にならなかったそうです。フィルムが巻けなくなってしまい、写真屋さんに持っていくとフィルムの枚数が終わっただけだったというところから始まり、デジタルカメラになってから、絵を描くのに使える写真が写せるようになったのだそうです。

 (今回この本を一緒に出すことになって)、妻は「本に載せていただけるようなものではないので、心配で食事も喉を通らない」と言いながら、結構たくさん食べている。大きな力になりながら、いつも私の制作の陰に隠れている妻と一緒に本を出すことができて、私もドキドキしている。

   □  ◇   ○    ※   ☆

  すてきなご夫妻ですね。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年1月11日 (水)

『ことばの雫』 星野富弘 写真 星野昌子

『ことばの雫』 星野富弘 写真 星野昌子

Forest・Books 2008年7月10日 発行

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 写っているのは、星野富弘さんと、愛犬の「みしん」、撮影したのは、富弘さんの奥様、昌子さんだそうです。

 1970年、4月に群馬大学を卒業して、体育教師になった富弘さんは、6月にクラブ活動指導中に頸椎を損傷し、首から下の運動機能を失ってしまいました。1972年、入院中の群馬大学病院で、口に筆を加えて文や絵を描き始められました。

 1974年、キリスト教の洗礼を受けられました。

 1979年、最初の作品展を前橋で開催。この年の9月に退院。

 1981年4月に昌子さんと結婚。昌子さんは8年間、富弘さんを見舞い続け、パートナーとなられたそうです。

  ◇    □    ○   ※   ☆

 結婚ゆび輪は いらないといった

 あさ、顔を洗うとき

 私の顔を きずつけないように

 身体を持ち上げるとき

 私がいたくないように

 結婚ゆび輪はいらないといった

 今、レースのカーテンをつきぬけてくる

 朝陽の中で

 私の許(もと)に来たあなたが

 洗面器から冷たい水をすくっている

 その十本の指先から

 金よりも銀よりも

 美しい雫が落ちている

   ◇    □    ○   ※   ☆

 明日、この本からもう少し、書かせていただきますね。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月10日 (火)

鴨 来たる

 私の通っているキリスト教会、すぐそばの池に鴨が来ました。去年から来ているのでしょうが、1月8日には、ある程度まとまった数を見かけました。

 「鴨 来たる」と書いて、何だか、ネギもしょってこい、鴨鍋にして食べてやる、という雰囲気にもとれるかと思いますが、いえいえ、そんな野心はありません。
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 近くで見たいと思うのですが、忍び足で池に近寄っても、できるだけ遠い方へと移動していきます。厳しい環境で生きぬくので、用心深いのですね。 ← どなたですか、ムーミンパパは忍び足のつもりでも、鴨にはドスンドスンと振動が伝わっているのだろう などと、したり顔で解説しているのは ・・・まあ、おとなしくうかがっておきます。お餅太りは回避しましたが、まだまだスリムなムーミンパパになってはいませんので。(ましてや、あのスナフキン体型には・・・おっと、それはもう言わないことにしたのでした)
 すてきな俳人が礼拝に集ってくださって、この鴨たちを見ながら「浮寝鳥」という言葉を教えてくださいました。 わあ、何だか、眼前の光景が奥ゆかしく見えてきました。一つの言葉を獲得するって、とても大きなことなのですね。 ありがとうございます。
 「浮寝鳥」 ・・・ 鴨・鴛鴦・白鳥・水鳥・カイツブリそして冬鳥も冬の季語ですが、種類を特定しないで 浮いて寝ている様子を詠みたい場合に使える季語とのことです。
 今日も、よい日となりますように。

続きを読む "鴨 来たる"

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2017年1月 9日 (月)

『ジヴェルニーの食卓』

『ジヴェルニーの食卓』

原田マハ 著

集英社文庫 2015年6月30日 第1刷

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 この本の帯には、2015年~2016年にかけて日本で開かれた「モネ展」の割引引換券が印刷されています。残念ながら、印象派の名の由来となった「印象、日の出」から「睡蓮」まで と題したその「モネ展」は終了してしまいましたけれど。

  この本には、表題作を含めて、四つの短編が収められています。

 「ジヴェルニーの食卓」は、モネ、そのほかは、マティスとドガ、そして、タンギー爺さん・・・いずれも世によく知られた人物をその人物と縁のあった女性の目を通して描いているところがこの一冊の特長です。

 マティスの短編には、ピカソも登場、タンギー爺さんの短編にはセザンヌ、モネのところには・・・ いえ、それはお読みになる方のお楽しみということで・・・。

 美術にはあまり縁のない私がこの本を読むことになったいきさつ・・・それは、私の身内が読んでいたからです。 それは、誰か・・・家内ではありません。 普段はあまり本を読まない長男が帰省の時に持ってきて、そして中々のスピードで読破して、置いていってくれたのです。これはめずらしいことでした。このお正月、私には、そのことが何だかとても嬉しかったのです。

 さて、今日も、よい日となりますように。

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2017年1月 8日 (日)

『大村智ものがたり』 (おおむらさとし ものがたり)

『大村智ものがたり』 ー苦しい道こそ楽しい人生ー

馬場錬成 著

毎日新聞出版2015年12月15日  第1刷

         2016年4月30日 第4刷

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 大村 智先生は、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された方です。この本は、子ども向けに書かれています。大村先生のことを知るほどに、とても魅力のある方だと、ますます尊敬の念が強まってきます。

   アフリカや南米の熱帯地方に古くからオンコセルカ病(河川盲目症)という恐ろしい病気があり、大村智先生のイベルメクチンという薬が出来るまで、毎年約1800万人がこの病に感染し、そのうち、約27万人が失明し、50万人が眼に障害をもつようになるというデータがありました。

 大村先生とアメリカの製薬会社は、WHO(世界保健機構)の要請に応えて、無料でイベルメクチンを必要な人たちに提供したそうです。 ハエよりも小さい、ブヨと名前が似ているブユという虫がこのびょうきを感染させていて、広大なアフリカ大陸では、殺虫剤をまく作戦も効果がなく、オンコセルカ病が流行すると住まいを捨てて、他の土地に逃れるしかなかったそうです。

 イベルメクチンは、年に一回、医師や看護師が立ち会わなくても、薬を飲めば、それで治り、副作用もなく、耐性をもった線虫も現れてこないという夢のような薬だそうです。

 家畜、数億頭、そして少なくとも二億人以上の方が、この薬で救われているというのがすごいですね。 ヒゼンダニによる疥癬、犬のフィラリアにも効力を発揮しているとのことです。

   この本の写真は、2004年に大村先生が、WHOを訪れ、そしてガーナに現地の様子を見に足を運んだとき、大村先生が開発した薬の名を口にした途端、JAPANときいても何も反応しなかった子どもたちが目を輝かせて、一緒に撮った写真だそうです。

 山梨県の韮崎で生まれ、育った大村智さんは、家の農業の手伝いはよくしたそうですが、スキーや卓球などに熱心で、勉強にはそれほど打ち込まずに山梨大学の学芸学部自然科学科を出たのだそうです。 このあたり、謙遜なさっている面もあるかも知れません。

 私が心を打たれたのは、都立墨田工業高校の夜間部の理科、そして体育の先生になったとき、ノートに鉛筆を走らせている生徒の指が昼の労働のために油で汚れていたのを見て、大村先生が、自分の高校・大学時代にこんな真剣さがあったか、と猛省し、自らの勉強に拍車をかけたというところです。

 ノーベル賞を受賞されたときも、「私は微生物のすることを見ていただけです。私より微生物に賞をあげたいです」とおっしゃったお人柄、すてきですね。

 山梨県の韮崎には、大村先生が故郷への恩返しになればと、美術館・温泉・そば屋さんが建てられているそうです。

 一度行ってみたい気がいたします。

 今日も、よい日となりますように。 日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 兄の誕生日、おめでとうございます。

 

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2017年1月 7日 (土)

最年少プロ棋士と最年長プロ棋士の対戦

 1月6日夜、NHKテレビのナビゲーションNという番組で、愛知県瀬戸市の中学二年生、藤井聡太四段と将棋界の現役最長老、加藤一二三九段との対戦が紹介されていました。

 年齢差、六十二・・・ 藤井四段にとってはプロデビュー戦とのこと。
 結果は・・・藤井四段の勝利で終わりました。・・・ これは後で利いてくるかもしれないと、藤井四段が打った8五歩という手が、それから60手後に形勢を逆転し、相手を追い詰めることに生きたのです。
 将棋の駒の動かし方も忘れかかっている私が、番組をメモして、こう書いても、これは伝わりませんよね。 すみません。
 脳科学者がこの驚くべき14歳の能力と成長過程とを調べて、藤井君が幼いときから親しんでいた立体ブロック積み木が最善の手をきわめて短時間で直観する能力を育てるのに効力があったと述べていました。 脳の「けつ前部」「大脳基底核」というところの連携がきわめて優れているのだそうです。積み木詰め将棋に大いなるつながりがあるとのことでした。
 ただ、藤井君のお母さんから見ると、お母さんができない立体ブロックの組合わせを、そんなに苦労せずにさっさとやっていたそうなので、立体ブロック積み木をする前から、脳に直観力のもとのようなものが備わっていたのかも知れないと・・・おっとこれは私が勝手に思ったことです。
0003 文が長くなりますので、本日の日付にちなんで、七草がゆの写真を。
 さて、今日、私は何を書こうとしたのでしょう。ひと言で申しますと多分、「好きこそものの上手なれ」ということです。
 中島プロゴルファーは、上達法を問われると、「まず、ダンプカー数台分のゴルフボールを打ちなさい」 と話されるそうです。取り組むことにもよるでしょうが、「何事も一万時間取り組むとある程度見えてくるものがある」という説があるそうです。
 本当かな、と思っている暇があったら、ご自分が得意なものにかけてきた時間と、それほど得意でないものに注いできた時間を比べてみてください。得意なものにかけて来た時間のほうが、圧倒的に多いのではありませんか?
 昨日、書きました私の卓球 ・・・ これは、中学・高校時代にとっても熱心に打ち込みましたから、一万時間は越えていると思います。体力・筋力はダウンしていますが、若いときのレベルの何十%くらいかに達するのに一万時間は要らないと思います。
 ピアノの練習や読書などにも時間が欲しいですから、有限な時間の家計簿を構想して、焦点化してこれからの人生、まだまだ何かに習熟することは可能だと希望が湧いてまいりました。
 中学二年生のプロ棋士、藤井聡太くん、どうぞ、これからもどんどんご活躍ください。
 応援しつつ、私も自らの人生、頑張ります。
 今日もよい日となりますように。
 
 

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2017年1月 6日 (金)

久しぶりの卓球

 車にラケットなどは積んでいたのですが、なかなか出来なかった卓球を家内としてきました。岐阜市の体育施設で、ある年齢を越えると優遇措置・・・つまり料金無料で卓球台などを利用することが出来るのです。

  ラージボールという、少しだけ大きいサイズの卓球ボールがあるのですが、それを使ってみました。

  2時間が一区切りなのですが、休憩を入れて、1時間ほどで今回は幕としました。

  うーん、球が来るところへ移動する ・・・ これが、思いはあっても往年とはだいぶん違いがあります。 往年、そうです。私は中学生・高校生と卓球部員だったのです。

  まだ、衰えていることがありました。目が球の位置とその移動先を捕らえ、ラケットを振る・・・これが、若いときにはほぼ一致していました。それが、今回は実際にやってくる球を思うようにラケットが捕らえることが出来なくなっていました。つまり、空振りが多かったのです。

  動体視力が弱り、空間での手足の動きがイメージと実際との間にずれる傾向があるのですね。  目と手足の動きとが協力してプレーする精度がだいぶん落ちておりました。 そして、素早くよいフォームで球を打てるように足を運ぶスピードも。

  でも、それなりに楽しかったです。この日をきっかけに、出来るだけ定期的に卓球をしようと思っています。

 励みの一つに、私の通っているキリスト教会に、卓球経験のある人がいるのです。私よりだいぶん若いのに、とても落ち着いていて、どちらかというと不言実行型で、私よりかなり真面目そうです。 実は、こういう人が卓球は強いのです。 この人とハンディキャップなしに卓球の試合をいつかしたいと話をしてあります。

 今、対戦すると、相手の人も、だいぶんブランクはあるようですが、箸にも棒にもかからず、私が負けると思います。それは、間違いありません。 ← こんなこと、自信を持って言わなくてもいいのですよね。 (^J^)

 一つ、望みがあるとすれば、その人は、とてもいそがしい毎日を送っていて、練習する時間がなかなかとれないことです。 何とスポーツマンシップから遠い発想 (^0^;)

 もう一つ、試合は彼の体調が絶不調で、そして私がベストコンディションのときに・・・ このように正々堂々と(?!)申し込んであります。 何しろ、彼は若いのですから。

 さて、いつ、試合を決行しましょうか。 まずは、今回書いたようなところを出来るだけ克服するのが先ですね。 よーし(おもての顔) ・・・ (そんなことができるのでしょうか ← 本心というか、正直な思い)

 とにかく、頑張りますね。 また、いつか、この話題で書かせていただく日が来ると思います。 お楽しみに。 まず。明朝目覚めたときに、私はどんなコンディションなのでしょう。

1時間の卓球で、体の節々が痛いというようなことは、ないと思いますけれど。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月 5日 (木)

どうして いつも  まど・みちお さんの詩

 新年のこの時期、この詩を思い浮かべます。

 まど・みちお さん の詩です。

    ◇     □     ○    ※   ☆

  どうしていつも

      太陽                                            1483271849514
       月
      星
      そして
      雨
      風
      虹
      やまびこ

   ああ 

      一ばん ふるいものばかりが
   どうして いつも こんなに
   一ばん あたらしいのだろう

 ◇     □     ○    ※   ☆

  すてきですね。

  私たちも、今日という日、これからの生涯で一番若い日を迎えています。

  よい日となりますように。

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2017年1月 4日 (水)

駅伝

 毎年、1月2日と3日に開催される箱根駅伝、今年も素晴らしい熱戦が展開しましたね。

 走る距離、競技の形態は異なりますが、一人で長距離を走り通す種目にマラソンがあります。トライアスロンは、長距離走と自転車と水泳という、これはまた、すごい競技ですね。

 マラソンは、BC450年ころ、あのギリシャが、ペルシャとマラトンでの戦いに勝って、それを知らせる使者が懸命に長距離を走って、祖国に勝報を伝えたことが起源だと言われています。

 1896年、近代オリンピックが開始されたとき、そのマラトンからアテネオリンピック競技場までの約40Kmを走る競技としてマラソンが始まったそうです。

 エピソードとしては、第4回のロンドンオリンピックのとき、アレキサンドラ王女が、マラソンのスタート地点をお城から見えるところに設定し、ゴールを競技場のロイヤルボックスの正面にしてほしいと要望し、そのときの距離が現在のマラソンの距離数、42.195Kmが正式に走る距離になったそうです。

 ただし、そう決まったのは、第8回のオリンピックからで、それは、ロンドンでの第4回の時に、マラソン種目のゴール直前までトップで走ってきたドランドという選手が、力尽きて倒れ、補助されてゴールしました。ドランド選手は、この後、失格となりましたが、多くの人がドランドの力走に心を打たれたそうです。

  この「ドランドの悲劇」が、しばらくの年月を経て、42.195Kmをマラソンの距離数として正式に決定する力となったとのことです。

  前置きが長くなりました。人生は、しばしば、そのマラソンにたとえられます。本日の題の「駅伝」は、日本で始まり、今は、かなりの勢いで世界に広まりつつあるようです。 全力で走り、たすきをつなぐ ・・・ 人類の歩みを象徴しているようにも感じられますね。

 箱根駅伝には、上り坂あり、下り坂あり、路面が寒さで凍るときもあり・・・いろいろな要素が含まれているところが、すごいですね。今年も、何回か、胸が熱くなりました。

 今日も、よい日となりますように。  1483361661524
  私の家族の今年二回目の石積み作品です。

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2017年1月 3日 (火)

風雪に耐えてきたもののよさ

  このところ古民家カフェが人気のようです。確かに、味わいがあって、すてきですね。

 先日、音楽療法の働きを、月に一度というお話をいただいて下見に行ってまいりました。

 家内は、会場候補を一目見て、感激いたしました。 「ここは、もう、おうち自体が大きな仕事をしてくれる」というのです。以前、訪問させていただいたところのお湯屋棚にも感激しましたが、今回は、建物自体が明治35年建造ということ、そして,郡上の酒屋さんで見たことのある箱階段もありました。

 まだ下見の段階ですが、もう少しご縁が深まったら、写真でご紹介しますね。

   明治35年は1902年・・・今から115年前の建物・・・風雪に耐えてすばらしいですね。

  そこでの音楽活動キャッチフレーズを今、構想しているところです。

   おお、どの人も、その年齢なりの風雪に耐えて歩んでいるのですね。すてきなよさが年ごとに現れてきますように。リンカーンでしたでしょうか、40歳を過ぎた人は自分の顔に責任がある・・・いい言葉、そしてちょっと重たい言葉ですね。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年1月 2日 (月)

石積みのおもしろさ・難しさ

 昨日、外出していた家内と長男が、元気で帰ってきました。もう帰ってくる頃かなと思っていたより、だいぶん時間が経過していましたが、長良川の岸辺で陽光にさざ波がきらめく光景に見とれていた、ほんとうに美しかったとのこと。

 そして、石を積んだと、それぞれの写真を見せてくれました。

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 いかがでしょうか。

 いうなれば、「たくわん石のお重」みたい、と私は思いました。

 堅実で、きちんとしていますね。

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  こちらは、石の重力のバランスと言ったら良いでしょうか。

 面白みが出てきていますね。

 どちらが家内、そして長男の作品かは敢えて申し上げません。

  静かですが、楽しい時間だったようです。

 
 今日も、よい日となりますように。

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2017年1月 1日 (日)

2017年 明けましておめでとうございます

 初春の出発に当たって、新規採用の教師として歩み始めた年に出会って、それ以来、おりに触れて思い出すと申しますか、いえ、多分、いつも忘れることなく、胸の中に宿っている詩のことを書かせていただきます。

  ねがい  
              八木重
  どこを
  断ち切っても
  うつくしくあれば いいなあ
 
         ◇    □    ○   ※  ☆
 どこを ・・・・・ この2017年の歩みが、新雪の上に足跡が記されるように、一歩一歩刻まれ、この年の大晦日にビデオテープを再現するように全部を振り返ることができると想像してみてください。 そのどの一瞬一瞬も、うつくしくありたいと、八木重吉さんは、願うのです。
 あるいは、身体をCTスキャンするように現在の自分の心をすべての断面を映し出すとします。それがどの一点も曇りなくうつくしくあればいいなあ、と八木重吉さんは願うのです。
 聖なる神様の前に出たとき、こんなふうにうつくしさを実現していることは、人間には至難の業(わざ)で、自分自身で生涯を振り返っても、うつくしくない、いえ、はっきりと醜いところが見えるのではないでしょうか。
 八木重吉さんもそのことを自覚していて、けれど、それから目を離さずに見つめるほど、「うつくしくあればいいなあ」という願いはますます強くなる そういう心を言葉にしたのが、この「ねがい」という詩ではないでしょうか。
      ◇    □    ○   ※  ☆
2017nenn
   2017年、どうぞ、幸多き年でありますように。
 
 今日は、そのスタートの日、よい日となりますように。
 八木重吉さんと同じく、クリスチャンですので、今日はキリスト教会に元旦礼拝に行ってまいります。
 

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