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2017年6月30日 (金)

ねむの花

0009

 私が通わせていただいているキリスト教会の愛称は「睡蓮の池のほとりに佇つ教会」です。 そして、睡蓮だけでなく、桜や杏、ザクロなど、いろいろな花に出会えます。上の光景は、今の季節限定のもの・・・実は、合歓の花(ねむのはな)のトンネルなのです。

 花の部分を少し、大きくしてみますね。

0011 こういう感じです。

  ねむの木というと、宮城まり子さんの「ねむの木学園」のことが思い浮かびます。

  そして、美智子様が高校生時代に書かれた詩にのちに曲が付いた「ねむの木の子守歌」も。

 ご存じの方も多いのですが、その歌詞を紹介させていただきます。

  吉永小百合さん・佐藤しのぶさん などが美しく歌っておられますね。 

「ねむの木の子守歌]

美智子皇后陛下作詞・山本正美作曲

ねんねの ねむの木眠りの木
そっとゆすった その枝に
遠い昔の 夜
(よ)の調べ
ねんねの ねむの木 子守歌

薄紅
(うすくれない)の 花の咲く
ねむの木蔭
(こかげ)で ふと聞いた
小さなささやき ねむの声
ねんね ねんねと 歌ってた

故里
(ふるさと)の夜(よ)の ねむの木は
今日も歌って いるでしょか
あの日の夜
(よる)の ささやきを
ねむの木 ねんねの木 子守歌

https://www.youtube.com/watch?v=q3T-6EtggWM

上記をクリックすると、絵本を見ながらこの歌をお聴きいただけます。

  いろいろな花々に美しく彩られている季節。

今日も、よい日となりますように。

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2017年6月29日 (木)

『みすゞコスモス わが内なる宇宙』 矢崎節夫 著 

0002_2『みすゞコスモス わが内なる宇宙』 

矢崎節夫 著

JULA出版局 

1996年12月5日 第1刷

 著者、矢崎節夫さんは、金子みすゞさんが亡くなった後、彼女の作品が散逸してしまったため、「幻の童謡詩人」と語り継がれるばかりになっていたのを、長年努力して遺稿集を見つけ、金子みすゞさんの詩集を出版された方で、自らも童謡詩人であるとのことです。

 この本は、金子みすゞさんの童謡35編とその童謡を「かってに旅行し、今の私(矢崎さん)が見、聞き、感じたことをまとめたもの」だとのこと。 みすゞさんの詩、そのあと、矢崎さんの文 という構成の積み重ねになっています。   少し引用・紹介させていただきます。

 ◇  □   ○   ※  ☆

 花のたましい  金子みすゞ

 散ったお花のたましいは、

 み仏さまの花ぞのに、

 ひとつ残らずうまれるの。

だって、お花はやさしくて、

おてんとさまが呼ぶときに、

ぱっとひらいて、ほほえんで、

蝶々にあまい蜜をやり

人にゃ 匂いをみなくれて、

風がおいでとよぶときに、

やはりすなおについてゆき、

なきがらさえも、ままごとの

ご飯になってくれるから。

 これに続く矢崎さんの文章 抜粋

  ・・・阪神・淡路大震災の後、一人の小さい人の言葉を聞いて、〝いのち〟ということを深く考えさせられました。 テレビのニュースキャスターが避難している人達に、「今、一番欲しいものはなにか」をたずねた時のことでした。

 水がほしい、食べ物がほしい、家がほしい、と大人はみんなこう答えました。

 小学生が一人いました。「あなたが今、一番ほしいものはなに?」キャスターがたずねました。

  小学生は、大人では考えられないことを答えました。

  「友だちのいのち」

  ・・・この小さい人は、二度と戻ってこない「友だちのいのち」が、一番ほしいといったのです。

 理不尽にも、一瞬のうちにいのちを奪いとられたくやしさ、怒り。小さい人のひとことの中に、いのちの悲しみの本質を知らされました。

 いったい、〝いのちは、どこからきて、なにをし、どこへいく〟のでしょうか。

     ー 後略 ー

    ◇  □   ○   ※  ☆

  やさしさ  ふかさ  に 満ち   そして 宇宙のように ひろく ひろがっていく世界を感じさせられる本です。 よろしければ、どうぞ。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月28日 (水)

NHK BSテレビ 朝5時 クラシック倶楽部

 時々、朝5時からのNHKBSのクラシック倶楽部を視聴します。
 6月22日の朝は清水真弓さんという日本の女性トロンボーン奏者でした。なんと舞曲を演奏しながら、時々タップダンスのステップを踏むのです。 
  パーカッション(打楽器)のコンサートに行ったら、とても楽しい演奏会だったので、自分も何か出来ないかと考え、トロンボーン奏者だと手も口も使えないから、足でできることを考え、練習を積んだのだそうです。
 こういうパフォーマンスを工夫して見事に実現する若人が育っているのですね。堂々としていて、にこやかでした。
 清水真弓さんについて詳しく知りたい方は、次のURLを訪れてみてください。
  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月27日 (火)

いさぎよい花 夏椿

1498437762139 今を盛りと夏椿 ・・・ 「今日は、最高!」 とムーミンママ。

 なるほど、本当にたくさん咲きました。

  一夜明けますと ・・・・・・

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 咲く花へのいとおしさ

 落ちた花の無常観 

  うーむ・・・ 今朝の私は、この両方が対になっていることに思いを寄せています。

  咲いてくれていてありがとう。

  役割を立派に果たしてくれてありがとう。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2017年6月26日 (月)

詩 「しずかな夫婦」 天野 忠さん

 『この命、何を あくせく』 城山三郎著 講談社2002年9月13日 第1刷発行のしずかな夫婦に という章にこの詩が紹介されていました。『夫婦の肖像』(編集工房ノア刊)

しずかな夫婦

結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。
とくにしずかな夫婦が好きだった。
結婚をひとまたぎして直ぐ
しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。
おせっかいで心のあたたかな人がいて
私に結婚しろといった。
キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて
ある日突然やってきた。
昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き
昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。
下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し
お見合だお見合だとはやして逃げた。
それから遠い電車道まで
初めての娘と私はふわふわと歩いた。
ニシンそばでもたべませんかと私は云った。
ニシンはきらいですと娘は答えた。
そして私たちは結婚した。
おおそしていちばん感動したのは
いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ
ポッと電灯の点いていることだった
戦争がはじまっていた。
祇園まつりの難子がかすかに流れてくる晩
子供がうまれた。
次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ
徴用にとられた。便所で泣いた。
子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。
ひもじさで口喧嘩も出来ず
女房はいびきをたててねた。
戦争は終った。
転々と職業をかえた
ひもじさはつづいた。貯金はつかい果した。
いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。
貧乏と病気は律儀な奴で
年中私たちにへばりついてきた。
にもかかわらず
貧乏と病気が伸良く手助けして
私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。
子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)
思い思いにデモクラチックに
遠くへ行ってしまった。
どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって
夫婦はやっともとの二人になった。
三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。
久しぶりに街へ出てと私は云った。
ニシンソバでも喰ってこようか。
ニシンは嫌いです。と
私の古い女房は答えた。

  ◇   □    ○   ☆    ※

 天野 忠さんは、1909年生まれ。城山三郎さんは上記の詩を紹介しつつ、このように書いておられます。

 天野さん夫婦は、いっしょに三本立ての映画を見たり、彼岸の墓参のあと、近くの動物園へ寄ったり・・・ある夜、息子が様子を見にやってきた。天野が寝たあと、隣室から妻に問う息子の声が聞こえた。「ここの夫婦は、どっちが先に死ぬつもり」

 それに対して老妻は、「おじいちゃんが先き ちょっとあとから私のつもり」

 翌朝、息子が出たあと、詩は記す。

「じいさんは遅い朝めしを食べた  おいしそうにお茶漬を二杯たべた」

  引用が長くなりました。 天野さんご夫婦も、それをこのように紹介くださった城山三郎さんも、なんだかすてきですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年6月25日 (日)

季節の花たち 菖蒲・紫陽花

1498085320092 関市に百年記念公園というところがあります。先週、父の日の午後、訪れたときには、菖蒲園が見ごろ、そして紫陽花もすてきでしたよ。

 山道もある広大な公園で、ほぼ一万歩を散策いたしました。

1498085300966
1498085277330  青い紫陽花 

  ピンク色の 紫陽花

 

  そうそう、新聞に、ちょうど紫陽花のことでこんなクイズが掲載されていました。

 岐阜新聞(6月22日・朝刊)

0004_2

  ご存じでしたか ?   私は知らなくて一応、答えを予想してみました。

お確かめになりたい方は。「続きを読む」をクリックしてください。

 今日も、よい日となりますように。


続きを読む "季節の花たち 菖蒲・紫陽花"

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2017年6月24日 (土)

真空管式アンプの魅力

0001  あるご家庭に、その真空管式アンプはありました。

  年代物の大きなスピーカーから流れてくる音に浸っていると、なんと自然に涙がにじんできました。

  ↑

いえ、別に誰かに冷たくされているとか、そういうわけではありません。

 そのアンプからの音楽を聴く前に、すてきなお食事にあずかって感激していたからということもありますけれど、本当に心を憩わせてくれる音でした。

 ああ、生きてきてよかった (^J^)

  親子二代に渡る四人の方のあたたかいおもてなし ・・・本当にしあわせなひとときをすごさせていただきました。

 その真空管式アンプは、私と年齢の近いその家のご主人の自作された本格的なもので、流れてくる音楽は、プラターズの♪「オンリー・ユー」の高音から♪「ユー・ネヴァー・ノー」の超低音までをとても自然に耳・心に届けてくれました。 本当にありがとうございました。

 お借りしてきたCDから「テネシー・ワルツ」(パティ・ページ)・「ダニーボーイ」(アンディ・ウイリアムス)などを聴きながら、とても上質の時間をすごさせていただいています。

 今日も、すてきなよい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会では、神様に礼拝が献げられます。

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2017年6月23日 (金)

句集 『余色』 結城昌治さん

 昨日の『失われた志』、そして『「気骨」について』・・・ いずれも城山三郎さんの対談集ですが、そのどちらにも結城昌治さんのことが出てきますのでインターネットで検索してみました。

 今日の内容は、主に 気になるフレーズ

http://heiseiinnyokujiten.blog.fc2.com/blog-entry-267.html

を参照・引用させていただきました。ありがとうございます。

  結城昌治さんは、戦争や結核で常に死が隣りにいた作家だそうです。初期にはユーモアたっぷりのミステリーを書いていたそうです。

 20代の初めに結核療養所で俳人石田波郷を知ったことから句作を始め、のちに50代になってから、1業種1人のメンバーで金原亭馬生たちとの「くちなし句会」を主宰している。『俳句は下手でかまわない』(1989)に詳しい。芭蕉の「一世の内、秀逸の句、三、五あらん人は作者也。十句に及(およば)ん人は名人也」を引いて、「下手でもいいぢやないか」と語っているとのこと。

 こんな俳句を作っておられる方でした。

書き遺すことなどなくて涼しさよ

 辞世の句になるはずだったが持ち直したので、次の2句につながった。


死後といふ安らけき涼しさにをり
まだ生きているかと蚊にも刺されけり

そして、辞世の句は、

遊びをせんとや 俳句は下手でかまわない 

 句集『余色』には、このような俳句が収められているそうです。

秋風や逢ひたきひとはみな故人
父といふ名のわびしけれ冬深む
冬支度とは遺書を書くことに尽く
春惜しむいのちを惜しむ酒惜しむ
花の夢なりけりどこか旅にゐて

 □   ◇   ○   ※   ☆

  ムーミンパパは5月に71歳になりました。 でも、このつたないブログを訪れてくださるかたには、私と同年代でも私などよりずっと若々しく歩んでおられる方々、そして春秋に富むと申しますか、教え子など若いかたも居てくださいますのに、結城昌治さんの辞世の句や『余色』を紹介することになって、いいだろうか、とも思います。 でも、しょっちゅうではなくても、時々は年齢に関わりなく生と死のことに思いを巡らすことも大事だと考えます。

  寛く柔軟な心でお読みいただければ・・・今までもそうだと思いますけれど・・・幸いです。

  生かされて 一日 ひとひ が 晴れ舞台 by ムーミンパパ

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年6月22日 (木)

城山三郎さん

0004 城山三郎さんの世界に初めてふれたのはNHKの大河ドラマ「黄金の日々」を通してでした。

  とても気骨のあるかただと、その後、何冊かの著書を読ませていただいて思っています。

 この本『失われた志』 文藝春秋・1997年7月20日 第1刷発行)からも、城山三郎さんと同時代に誕生され、背骨の通った生涯を築いてこられた方の言葉が響いてきました。

  この本に登場しておられる佐江衆一さんが横浜国大の名誉教授の宮脇 昭さんと30人ほどの人がマレーシアのサラワク州というところに植林に行かれたと語っておられたことが特に心に残りました。

 サラワク州には日本の高度成長期にラワン材を切り出してハゲ山になっているところがあるので、そこに植林した木が50年後には50メートルを越すラワンの木が大自然のジャングルを形成する ・・・そのことを思うと心豊かな感じがする、と語っておられるのです。  その頃には、ご自分が生きておられないことも自覚しておられるけれど、だからこそ、この心豊かさはよりスケールが大きいものとなるのでしょうね。

   このマレーシアへの植林ツアーに携わられた宮脇昭さんは著書に、ピラミッドやスフィンクスは今でこそ周囲は砂漠であるが、建造されたとき、周囲は緑豊かな土地であった。(誰も好き好んで砂漠にピラミッドやスフィンクスを建てはしない。) 環境は守る努力を続けないと破壊されてしまう、という意味のことを書いておられました。書くだけでなく、身をもって外国に植林に行かれるのはすごいことだと感動いたしました。 

 城山三郎さんも、この本に登場している多くの方も、読みたい本を持って寝室に向かうその時が至福の時だと語っておられることも、心に響いてきました。

 こうした方たちの志を少しでも受け継げたら、と思いました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2017年6月21日 (水)

映画 ターシャ・テューダー 静かな水の物語

映画 ターシャ・テューダー 静かな水の物語

  割合に近いところにある映画館でこの映画が23日まで上映されていることを知って、観に行きました。映画館に足を運ぶのは、久しぶりのことでした。

 テレビで、ターシャさんの生活の様子と長年かけて育てられた庭のことは、何回か放映された番組を見ました。映画館のスクリーンで見る庭、そして遠景の山々の美しさは、また格別でした。

  映画に登場していたお孫さんは、ターシャさんが毎朝、初めて見るかのような新鮮で感動に満ちた表情で庭と草花を見るのだと語っていました。植物だけでなく、そのお孫さんをも「あら、もう30歳?!」と驚いた感じで見るのだそうです。庭仕事を手伝ってくれることを

 素朴なのですが、味のある哲学から語られる言葉が映画の中にたくさんありました。本もたくさん読んでおられ、絵も交えてたいせつにしたい言葉を本にしておられるのだそうです。

0008 「この世でもっともすばらしいことは、自分は自分のものであることを知ることである モンテーニュ」 など。 

 『喜びの泉』 ーターシャ・テューダーと言葉の花束ー

 メディアファクトリー 

1999年11月19日発行

2005年10月第10刷 発行

  ターシャさんが天に召されたのは2008年6月18日とのこと。それに近い日に映画を見たのも、何かの縁でしょうか。

 可児市の花フェスタ公園には、ターシャさんの住まいを模した家と庭があります。

  家内の友人であるご婦人は、可児市のターシャさんの家と庭の建設に善意で携わられたそうで、ご自宅の庭もすてきに育てておられます。

 いつくしんで草花をはぐくむことができるのは、すてきなことですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年6月20日 (火)

花の色は

花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に 

  ご存じ、小倉百人一首にも入っている小野小町の歌です。 

0002  夏椿が咲いて、そして散りました。

 梅雨入り後、岐阜市ではあまり雨が降っていませんが、小野小町の歌の、ながめ・・・「眺め」と「長雨」・ふる・・・「経る」と「降る」の掛詞のことを思い浮かべました。

  今日という日は、これからの人生で、一番若い日 そして一番成熟している日 

0005
 今日も、よい日となりますように。

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2017年6月19日 (月)

螢 ホタル

  6月16日の夜、少し歩いて螢を見にいきました。今年初めて見かけてから日があきましたので、もう、見られないかなとも思いつつ。

  到着しましたが、やはり、姿が見られないのです。「もう少し行って、折り返してきたらひょっとしたら、螢のしたくも整って光っているかもしれない」と会話しながら折り返してきますと・・・・・ 光が見えました、螢さんたちの気遣いのように思われて嬉しく思いました。  

  小学生のころ、小さな子が「ほたるのやどは 川端柳」という歌詞を「ホテルの宿は・・・」と歌っていたことを思い出しました。

  いいものですね。

  ウオーキングをすると、朝測る体重が何百グラムか、違ってくるように思います。 よい生活習慣は、小さくてもプラスの積み重ね。 マイナスを積み重ねるのとは大きく異なってきます。 スナフキン体型は無理だとしても、少しスリムなムーミンパパになれるように、続けますね。朝のラジオ体操も。

 十匹ほどの光でしたが螢さんたち、ありがとう。

 今日も、よい日となりますように。

 写真は、ウグイスやホトトギスの声の聞こえる山の散歩道、聖書にちなんで「エマオの途(みち)」と名付けて親しんでいます。 螢の道、エマオの途など、いくつかのコースがあります。 感謝。

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2017年6月18日 (日)

夏椿の花

0008  プンプクリンの蕾が開き、夏椿の花が愛らしい姿を見せてくれるようになりました。 喜んでおります。 

  一夜花と呼ばれる花の一つで、翌日には落花しています。潔いのですね。

 別名、沙羅の花と呼ばれます。ただし、平家物語の冒頭にある「沙羅双樹」はもっと大木になるのだそうで、それと混同しないようにしたいと思います。特に、私などはそのように思い込みやすいですので、気をつけますね。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。どうぞ、お出かけくださいますように。

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2017年6月17日 (土)

恵みの食卓

 私のお世話になっているキリスト教会 ・・・「睡蓮の池のほとりに佇つ教会」では、毎週の日曜礼拝と、そのほかに聖書の学びの会、祈り会、ゴスペルを歌う集いなどを開催しています。

 聖書の学びの会では、今はマルコの福音書から、イエス・キリストの語られた言葉・なさったわざについて学んでいます。学びの後、祈りの時をもち、そのあと、時間の都合の付く方はお料理を持ち寄って、ランチをいただいています。

 写真は、今週の持ち寄りランチの食卓の一部分です。

0007  今回、初めて参加していただいた方々もおいでになり、ご紹介しきれないほど、豊かな食卓となりました。

  聖書の有名な言葉に「人はパンのみにて生きるにあらず。神の口から出る一つ一つの言葉による」という教えがありますが、聖書の言葉をまず学んでの食事は、また格別の味わいが加わります。

0005  どのお料理もデザートも心がこもっていて、本当に美味しくいただきました。

  決して、食べ物でお誘いしようとしているのではありませんが、牧師先生が聖書の言葉を理解できるように導いてくださいますので、予定をやりくり出来る方は、ぜひ、お加わりください。

0012  三日月型のデザートは、アーモンドの粉を固めたスイーツです。

 神様に感謝いたします。

 そして、この会のためにお祈りくださっている方々、集われた皆さまのお祈り、お心のこもった品の数々、ありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。どうぞ、おいでくださいますように。


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2017年6月16日 (金)

『羊と鋼の森』

0002『羊と鋼の森』

宮下奈都 著

文藝春秋社 

2015年9月15日 第1刷発行

2016年1月25日 第8刷発行

 この本については、以前にも書かせていただいたことがあります。貸してくれた妹に返すにあたって、もう一度読んでみました。

  うーむ・・・感心してしまいました。前に一度読んだのに、よくもこれだけ新鮮に読めるものだと  つまり、 自分の記憶力がとても大らかになっていることにです。 いえいえ、こんな前振りはやめて、心に届いた表現をいくつか

    □      ◇      ○    ※    ☆

 主人公、外村は 山で暮らして、森に育ててもらった青年・・・体育館のピアノの調律にやってきた人の手によってピアノの発する音の景色がはっきりしてきたことに魅せられて、調律師の道を志します。  それまで、ピアノをさわったことも、特に音楽が好きだったこともなかったのに。

 調律師学校を卒業して、何人かの先輩調律師のいる会社に入ることができ、、外村は調律の仕事の経験を積みながらいろいろなことに目が開かれていきます。

  フィナーレは、先輩調律師の結婚披露パーティ ・・・そのレストランのピアノの調律をゆだねられた外村。ピアノを弾くのは、17歳の高校生和音。

 この和音の演奏について、こんな叙述がなされています。その演奏がなされたのは母親が「ピアノで食べていける人なんてひと握りの人だけよ」と言ったとき、和音がこう答えた夜のことでした。 「ピアノを食べて生きていくんだよ」

 和音のピアノは静かだった。静かな、森の中にこんこんと湧き出る泉のような印象だ。・・・和音がピアノの前にすわったとき、はっとした。背中が毅然としていた。白い指を鍵盤に乗せ、静かな曲が始まった瞬間に、記憶も雑念も、どこかへ飛んでいってしまった。・・・和音のピアノは世界とつながる泉で、涸れるどころか、誰も聴く人がいなかったとしてもずっと湧き出ているのだった。

 さて、場面は変わってレストランでのピアノの試奏

  ・・・その辺に漂っていた音楽をそっとつかまえて、ピアノで取り出してみせているみたいだ。どこにも無理のない、自然な手の動き。和音が弾くと、何もかもが自然に見える。ピアノって、音楽って、ほんとうは自然そのものなんじゃないか。

 結婚披露パーティでの演奏

  「和音のピアノ。いいですよね。」

   和音の双子の姉妹 (どちらが姉か妹か忘れました!)由仁が涙声で言う。

「祝ってる。柳さんの結婚をおめでとう、って言ってる、そう聴こえますよね」

 外村が調律師の道を志すきっかけとなった板鳥調律師が和音の演奏を聴きながら外村に言います。「もっと和音さんを信頼してもいいですね」「はい」

「ピアニストを育てるのも、私たち調律師の仕事です」

   ◇     □      ○    ※    ☆

 なんだか  いいですね。  手元に置いて、時々読み返したくなる本です。

妹よ、ありがとう。 ちゃんと返しますからね。安心してください(^J^)

  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月15日 (木)

実を結ぶ植物たち

0003  我が家のささやかな菜園でミニトマト、通っているキリスト教会の庭でザクロ、そしてアンズが実をつけました。収穫期はいろいろですが、それぞれ、楽しみです。

 私たちの日ごろの歩みも、いろいろなことに時間を注いでいますが、継続して取り組んでいると、それぞれの時期に開花し、実を結ぶのではないかと、希望が湧いてまいりました。

0009  ピアノ ・・・ 若いときは、弾けるようになるのは比較的早く、忘れるのはゆっくりだったのですが、最近は習得に時間がかかるようになり、忘却は迅速になってきました。  まあ、バランスがとれていると言えるような気もしないではありませんけれど。 

 読書・・・ 読むスピードはあまり変化はないように思います。ただし、歩留まりはだいぶん低下してきたようです。

0006 穴の空いたバケツも、次々と中身を注いでいれば少しは水が残る と楽観して 注いでいますけれど・・・あっ、今、思いました。水ではなく、たとえばジャガイモのようなものを入れる分には、穴の空いたバケツでも転がり出ずに保たれるかも ・・・つまり、細かいことにとらわれず、大まかなことに頭を用い、大らかに歩むということでいけばいいのですね。

 周囲の方も、大らかと申しますか、寛容に接してくだされば、年齢が加わっても、また楽し ということでしょうか。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

 今日も、何かしら実りのある、よい日となりますように。


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2017年6月14日 (水)

すばらしかった遠藤伸子さんのコンサート

 岐阜新聞社の月曜日のロビーコンサート・・・6月12日は遠藤伸子さんのすばらしい歌声で、たくさんの方々と一緒に幸せな時間をすごさせていただきました。0005_2
 上の記事と写真は岐阜新聞2017年6月13日朝刊から、引用させていただきました。ありがとうございます。 クリックしていただくと、画像が少し大きくなると思います。

0002左は、当日のプログラムの表紙です。

 長く岐阜県の教育に携わってこられ、そして詩人である藤吉秀彦さんの詩、それを曲にされた国島一美さん自らの伴奏 ・・・ 人でにぎわった柳ヶ瀬を知る方たちも多く集まられ、なんと心豊かなシャンソン時間だったことでしょう。

 最前列でお聴きになっていた藤吉秀吉の結びのご挨拶にも感動いたしました。

 ♪「おお、シャンゼリーゼ」・♪「故郷」を指揮してくださる遠藤伸子さんとご一緒に歌えたことも喜びでした。

 作曲家でピアニストの国島一美さんのピアノ・・・おしゃれで美しい音色で歌っていたピアノも幸せにみえました。あんなふうにピアノが弾けたら、と感嘆と憧れを抱きました。

  魂を込めて、美しい歌声で会場全体を、一堂に会した一人一人をいとおしみ、くるみ、前向きに歩む力を満たしてくださった遠藤伸子さんに心から感謝申し上げます。

 本当に、本当にありがとうございました。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2017年6月13日 (火)

ピアニスト アンドラーシュ・シフのことば

  NHKのBSテレビで午前5時から55分間、リサイタルや合奏などが放送されていることにある朝気が付きました。それから、できるだけ、録画予約をして聴くようになりました。自分の好きな音楽家のリサイタルなどに出会うと、至福の時となります。

 6月12日朝は、アンドラーシュ・シフ(ハンガリー生まれ・63歳)が、メンデルスゾーンやシューマンのピアノ曲を聴かせてくれました。

  シフが音楽について語る場面もあり、次の言葉が印象的でした。

  ◇    □    ○    ※   ☆

 「音楽家になる道を選んだ人は、感謝と謙虚な気持ちを忘れずに忍耐強くなければなりません。才能は努力なくして開花しません。」

 「若い音楽家には感謝の気持ちを忘れずに努力を続けてほしい。一番大切なのは音楽を愛する気持ちです。何かを表現したいという気持ちがあれば、それはいつか必ず伝わるのです。

「将来の聴衆を育てることも大切です。自然と育つものではないからです。」

   ◇    □    ○    ※   ☆

  おだやかに、深い信念を込めて語る言葉と演奏は心に響いてきました。

  演奏中の横顔は誰かに似ているなと思いました。 うーん、誰だろう・・・あっ、コント55号の二郎さん、坂上二郎さんだ ← これは、私の勝手な思いです。

 シフは、若手ピアニストを大きなコンクールに出して国威を高めようとする国策のために、若いときにはコンクールに挑んでいましたが、ご本人の本意ではなかったそうです。

  政治・戦争などによって大きな苦難に直面し、苦労された音楽家がたくさんいることを知りました。 そうした時代を耐え忍んで大輪の花を開花させた方々に敬意を表するとともに、ついに世に出ることのないまま、この世を去らねばならなかった方々もたくさんおられただろうことに思いを馳せています。

  私の愛読する作家、宮城谷昌光さんの作品に書かれている言葉を思い浮かべました。

  正しいことが必ず力をもつ。これを文化という。

  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月12日 (月)

岐阜市の 「達目洞」

 「達目洞」・・・地名なのですが、これを「だちぼくぼら」とぱっとお読みになれる方は、岐阜市にも、それほど多くないのかもしれません。

  歴史の面から申しますと、織田信長が、岳父に当たる斎藤道三の弔い合戦を斎藤達興に挑んだとき、当時、木下藤吉郎と名乗っていた後の秀吉が、金華山を攻略する道から攻め上り、手柄を立てたと少年時代に歴史漫画で読んだことがあります。 その時の道が「達目洞」からの道のようです。

 この戦い以来、秀吉の旗印が千なりびょうたんとなったとその漫画には書かれていたように思います。

  写真は「達目洞」側から見た金華山 ・・・ いろいろな緑が印象に残りました。 バラ園、そして希少植物のヒメコウホネを親しい方たちと見ることができ、喜びの11日午後でした。

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  今日も、新しい歴史の生まれる よい日となりますように。

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2017年6月11日 (日)

日曜日  聖書からのメッセージ

  今日は、日曜日。 関根一夫牧師先生のメールマガジンのメッセージを紹介させてください。 関根先生は、毎日、聖書マガジンを発信されていて、そして神様を賛美する歌も作曲を重ねておられる、すばらしい方です。

 聖書の箴言からのメッセージで、子育ての構えについて、ご自分のことも謙遜しながら語ってくださっていて、良き学びをさせていただきました。

  □    ◇    ○   ※   ☆

【箴言】
19:25 不遜な者を打てば、浅はかな者は熟慮を得る。聡明な人を懲らしめれば、知恵を見分ける。
++++
新改訳聖書による訳は「あざける者を打て。そうすれば、わきまえのない者は利口になる。悟りのある者を責めよ。そうすれば、彼は知識をわきまえる。」
となっています。
ある人の姿勢を正すために叱ったり、責めたりすることは、その受取り手によって反応や影響が違いますが、それ自体は決して無駄なことではないということがわかります。
「叱らない子育て」が大切なこととして評価されています。でも、それは「叱らない」ということよりも、むしろ「頭ごなしに怒りつけない」 「人格否定しない」 「叱る前に子どもの考えや気持ちに耳をかたむける」「その上でダメなことはよく言い聞かせる」ということではないのかなと思います。
先日友人とレストランで食事をしていた時、後ろの広いセクションのところで幼稚園児とおぼしき子どもたち5人ほどが大声で歌い、走り回り、踊っていました。子どもたちによるどんちゃん騒ぎ。
友人に「あのセクションは貸し切りなのかなぁ」というと、「いいえ、そんなことないでしょ」というので店のスタッフに「ちょっとやかましすぎますね」というとスタッフが「申し訳ありません」と謝っていたので「あなたが謝る必要はないですよ」と言ったのですが、その後しばらくその騒ぎが続きました。
最終的には店のスタッフが彼らのところに行って注意したようですが、
あぁ、あの親御さんたちは「叱らない」のではなく、「叱れない」のかもしれないと思いました。
親の倫理観が不安定で、「叱れない」とすれば、子どもたちは気の毒です。
それでも、きっと子どもたちがお母さんの髪の毛をひっぱったり、家のテーブルの上に上がったりすれば、頭ごなしに怒りを爆発させるのかもしれないなとも思いました。
「ダメなことはダメと言って聞かせる」これは人格形成の上で大切ですね。私はおばあちゃん子だったので、そのへんは今でも甘いです。困ったものです。
           □    ◇    ○   ※   ☆

  今日も、よい日となりますように。

 よろしければ、キリスト教会で神様に捧げられる礼拝に おいでください。

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2017年6月10日 (土)

人間と コンピュータ

 しばらく前のことになりますが、コンピュータと対戦してチャンピオンが完敗した というニュースが報じられました。対戦種目は囲碁だったと思います。(時々、計算の速さを競うというような種目もあるようです。)

 以前は、名人の方に軍配が上がることが多かったのですから、コンピュータも力を付けてきたということなのでしょう。

 けれど、以前、こんなコメントがこうした対戦の後に表明されたことを思い出しました。

 「終盤になっても接戦だったとき、名人を応援する人はたくさんいたけれど、コンピュータを励ましているコンピュータは一台もなかった」

 「名人とコンピュータの戦いに見えるが、実際は、名人と何人もの技術者のチームとの戦いなのだ」

 ・・・ あなたは、どう思われますか?

 今回、強さを発揮したコンピュータの開発者は、これで、人間との対局を終了することにしたようです。

  それは、見識ある考え方だと、私は思います。

  マニュアルに従って、1つの局面でベターと思われる手を打つ これは、作業であって、思考・決断・意志決定と一見似てはいますが、そのようにコンピュータの回路を仕組み、参照するデータを蓄積させた人間チームの為せるわざということではないでしょうか。

 あまり、このことをつきつめて考えたわけではありませんし、こうしたことに詳しい方々には別の見解もおありだと思います。

 でも、なんだか、書いてみたかったのです。お読みいただき、ありがとうございます。 「時は金なり」の言葉がクローズアップされる時の記念日に、貴重な時間を注いでいただいて申し訳ありません。

  今日も、よい日となりますように。

  明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。どうぞ、おいでください。

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2017年6月 9日 (金)

♪「一羽の雀(に)」

  石に描かれた雀の絵 ・・・ 河原でできるだけ平らな石を拾い、表面に薄く白い色を塗ってから描かれたとのことです。「どうぞ」とプレゼントしてくださいました。

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 このすてきな作品から私は♪「一羽の雀(に)」という讃美歌を想起しました。 

  この歌の歌詞を、インターネットから引用紹介させていただきます。

  ◇    □    ○   ※   ☆

 この歌のベースには、聖書に記されているイエス・キリストの言葉があります。、
空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
」(マタイによる福音書 6章26節 新共同訳から)

歌詞

「一羽の雀(に)」 (新聖歌 285番)
1.
心くじけて 思い悩み
などて寂しく 空を仰ぐ
主イエスこそ わが真(まこと)の友
(折り返し)
一羽のすずめに 目を注ぎ給う
主はわれさえも 支え給うなり
声高らかに われは歌わん
一羽のすずめさえ 主は守り給う
2.
心静めて 御声聞けば
恐れは去りて 委(ゆだ)ぬるを得(え)ん
ただ知らまほし 行く手の道
(折り返し)

ちなみに、英語の原詩はこうです。
(ウィキペディアから転載)

一番
Why should I feel discouraged, why should the shadows come,
Why should my heart be lonely, and long for heaven and home,
When Jesus is my portion? My constant friend is He:
His eye is on the sparrow, and I know He watches me;
His eye is on the sparrow, and I know He watches me.
リフレイン
I sing because I’m happy,
I sing because I’m free,
For His eye is on the sparrow,
And I know He watches me.
二番
"Let not your heart be troubled," His tender word I hear,
And resting on His goodness, I lose my doubts and fears;
Though by the path He leadeth, but one step I may see;
His eye is on the sparrow, and I know He watches me;
His eye is on the sparrow, and I know He watches me.
三番
Whenever I am tempted, whenever clouds arise,
When songs give place to sighing, when hope within me dies,
I draw the closer to Him, from care He sets me free;
His eye is on the sparrow, and I know He watches me;
His eye is on the sparrow, and I know He watches me.

His eye is on the sparrow, and I know He watches me.
神様がすべての悩みも不安もご存知です。ちゃんと見ていてくださいます。
思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。
神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。

(新約聖書ペトロの手紙Ⅰ5:7新共同訳)

         ◇    □    ○   ※   ☆

  高校生の時に、宣教師さんがこの歌を歌ってくださって、魂が震える思いがいたしました。YouTubeなどで検索してお聴きくださると、とても勇気づけられるすばらしい歌であることが伝わってくると思います。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2017年6月 8日 (木)

なかよし村での音楽タイム

 6月6日(火)、岐阜市のキングズガーデン なかよし村というところで、ムーミンパパ・ママとの音楽タイムを開催してくださいました。

 ウオーミング・アップとして、まず、くちの体操・・・

A わたしの娘を 茶筅(ちゃせん)に結(ゆ)わせ お茶立てさせた

B 上賀茂の 傘屋が 紙屋に 傘借りて 賀茂の 帰りに 返す 唐傘

を 最初は、ゆっくり、そのあと 早口で 読んでいただきました。そして、いよいよ歌です。

 ♪「夏は来ぬ」・「夏の思い出」などの季節の歌、そして紙芝居「愛染かつら」を高石かつ枝・津村浩三役をお願いしておいて上演、すばらしい声優さんたちのご活躍で盛り上げていただきました。 その後、皆さんで歌っていただいた主題歌♪「旅の夜風」の歌声のなんと美しかったことでしょう。宝塚から合唱団が招かれているのかも、と思ったほどでした。日ごろから歌うことに親しんでおられる方、コーラスに励んでこられた方がつどわれての相乗効果が働いたようで、本当にすばらしかったです。ピアノ伴奏させていただきながら、大きな幸せを感じておりました。

  この日のテーマは、「歌と すこやかに」 サブテーマは、ー 1日 1曲 いい感じ!ー でした。

 歌うことの効用はたくさんありますが、六つほどご紹介しました。

① 口 顔 のど などの筋肉が 活発に動きます
② 噛む力・呑み込む力の増強 ドライマウスを予防
③ 肺活量の維持・増進
④ 腹筋にも よい効果
⑤ 仲間と楽しく交流 ストレス解消 リズム感
⑥ 記憶力(歌詞を覚える)

 ただし、騒音公害にならないように、ご留意くださいとお話しいたしました。

 音楽タイムの後は、すてきな手作りスイーツでティータイムと楽しい会話。

  ムーミンパパ・ママも、たくさん元気をいただきました。

  くちなしの花のブーケなどもいただき、感謝しております。主催者の方、参加してくださった方々、本当にありがとうございました。

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 【聖書】

  あなたの恵みは、いのちにも まさるゆえ、私のくちびるは、 あなたを讃美します。[詩篇 六十三篇 三節]

 今日もよい日となりますように。 どうぞ、「歌と すこやかに!」

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2017年6月 7日 (水)

毛筆がふるえるということの素晴らしさ

 「心墨会手ならい展」という書道展の開催を新聞で知り、毛筆で作品を仕上げるかたたちに敬意を表して、おっかなびっくりで、展示を見せていただきました。

  すばらしい作品 ・・・ と申し上げたいのですが、そのすばらしさが正当に感受できないのが、私のレベルの悲しさです。墨痕あざやかに筆を揮(ふる)うことが出来るかたに憧れを感じながら、私は筆を持つ手がガタガタふるえるというほうの、「筆がふるえる」です。

 教え子には、書道何段、あるいは師範とか錬士の腕前の子がいましたし、お世話になった校長先生には、「チョークで黒板に書いても、毛筆の味わいがある」と評判の書道の達人もおられました。

  ・・・とこんなことばかりを書いていましても申し訳ありませんので、その書道展の作品から印象に残ったことばについて。

 こんな俳句が書かれていました。

何の木の花ともしらずにほひ哉   芭蕉の句だそうです。初めて知りました。

無山不帯雲    雲を帯びない山はがい

  経典からのことば、そして聖書のことばもありました。

  毛筆 肉筆 のよさが 展示会場全体に みなぎっているのを感じさせていただきました。 

  そうした空気にふれる時間をすごさせていただくだけでも、会場を訪れさせていただいた意味があったと思います。  ありがとうございました。

 あらためて、毛筆を揮うことが出来るかた、精進しておられる方々に敬意を表させていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2017年6月 6日 (火)

ゲーテさん

 先日掲載した『医療の心』(工藤信夫著・聖文舎)に、ゲーテさんの詩が掲載されていて心を惹かれましたので、引用させていただきます。

 なお、5月30日の岐阜新聞朝刊から、ゲーテさんが好んだワイマールのお料理の写真と、小説を執筆するときに用いた立ち机の写真も紹介させていただきます。 聖文舎さま・岐阜新聞さま、ありがとうございます。

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 ゲーテの詩

 地球にある山や川や町だけを考えるなら

 この世界は空虚である

 だが ここかしこに

 わたしたちとともに考え

 ともに感じる人がいて

 離れていても

 心では近くにいる人があるのを知るとき

 地球は人の住む園となる

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  ファーブルさんが『昆虫記』を執筆した小さなクルミの木の机を岐阜市のデパートのファーブル展で目の当たりにしたときも感動しましたが、ゲーテさんは、この立ち机で小説を書かれたとのこと・・・ このことにも驚き、感動いたしました。

 ゲーテさんは、事務仕事は座って進め、小説はこの机に向かって立ったまま書いたのだそうです。 そのほうが筆が進んだということのようです。

 写真のチューリンゲンのソーセージは炭火焼きで、ニンニクとハーブの香りがいっぱいに広がり、肉汁豊かだそうです。

 植物の研究家でもあったゲーテさんはワイマールの美しい自然環境がとても気に入って、後半生を移住したこのワイマールで過ごしたとのこと。 

  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月 5日 (月)

夏椿

 実を付けるやいなや、食卓の皿の上 ・・・ と超新鮮な食材を提供してくれていたエンドウが、その役割を終え、今度は、ゴーヤの苗に期待して支柱を立て、ネットを張りました。私がそういう作業をすると、雨が降るというパターンはしっかりと確立してきたようです。

0003_3 そのささやかな菜園の近くで、夏椿の蕾がふくらんできました。

 夏椿 つぼみ ぷんぷく 空晴れる

      by  ムーミンパパ

  今日も、よい日となりますように。

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2017年6月 4日 (日)

「今こそ音楽の力を」 イギリス マンチェスターで 歌う

 5月22日にコンサート会場で自爆テロ事件が起きた英国マンチェスター・・・犠牲者を追悼する中心部の広場で、22歳の女性ミュージシャン、フランチェスカ・ピジョンさんが「イマジン」「ヘイ・ジュード」を歌いました。 写真は、岐阜新聞5月28日(日)朝刊からです。 ありがとうございます。

0003_2ピジョンさんは語ります。

「音楽の場が狙われ、本当に悲しい。少しでも力になりたい」

 聴衆の一人は「激しい怒りや悲しみでみんな心が疲れている。今は本当に音楽が心に染みるよ」と涙を浮かべて語ったそうです。

 とうとい働きをしているミュージシャンですね。 頭が下がります。

 聖書  平和をつくり出す人は幸いである。その人は神の子と呼ばれるから

 きょうは、日曜日。 教会では神様に礼拝が献げられます。

 よい日となりますように。

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2017年6月 3日 (土)

白川郷の田植え

 5月30日(火)の岐阜新聞朝刊に、岐阜県の白川郷の田植えのことが報じられていました。 あの♪「茶摘み」にあかねだすきに(すげ)の笠」という歌詞がありますが、最近ではこうした姿はなかなか見られませんので、上記の記事の写真を引用・紹介させていただきます。ありがとうございます。

 この田植えは白川郷に古くから伝わる田植え唄「チョボンチョボン」に合わせて行われ、今年で32回目、早乙女は14人だったそうです。

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 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が献げられます。どうぞ、おいでくださいますように。

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2017年6月 2日 (金)

赤いヤマボウシの花

Photo  ヤマボウシの花は白いものだと思っていましたら、岐阜市の長良公園で、赤いヤマボウシに出会いました。岩手県で発見されたようです。説明板とともにご覧ください。

 説明板に ミス サトミ とあるのは、発見された方か、そのお身内のかたのお名前でしょうか。

 ロマンチックですね。

0001_2  新しく発見された植物 あるいは星や貝などに ご自分の お名前が付くこともあるかもしれません。

 みおつくし料理帖 6 『心星ひとつ』の「心星」(しんぼし)というのは、北極星をさす言葉だそうですが、その本の一節を引用させていただきます。 澪(みお)は主人公の料理人の名、源斉は彼女が信頼を寄せる医師です。

  ◇   □    ○   ☆

澪 「道が枝分かれして、迷いに迷った時、源斉先生なら、どうされますか」

源斉は澪の横顔に視線を移し、少し考えて答えた。

「私なら、心星を探します」

「心星?」

そう、心星です、と源斉は深く頷いてみせる。

「あそこに輝く、あれが心星ですよ」

源斉の指が、天の川から北へずれ、淡い黄色の光を放つ星を示した。

「より明るく輝く星は、ほかに幾つもあるけれども、あの星こそが天の中心なのです。全ての星はあの心星を中心に廻っているのですよ」

 天に中心があるなど、考えたこともなかった。澪は声もなく心星を見上げる。「苦しみ、迷い、思考が堂々巡りしている時でも、きっと自身の中には揺るぎないものが潜んでいるはずです。これだけは譲れない、というものが。それこそが、そのひとの生きる標(しるべ)となる心星でしょう」

 源斉の静かな声は、渇いた砂が水を吸うように澪の心に沁みていった。澪は瞳を閉じる。閉じてなお、心星は瞼の裏で輝き続けた。

 探そう、揺るぎのない心星を。 澪はそっと、胸のうちに誓った。

       ◇   □    ○   ☆

 みおつくし料理帖 には、心に響く言葉が、たくさんあります。 料理は それを食べる人のことを心から思う祈り という表現 などなど。 よい本に出会えたことを喜んでおります。

 今日も、よい日となりますように。

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2017年6月 1日 (木)

郵便はがきの料金 値上がり

0003 6月1日(木)の二つ目の記事です。

 今日から、郵便はがきの料金が上がるのだったと気が付き、郵便局に行ってまいりました。

 「今日が売り出し日ですね。記念にどこにも出さずにとっておきます。」

「いえいえ、どうぞ、いろいろなところにお出しください」

 というような会話をしつつ、購入。

  どうも、私には、余分な言葉が多すぎるようです。

  真面目な郵便局の方、ごめんなさい。

 暑中見舞用のかもメールも発売とのことで、涼しい金魚の絵柄にひかれて、少し購入。

 ※ 来年のお正月の年賀状は投函時期によりますが、お値段据え置きだそうですね。

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  さすがに、暑中見舞い用のこちらはまだ出しません。

  なんだか♪「山羊さんゆうびん」の歌を懐かしく思い出しました。

「山羊(やぎ)さん

ゆうびん」

まど・みちお作詞/團伊玖磨作曲
白やぎさんから お手紙(てがみ) ついた
黒やぎさんたら 読
(よ)まずに 食べた
しかたがないので お手紙かいた
さっきの 手紙の ご用事
(ようじ) なぁに

黒やぎさんから お手紙 ついた
白やぎさんたら 読まずに 食べた
しかたがないので お手紙かいた
さっきの 手紙の ご用事 なぁに

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 どうぞ、今日の夕方、夜も、よい時間となりますように。

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『医療の心』 工藤信夫 著

  昨日登場していただいた精神科医、工藤信夫医師の別の著書から詩を紹介させていただきます。

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『医療の心』 

工藤信夫 著

聖文舎 1989年5月15日発行

 失 敗

人間は同じ失敗を難度も繰り返す

何度も何度も。

もう結構で御座いますと床に額をすりつけておことわりしているのに

またやってしまう。

一度した失敗は二度と繰り返さないという人間がいるが、

たぶんそれはウソだろう。

人間はそんなに安っぽいものではない

嫌な事だけれども

人間は同じ失敗を繰り返す。

何度も何度も繰り返す

そのたびに自分の欠点をみせつけられる

そして痛む。

それが大事な事だ

 吉田利康  工藤信夫さんのしたしいご友人の牧師さんが書かれたそうです。

 ◇   □    ○   ※  ☆

 オリンピックの体操選手も、フィギュアスケートの選手も、きっと何度も落下したり、転倒したりしたことでしょう。

 そこでやめずに歩み続けたからこそ、多くの人の称賛と感動を呼ぶのだと思います。

 多くの人の目にふれることのないところですばらしい働きをなさっている方も、この世の中にはたくさん、たくさんおられることでしょう。

 大きな苦しみ、悲しみの中を歩んでおられる方にエールをお送りいたします。お祈りいたします。

 今日も、よい日となりますように。、

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