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2017年2月 3日 (金)

池田澄子さん その2

 昨日に続いて、今回は池田澄子さんご自身のお書きになった本のことを書かせていただきます。

『シリーズ自句自解Ⅰ ベスト100 池田澄子』

池田澄子 著

ふらんす堂 2010年3月3日 初版発行

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 この本に、昨日の二つの句、

じゃんけんで負けて螢に生まれたの

ピーマン切って中を明るくしてあげた

も登場していて、池田澄子さんご自身の自解を読むことが出来ます。

 ピーマンの句の自解を引用・紹介させていただきますね。俳人がご自分の句を解説なさるのを読ませていただく機会って、滅多にあるものではないと、ドキドキしつつ。

  ◇    □     ○     ※   ☆

  こういう完全痴呆的な句を、もう一度作ってみたいと思うことがある。知性にも知識にも関係のない、主張も見栄もない句。

 そんなの簡単と思うけれど、案外出来ないものだ。出来ないとなると追い掛けたくなって、その時には既に作意や野心がめらめらしているので結局、理が通ってしまう。それにしてもこの句、小さな親切、大きな迷惑ってとこで、世のためにも人のためにも自分のイメージアップにもならない。でも、何故か私らしいような気がする。

  ◇    □     ○     ※   ☆

 うーむ、あるとき生まれた一句について、俳人自身が「何故か私らしいような気がする」と考えて、もう一度作ってみようとしても案外作ることが出来ないと書いておられます。・・・機械的量産と芸術作品は縁が深くないのですね。 一つの作品が生まれるのは、そのときの必然のようであり、奇跡のようであり・・・。

 昨日の本、今日の本に出会わせてくださった俳人、俳号 星河ひかるさんは、「今 我れ ここに ・・・今日、詠んでおかなければ、来年はもう詠めないものです」とおっしゃいます。季節はめぐってくるけれど、今年の自分と来年の自分とは決して同じではなく、そういう自分の感動する対象は別のもの別のことになっているということでしょうか。  そのこともありましょうが、もっと深いことを示唆いただいているように思われます。

  深い井戸の水を汲むには、その深みに届く釣瓶が必要です。小さな進歩を楽しみながら、釣瓶の縄を少しずつでもなうような一日一日でありたいと願います。

 今日も、よい日となりますように。 おお、明日は立春。佳い春をお迎えください。

 

 

 

 

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