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2017年2月28日 (火)

『対話する家族』 その2 型を破る

 著者の河合隼雄さんが、ある校長先生からうかがった話だそうです。

型を破る

 ツッパリグループのいた中学校で、校長先生、先生方が努力してだんだんと落ち着いてきた子どもたちを無事に卒業させることができたと喜んで、学年末の職員会を開いていたときのこと。

 子どもたちは全員下校しているはずなのに、突然、校内放送が「螢の光」を放送し始めたのだそうです。

 「あっ、またいたずらを・・・」 そう思って、先生方が職員室の窓から放送室のほうを見ると何と「先生たち、どうもありがとうございました」と書いた垂れ幕がスルスルと降りてきたのだそうです。先生方は、放送で注意をひき、ぱっと感謝の言葉を見せたそのアイデアなどに感激、顔を見合わせて微笑み合ったとのこと。

 その校長先生は、あのとき、校長の自分が「生徒も楽しいことをやってくれたなぁ。僕らも会議を中止して、彼らに手を振ってやろう」ととっさに行動できなかったことを反省なさったのだそうです。そうすれば、生徒たちもどれほど喜んだろうにと。

 このお話を聞いて、私も咄嗟のときに「型を破る」ことができなかったことをいろいろと思い出した。・・・ 咄嗟のときに型を破って行動する、毎日の生活の中で、そのような修練をしてゆきたいものと思っている。 と書かれています。

  ◇    □    ○    ※  ☆

 文意の変わらない範囲で、少し省略させていただいたところがありますが、大意は上記のとおりです。

  私、ムーミンパパにも、あのとき、それまでの型を破って行動することができていたらと思うことがいろいろとあります。これからに向けて、生かせることを生かしていきたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年2月27日 (月)

『対話する家族』 河合隼雄 その1 まねをしないで

0001『対話する家族』 

河合隼雄 著

潮 出版社 1997年9月9日 初版

       1997年9月30日 二刷

  図書館で、この本を見かけて、「あれっ」と思いました。 本が「ちょっと寄っていってよ」とウインクしたような感じがしたのです。そういえば、今まで見かけなかったような気がしました。

 借りてきて読み始めると、一つのタイトルが2ページか3ページで読みやすく、そして、ああ、こういう話を読みたかったんだと思う内容の連続です。

 不思議な気がしましたが、たとえばある食べ物を見て、食べたいと思うときには、身体がその食べ物の栄養素などを欲しているときだ というような感じなのです。 いくつかをご紹介したいと思います。  

 まねをしないで

 NHKで「シューベルトを歌う」という番組をみていたら、講師のエディ・フィッシャーさんが、歌ってみせ、、生徒がそれを聴いて歌い始めるとすぐに「まねをしないで」といったとき、「たましいからたましいに何かが伝えられる」場をみた感じがして感激した。

 生徒に教えようとしてしていたのはその「歌い方」を真似よということではない。自分が歌っているような「たましい」をもって、生徒が自分の歌を歌うように、ということなのだ。先生は、言うならば、シューベルトのたましいを自分はこう感じとっているのだと伝え、それを受けとめることが生徒にとって大切なのであって、先生の真似をしてもはじまらないのだ。

( 中略) このことは、何を教えるにしろ、教育の本質として大切にしたいことだと思った。

   ◇     □      ○    ※  ☆

 この文章を読んで、グライダーと飛行機の違いを連想しました。

 グライダーは自分以外の何かにひいてもらって空に出発するのですね。いつまでも先生に手ほどきしてもらって、その先生の風を受けて動いているのでは、自立できません。小さくても、自分のエンジンを大切に育てていくことを忘れないで歩んでいきたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。河合隼雄さんのこの本のこと、あっと二回書かせていただく予定です。

 

 

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2017年2月26日 (日)

『ハイジ』 と聖書

アルプスのハイジの原作、『ハイジ』を、改めて読んでみました。

『ハイジ』 ヨハンナ・シュピーリ 作・矢川澄子 訳 福音館書店 1993年6月1日第23刷 です。

 すると、フランクフルトのゼーゼマンさんの家ですごしたときに、ハイジはクララのおばあさまから、文字を読むことと、信仰の手ほどきをうけているところがそのあとの展開に大きくつながっていることに気がつきました。

  文字が読めるようになったハイジのことを奇跡が起こったと先生から聞いたおばあさまはそのうれしいできごとを自分の目で確かめたくて、足を運びます。すると ・・・こんな描写があります。

  ◇   □   ○   ※   ☆

 ハイジはクララのわきにすわり、お話をよんできかせています。そして、読みながら目の前にひらけてゆくあたらしい世界に、すっかり心うばわれ、ぐんぐんひき入れられてゆくようすが、ありありと見てとれるのです。黒い活字のなかから、いまはじめて、人間やものたちがあらわれて、息づきはじめ、心動かす物語がひらけつつあるのでした。

        ◇   □   ○   ※   ☆

 おばあさまは、美しい絵のついた大型の本をハイジに読ませるようになりました。

 声に出して読むと、お話はなおさら美しく、わかりやすくなるように思われたのです。

 国語教師だった私は、このあたりの文章を読んでいると、とても嬉しくなってきます。

 フランクフルトから、アルムのおじいさんのところに戻ったハイジは、ペーターのおばあさんに、いろいろな詩、讃美歌を読んであげられるようになっていましたし、教会と疎遠になっていたおじいさんが礼拝に出席し、牧師さん、村人たちとのしこりをほぐすことが出来たのは、ハイジがクララのおばあさまからプレゼントされた本の中でとりわけ心を惹かれた「放蕩息子」のところをおじいさんに心を込めて読んで、おじいさんが感動したからでした。

 フランクフルトから、クララにアルムを訪れさせることがよいかどうか様子を見に来たお医者さんは、実は、奥さんに先立たれた後、支えとなってくれていた娘さんを亡くし、生きる張り合いを失って、とても落ち込んでいました。

 美しい環境の中で、ハイジはペーターのおばあさんに繰り返しせがまれて、覚えてしまっていた詩をはお医者さんを慰めようとして暗誦します。次の詩です。 挿絵は、この場面の上記の『ハイジ』のページからです。ありがとうございます。

   ◇   □   ○   ※   ☆

み心のままにゆだねよう0004

すべてを知るそのかたに

みわざははかりしられず

おどろくこともあろう

ときには やむをえず

深いおぼしめしから

きびしいこころみに

あわせたもうこともある

しかも なぐさめとて

しばしはさずけたまわず

もはやうち捨てられ

かえりみられぬものと

苦しみなやみに

胸はおののくばかり

されど つねにおそれず

みもとにとどまれ

思いもよらぬときに

すくいはおとずれ

心はつらい重荷から

ときはなたれるだろう

このうえない耐えがたい

その重荷から

 ◇   □   ○   ※   ☆

 ハイジが心を込めて、この詩を暗唱し、お医者さんは、お母さんがこの歌をうたってくれた幼いときのことを胸によみがえらせていました。

 ヨハンナ・シュピーリのお母さん、メタ・ホイサーさんは牧師の娘で、宗教詩人だったとのことで、シュピーリは、お母さんから大きな影響を受けながら育ったと言われています。

  今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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2017年2月25日 (土)

生粋の古民家パワー

  四十万人を越える都市である岐阜市を訪れる方は、綺麗な水の流れる長良川と金華山の一体となっている景観をほめてくださいます。

  いえ、別に私は何もしていないのです。ただ住んでいるだけで・・・(そんなことは言わなくてよいのですね。)

  その金華山を間近に見る古民家で音楽タイムを担当させていただく機会がありました。古民家風に建てたカフェもすてきですが、築百数十年の生粋(きっすい)の古民家なのです。たとえば、箱階段と申しますか、引き出しになっている階段も現役として存在しているのですよ。

  事前にうかがったとき、ムーミンママは、このお家そのものが既に大きな仕事をしていると感激していました。

  23日(木)。その生粋の古民家での音楽タイム・・・歌うことは、顔の表情の筋肉・・・36種類ほどあるそうです・・・を動かし、日常の会話の1.5倍以上、肺機能を活用し、腹筋を使い ・・・というお話をして、早口言葉、スカーフを音楽に合わせて振る運動などをしました。

  コーラスをしていたという方がリードしてくださり、「早春賦」「うれしいひな祭り」「トロイカ」「北国の春」など、歌声がだんだんと美しい響きを増してきました。

  歌うことを通して、すてきな心の通い合う時間となり、「今日の日はさようなら」を歌ってフィナーレとなりました。

 毎月1回の定例となる見通しですので、その季節にあった歌を歌う時間を積み重ねていきたいと思います。

  今日も、よい日となりますように。

  明日は日曜日。キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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2017年2月24日 (金)

野菜スープ

  今回は、野菜スープ作りに、部分参加・・・だしは、昆布と煮干し、そして厚めの鰹節、味付けは、塩と黒胡椒でした。

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  部分参加・・・鍋が煮立ってきたときに、アクをすくい取るという役目でした。野菜は、ブロッコリー・ジャガイモ・人参・タマネギです。厚めの鰹節は、シャンとしていますね。

 「食」という漢字は「人を良くする」と読む といった方があります。一食一食をたいせつに歩んでいきたいと改めて思いました。2月21日の夜、NHKでは、精進料理、ふろふき大根、ほうれん草の海苔巻き、そしてお粥が放送されていました。一つ一つの食材を丁寧に扱い、その味を静かに味わうお坊さんの姿が印象的でした。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年2月23日 (木)

春の花 クロッカス

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 私の通うキリスト教会の庭に、クロッカスが咲きました。

 まだ風も冷たいのに、けなげだと、心打たれました。

 「黄色く咲いても クロッカス」などと駄洒落を言っているだけでは失礼なので、少し調べてみました。

Crocus クロッカス

  花名のクロッカスは、ギリシア語の「krokos(糸)」が語源となり、クロッカスが長く糸状に伸びるめしべをもつことに由来します。ヨーロッパでは古くから春の訪れを告げる花とされ、花言葉もそこからきています。原産は地中海沿岸だそうです。

クロッカス全般の花言葉は、

「青春の喜び」「切望」

 黄色のクロッカスの花言葉は 「私を信じて」

 紫色のクロッカスは「愛の後悔」だそうです。

 主題歌も有名になった映画「ある愛の詩(うた)」で主人公は「愛とは後悔しないこと」と語っていますので、紫色のクロッカスの花言葉は、きっとその主人公には気に入らないと思います。

 別名、「花サフラン」・「春サフラン」だそうですから、風は冷たいですけれど、春がそこまでやってきているということですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月22日 (水)

あるお医者さんのことば

 昨日、ある目医者さんのことば、そしてある教師のことばを紹介させていただきました。

 きょうは、私がお世話になっているお医者さんのひとことを。

 私は、小学校の時六年間皆勤賞、中学校は一日だけ休んで精勤賞でした。でもその後は、高校一年で急性虫垂炎・・・我慢しすぎて腹膜炎も。38年の教師時代では、肝臓障害、大学の非常勤講師9年間には、昨年の胆嚢炎摘出手術などで入院。  家内がこうした病歴・入院歴をメモして、今、お世話になっているお医者さんにそのメモを見ていただきました。 こんなに何回も入院しているんですよ、この先どうでしょう、という気持ちだったと思います。

 丁寧にメモを見てくださっての一言 「どれも、治る病気でよかったですね」

その一言に、私も、家内もどんなにほっとしたことでしょう。

 私も、そんな一言を言えるように、なりたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月21日 (火)

目医者さんのユーモア

 ある日の新聞で読んだユーモア欄での目医者さんの言葉です。

 以下は、ご夫婦の会話で、奥さんが目医者さんです。。

奥さん 「今日、年配の患者さんがね、この頃、わしゃ目が悪くなったとおっしゃるので、どうしてそう思われるのですか、とお尋ねしたのよ」

だんなさん 「 ふーん」

奥さん 「そしたら、目医者さんが前ほど美人に見えなくなってきたからですって」

だんなさん 「そう。 それで、あなたはなんて言ったの ?」

奥さん 「それは、目が悪くなったのではなく、よく見えるようになってきたのですよって。 笑い出して、安心してお帰りになったわ」

だんなさん 「そりゃあ、よかった」

   ◇     □     ○    ※   ☆

 なんともおだやかな会話です。

 専門家の一言って、大きいですよね。特に、患者さんにとってのお医者さんの一言は。

 私が中学校に勤めていたとき、ある保護者が明るい顔をして一人の学級担任のことをこう話してくださったことを思い出しました。

 「クラスで、将来の夢を語り合ったのですけれど、うちの子が喜んで帰ってきました。」

 「進学したい高校のことなども話した友だちがいて、クラス仲間も、それはちょっと高望み過ぎないか、って言いたいような話も出たのだそうです。」

「 担任の先生は、結びに みんな大きな夢 望みをもっていて それを縮こまらずに出し合えて 先生は 嬉しい。 その夢、望みが実現するように 毎日 励まし合い 努力し合って いこうな とおっしゃったと、そのことをうちの子はとっても喜んでいました。」

 そのとき、私はその担任の先生よりだいぶん年長でしたが、自分がその先生の年齢の時にどうだったかを振り返りながら、羨望と反省の念を噛みしめておりました。

 その先生も、2016年、春、退職したとのこと。でも、よい生徒たちと、すてきな後輩教師たちを育ててくれたことと思います。プロとしての一言の大切さを知る教師でしたから。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月20日 (月)

料理の修行

 レパートリーを広げるため、ムーミンママにクッキングを教授してもらうことになりました。

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 ブロッコリィ・ズッキーニ・鶏肉・牛乳・・・ これらを組み合わせてできそうなものは としばらく考えて、うかがいを立てました。

 「グラタンは、どうでしょう?」

 「いいでしょう。作れそうですね。」

   ◇    □   ○   ※   ☆

 フライパンに バター   小麦粉   牛乳 の順に 、入れつつ、ダマの出来ないように 混ぜ合わせ ホワイトソースを 作ります。

 このグラタンをムーミンママに教えてくださったかたは、ここで、一つ意外な技を伝授してくださったそうです。それは、「ブランデー」をさっと加えると、バターや牛乳の香りが影を潜めるということでした。

 あとは、鶏肉、ズッキーニを適度にいため、ゆでておいたブロッコリー、ホワイトソースと合わせ、ホワイトペッパーと塩を控えめに振り、チーズを載せ、パン粉を振ってオーブントースターで焦げ色を見ながら焼き上げます。

 料理のビギナーが記したたどたどしい記事をお読みくださってありがとうございます。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年2月19日 (日)

聖書 「ヨブ記」

 聖書は、キリスト誕生以前に書かれた「旧約聖書」とキリスト誕生以後のことが書かれた「新約聖書」からなっています。

 今日のタイトルの「ヨブ記」は、旧約聖書の39巻の中にあります。「ヨブ記」という名は、この書の主人公であるヨブの名をとってつけられたものです。「ヨブ記」は「正しい人がなぜ苦しまなければならないのか」という命題をテーマにした書物で、クリスチャンではないかたからも、その文学性の高さが認められている存在です。

   出だしに、こう書かれています。

 ヨブという名の人がいた。この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた。

 ※ 神を恐れ というのは、こわがっているということではなく、敬虔な心で敬っていたという意味です。 

 このように書かれているヨブに、大きな災害が連続して襲いかかりました。長年連れ添っている妻がこう言ったほどです。

「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」

 これに対し、聖書には次のように書かれています。

「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないのではないか」 ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。

 このあと、ヨブを三人の友人が訪ねてきます。息子、娘たちを喪ったお悔やみと悪性の腫物で苦しんでいるヨブを慰めるために、やってきたのです。けれど、あまりのヨブの変わりように彼らは声を上げて泣き、七日七夜、ヨブとともに地にすわって、だれも一言も話しかけなかった ・・・ それほどヨブの状態はあまりにもひどかったのです。

私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないのではないか

 こういう信仰、覚悟が私にはあるかと自問したとき、身の引き締まる思いがいたします。 神様を信じ、従うと言いながら、ふと気がつくとお祈りの内容が、お願い事の連続で、まるでアラジンがランプの精に用事を言いつけているような状態になっているのを恥ずかしく思うばかりです。

 遠藤周作さんの『沈黙』は、以前にも一度映画化されたと思います。今回は、外国の監督が構想から長い年月をかけて完成した映画が公開されています。映画館に足を運ぶかどうか、迷っているところです。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日、キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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2017年2月18日 (土)

ちょこっと クイズ です

 ちょこっと クイズ ・・・ いえ、チョコレートに関するクイズとその答え というのが、ウイークエンドの今日の内容です。

 バレンタインデーと、その翌日に、岐阜新聞の朝刊にチョコレート関係のクイズが掲載されていました。

 問題は、次の二つです。

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三択クイズですね。

 もし、ご家族か、友だちなどが近くにおいででしたら、クイズに参加していただいて、 正解の少ない方が お皿洗いの栄誉を担うとか、百円ほどの板チョコを買ってくるとかする というのも、楽しいかもしれません。 いえ、争いのもとになるようでしたら、この話は、なかったことに。

 正解は、「続きを読む」をクリックなさってください。

 今日も、よい日となりますように。

続きを読む "ちょこっと クイズ です"

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2017年2月17日 (金)

乾燥肌 そしてローション

 ムーミンパパに「ローション」 ・・・ 似合わない気がいたします。少し、お付き合いくださいますか?

 月に1回、血圧の薬を出していただくために、お医者さんにお目にかかります。血圧を測り、聴診器を身体の前後にあててくださっているときに、

私 「このごろ、背中がかゆいのですが」

お医者さん 「かき傷がありますね。 乾燥肌です」

私 「水分を摂るようにすれば、いいですか」

お医者さん 「呑むのでなく、塗り薬が必要ですね」

ということで、今度は、薬剤師さんとの会話。

薬剤師さん 「血圧の薬は、今まで通りです。今回、新しくローションが出ていますが」

私 「乾燥肌とのことです」

薬剤師さん 「失礼ですが、お年を召されると、乾燥肌になりますね」

  ◇    □     ○      ☆    ※

 というわけで、私の辞書に体験と実物を通して「乾燥肌」と「ローション」が位置付きました。 薬剤師さんの「失礼ですが」は、こちらが勝手に年齢を加えているのに、優しいいたわりの言葉ですね(^J^)

 このお医者さんは、私の胆嚢炎を「顔が黄色いですね。」とすばやく対応してくださった方です。 お医者さんって、ありがたいですね。

 あ、もしかしたら、「乾燥肌」については、女性の方にとっては耳新しいことではないのかもしれないと、今頃になって思いました。 すみません。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月16日 (木)

バレンタインディの由来

 2月14日は、バレンタインディでした。チョコレートを贈りあう日 ? どうも、それは、日本だけのようです ← 製菓会社にとっては大きなチャンスですからいろいろな国に広まっているかもしれませんけれど。

 バレンタインディの由来 ・・・ それは、紀元3世紀のイタリアに実在したキリスト教司祭の名前からきているのだそうです。

 当時のローマ皇帝、クラウディウス二世が、何と若者の結婚を禁止し、その理由は、「結婚すると兵士の士気が下がる」ということだったそうです。

 為政者の思い込みというのは、本当に迷惑で、やっかいですね。

 その皇帝の考えを認めないで、結婚を望む若者たちをひそかに支援していたのが、バレンタイン司祭 ・・・ 皇帝の知るところとなり、キリスト教から当時のローマ国教への改宗を迫られた司祭は、けれど、それを受け入れませんでした。

 ついに処刑。 その後、カトリックの勢いが増し、バレンタイン司祭は、聖人として認定され、〝聖(セント)バレンタイン〟として知られるようになり、殉教した2月14日は、愛する人に贈り物をする日となったのだそうです。

 ここまでの内容は、前田奈津代さん(ル・コルドンブルー代官山校製菓コース・ディプロム取得)が『百万人の福音』2014年2月号 いのちのことば社発行にお書きになった「ガトー・ショコラ」を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

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   ◇    □   ○   ※     ☆

  バレンタインディの贈り物としてチョコレートが現在のようにこれほど定着し、加速しているのは、おそらくその火付け役となった人、そして会社にも予想が付かなかったのではないでしょうか。 ・・・ でも、おそらく被害をこうむっている人は いないでしょうから、まあ、よろしいのではないでしょうか。。 

 あまりにたくさんのチョコレートが贈られて、住居の床が抜けたとか、もらったチョコレートをたくさん食べて、虫歯になったとか ・・・ そういう人のことを気の毒に思う気持ちには、なかなかなれません。 ← こういうのを、ジェラシーとか、やっかみというのでしょうか。

 友チョコ ファミリーチョコ そして自分自身へのご褒美チョコ というのも、今はあるそうです。

 それでは、また。

 今日もよい日となりますように。

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2017年2月15日 (水)

『短歌』

0002『短歌』 2017年1月号

発行 角川文化振興財団

2016年12月12月24日 発行

 この本も、時々図書館で借りて、走り読みしています。

 この号の特集での収穫は、たくさんの歌人がご自分の歌に続けて、ショートエッセイ「私が考える良い歌とは」が掲載されていることです。

 歌人、渡辺松男さんは 良い歌 ・・・「こういうのは苦手なのです。明らかなことは良い歌とはまだ自分が作ったことのない歌のことです」と謙遜な前置きをしておられます。

 そのほかに良い歌とは

◇ 「その歌を読むことによって何か自分が新鮮になり、心がうれしくなる歌です」(大島史洋さん)

◇読者としての自分は「意味内容ができるだけ完結で、声量豊かな歌が読みたい。意味とリズムの呼応のなかに、独特の詩的な謎が残れば、さらにすばらしいと思う」(小島ゆかりさん)

◇ ワインを長く寝かせるには根気と勇気が必要 ・・・ 略・・・良い短歌はさらに長熟だ。神保町の埃の下で、図書館の闇の中で、われわれが見つけ出すのを待っている。一首でも二首でも、そんな短歌に巡り会いたいし、そんな歌を詠んで死にたい」(酒井修一さん)

 などが、心に迫ってきました。

 ◇    □    ○    ☆   ※

 掲載されていた短歌はたくさんあるのですが、来島靖生さんの歌が、印象に残りました。 私は、教師として歩んできましたので、教え子、その子どもたち、じぶんの家族たちのこれから生きていく世界が本当に平和であってほしいと願わないではいられないのです。来島さんの歌は、そうした私の心に強く響いてまいりました。

残る生(よ)の乏しくなりてことさらに憂ひ深まる祖国の姿

己(し)が国の財政危機は棚に上げ異国がために金撒く総理

弾丸に当たる恐れのなき徒輩(やから)戦争可能の法を整ふ

 

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2017年2月14日 (火)

「サウンド・オブ・ミュージック」

 ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」がテレビで放映されるので、録画しました。ご存じの皆さまが多いと思います。

 映画の中の「ドレミの歌」・「エーデルワイス」、主演のマリア役、ジュリー・アンドリュースの音域の広い歌声で歌われる「サウンド・オブ・ミュージック」、「私のお気に入り」、人形劇のシーンでのヨーデルなどなど、今も親しまれている名曲の数々 ・・・ 懐かしく聴きました。

 懐かしく そうです。1965年に公開されて大ヒットしたのでした。 えっ、えーと・・・ それは、今から52年前 ・・・ わぁ というほどのことではないのですけれど 映画の中のトラップ家の7人の子どもたちの末っ子、グレーテルは5歳・・・その俳優が5歳だったとしたら現在彼女は57歳  年月を感じてしまいました。

 初めてこの映画を観たとき、私は大学生でした  いえ、余計なことでした(^J^)

 七人の子どもたちに 音階をそれぞれあてた「ドレミの歌」、ペギー葉山さんの作詞で親しまれています。 でも今日は、ダークダックスが歌っていた食べ物シリーズの「ドレミの歌」をご紹介いたします。

 「さあ、みんなで歌いましょう」のところは、「さあ、みんなで食べましょう」という歌詞でお願いします。 ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」は、実はそのためのグッズがあるのです。ムーミンママの手作りです。 写真でお目にかけますね。

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 ド は ドーナッツの ド

 レ は レモンの レ

 ミ は ミカンの  ミ

 ファ はファンタ  の ファ

0008ソ は ソーメン の ソ

ラ は ラーメン の ラ

シ は シルコの シ

 ♪ さあ みんなで 食べましょう

 お付き合いいただいて、ありがとうございます。

 「サウンド・オブ・ミュージック」の実在のモデル、マリアさんとトラップ一家の映画は、私の小学六年生のときも映画化され、「菩提樹」「続菩提樹」という題で公開されました。 ミュージカルではありませんでしたがその映画も、懐かしいです。ウイーン少年合唱団が歌っていたと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月13日 (月)

『クロワッサン』2016年8月号

  『クロワッサン』という名前のパンがありますね ・・・ そして同じ名前の月刊誌があるのですね。すみません。皆さまのほうがよくご存じだという気がしております。発行所は、マガジンハウスというところです。

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  図書館で、この本を見かけ、特集「よりそう言葉、はげます言葉」に惹かれて、借りてきました。 前向きの言葉、すてきな言葉にたくさん出会えましたので、よろしかったら、お近くの図書館でご覧になってくださいね。

 特に、印象に残りましたのは、中山庸子さん(1953年・群馬県生まれ。エッセイスト・イラストレーター。 )「夢ノートシリーズ」など多くの著作のある方がご自分の本から「大人に送る魔法の言葉」を自薦されたページです。

 タイトルは 今日一日を幸せに生きる、魔法の言葉を見つけよう。です。

   ◇      □      ○    ※    ☆

・心が痩せてきた時には 美術館で圧倒的な「本物」と対面する。

・思い通りにならないから、感激もある

・まだ起こっていないイヤなことを考えて部屋にいるより、何か楽しい口実を作って出かける方が、断然かしこい。

・落ち込む自分とも 仲良くしてあげよう。

・日常の輪から離れるすべての行為を旅と呼びたい

◇      □      ○    ※    ☆

 それぞれ短いコメントが付いています。そして、五つあげましたが、実は、あと五つあります。

 えっ そんな中途半端な引用で やめないで  とおっしゃいますか。

 いえいえ、もう、あなたは十分、上の五つの言葉をとらえてくださっていると思います。

 私の好きな作家、宮城谷昌光さんのことば 「人に問うから分からなくなる。自分に問え」 を実践して、今日を元気に歩みましょう。

 今日もよい日となりますように。

※ でも、内緒ですけれど・・・ 続きを読むをクリックしていただくと画像が現れ、さらにその画像をクリックしていただくと、いいことがあるかもしれません。

 内緒ですよ (^J^)

続きを読む "『クロワッサン』2016年8月号"

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2017年2月12日 (日)

ピアノトリオ ティラミス の演奏会

 私の住んでいるところは、岐阜市の東の端 ・・・ 関市がすぐ近くですし、美濃市も、そんなに遠くありません。

  この地域も少子高齢化は進んでいますが、コミュニティバスが比較的早くから走っています。月に1回、五百円玉一枚のワンコインコンサートも企画・開催されています。

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 今月は、11日(土)午後にピアノトリオ ティラミスの二回目のコンサートが開かれました。

  息の合ったピアノ・ヴァイオリン・チェロの三重奏を聴く時間、このトリオの伴奏で「どじょっこふなっこ」「朧月夜」などを歌う時間など、およそ90分間を楽しくすごさせていただきました

 トークも楽しかったです。前回は2年半まえで、台風。今回は雪がちらつく天候・・・ご自分たちの責任ではないのに、聴衆をねぎらってくださいました。

 若々しく、いろいろなところで活動しておられるようですので、皆さまも機会がありましたら、ぜひティラミスのコンサートにお出かけください。

 「ティラミス」・・・お菓子の名前でもありますが、イタリア語で「私を元気にして」という意味だそうです。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会では神様への礼拝が献げられます。

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2017年2月11日 (土)

肉じゃがに挑戦

 ムーミンママは、時々「私が先立っても困らないように」という、考えようによっては、深刻な前置きをさらっとして、台所へとムーミンパパをいざないます。

 寝起きで、ぼーっとしているタイミングでこうした声がかかるので、「あ、そうなの」と深く考えずに従って作ったのが、肉じゃがです。

 私には、チャレンジですが、皆さまには退屈ですよね。 でも、私の復習のために、よろしければ、走り読みしてくださいまし。

 ジャガイモは、ムーミンママが皮むき器で準備。私は、タマネギと人参、そして、肉の準備です。 タマネギの芯をとるとき、リンゴのような芯ではなく、上下の中央部分を少し深く切り取る、というのが新鮮でした。

  その他には、炒めたり、煮るのは、ジャガイモ、人参、肉 ・・・ タマネギはしゃっきり感を保つために、鍋の中に参加するのは 一番後にすること。

 調味料は、砂糖、(お酒)、醤油、お好みで、酢を少々。 サシスという順は、大事だそうです。 醤油の後に砂糖にすると、砂糖の味が入り込めなくなると・・・分子の大きさの関係?! そういうことだそうです。

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   うーむ、料理の世界も奥が深いのですね。

 他に発見と申しますか ・・・ 作るのに自分が関わると 「美味しく感じる」ということです。

 ここまで、おつきあいくださいまして、ありがとうございます。

 ごく普通の内容ですが、私にとっては新鮮でありました。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝に、よろしければ、どうぞ。

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2017年2月10日 (金)

『ハイジ』

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『ハイジ』

ヨハンナ・シュピーリ 著

矢川澄子 訳

福音館 1974年12月10日 初版発行

      1993年 6月1日 第23刷

 ハイジ ・・・そうです。アルプスの少女ですね。

 ストーリーは、皆さま、よくご存じと思いますので、今日は、別の視点から書かせていただきます。

 フランクフルトからアルムのおじいさんのところへ帰ってきたハイジに会いに、クララとおばあさまがやってきました。

  到着のその日、車いすの幅が大きすぎたので、戸口につっかえてしまい、クララはおじいさんにかかえられて家に入りました。 

 クララが泊まることになって、クララとハイジは大喜び ・・・ ほし草置き場で大きなやわらかいベッドに横になり、あけはなしの丸窓ごしにきらめく星空・・・それまでほとんど星を見たことのなかったクララは、星たちのちらちらきらきらするかがやきに見入りました。  さて、その翌朝のことです。

  おじいさんの仕事ぶりに子どもたちは、あっとおどろかされます。

      ◇    □   ○   ※   ☆

  昨夜子どもたちが床についたあと、おじいさんは幅の広い車いすを何とかして屋内に入れられないものかとさんざん考えたのでした。小屋の戸はもちろんせますぎて、とうていとおりぬけられません。そこでふと思いついて、うらの納屋に通じる羽目板を二枚とりはずして、大きな入り口を作ったのでした。いすはそこから持ちこみ、あとはまたその板をたてかけ、くぎだけは打たずにおきました。ハイジが行きあわせたとき、ちょうどおじいさんはクララを車いすにすわらせ、板をはずして納屋から朝の日ざしのなかへいすごとつれだしたところでした。

     ◇    □   ○   ※   ☆

  わぁ ・・・ これは、まさしく ・・・そうです。バリアフリーの実践ですね。

 『ハイジ』の上巻の出版は1880年、下巻はその翌年に発行されました。今から140年ほど前に書かれた本に、ごく自然にバリヤフリーのことが登場しているのでした。

 なんだか、心を打たれ、そして考えさせられました。もっともっと自然にバリヤーフリー、そして水道のカランやドアの取っ手などを操作しやすいレバーにするなどのユニバーサルデザインが広まって、さらに暮らしやすい世の中にしていくことを進めたいと思いました。

 ヘレンケラーさんにこんな言葉があります。 「あなたの手のともしびをもう少し高く掲げてください。わたしの足元が明るくなるように」 

 私にはアルムのおじいさんのようにいろいろなものをつくり出す器用さはありませんが、心と心のバリヤフリーと申しましょうか、生活のいろいろな場面で実践できることはあると思います。一歩踏み出す勇気と申しましょうか、大きな氷の塊も、零度より高い気温にさらし続ければ必ず溶けるのです。それをあきらめて、氷塊を冷凍庫にしまい込むようなことのありませんように。

 今日も、よい日を !

 

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2017年2月 9日 (木)

『俳句用難読語表』

『俳句用難読語表』

発行者 市川裕也(悠遊) さん

印刷・製本 カミヤマ 平成23年11月1日 発行 非売品

0002  たいへんな労作です。

  発行してくださった市川裕也さんは、ご自身が俳句を始めた当時、漢語、漢語の熟字訓、宛字、古語など読み方の難しい語句が多く使われていることが大きな壁となっていたそうです。

 これは、多くの方が経験なさることだと思います。

 常用漢字ばかりでなく、旧字体の使われていることも多いこの壁にぶつかり、市川さんは、この

「難読語表」の作成を思い立ったとのこと。

 上記のことは、序文「はじめに」に記しておられるのですが、そこに例示してある「敗荷」という言葉の読みにたどり着くこと一つを取ってみても、

なかなか出来ることではないと思います。そうした難読語が、この本には、ぎっしりと詰まっています。 その大きなご労の実りにあずかることが出来ますことを心から感謝申し上げます。

  □    ◇     ☆   ※   □

 いくつか、収められている難読語を紹介させていただきます。

1 敗荷  ・・・ なんと 「やれはす」 と読むのだそうです。

2 車前草      おおばこ    

3 万年青の実   おもとのみ

4 大蒜        にんにく

5 大鋸屑      おがくず

ここからの五つは、読みをお考えください。

解答は 「続きを読む」 をクリックしてくださいますように。

6 小牡鹿

7 塩汁鍋

8 番鴛鴦

9 番匠鳥

10 接骨木の花

 市川さん、ありがとうございます。

 今日もよい日となりますように。
 

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2017年2月 8日 (水)

『闇医者 おゑん秘録帖』

『闇医者 おゑん秘録帖』

あさのあつこ

中央公論新社 2013年2月25日 初版発行

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  あさのあつこさんは、『バッテリー』『バッテリーⅡ』など、野球に打ち込む少年の姿を描いた作品でご存じの方も多いかと思います。

 一転して、この小説では、男性の都合で不本意な歩みを強いられてきた女性に、自分自身と自分に宿った新しい生命の大切さを見つめさせ、女性の強さを信じて歩む方向へと導く女医の姿が描かれています。『婦人公論』という月刊誌に連載され、単行本として出版されたとのことです。

 昨日の「聴く」こととつながるところを感じましたので、引用させていただきます。 女医おゑんがいのちを助けたお春という女性について感じているところです。

 □   ◇   ○   ☆

 おゑんはお春の耳を見た。耳のことなど誰も気にかけない。しかし、ちゃんと聞くことのできる耳は貴重だ。他者の言葉を拾う。本気で聞き取ろうとする。能弁な舌を持つ者は多いけれど、誠実な耳を備えている者はごく稀だ。お春の耳は上等だった。

    ◇    □   ○    ☆

  もう一箇所は、そういうお春におゑんが祖父から聞いたことを語ったところです。
        □   ◇   ○   ☆

  言葉には外に出すべきものと、内に秘めたままにしておくべきものと二通りがあるのだそうです。 秘めておくべきものを外に出せば禍(わざわい)となり、外に出すべきものを秘めておくと腐ります。

    □   ◇   ○   ☆

 時代小説として書かれていますが、特に上記の二箇所は印象に残りました。 「傾聴」ということ、そして世阿弥の「秘すれば花」という言葉とを連想したからかもしれません。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年2月 7日 (火)

聴く

 NHKのFMラジオ、「気ままにクラシック」・・略して「気まクラ」といっているようですが、ある日、こんなことばが聞こえてきました。

 「練習するのは、耳を磨くため」 ・・・ 遠藤真理さんというチェロ奏者の口から出たことばだったと思います。

 楽器の練習といえば、腕を磨くことだと思うのが一般的でしょうから「耳を磨く」というのは、新鮮に響きました。 

 演奏者が「耳を磨く」と語るのですから、話す力を育てようとする人にあてはめてみると「よい話し手となるためには、まず自分の話を聴く力を磨く」というこことになりましょうか。

 岐阜放送で毎週土曜日朝6時台に、五島朋幸(ごとうともゆき)という自転車で訪問クリニックをしている歯医者さんの番組があります。先週の土曜日、その番組でゲストとして話しておられた聖ヨハネ病院の女医さんだと思うのですが、傾聴についてこんな話をしておられました。← 半分寝ていたので、不正確で、すみません。「傾聴というのは、なかなか出来ないのです。それで、まず、傾聴を妨げている自分の特徴について自己理解していただくことから、学びをスタートします」という意味のことを話しておられました。

 おお、これは大事な話だ、よく聴かなくては・・・と思いつつ、スヤスヤと寝てしまって、そのあとを聞き逃した私でした。それでも、上記のことばと、その女医さん(?!)がころころと、とても明るい笑い声を話の合間に響かせていたことが耳に残りました。

 人は、聴くことを大事だと思い、傾聴できる自分になりたいと考えていることが多いと思います。  ただ、そう思っているのとそれが実際にできることとの間には、かなり大きな距離があるのではないでしょうか。

 こう申し上げている私自身、「あのとき、こう言えばよかった」という反省以上に「あのとき、あんなことを言わなければよかった」と悔恨する材料のほうが、はるかに豊か(?!)である身です。

 ただ、そうした悔恨は、精神衛生上、あまりよくありませんので、今日という日、そしてそれに続く未来に目を向けて歩むことにしています。

 今まで、私が舌を制することが出来なくて、傷つけてしまった方々、どうか、おゆるしください。 その時より、ほんの少しでも上質の人間になれるように、たどたどとですが、目指してまいりますから・・・。 そんなことでは、ゆるしていただけないでしょうけれど・・・。 本当にごめんなさい。祈るばかりです。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月 6日 (月)

ムーミン谷も 冬眠から 目覚めるでしょうか

Photo 『MOE』 2016年12月号

 巻頭大特集

 「ムーミン谷の旅」

 フィンランド現地取材

 図書館で、ムーミン関係の本を見かけると手に取ってみる習性が、私のどこかに養われているようです。

 うーむ、何しろ10年来、ムーミンパパのシルエットを綴り続けていますから。

 この本に、冬眠中のムーミンパパたちは松葉でお腹をいっぱいにしていると思い込んでいたことを修正しないといけないことを教えられました。

 こう書いてあったからです。

   ◇     □    ○     ※   ☆

 ムーミン谷では、スナフキンのように旅に出る者と、冬じゅう谷に残る者に分かれますが、後者はしっかりと冬に備える準備をする必要があります。 冬ごもりをする前に、モミの葉をおなかいっぱいに食べるムーミン一家。ムーミンの物語の中の冬じたくの場面です。実際にフィンランドの人々は、森でベリーやキノコを集めます。特に森で実るベリーは、あまり果物の育たないフィンランドではとても重要な栄養源で、たくさん拾い集めて冬じゅう食べられるように、ジャムにしたり、そのまま冷凍したりします。

 夏の間過ごすことが多かった庭も、イスやテーブルを片付けて、落ち葉を集めてきれいにして、雪が積もっても大丈夫なようにしておきます。

 ◇     □    ○     ※   ☆

 松葉ではなく、モミの葉だったのですね。 お詫びして、訂正させていただきます。

 冬支度のことを引用しましたが、ムーミン谷も、そろそろ春を迎えるのでしょうか。

 どうぞ、皆さまも、暖かくして、春をお迎えくださいますように。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年2月 5日 (日)

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国 下巻

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国 下巻

若桑みどり 著

集英社文庫 2008年3月25日 第1刷

※ 集英社から2003年10月に単行本として、発行され、のちに、この文庫本 上下2巻となって発行されました。

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  このブログで2月1日に上巻をもとに書かせていただきました。今日は下巻について書かせていただきます。

 1582年2月にローマに向けて出発したとき4人(クアトロ)は ラガッツイ(少年)でした。

 その翌年、本能寺の変で、織田信長は亡くなり、少年たちが紳士(シニョーリ)に成長して1590年に帰国したときは、秀吉が天下を治めていました。

 聚楽第で秀吉に謁見した4人は、その会の結びに長年かけて熟達した楽器 クラヴォ ハープ リュート ヴィオラを演奏しました。秀吉はその演奏に感心し、喜んで三度も演奏させたそうです。

 ところが、その後、それらの楽器を所望し、4人は献上せざるを得ませんでした。

 外国の楽器を秀吉が所有したとて、いったい何になるでしょう。物珍しい楽器として飾って、自慢の種にするしかないではありませんか。権力者の横暴なわがままですよね。 ← 他にもっと怒りたいことがあるのですが、音楽に携わり、楽器を演奏することがある者としては、とてもカチンときて、力が入ります。

 8年かけて、ローマまでを往復し、ローマでは教皇に大いに歓迎されて帰国したというのに、この4人のその後の人生は、楽器を取り上げられるだけではすみませんでした。

 重い殉教の歴史を史料に基づいて叙述した労作です。 その中で、著者 若桑みどりさんの信念・生き方が特に伝わってきた文章を紹介させていただきます。

  ◇   □    ○   ※  ☆

 少年たちが見たもの、聴いたもの、望んだものを押し殺したのは当時の日本である。世界に扉を閉ざし、世界を見てきた彼らの目を暗黒の目隠しで閉ざしたのは当時の日本である。 それでおも、彼らは、自分たちの信ずることを貫いて生き、かつ死んだ。このあとの章でわれわれはその壮絶な後半生を見るであろう。人間の価値は社会において歴史において名前を残す「傑出した」人間になることではない。それぞれが自己の信念に生きることである。 (第五章 ローマの栄光の結び)

  ◇   □    ○   ※  ☆

 私(若桑みどりさん)が書いたのは権力やその興亡の歴史ではない。私が書いたのは歴史を動かしてゆく巨大な力と、これに巻き込まれたり、これと戦ったりした個人である。 ・・・ これらの少年たちは、みずから強い意志をもってそれぞれの人生をまっとうした。したがって彼らはその人生においてヒーローだ。そしてもし無名の無数の人びとがみなヒーローでなかったら、歴史をたどることに何の意味があるだろうか。なぜなら私たちの多くはその無名のひとりなのだから。 (エピローグより)

    ◇   □    ○   ※  ☆

 感銘を受けました。若桑みどりさんの専門は西洋美術史。クリスチャンではないそうです。1962年から1964年、イタリア政府給費留学生としてローマに留学したこと、天正少年使節が訪れたとき見聞した建物がまさに目の前に見えるところで生活したことが、本書を書き上げる大きな力となったそうです。 この本を紹介くださいました友人(社会科教師)にお礼申し上げます。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝に、お出かけくださいますように。

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2017年2月 4日 (土)

同音異義語 などなど

 今日は、リラックスしてお読みくださいね。 (いつもそうでしたら嬉しいのですけれど (^J^)

 同音異義語で、軽くながしてみたいと思います。 簡単に申しますと、しゃれ、だじゃれに分類されることを いくつか 書かせていただきます。

1. 落ち着いて咲いていても ロウバイ  [狼狽]  いえ [臘梅]

  香りもなかなかよい 臘梅(ろうばい) 分類は クスノキ科 だそうです。知らないほうが、風流に思いつつ眺められるような気もいたしますけれど。

2. 疲れているようにみえた人が だるそうに「県大会」と言ったので聞き返した ことがあります。  その人は、吹き出し笑いしながら答えてくれました。

「いいえ、県大会ではなく、倦怠感(ケンタイカン)といったのです。」

 二人して、しばらく笑いました。 その後、彼は元気に出かけていったような気がします。県大会にではありませんでしたけれど。

3. 2千年ほど前の発掘物のレプリカを見て、「ドキッ」と言いましたら、持ち主は「いえ、土器ではなく、鉄器です」とおっしゃいました。 (くぎだっだのです。)

4.子どもたちが小学生だった冬の、冷え込んだ朝

  さあ、起きなさいと 毛布を取ろうとしたら

 「毛布とらないで」と言った子どもが突然ひらめいたのですね、

 「もう ふとらないで」 と区切りを変えたのです。 「もう 太らないで」

いえ、ますます力を加えて、引っぱがしてやりました。 

 数年後、テレビでこのネタが使われていました。 いえ、別に家族の誰かが投書したわけではありません。 日本中で どの家庭でも生まれそうなジョークだったのですね。

 さて、立春ですが、気温が低めの朝かと思います。

 今日も、よい日となりますように。 

 明日は日曜日。キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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2017年2月 3日 (金)

2月3日 その2  節分

 今夜は、節分ということで、ムーミンママが、豆を煎りました。

  その豆がフライパンの上にあるのを、ちょっとつまみましたら・・・豆は、食べ始めると後を引くと申しますか、ついつい ・・・ でも、さすがにどれだけかは確保し、気がつきましたら、写真のとおり 飾られていました。

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 雪の山の扇子を背景に、升に豆 ・・・ この升に付いている女の子は、岐阜県のサラマンカホールのマスコットキャラクター、「サーラちゃん」。 名前が募集されていたときに応募し、私たち、夫婦は、「サーラちゃん」の六人の名付け親の中の二人となりました。懐かしい思い出です。

 明日は立春ですので、今日二つ目の記事のアップロードとなりました。

 よい時間をおすごしくださいますように。 

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池田澄子さん その2

 昨日に続いて、今回は池田澄子さんご自身のお書きになった本のことを書かせていただきます。

『シリーズ自句自解Ⅰ ベスト100 池田澄子』

池田澄子 著

ふらんす堂 2010年3月3日 初版発行

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 この本に、昨日の二つの句、

じゃんけんで負けて螢に生まれたの

ピーマン切って中を明るくしてあげた

も登場していて、池田澄子さんご自身の自解を読むことが出来ます。

 ピーマンの句の自解を引用・紹介させていただきますね。俳人がご自分の句を解説なさるのを読ませていただく機会って、滅多にあるものではないと、ドキドキしつつ。

  ◇    □     ○     ※   ☆

  こういう完全痴呆的な句を、もう一度作ってみたいと思うことがある。知性にも知識にも関係のない、主張も見栄もない句。

 そんなの簡単と思うけれど、案外出来ないものだ。出来ないとなると追い掛けたくなって、その時には既に作意や野心がめらめらしているので結局、理が通ってしまう。それにしてもこの句、小さな親切、大きな迷惑ってとこで、世のためにも人のためにも自分のイメージアップにもならない。でも、何故か私らしいような気がする。

  ◇    □     ○     ※   ☆

 うーむ、あるとき生まれた一句について、俳人自身が「何故か私らしいような気がする」と考えて、もう一度作ってみようとしても案外作ることが出来ないと書いておられます。・・・機械的量産と芸術作品は縁が深くないのですね。 一つの作品が生まれるのは、そのときの必然のようであり、奇跡のようであり・・・。

 昨日の本、今日の本に出会わせてくださった俳人、俳号 星河ひかるさんは、「今 我れ ここに ・・・今日、詠んでおかなければ、来年はもう詠めないものです」とおっしゃいます。季節はめぐってくるけれど、今年の自分と来年の自分とは決して同じではなく、そういう自分の感動する対象は別のもの別のことになっているということでしょうか。  そのこともありましょうが、もっと深いことを示唆いただいているように思われます。

  深い井戸の水を汲むには、その深みに届く釣瓶が必要です。小さな進歩を楽しみながら、釣瓶の縄を少しずつでもなうような一日一日でありたいと願います。

 今日も、よい日となりますように。 おお、明日は立春。佳い春をお迎えください。

 

 

 

 

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2017年2月 2日 (木)

俳句  池田澄子さん その1

 先日の川柳は私の力量不足で、「すっきりしない」とお思いになった方がおられることと思います。 今日は、池田澄子さんの俳句で、スカッといきたいと思います。

0008_2『池田澄子百句』

編者 坪内稔典 + 中之島 5

創風社 2014年8月16日 発行

 この本の帯に二つの俳句が紹介されています。

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの

 ピーマン切って中を明るくしてあげた

 いかがですか 

 「えっ、これ、俳句なの ?」

「 うーん よく 分からないけど、何だか 伸び伸びした発想の持ち主 !」

というような感想でしょうか。

 ちなみにこの本に掲載されている鑑賞文には

□「じゃんけんで負けて蛍 ・・・では勝ったら何に生まれるのだろうと考えてみよう」

◇ ピーマンの句では、「こんな俳句ってあり? ありなんですね。あんまりばかばかしくて、肩こり頭痛も逃げ出しそう。読んだ人間は、気持ちが明るくなりましたよね。だけど切ってもらったピーマンはどんなだったんでしょうね。」

とあります。 少しだけを引用させていただいてすみません。

 家内は、NHKのテレビに池田澄子さんが出演しておられたときに

 椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ

という池田澄子さんの俳句が紹介され、以来、なぜか池田澄子さんとその俳句のことが忘れられなくなっておりました。

 昨年12月、お目にかかる機会が出来た俳人に、池田澄子さんのことをお尋ねしたところ、「池田澄子さんとは俳句仲間です。今度、本をお持ちしますね」という展開になって、早速お借りした本の一冊がこの本です。

 この本に掲載されている百句の中の二つの鑑賞文を、その方は執筆されています。 うーむ、何とすてきな出会い、巡り会いがこの世にはあるのでしょう。  心から、お礼申し上げます。明日、今日の続きを掲載させていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年2月 1日 (水)

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国 上

若桑みどり 著

集英社文庫 2008年3月25日 第1刷 発行

0007 一冊にまとまっている単行本が出ているのです。最初は図書館でそれを借りたのですが、分厚い本で読み進むのにかなりの意志を必要といたしました。

 それで、この上下二冊になっている文庫本を借り直し、この度、上巻を読み終わったところです。

 書かれているのが、壮大な内容・何年もかかった旅ですので、やはり、読むのも長い旅のようになりました。

 上巻で、心に残ったこと

 今まで、宣教師というと、フランシスコ・ザビエルさんと、よく織田信長公との関係で名前が出てくるフロイスさんくらいしか知らない私でした。

 この本を通して、日本の貧しい人たちのために身銭を切って病院を建てた人、苦しい生活をしている人の思いを理解するため、日本語を必死に学んで直接話せるようになった人、宣教のために自らの命を顧みなかった人など、本当にたくさんの方が1549年以来、日本に来てくださっていたことが分かり、感動しました。

  宣教のために辞書を編纂するとき、「愛」ということば一つにしても、日本語になおすことがたいへんむずかしく、日葡辞書ではポルトガル語の愛する・・・アマールという動詞は、「たいせつに存ずる」となっているそうです。

 これは、男女のエロスではなく、、相手のために相手を思う心である「愛」のことなので、他人を「たいせつに思う」と訳され、1580年ころに確定されたと書かれています。

  スペインやポルトガル、イタリア人の宣教師がそれぞれの国情・気質を背景としてアジア、日本にやってくることになった背景には、1517年のルターの宗教改革によって、カトリックの信者を新たに増やしたいというヨーロッパの動きがあったことも書かれています。

 シェイクスピアとガリレオが同じ年、1564年に生まれたことに気付いたのも、この本を読んだからでした。

 書名の『クアトロ・ラガッツイ』は、4人の少年という意味だそうですが、異国に向かう航海で、命を落としそうになる危難に何度も遭遇します。異国に向かったときと、帰国したときとでは、日本の国情は全くちがったものになっており、海上だけでなく、地上にあってもまさに波乱の生涯を彼らは生きることになりました。

 この本を紹介してくださった友人(社会科の教師)に感謝いたします。

 今日から、2月。 よい月、よい日、佳い春となりますように。

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