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2017年6月26日 (月)

詩 「しずかな夫婦」 天野 忠さん

 『この命、何を あくせく』 城山三郎著 講談社2002年9月13日 第1刷発行のしずかな夫婦に という章にこの詩が紹介されていました。『夫婦の肖像』(編集工房ノア刊)

しずかな夫婦

結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。
とくにしずかな夫婦が好きだった。
結婚をひとまたぎして直ぐ
しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。
おせっかいで心のあたたかな人がいて
私に結婚しろといった。
キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて
ある日突然やってきた。
昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き
昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。
下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し
お見合だお見合だとはやして逃げた。
それから遠い電車道まで
初めての娘と私はふわふわと歩いた。
ニシンそばでもたべませんかと私は云った。
ニシンはきらいですと娘は答えた。
そして私たちは結婚した。
おおそしていちばん感動したのは
いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ
ポッと電灯の点いていることだった
戦争がはじまっていた。
祇園まつりの難子がかすかに流れてくる晩
子供がうまれた。
次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ
徴用にとられた。便所で泣いた。
子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。
ひもじさで口喧嘩も出来ず
女房はいびきをたててねた。
戦争は終った。
転々と職業をかえた
ひもじさはつづいた。貯金はつかい果した。
いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。
貧乏と病気は律儀な奴で
年中私たちにへばりついてきた。
にもかかわらず
貧乏と病気が伸良く手助けして
私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。
子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)
思い思いにデモクラチックに
遠くへ行ってしまった。
どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって
夫婦はやっともとの二人になった。
三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。
久しぶりに街へ出てと私は云った。
ニシンソバでも喰ってこようか。
ニシンは嫌いです。と
私の古い女房は答えた。

  ◇   □    ○   ☆    ※

 天野 忠さんは、1909年生まれ。城山三郎さんは上記の詩を紹介しつつ、このように書いておられます。

 天野さん夫婦は、いっしょに三本立ての映画を見たり、彼岸の墓参のあと、近くの動物園へ寄ったり・・・ある夜、息子が様子を見にやってきた。天野が寝たあと、隣室から妻に問う息子の声が聞こえた。「ここの夫婦は、どっちが先に死ぬつもり」

 それに対して老妻は、「おじいちゃんが先き ちょっとあとから私のつもり」

 翌朝、息子が出たあと、詩は記す。

「じいさんは遅い朝めしを食べた  おいしそうにお茶漬を二杯たべた」

  引用が長くなりました。 天野さんご夫婦も、それをこのように紹介くださった城山三郎さんも、なんだかすてきですね。

 今日も、よい日となりますように。

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コメント

夫婦になることの重み、その深さを感じました。

※ ムーミンパパより
  コメントありがとうございます。
  年月を重ねて、そしてその二人でしかなれない、そしてその二人だからこそなれる夫婦になっていく ・・・ 本当にこの詩からそんなことを感じますね。  今日も、よい日となりますように。

投稿: ディンブラ | 2017年6月26日 (月) 08時53分

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