« ありがとうございました 日野原重明先生 | トップページ | タゴール 「最期のうた」 日野原先生をとおして出会った詩 »

2017年8月16日 (水)

日野原重明先生の本から ー 魂は 永遠のいのちに連なる ー

0023 『わたしが経験した 魂のストーリー』

日野原重明 著

キリスト教視聴覚センター

2005年 12月25日 第1刷発行

  この本の結び近く、日野原先生は、好きなソクラテスのことばに、「たいせつにしなければならないのは、ただ生きるということではなく、よく生きることだ」とある、と前置きして、次のように書いておられます。

◇  □   ○  ※  ☆

 キリストは33歳頃に十字架につけられました。。イエスの生涯はたいへん短かったにもかかわらず、最後の三年の凝縮された生き方が今日まで世界中に伝えられています。

 なぜ、そうなったか。それは人生の長さではなく深さにあったことは、信者でない方にも理解できるのではないかと思います。

・・・ 寿命は、何年生きたかということでカウントされるのですが、考えてみますと、睡眠時間、食べる時間などを除くとわたしがわたしらしく生きている時間はわずかです。与えられた環境を上手に利用しながら、自分自身の舵をとって生き、その努力の結果、わたしがわたしらしく生きた時間、それが本当の時間です。寿命の長さは、そこで決まるのではないでしょうか。

 「寿」というのは、その人の死後もその人の存在が多くの人の心の中に生きていること、それを「寿」という漢字で示したというのです。

 永遠のいのちとは、からだの中で育てられた一つのエネルギーのようなものが他のいのちに伝えられて残されていくことではないかと思うのです。

      ※ 一部、文脈を飛び越えて編集させていただきました。

     ◇  □   ○  ※  ☆

  この本の他の章 ー 耐えることによって人間は人間として本当に生きる ー

に、こんな箇所があります。

 ヒルティは『幸福論』の中で、何事につけても「失った」といってはならない。わたしたちは「お返し」をしたのだ、と書いています。

  日野原先生は、天に召されるとき、命をなくすとは考えずに、「この世界へのたった一度のご招待をありがとうございました。おあずかりした命をお返しいたします」 というお気持ちだったのではないかと、私は思っています。

 次回は、この本の中から、ホイヴェルス神父さんの「最上のわざ」、そしてインドの詩人、タゴールの「最期の歌」という詩を掲載させていただきます。

 今日も、よい日となりますように。

|

« ありがとうございました 日野原重明先生 | トップページ | タゴール 「最期のうた」 日野原先生をとおして出会った詩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日野原重明先生の本から ー 魂は 永遠のいのちに連なる ー:

« ありがとうございました 日野原重明先生 | トップページ | タゴール 「最期のうた」 日野原先生をとおして出会った詩 »