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2017年2月26日 (日)

『ハイジ』 と聖書

アルプスのハイジの原作、『ハイジ』を、改めて読んでみました。

『ハイジ』 ヨハンナ・シュピーリ 作・矢川澄子 訳 福音館書店 1993年6月1日第23刷 です。

 すると、フランクフルトのゼーゼマンさんの家ですごしたときに、ハイジはクララのおばあさまから、文字を読むことと、信仰の手ほどきをうけているところがそのあとの展開に大きくつながっていることに気がつきました。

  文字が読めるようになったハイジのことを奇跡が起こったと先生から聞いたおばあさまはそのうれしいできごとを自分の目で確かめたくて、足を運びます。すると ・・・こんな描写があります。

  ◇   □   ○   ※   ☆

 ハイジはクララのわきにすわり、お話をよんできかせています。そして、読みながら目の前にひらけてゆくあたらしい世界に、すっかり心うばわれ、ぐんぐんひき入れられてゆくようすが、ありありと見てとれるのです。黒い活字のなかから、いまはじめて、人間やものたちがあらわれて、息づきはじめ、心動かす物語がひらけつつあるのでした。

        ◇   □   ○   ※   ☆

 おばあさまは、美しい絵のついた大型の本をハイジに読ませるようになりました。

 声に出して読むと、お話はなおさら美しく、わかりやすくなるように思われたのです。

 国語教師だった私は、このあたりの文章を読んでいると、とても嬉しくなってきます。

 フランクフルトから、アルムのおじいさんのところに戻ったハイジは、ペーターのおばあさんに、いろいろな詩、讃美歌を読んであげられるようになっていましたし、教会と疎遠になっていたおじいさんが礼拝に出席し、牧師さん、村人たちとのしこりをほぐすことが出来たのは、ハイジがクララのおばあさまからプレゼントされた本の中でとりわけ心を惹かれた「放蕩息子」のところをおじいさんに心を込めて読んで、おじいさんが感動したからでした。

 フランクフルトから、クララにアルムを訪れさせることがよいかどうか様子を見に来たお医者さんは、実は、奥さんに先立たれた後、支えとなってくれていた娘さんを亡くし、生きる張り合いを失って、とても落ち込んでいました。

 美しい環境の中で、ハイジはペーターのおばあさんに繰り返しせがまれて、覚えてしまっていた詩をはお医者さんを慰めようとして暗誦します。次の詩です。 挿絵は、この場面の上記の『ハイジ』のページからです。ありがとうございます。

   ◇   □   ○   ※   ☆

み心のままにゆだねよう0004

すべてを知るそのかたに

みわざははかりしられず

おどろくこともあろう

ときには やむをえず

深いおぼしめしから

きびしいこころみに

あわせたもうこともある

しかも なぐさめとて

しばしはさずけたまわず

もはやうち捨てられ

かえりみられぬものと

苦しみなやみに

胸はおののくばかり

されど つねにおそれず

みもとにとどまれ

思いもよらぬときに

すくいはおとずれ

心はつらい重荷から

ときはなたれるだろう

このうえない耐えがたい

その重荷から

 ◇   □   ○   ※   ☆

 ハイジが心を込めて、この詩を暗唱し、お医者さんは、お母さんがこの歌をうたってくれた幼いときのことを胸によみがえらせていました。

 ヨハンナ・シュピーリのお母さん、メタ・ホイサーさんは牧師の娘で、宗教詩人だったとのことで、シュピーリは、お母さんから大きな影響を受けながら育ったと言われています。

  今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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