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2017年3月22日 (水)

三月の甘納豆の ・・・・・

 今日のタイトルを完成していただけるかた ・・・ あっ、すばらしい!!

あなたは俳句に親しんでおられるかたでしょうか。

  これは、俳句グループ「船団」の代表、坪内稔典(としのり)さん、ねんてん先生の甘納豆の句ですね。

 三月の甘納豆のうふふふふ

 「これは素晴らしい、名句だ」 という称賛と 「こんなの俳句じゃない」という意見が世間では議論されたそうです。

  この句について稔典先生がお書きになったエッセイが中学校の国語の教科書に掲載されましたら、中学生から手紙が来るようになったそうです。

  □     ◇     ○    ※   ☆

「先生、『甘納豆のうふふふふ』をつくられた気持ちを教えてください」

  坪内稔典先生は、真剣に受けとめて、こう返事をしたためられました。

「俳句は、作者の気持ちを聞いてはいけません。それを読んだあなたが考えるんです。それが文学です。」

 それまで、明治以降の日本文学というのは、作者というものがいて、その作者が感動したことを表現する。あるいは、思ったことを表現する。それを読者が受け止めるというふうに進んできたんですね。それはそれで、大事な流れでした。

・・・ 甘納豆体験を通して、文学観というか、僕のものの見方が大変大きく変わりました。・・・「感動して表現する」という方法と、もう一つ、「表現する言葉」というものを考えたらいいのではないか。

  「表現する言葉」というのは、まず、表現します。そうしたら、言葉そのものが、何かを伝えるというか、表現しちゃうんですね。それは、作者が思いがけない・・・・・・、作者にとっても思いがけないことになるんです。作者をも変える力があるというふうなことを考えるようになりました。

  ・・・言葉は、言葉そのものに力がある。単なる伝達の道具ではない。そのことを見極めないと文学の研究なんて面白くないのではないか、と思います。

   □     ◇      ○     ※    ☆

 上記は、坪内稔典先生が13年間お勤めになった佛教大学での最終講義の一部分を、ムーミンパパが大意の変わらないと判断する範囲でとりださせていただいたものです。  ムーミンパパのいたらなさから、不十分な取り出しになってしまっているかと思いますが、お許しくださいますように。とても大切な学びになったものですから。 【参考 「子規・漱石研究」 第5号 編集・発行 佛教大学坪内稔典研究室 2015年3月12日 発行】

 これも有名な坪内稔典先生の俳句で結びとさせていただきます。

 たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ

 今日も、よい日となりますように。

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