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2017年2月19日 (日)

聖書 「ヨブ記」

 聖書は、キリスト誕生以前に書かれた「旧約聖書」とキリスト誕生以後のことが書かれた「新約聖書」からなっています。

 今日のタイトルの「ヨブ記」は、旧約聖書の39巻の中にあります。「ヨブ記」という名は、この書の主人公であるヨブの名をとってつけられたものです。「ヨブ記」は「正しい人がなぜ苦しまなければならないのか」という命題をテーマにした書物で、クリスチャンではないかたからも、その文学性の高さが認められている存在です。

   出だしに、こう書かれています。

 ヨブという名の人がいた。この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた。

 ※ 神を恐れ というのは、こわがっているということではなく、敬虔な心で敬っていたという意味です。 

 このように書かれているヨブに、大きな災害が連続して襲いかかりました。長年連れ添っている妻がこう言ったほどです。

「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」

 これに対し、聖書には次のように書かれています。

「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないのではないか」 ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。

 このあと、ヨブを三人の友人が訪ねてきます。息子、娘たちを喪ったお悔やみと悪性の腫物で苦しんでいるヨブを慰めるために、やってきたのです。けれど、あまりのヨブの変わりように彼らは声を上げて泣き、七日七夜、ヨブとともに地にすわって、だれも一言も話しかけなかった ・・・ それほどヨブの状態はあまりにもひどかったのです。

私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないのではないか

 こういう信仰、覚悟が私にはあるかと自問したとき、身の引き締まる思いがいたします。 神様を信じ、従うと言いながら、ふと気がつくとお祈りの内容が、お願い事の連続で、まるでアラジンがランプの精に用事を言いつけているような状態になっているのを恥ずかしく思うばかりです。

 遠藤周作さんの『沈黙』は、以前にも一度映画化されたと思います。今回は、外国の監督が構想から長い年月をかけて完成した映画が公開されています。映画館に足を運ぶかどうか、迷っているところです。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日、キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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