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2017年1月13日 (金)

『高峰秀子との仕事1 初めての原稿依頼』

『高峰秀子との仕事1 初めての原稿依頼』

斎藤明美 著

新潮社 平成23年4月20日 発行

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  著者の斎藤明美さんは、あの名作「二十四の瞳」の大石先生を演じた高峰秀子さん ・・・ そしてご主人の松山善三の養子となった方です。明美さんが「週刊文春」という雑誌の編集部に入って、高峰秀子さんに原稿を依頼・・・六か月かかったけれど、高峰秀子さんに原稿を執筆していただくことができ、それがきっかけとなって、いろいろな原稿を・・・ そして、明美さんのお母さんが亡くなってからは、親身になって、けれど、さりげなくいろいろな配慮をしてくださったご夫妻。

 高峰秀子さんは、五歳で子役デビューしてから、自分ではなりたくなかった女優という仕事を義母、親族十人ほどを養うために、五十年、無遅刻無欠席で立派に歩み抜いたかたなのだそうです。

  仕事に追われて、小学校に通学できたのは、のべ一か月ほど。映画の仕事に出かけるとき、列車の窓から先生が差し入れてくれた絵本を通して文字を学び、書店に初めて入ったのは十一歳のときだそうです。映画のロケの合間に文庫本を読み、脚本家の夫、松山善三さんと結婚するまでは、辞書とも縁がなく、読めない字があると、新聞をめくってその文脈から類推して読み方を判断していたそうです。 外にはそういうことは出しませんでしたが・・・。親しくなってから斎藤明美さんが数ある本から一冊だけ選べと言われたら,どの本?と尋ねたら、「厚い辞書。広辞苑だな」 と答えられたそうです。

  その高峰秀子さんが執筆した本は、24冊あるそうです。24という数に縁があるのでしょうか。自伝『わたしの渡世日記』で日本エッセイスト賞を受賞しているほど・・・。

 そして、本職の女優としては、子役時代から、他の役の人の台詞も完璧に覚えて撮影に臨んだので、「ひでぼうがいるから、今日はプロンプターはいなくてもいいな」と言われるほどだったとか。取材で写真を撮られるときには、特に顔を上げて空を見なくても、「雲が出てきたので、少し待ちましょうね」と話したり「レフ板を15度ほど・・・」などと指示したり、取材の時期とその記事が発行される時期で季節が異なるときは、どちらに合わせましょうかと、用意を両方整えておいて、取材に臨んでいたとのこと。

 そうした細やかな心遣いも、斎藤明美さんが身近な存在として日常生活をとおして見ることが出来るようになって初めて分かってきたことのようです。

 ご主人のために調えるお食事も、家の雰囲気作りも、高峰秀子さんならではの工夫と資質、努力に満ちていたそうです。

 よろしかったら、どうぞ。

 今日も、よい日となりますように。

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