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2017年2月 5日 (日)

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国 下巻

『クアトロ・ラガッツイ』 天正少年使節と世界帝国 下巻

若桑みどり 著

集英社文庫 2008年3月25日 第1刷

※ 集英社から2003年10月に単行本として、発行され、のちに、この文庫本 上下2巻となって発行されました。

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  このブログで2月1日に上巻をもとに書かせていただきました。今日は下巻について書かせていただきます。

 1582年2月にローマに向けて出発したとき4人(クアトロ)は ラガッツイ(少年)でした。

 その翌年、本能寺の変で、織田信長は亡くなり、少年たちが紳士(シニョーリ)に成長して1590年に帰国したときは、秀吉が天下を治めていました。

 聚楽第で秀吉に謁見した4人は、その会の結びに長年かけて熟達した楽器 クラヴォ ハープ リュート ヴィオラを演奏しました。秀吉はその演奏に感心し、喜んで三度も演奏させたそうです。

 ところが、その後、それらの楽器を所望し、4人は献上せざるを得ませんでした。

 外国の楽器を秀吉が所有したとて、いったい何になるでしょう。物珍しい楽器として飾って、自慢の種にするしかないではありませんか。権力者の横暴なわがままですよね。 ← 他にもっと怒りたいことがあるのですが、音楽に携わり、楽器を演奏することがある者としては、とてもカチンときて、力が入ります。

 8年かけて、ローマまでを往復し、ローマでは教皇に大いに歓迎されて帰国したというのに、この4人のその後の人生は、楽器を取り上げられるだけではすみませんでした。

 重い殉教の歴史を史料に基づいて叙述した労作です。 その中で、著者 若桑みどりさんの信念・生き方が特に伝わってきた文章を紹介させていただきます。

  ◇   □    ○   ※  ☆

 少年たちが見たもの、聴いたもの、望んだものを押し殺したのは当時の日本である。世界に扉を閉ざし、世界を見てきた彼らの目を暗黒の目隠しで閉ざしたのは当時の日本である。 それでおも、彼らは、自分たちの信ずることを貫いて生き、かつ死んだ。このあとの章でわれわれはその壮絶な後半生を見るであろう。人間の価値は社会において歴史において名前を残す「傑出した」人間になることではない。それぞれが自己の信念に生きることである。 (第五章 ローマの栄光の結び)

  ◇   □    ○   ※  ☆

 私(若桑みどりさん)が書いたのは権力やその興亡の歴史ではない。私が書いたのは歴史を動かしてゆく巨大な力と、これに巻き込まれたり、これと戦ったりした個人である。 ・・・ これらの少年たちは、みずから強い意志をもってそれぞれの人生をまっとうした。したがって彼らはその人生においてヒーローだ。そしてもし無名の無数の人びとがみなヒーローでなかったら、歴史をたどることに何の意味があるだろうか。なぜなら私たちの多くはその無名のひとりなのだから。 (エピローグより)

    ◇   □    ○   ※  ☆

 感銘を受けました。若桑みどりさんの専門は西洋美術史。クリスチャンではないそうです。1962年から1964年、イタリア政府給費留学生としてローマに留学したこと、天正少年使節が訪れたとき見聞した建物がまさに目の前に見えるところで生活したことが、本書を書き上げる大きな力となったそうです。 この本を紹介くださいました友人(社会科教師)にお礼申し上げます。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝に、お出かけくださいますように。

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