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2018年1月30日 (火)

『君たちはどう生きるか』 原作 吉野源三郎 漫画 羽賀翔一

0010『君たちはどう生きるか』 

原作 吉野源三郎 漫画 羽賀翔一

マガジンハウス

2017年8月24日 第1版発行

2017年12月22日 第15版発行

 80年前に出版された本書が、漫画化されて発行され、95万部を突破しているそうです。

 ミリオンセラーといってよいでしょうね。

  漫画化と言いながら、文字のページも多いです。

  よろしければ、どこかで手に取っていただければと思います。

  未来を受け継いで歩む若い人たちへの真摯な願いを込めて書かれた文章に胸が熱くなるところが何カ所もありました。

  名作には、時を超えて、書き手の心を伝える力がある・・・改めてそう思いました。

  漫画化されていない新装版も同時に発売されたそうです。

  今日も、よい日となりますように。

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雪が舞っても 晴れ晴れと

  29日、岐阜大学病院の皮膚科で、以前、メラノーマの心配のあった指の爪を診ていただきました。

□    ◇    ○   ※  ☆

  数か月前、メラノーマだったら・・・と私なりに心配をかかえていったのですが、じっとダメージを受けて紫色に変色した皮膚と爪を凝視した先生は、「これはー」と言いながら指先をごりごり← 私の指先です・・・、器具を用いてスクラッチ ・・・ 「あのー 痛いんですけれど」 「ああ、痛いでしょうね。もう少し」 ・・・ 指先の変色は、すっかりととれていました。

 「ドアにはさむなど、強い衝撃があったのでしょう。メラノーマの心配はありません。念のため、爪がこのあとどのようになるか、経過観察をして確認しましょう」

 重い気持ちは、跡形もなくなっていました。 「あのー」 お医者さん「なんでしょう」  「今までに天使のようだといわれたことはありませんか?」

「ありません。厳しい。こわい、と言われたことはあるかも」・・・・・・

 □    ◇    ○   ※  ☆

  そして、今日 ・・・ 「おお、きれいな爪が生えていますね。他の指の爪と見分けがつきません。ここまできれいな爪になるとは・・・よかったですね。メラノーマではないことが確認できました。今日で、卒業です。 何か気になることができたら、連絡してください」

  駐車場に車を止めてから、車に戻ってくるまで、15分ほどでした。

  皮膚科の診療を天下晴れて卒業できたことを、改めて、心から感謝いたしました。

  午後、ピアノを いつもよりしっかりと練習いたしました。このところ、必要があって、「乙女の祈り」を高校生時代以来になりますが、復習しています。

  どうみても、私が弾くとおじいさんの祈りになってしまいますけれど。あ、想像しないでくださいね(^J^)

  今日も、よい日となりますように。写真は、1月28日、礼拝を捧げる会堂を彩ってくれた花たちです。  ありがとうございました。 0008

 

 

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2018年1月29日 (月)

「下手の横好き」 と 「好きこそ ものの 上手なれ」

 何かに取り組んでいる人が、ほめられて謙遜して「いやぁ、下手の横好きでして」とおっしゃる場面がよくあります。

 そのいっぽうで、上達著しい人を「やっぱり、好きこそものの上手なれですね」と讃えるシーンも、これまた、よく見かけます。

 和気藹々(わきあいあい)と切磋琢磨 ・・・この二つは両立するのでしょうか。

  以前、「巨人の星」というスポーツ漫画がありました。主人公、星飛雄馬の父は、星一徹 ・・・ こんな言葉を語ります。「人を育てるのは、なまじの友人ではなく ライバルである」(少し、表現が違うかも知れませんが、言わんとするところはあっていると思います)

  そして、星飛雄馬は、花形満・左門豊作などと対決しながら、成長していきます。 獅子は我が子を千仞の谷に突き落とすという言葉通り、父である一徹は、敵のチームの監督に就任し、オズマという外国人選手を育てて飛雄馬と対戦します。

  資質を見込み、大きく育ってほしいという願いゆえの厳しさ・・・ 大相撲の世界、国技であるのに かんばしくないニュースが報じられていますね。真摯に練習に励んでいる力士たち、弟子の育成に真剣に取り組んでいる親方たちだと思うのですけれど。

 ほんとうの暖かさは、時に、とても厳しい形を取ることがあるでしょうし、相手を思うがゆえの指導が、感情的なしごきと受け取られる場合があるかもしれません。温かい指導が、なまぬるく、スポイルしているだけだと批判されるケースもありそうです。

 テニスで活躍した松岡選手が、種目を越えて、厳しい指導を展開している場面をテレビでご覧になったかたも、おありだと思います。あの方の熱血指導について、賛否両論がありそうですね。

 このところ、雪が岐阜市にもよく降り、雪だるまをいろいろなところで見かけます。 最初は小さな雪玉から初めて、順調にいくと大きな雪玉になっていきます。 人を育て、自分自身を成長させる ・・・ 私自身の息の長い課題です。

  今日も、よい日となりますように。 雪だるまの写真を入れたかったのですが、撮りそこねました。 最近、どこかで実物をご覧になりましたでしょうか。

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2018年1月28日 (日)

運転免許更新 高齢者講習

0002 今年、私は、運転免許更新を控えています。

 葉書が送られてきて、70歳以上の人は免許更新の前に「高齢者講習」を受講し、その受講証明書を免許更新の手続きの時に持参しないと、免許更新が出来ませんと記されていました。

 講習会場がたくさん記されていて、幸い、10分足らずで行ける自動車学校も講習を受ける場所に入っていましたので、予約し、1月26日に受講してまいりました。

 ご存じの方も多いと思いますが、75歳以上の方は、この高齢者講習の前に、認知症の症状があるかないかに重きを置いた検査と講習を受けることになっているそうです。

  厳しいようですが、道路を通行している歩行者、自転車、他の車を運転なさっているかたの生命に関わることですから、こうした制度が設けられたのですね。 詳しくは調べていませんが、平成10年には、設けられた制度のようです。

 視力検査、動体視力検査、明るい光を見た後の視力の回復具合の検査、視野の広さの検査 などがありました。 これは、調べられませんでしたが、体だけでなく、物事を見つめる視野が狭くなっているのではないかと自分自身を振り返りました(あまり、時間を取って考えると気持ちが暗くなりそうなので、反省は短めにいたしました(^J^)

 室内でのお話や検査が終わって、休憩10分。

 その次は、車を運転しての実習です。 運転免許を取るときに通って以来のS字カーブとか、車庫入れ、上り坂の途中で止まって、そこから発進 などなど。 

 ほぼ毎日運転していますので、我ながらなかなか上手に運転できました。

 とにかく、事前講習受講証はいただけましたので、免許更新の手続きの葉書が送られてきましたら、それをもって行ってまいります。

  一つのことが無事に通過できると、うれしいものですね。

※ 今回のことを振り返っていて、こんなことばが浮かんできました。。

  ブラウンという宣教師さんのある日曜日のメッセージで耳にした言葉です。

「教養とは、誰かから与えられるものではなく、その人から奪い去ることができないものです」

 とても印象に残りました。「教養」と並べて、「信念」「信仰」などを入れることも出来るかも知れません。

  運転免許、そのほかの免許や資格は、心身の衰えによって更新できなくなるときが来るかも知れません。そうしたときがきても、失うことなく人に宿っているもの・・・自分にはこれがある と言えるものを大切にして歩んでいきたいと思います。

  今日も、よい日となりますように。

  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2018年1月27日 (土)

カモ

0003 静かに水上に佇んでいるカモたち・・・おつきあいは浅いのですが、穏やかで物静かな性質、性格(?)に思えます。

 野生の動物には、過食症ということは・・・そして拒食症も 多分ないのだと思います。

  あまり、警戒心は強くない今年の鴨たちに見えますが、それは、おそらく、怖い経験をこれまでのところしないですんでいるからだと思われます。

 こういうふうに池の対岸に泳いでいく前は、0004
右の写真のように、休んでおりました。背中を向けているとおもっていたのですが、よく見ると、ちゃんと顔が出ています。

  私が、このフェンスのところへ移動するまでに、泳いで位置を変えたのですから、周囲の状況をきちんと捉えているのですね。

  この後、気象情報のとおり、雪が降ってきましたから、もう少ししげみのあるところで、雪をしのいでいることでしょう。

  そういえば、猿の集団のボスは、腕力が強いというだけでは務まらず、天気の変化をあらかじめ的確に予測し、集団を雨や雪を避ける場所、食べ物を得られるところへ率いる能力、そして、雌猿同士のいさかいごとを双方が納得いくように解決するなどのことができないとなれないのだそうです。

 鳥やけものたちも、懸命に、けなげに生きているのですね。

 今日も、よい日となりますように。

 明日は、今年4回目の日曜日。どうぞ、キリスト教会の礼拝へ。

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2018年1月26日 (金)

フランスの文学者と日本人との交流  

 辻邦生 著 『言葉が輝くとき』 からのエピソードを少し。

 詩 「山のあなた」 カール・ブッセ 上田敏 訳

山のあなたの空遠く

「幸い」住むと 人の いふ

噫(ああ) われ ひとと 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ かへりきぬ

山のあなたに なほ遠く

「幸い」住むと 人の いふ

 ※ カール・ブッセは ドイツの詩人ですが、ドイツの人には ほとんど知られていないそうです。 上田敏が心惹かれて訳したブッセの詩は、これ一つだけ とても貴重な巡り合わせですね。 

     ◇    □     ○   ※  ☆

0010  岐阜公園に板垣退助さんの銅像が立っています。岐阜を訪れたときに暴漢に襲われた殉難の碑です。このとき、「板垣死すとも自由は死せず」と語られたことは有名ですね。

  今回、辻さんの本を読んで、この板垣さんがフランスに行ったとき、『レ・ミゼラブル』を表したヴィクトル・ユゴーをその家に訪問し、文学のこと、政治のことを語り合ったことを初めて知りました。

◇    □     ○   ※  ☆

  永井荷風さんは、『ふらんす物語』に「モンソー公園のモーパッサンの石像に拝す」と書きつけていることも、知りました。

 永井荷風さんがフランス語を学ぼうと思ったのは、モーパッサンの文章を原文のままに味わいたいと思ったからだそうです。一字一句でもモーパッサン先生がお書きになった文学を我が舌みずからで発音したいと思ったからです

     ◇    □     ○   ※  ☆

 そういうことを知ってどうなる というお声もありましょうが、何だか資質、信念、情熱が 自分とはずいぶんかけ離れたレベルにあるかたたちだと、感銘を受けたのです。

  三回にわたって、お付き合いいただき、ありがとうございました。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年1月25日 (木)

『言葉が輝くとき』 その2

 辻 邦生さんの『言葉が輝くとき』 ・・・ 0009


いろいろなことを学ばせていただいています。

 この本の第二章 詩を読む心 に、豊かな心を取り戻す手段という項目があります。

  ◇   □   ○   ※  ☆

  忙しすぎて、今という時に立ち止まり、自分に与えられたことをじっくりと楽しめない・・・ しかし、静かに落ち着いて生活していくこと、喜びを深め合っていくこと、互いに愛し合っていくこと、じっと見つめ合っていくこと、そういうことがなくては、せっかく人生を生きているのに砂漠で生きるように味気ないつまらないものになってしまう。

  たとえば、ヴェルレーヌの詩の一節「君、過ぎし日に何かを なせし」というは、一回きりの人生は、素晴らしいもので満ちているというような感慨を呼び出してくれる

 春夏秋冬が過ぎてゆくーそういう当たり前のことをうれしいこと、心を浮きたたせることとして心に感じると、そのときあなた方は本当に心の豊かな人になりますね。青空が、ただ青空であるだけで、うれしいなと思うとき、あなた方は詩人です。そのとき、わざわざ詩を書く必要もなく、あなた方の顔、表情に、ポエジーが表れているわけですね。更にそれを表現したい人は、詩を作る、俳句を詠んだり、短歌を作ったりするたとえ、幼稚であっても、書いてみる。絵の好きな人は、その思いを色と形で表す。音楽の好きな人は、メロディで表す。そういうふうにすることが、現在の日本の精神の貧しさの中で、豊かな心を取り戻す手段になると、私は考えます。

     ◇   □   ○   ※  ☆

  この章で紹介されている詩 ・・・ リルケの『果樹園』という詩の中の「かりそめに通り過ぎて」、チャールズ・ラムの「古なじみの顔」、永瀬清子さんの「あけがたにくる人よ」、カールブッセを上田敏が訳した「山のあなた」、尾崎喜八の「東京の秋」、そして、ヴェルレーヌの「落ち葉」という詩・・・ 出だしが「秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみて ひたぶるにうら悲し・・・ などです。

  少し、長くなって恐縮ですが、ヴェルレーヌの詩を掲載させていただきます。 辻さんによると、フランスの人たちは会話を楽しむ人たちなので、口数の少ない日本の方がフランスでしばらく滞在して帰ってくると、なかなか雄弁な人になっていることが多いそうです。 モー・パッサンの優れた作品の土壌にはフランスの、会話を楽しむ文化があるという見解も述べておられ。興味深いです。

  ◇   □   ○   ※  ☆

  「偶成」  ヴェルレーヌ  永井荷風 訳

空は屋根のかなたに  かくも静かに かくも青し

樹は屋根のかなたに 青き葉を ゆする

打ち仰ぐ空高く御寺の鐘は やはらかに鳴る 

打ち仰ぐ樹の上に 鳥は  かなしく歌ふ

あゝ 神よ。質朴なる人生は かしこなりけり

かの平和なる物のひゞきは 街より来る

君、過ぎし日に何をかなせし

君 今ここに唯だ嘆く

語れや君、そも若き折 なにをかなせし 

     ◇   □   ○   ※  ☆

  文語で、私も 正直 よく分からないところがあります  でも、何だか いいですね ← 無責任ですみません。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2018年1月24日 (水)

『言葉が輝くとき』 辻 邦生

0008『言葉が輝くとき』 

辻 邦生 著

文藝春秋

1994年8月10日 第1刷

 辻 邦生さんの『天草の雅歌』を読んだことがありますが、どんな方なのかは、よく存じ上げませんでした。

 この本を読んで、いくつかのことを知りました。辻邦生さんは、旧制の松本高等学校時代に北杜夫さんと友だちになり、それ以来、お互いが作家になってからも親交があり、一緒にチューリッヒにあるトーマス・マンの墓に行ったこともあるそうです。

  すごいかただなと思いました。松本高等学校在学中に戦争が終わり、全国の旧制高等学校で、戦争中に軍国的な教育をした教官たちを排斥すべきだとストライキに入ったとき、辻さんは、大勢の前に立って、次のように演説したのだそうです。

 ストライキをやったって何をしたって、時間も無駄だし、学校の中が荒れるだけだから、ともかく授業を続けてほしい。先生方の入れ替えについては直接文部省に行って、大学教育局長(のちの文部大臣・剱木氏)に、代表が全校生徒の意向を伝えて、いちばんいい解決方法をとってもらえばいい。

  初めは騒然としたけれど、結局、全体の意見となって、辻さんたち三人が文部省に行き、こういうわけで、松本高等学校はストライキを回避している。文部省もその意向を汲んで、民主的な校長を派遣して欲しい、戦争中に問題のあった先生方はそれぞれに責任を取っていただきたいと陳情した。

  剱木局長は「よくわかった。君たちのいうようにするから」といってくれた。

   ◇    □    ○   ※  ☆

  私は、昭和21年4月の松本高等学校の戦後が、このようにしてスタートしたことを初めて知り、感動し、ショックを受けました。 20歳になるかならないかの若者たちが、こんなに腹のすわった考え方をし、勇気ある行動をした事実があったのですから。

  この本は、正直、私には難しいところがありますけれど、何とか読み通したいと向き合っています。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年1月23日 (火)

料理 二品

 グルメ・クッキングに属する記事ですが、手がけたのが私ですので、グルメの域には達していないと思います。

0006 こちらは、五回目ほどの挑戦になるグラタンです。今回は、ポテトとオニオン、そしてカニかま・・・表面のパン粉がしっかりと焦げましたが、中身は、ほどよかったです。 ホワイトソースは、手作りの時と、市販のものを使うときというふうに試行錯誤の段階です。コーチを受けながら、だいたいは、自分で仕上げました。

  こちらは、挽き肉のカレー ・・・ タマネギArata
を切り、フライパンで炒めて、それを隅へ寄せておいて挽き肉をパッケージから出して、できるだけ形をくずさないで炒めます。肉の旨味を中へ封ずるためだそうです。  タマネギを泣きながら切り(コーチがきびしいからではありません)

 挽き肉を炒め、固形のカレーを入れて混ぜ合わせ ・・・盛り付けはコーチにお願いしました。

  どちらのメニューも、今までに登場したことがあるのですが、私の復習の意味もあって、お付き合いいただきました。 ありがとうございます。

  22日の午前中、月に一度の古民家カフェでの音楽タイム・・・プログラムに♪「氷雨」を入れたためか、22日午後の岐阜市は氷雨模様です。東京では、みぞれから雪になっていますね。

  大寒の時期、冬もなかなか意地を見せます。私たちも、負けずに健康を維持いたしましょう。

  今日も、よい日となりますように。

  四人いる孫の1人の誕生日です。おめでとう。身長が1メートル90センチ近いのかな、大きく成長しています(^J^)

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2018年1月22日 (月)

礼拝堂の花

0002 2018年3回目の日曜日・・・礼拝堂には、こんな花が立てられていました。

 臘梅など数種類の花の美しいハーモニー ・・・ ありがとうございます。

 牧師先生が聖書からのメッセージを準備し、語ってくださいます。

  司会者は、礼拝に登場する聖書の箇所を朗読。前もって書いてきたお祈りを心を込めて祈ります。

  臘梅が香るすぐそばで読み上げられた最初の聖書の言葉は奇しくも「私たちはかぐわしいキリストの香りなのです」でした。

  讃美歌の伴奏は、弾き手によって、ピアノのときと、足踏み式のオルガンのときがあります。この日は、オルガンでした。

  清らかで明るい歌声で、礼拝を通じて四曲の讃美歌が歌われました。

  多くのかたが準備を整え、神様に真心・信仰を込めて礼拝をお捧げします。

  初めての方も、ご遠慮なく、おいでください。どの方も、最初の一回があって、次があるのです。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2018年1月21日 (日)

「干し白菜のしょうが炒め]

 NHKの料理番組で見て、美味しそうでしたので、取り組んでみました。

  白菜の葉をざるなどに並べてひなたぼっこをさせます。 ひからびるほど干さなくてけっこうです。

  生姜を千切りにし、多めの油で炒めます。生姜が見る見る間に細くなっていきます。・・・ダイエット生姜。

 炒め終わった生姜は、ゆっくり待機。生姜を炒めたエキスのある油で、以下のことを行います。

  豚肉をしっかりと炒め、ひなたぼっこを楽しんだ白菜を合流。醤油もフライパンに一匙。(お好みでお酒少々) 器に移し、ダイエット生姜をトッピング・・・チリチリに炒めた生姜は、焼きそばのように見えるかも知れません !

  ひなたぼっこをした白菜の甘み、生姜の頑張り ・・・ 美味しいです。

 宇江佐真理さんの『うめ婆行状記』
に、こんな一文があります。

 梅干しに限らず、なんでも丁寧に拵(こしら)えたら、おいしいものができるのだと、うめは改めて悟った。

ムーミンママは、一枚の写真を撮るときも「美しく」と云います。ムーミンパパがどさくさに写した写真は不合格でした。内密に出すのも気が引けるので、写真なしで掲載いたします。(^_^;

  聖書には、何かよいことをするときには、一方の手がしていることをもう一方の手に知らせるな とあります。 今日のテーマとはつながらないかもしれません (^J^)

  今日も、よい日となりますように。

  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2018年1月20日 (土)

『うめ婆行状記』 その2 

  昨日に続いて『うめ婆行状記』・・・この本の中で、うめさんのご主人、霜降三太夫さんは、最初の一行で亡くなって、回想シーンでしか登場されません。それで、本書の見開き2ページ分で、三太夫さん、そしてうめさんの人柄、ひいては作者の宇江佐真理さんの人生観の一部が伝わってくるところを引用紹介させていただきます。 画像をクリックしていただくと、読みやすい大きさになる可能性があります。0006_2
  上の引用部分とつながるところがあるように思えますので、少し・・・

  作家の松本清張さんが亡くなって、残されたノートを整理していた奥様が、「妻には感謝している」という意味のメモが出てきたとき、「生前にはそんなこと、言ってくれたことはなかった。でも、このメモがあったのは嬉しい」とおっしゃったそうです。

 さらに、こんな言葉を思い出しました。「人は言葉を語ったことよりも、語らなかったことを、より多く後悔するものよ」

 宇江佐真理さんと同業の諸田玲子さんが、この書の巻末の解説をこう結んでおられます。

 宇江佐さん、珠玉の小説を残してくださってありがとう。 

   ◇    □   ○  ※   ☆

 今日も、よい日となりますように。

 明日は、2018年3回目の日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 

  
 

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2018年1月19日 (金)

『うめ婆(ばあ)行状記』 宇江佐真理さん

0006『うめ婆(ばあ)行状記』 

宇江佐真理  著

朝日新聞出版

2016年3月30日第1刷発行

 朝日新聞に2016年1月12日から3月15日まで連載された作品で、宇江佐真理さんの最後の長編時代小説となりました。

  商家の娘、うめは、北町奉行所の同心霜降三太夫(しもふりさんだゆう)に見初められ、気が染まない結婚をして30年。4人の子供も成人しました。

 なんと、この物語の最初の一行目で、夫の三太夫は亡くなってしまいます。

 こうなると、うめは一人でこの物語の展開を背負って生きていくほか、ありませんね。 さすがに回想の形で三太夫も顔を出しますけれども。  こらえるところは耐えながらも、要所要所では小気味よい台詞が、うめの口から飛び出してきます。

 第1章は「うめの決意」・・・さて、うめはどんな決意をして歩むのでしょう。

 宇江佐真理さんの江戸の市井を舞台とするたくさんの作品、長年愛読させていただいてきました。この本、できるだけ時間をかけてゆっくりと読もうと思いました。 でも・・・ ほぼ、一気に読み進んでしまいました。

  よろしければ、どうぞ。 宇江佐真理さん、たくさんの著書をありがとうございました。

    そうそう、この物語にうめの甥の子、鉄蔵が登場しています。絵本を読み聴かせてもらったり、自分で読んだりするのが好きなのですが、いっぱしの意見を言うのです。そこを引用紹介させていただきますね。

     ◇   □    ○  ※  ☆

鉄蔵 「うめ婆、かごや姫の話もひでェもんだぜ」

「かごや姫じゃなくて、かぐや姫!」

 それでも鉄蔵は、すぐにかごや姫と言った。

「あんたに掛かると、なんでも彼(か)でもひでェ話になるのね」

うめは苦笑しながら言う。

「だってよう、竹取りの爺が竹を切ったら、赤ん坊が出て来たんだぜ。桃太郎と同じよ。危ねェじゃねェか。うっかりすりゃ、かごや姫の首がちょんぎれたわな」

「そうだねえ。運がよかったんだよ、きっと」

「大事に育てて、きれいなべべを着せてやったのに、月に帰るんだぜ。恩知らずじゃねェか。爺と婆はおんおん泣いたわな」

「気の毒だねえ」

「おいらは、爺とお婆は泣かせねえ」

「ほう、それは殊勝な心がけだ」

      ◇   □    ○  ※  ☆

  今日も、よい日となりますように。

 

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2018年1月18日 (木)

脳は 初物を 喜ぶ

 脳は 初物を 喜ぶ By ムーミンパパ

  農作物のその年の初なり、最初の実りを味わうと寿命が何年延びるという言葉が確かありましたね。

  脳科学者、茂木健一郎さんの著作に、新しいことに挑戦すると脳が活性化するという言葉があり、105歳で天に召された日野原重明医師も、新しいことに挑戦する人は、いつまでも若い、とおっしゃっています。

  先日、ある青年のギター練習に付き合ったのですけれど、最初は楽譜と自分のしていることが結びつかなかった彼が、30分ほどの練習をしたら結びついてきたので、感動を覚えました。

 目で見て、ギターの弦を抑える左手、弦をはじく右手 ・・・正しい音が出ているかどうかを聴き取る耳 というふうに 身体各部のコラボレーションが順調に進行するようになるのをはっきりと感じたのです。 練習したその青年は、いそがしくてそうした進歩を自覚する余裕がなかったようでしたけれど。

 これは、楽器の練習だけでなく、早口言葉の練習なども、練習前と少し練習してからでは、大きく異なってくることが体験できます。

  論より証拠 ・・・ 次の早口言葉を練習してみてください。

  「ヒツジ年の執事は手術の必需品だ」 ・・・ 区切ってやってみましょうか。

  ヒツジ年の 執事は 手術の 必需品だ  おお、いい調子ですね。

  もう少し、スピードアップして 三回繰り返してみましょう。

   あせらずに 練習して その成果を ご実感ください。

  今日、あなたは、この早口言葉に関しては、ゼロから大きく進展があり、成長なさったのです。

   それでは、お祝いに あと二つ

  お綾や 母親に おあやまちを おあやまりなさい

  信州 新春 新人歌手 歌謡 シャンソンショウ

  ありがとうございました。 実は、無口な私は、早口言葉が得意ではありません。音楽訪問させていただくときには、もっぱらムーミンママにお願いしています。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年1月17日 (水)

〝母〟をうたった詩 二つ

 〝母〟の詩を 二つ 掲載させていただきます。

 まず、八木重吉さんから

 「母をおもう」

けしきが

あかるくなってきた
 
母をつれて てくてくあるきたくなった
母はきっと
重吉よ重吉よ と
いくどでも はなしかけるだろう

 次に、三好達治さんです。

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
 

時はたそがれ
母よ 私の乳母車(うばぐるま)を押せ
泣きぬれる夕陽にむかって
轔轔(りんりん)と私の乳母車を押せ
 

赤い総(ふさ)のある天鵞絨(びろうど)の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
 

淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知っている
この道は遠く遠くはてしない道

  ◇    □    ○   ※   ☆

  1月15日(月)冬の厳しい気候の中、好天に恵まれて、飛騨高山の母の顔を見に行ってきました。あまり ゆっくり話せない状況でしたが、笑顔を見せて喜んでくれました。

 やはり、〝母〟は、特別の存在ですね。

  そういう思いでふれる母の詩は、心に沁みてきます。   

  今日も、よい日となりますように。

 

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2018年1月16日 (火)

鴨たち

0003 池に映った植物がさざ波に揺れていますので、少し、見えにくいかと思いますが ・・・ この冬、私の通う教会近くの池にやってきている鴨たちです。

 カイツブリやオシドリ、時に鵜もいることがあります。

 少し、馴染んできたのか、この冬の鴨たちの動きは、あまり警戒心をあらわにしないで、ややおっとりとしています。

 自然の生物が落ち着いて生活しているということは、私たち、人間にとっても、よいことなのだと思います。

  逆に、希少生物が生存を脅かされる環境ということは、生物全体にとっても警鐘が鳴っていることになるのだそうです。

    とは言いつつ、羽毛布団の宣伝を聞くともなく聞いていると、どこどこに棲息しているこういう鳥の、とくに暖かい羽根を集めて作った特製の極上ものです・・・などという言葉が耳に入ってきます。 人間は、他の生物にとって、もっと優しい存在になれないものでしょうか。

  さて、春に咲く花は、厳しい冬に耐えているのですね。 どうぞ、お健やかでお歩みくださいます。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年1月15日 (月)

死海

0002  この写真 ・・・死海で見られる塩の結晶だそうです。

写真は『イスラエルに見る聖書の世界』旧約聖書編 ミルトス 1987年4月26日初版第1刷発行から引用させていただきました。ありがとうございます。

  何もしなくても、濃い塩分のために身体が浮かんで、浮かんだままで読書している人の写真をご覧になったことのある方、あるいは、実際に行って、そういう体験をしてきた方 などなど、いらっしゃるかと思います。

  ところで、なぜ、死海はそんなに塩分が濃いところになったのでしょうか。

  □   ◇   ○  ※ ☆

 死海 ・・・し‐かい【死海】
(Dead Sea)イスラエルとヨルダンとの境にある内陸の塩湖。ヨルダン川が流入。面積約1020平方キロメートル、琵琶湖の約1.5倍。水面は海面下392メートルで、地球上で水面の最も低い所。最大深度410メートル。塩度が非常に高い。聖書に関係した史跡が多い。   『広辞苑 第五版から』

  つまり、地球上で一番深いくぼみなので、流入した水は、蒸発するしか出ていくことがなく、おまけに周辺には岩塩が豊富なので、お鍋に濃い塩水を注ぎ続け、それを長い年月掛けての蒸発で煮詰めていくという感じの場所なのでしょうね。

  中学校に勤めていたとき、中学生に「 こういうわけだから、外から受けてため込むだけでは、生物の生きられない状態になってしまう。 教育の先輩にかけた情け(なさけ)は水に流し、受けた恩は石に刻め という言葉を教えていただいたことがあります。  もらってため込むだけの死海にならずに、ひとのために自分の賜物を活かす生き方を目指しましょう」 と話したことがあります。

  聖書には、受けるよりも与えるほうが幸いです という言葉があります。聞くことはできても、なかなか実行できない言葉ですが、大切にし、時には、ささやかでも実行できたらと自らに言い聞かせています。

  今日も、よい日となりますように。

  

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2018年1月14日 (日)

シュヴァイツアーさんの誕生日

 1月14日 ・・・ 1875年の今日はシュバイツアー博士の誕生日です。

   小学時代の国語の教科書にシュバイツアーさんのことが掲載されていました。改めて調べてみますと、下記のような生涯を歩んだかただそうです。

 21歳のとき、「30歳までは学問と芸術を身に付けることに専念し、30歳からは世のために尽くす」と決意。30歳から新たにストラスブール大学の医学部に学ぶ。神学科の講師でありながら医学部の学生となるのは、特例として認められたものである。

38歳の時に医学博士の学位を取得。アフリカのガボンのランバレネで活動開始。ここがフランス領であったので、第一次世界大戦のとき、捕虜となり、中断。

 その後、ヨーロッパ各地で講演および、病院の資金援助のためにパイプオルガンの演奏活動を行い名声を得るとともにシュヴァイツァーの活動が次第に世間に知れ渡るようになった。アフリカでの医療活動とヨーロッパにおける講演・演奏活動とを重ねた。献身的な医療奉仕活動が評価され、1952年度のノーベ平和賞を受賞。

 核兵器への反対を公言するようになり、ラッセル、カザルスらと親しくなる。1962年にのケネディ大統領に手紙を出し、その中で、子どもたちへの放射能の遺伝的影響という問題に関心をもってほしいと、依願している。

 1965年、90歳で死去し、同地に埋葬された。好物は風月堂のゴーフルで、、ランバレネを訪れる日本人はゴーフルを持参するのが通例だった。

 上記は、インターネット上の辞書 ウイキペディアを参考にさせていただきました。ありがとうございます。

 私の父、大塚清明牧師は、このシュヴァイツアーさんと誕生日が同じ、1月14日でした。 (大正4年 1915年生) ← どさくさに、付記させていただきました。お許しくださいますように。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 

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2018年1月13日 (土)

冬の空   

0006 岐阜市の1月12日の朝 ・・・ おお、屋根が、そして生け垣が雪で白くなっているではありませんか。

  ちょっと読みたい本をかかえてコタツに潜り込んでいる内に午後になり、そして夕方に ・・・ 雪がちらついてはいましたが、傘を差してウオーキングに ・・・

  一面の灰色の雲でした ・・・ そこから降ってくる雪 そして鳥の声・・・カラスが 早めに巣に戻るうごきをしているようでした。 ところが、しばらくすると、いつも帰る山とは別の方向に、静かになって飛んでいるのに気がつきました。

 雑然と群れながら飛ぶのをやめて、いつもより静かに ・・・ そして、何だか、渡り鳥のように整然と飛んでいくのです。 いつの日か見た渡り鳥のように飛んでみようと思っていて、この雪空を背景に真似してみたかったのでしょうか。

 不思議な光景でした。

 教会のそばの池に来ている鴨たち・・・あまりそそくさとせずに、この冬は堂々と過ごしているように見受けられます。

 もしかしたら、ムーミンパパの体重が少しは減少して、池の鳥たちに与える地響きが控えめになっているのかもしれません。

  雪の日は、いろんなことを思います。 あなたは、いかがでしたか。

  今日もよい日となりますように。

  明日は日曜日。 キリスト教会の礼拝へどうぞ。

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2018年1月12日 (金)

横田めぐみさんのご両親

 『百万人の福音』2018年1月号(いのちのことば社 2018年1月1日発行)に、次の記事が掲載されていました。

 画像をクリックしていただくと、多分、大きくなって読みやすくなるかと思います。(このブログを見ていただいている機器などによって違うかも知れませんので、あしからず。)

  0002 私にとって、認識を新しくした内容が含まれていました。引用紹介させていただき、感謝申し上げます。

  お読みいただきました方々、ありがとうございます。 今日も、よい日となりますように。

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2018年1月11日 (木)

思い込み ・・・

 最近、どの本かで出会った思い込みの話です。

 草食系・肉食系ということばに続いて、こうあったのです。

 さて、乳牛の食べるのは植物だから、乳牛は草食系、それでは、肉牛は?

 えーと、肉牛だから 肉食系 ・・・ お、ちょっと待てよ ・・・ という展開。

 同じ種類に属する牛たちの雌は乳牛に 牡は肉牛に  食べるのは同じものというわけで、肉牛も草食なのですね。

 これは、深く考えないで、肉牛の「肉」ということばで頭の中で、とっさに肉牛だから肉食 という方向へ思考(実際には思考していないレベル)が導かれてしまうのでしょうね。

  上記のことは、笑い話で済むのですが、案外、大切なことについてもこういう思い込みで通り過ぎてしまってきていることがあるのではないでしょうか。

  そう書いている私自身がまず振り返ってみなければ・・・おお、具体例は挙げませんが、ぞくぞくと出てきます。冷や汗ものですね。まず、自分で思っているほど、私はいい人ではないかもしれません。・・・ わぁ どうしましょう。 

0008  それはともかく、今日もよい日となりますように。

  雪や氷雨も降りますが、このように穏やかで暖かい陽光を注ぐ空も現れます。

  目を上げ、落ち着いて歩んでまいりましょう。

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2018年1月10日 (水)

『日本人よ!』 イビチャ・オシム監督 著

0001『日本人よ!』 

イビチャ・オシム監督 著

長束泰行 訳

新潮社

2007年6月30日

  イビチャ・オシムさんは、日本代表チームを率いたことのあるかたで、サッカーフアンの方はよくご存じだと思います。

 特にサッカーフアンではない私が、オシムさんに関心を持ったのは、まず、そのお名前からです。

  岐阜県の揖斐郡のお茶は美味しいのでよく知られています。 揖斐茶ですね。  そうです、イビチャ・オシム監督と聞いたとき、連想したのが揖斐茶です。

 美味しい「揖斐茶」を飲み干してしまうのはもったいないので、「惜しむ」 → イビチャ・オシム監督 というふうに、ムーミンパパの頭では自然にたどり着いてしまうのです。

  それは、ともかく オシムさんは、サッカー選手になろうか、数学者になろうかと迷ったほど、数学が好きで、得意だったのだそうです。

  とても、理路整然とした文章がこの本にも綴られていて、もし、この人が日本の国会議員になって政治に携わったら、サラエボ生まれということでたくさん味わってこられた苦しみ、悲哀などを糧に、ひと味もふた味も深い政策を打ち出し、国家の一大事を成し遂げるのではないかと、私は思っているほどです。 ご病気でサッカーの日本代表の監督を退陣されたのは、何とも残念なことでした。

 巻頭の言葉から

 今の日本人が勤勉であるかどうかは疑問だ。現在、日本人は非常に高い生活水準を保っているが、それは勤勉だった先代が作ってきた生活水準を今の人が享受しているだけなのではないか。  ・・・10~12時間働くことが勤勉であるという意味ではない。12時間オフィスに座っているより、1時間だけ勤勉に働いていた方が良いっていう時もある。

 ◇ オシムさんは、試合後のジャーナリストのインタビューの時間も、質問者たちを育てる機会として視野に入れていた ・・・その日の試合の重要なポイントを捉える力を記者たちは次第に高められていった ・・・これは、すごいことではないでしょうか。 

  何だか、説得力のある展開を私はできていません ・・・ もし、図書館などで、オシムさんの著書に出会われましたら、手に取ってパラパラとご覧になってください。 きっと、サッカーという枠を越えて、世の中のことに目を開かれる文章に出会えると思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2018年1月 9日 (火)

遠藤周作さん 狐狸庵先生

 昨日の『老いてこそ遊べ』に、遠藤周作さんは、こんなふうに書いておられます。

 好奇心の人一倍強い私は知的、精神的好奇心のほかに生活的好奇心が自分の中に強く存在しているのをいつも感じてきた。だから私は前者の自分を遠藤周作という本名にして、その自分では文学をやってきた。0002_2

  そしてもう一つの自分ー生活的好奇心の強い自分には狐狸庵(こりあん)という名称を与え、それによって生活のいろいろな楽しみを充分、享受しながら生きてきた。

 ・・・ 自分の中に、一つだけではない、たくさんのチャンネルがあることを自覚していた遠藤さんは、「樹座」(きざ)という劇団、コールパパスという合唱団を作り、「宇宙棋院」という囲碁クラブを設立しました。個人としては、ピアノ、手品、俳画を習い・・・と、意欲、行動力、旺盛です。合唱団は、楽譜が読め、うますぎる人は、入団面接で不合格とするそうです。劇団「樹座」も、他のところで活躍できそうな人はご遠慮願って、入団テストで合格するのは、音痴、運動神経のない人、恥ずかしがり屋、不器用な人とのこと。

 上に書かなかったダンスのことを引用紹介させていただきますね。

        ◇   □   ○   ※  ☆

  ゴルフを奨められて、二、三度、練習してみたが、いくらクラブをふっても足元にボールが残存しているため、嫌になってやめた。・・・そこでダンスを思いついたのである。ダンスならば、若い女性を相手にでき、決して飽きることもあるまいと思ったからだ。・・・これがワルツ、これがタンゴと曲を聞かされても、どこがワルツか、タンゴか、さっぱりわからず、教えられたステップをやっと憶えても、まるで泥鰌すくいをおどっているような恰好で、「はァ-」と最後は若い先生も溜息をつくような有様であった。

  一番、悔しかったのは、習いはじめて半年目、友人の佐藤愛子さんを仕事場に招いて、おどりを申し込んだが、こと志と違って一向にうまく運ばず、その翌日、彼女から、「わたしは昨夜、あなたに踏まれた足が痛くて眠れませんでした。やっと、うとうとしたら、フランケンシュタインに襲いかかられた夢を見ました。あなたはダンスをもう、およしなさい。という侮辱的な電話がかかってきたことであった。あれほど情けなく、歯ぎしりをしたことはない。

         ◇   □   ○   ※  ☆

 狐狸庵先生らしさがよく出ている文章に思えます。

 今日も、よい日となりますように。

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2018年1月 8日 (月)

『老いてこそ遊べ』 遠藤周作

0001『老いてこそ遊べ』 

遠藤周作  著

河出書房新社

2013年3月30日 初版発行

 1996年に天に召された遠藤周作さんが、朝日新聞や文藝春秋などに書いておられた随筆を収録してある本です。

 『老いてこそ遊べ』 ・・・一番最初の文章を見ましたら、遠藤さんは、61歳です。  

 もし、あなたでしたら、この年齢で「老いてこそ」という本を出されるでしょうか。  まだまだ、若い という本なら出してみようと思われるかも知れませんね。

 そのあたりが、作家と呼ばれる人は一人一人個性的なのかも知れませんね。

 第1章のタイトルは「人生、楽しむこと」、最初の文章は「何一つ無駄ではなかった」です。

 新進作家として世に出たばかりのころ、病で2年半、大きな手術3回を体験し、そのときは焦ったが、振り返ってみると、その苦しい体験がなかったら、後に『沈黙』を書くことは出来なかったし、61歳で、医師や看護師と力を合わせて「心あたたかな病院」を作る活動をすることもなかったと述懐しておられます。

 あのマイナスはプラスになった ・・・そう考えるもとになったのは、遠藤さんが尊敬するモーリヤックの最後の小説『在りし日の青年』に書かれている言葉だそうです。

  ひとつだって無駄にしちゃあ、いけないんですよと、ぼくらは子供のころ、くりかえしていわれたものだ。それはパンとか蝋燭のことだった。今、ぼくが無駄にしていけないのは、ぼくが味わった苦しみ、ぼくが他人に与えた苦しみだった。

  昔、山中鹿之助という武将は空の月に「我に七難八苦を与えたまえ」と願ったそうです ・・・ そんなふうにリクエストしなくても、いろいろな苦しみは、やってくるかもしれません。 でも、たとえば、トゲが刺さったとき、痛みを感じるから、素早く対応できる というプラス面があるのですね。 なかなか達観は出来ないことだと思いますけれど。

  よろしければ、お読みください。遠藤周作さんらしさがたくさんあふれている本だと思います。

2018年、最初の聖日の礼拝堂に参加したお花たちです。ありがとうございました。

             0002_2

  今日も、よい日となりますように。 

  私の兄の誕生日、おめでとうございます。

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2018年1月 7日 (日)

スーパームーン

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 元日の夜には気がつかなかったのですが、翌朝の夜明けに、明るい月に気がつき、写真を撮りました。

 1月3日 岐阜新聞朝刊に、年の初めと、スーパームーンのタイミングが重なったと書かれていました。 宇宙の運行の中でも、めったに見られない巡り合わせだったのですね。

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  そのことを知らなかった私が、スーパームーンを見ることができたのも、すばらしい巡り合わせだと思います。

  考えてみますと、かけがえのない人との出会いも、私たちの意欲や意図を越えた巡り会い・・・ 親友同士は お互いに スーパームーン、いえ、人ですからスーパーマン・スーパーウーマン でしょうか。

  2018年、今までに出会った人をお互いに大切にするとともに、貴重な出会い新たな出会いに気づかずにすれ違うことのないように、会う人、会う人を大事にいたしましょう。

  今日は2018年最初の日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 よい日となりますように。

※ スーパームーンについての説明など 詳しくは、下記をご覧ください。

https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2017/12-topics01.html

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2018年1月 6日 (土)

新たなる風  新鮮な空気を  ー掃除機の掃除ー

  聖書の「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」という言葉は、クリスチャンでない方にもよく知られ、用いられているように思います。

  気持ちのリフレッシュや暖房効率をよくしようと、テレビやソファなどの位置替えをしてみました。

  その作業の時、掃除機の吸い込みが弱くなっていることに気づき、紙パックがいっぱいなのか、そろそろ年数が来たのかと確かめましたら、何と、「一か月に一度は掃除機の掃除を」と取扱説明書に書かれていました。 がーん。まるっきりしなかったわけではないのですが、前回の掃除機の掃除から思い出せないくらいの期間が過ぎていました。

  カタログに従って手入れをしますと、掃除機の音は生まれかわったように静かになり、そして吸引力がとても強くなりました。 えーと、そうそう、「西遊記」に大きなひょうたんに吸い込まれて孫悟空たちが危うくなるシーンがありますが、ほこりなどにとってはそんな感じがするでしょうね。

  盲点でした。掃除機を掃除 ・・・ 職人さんが 道具を日々手入れして、最高の状態で仕事が出来るようになさる、その心がけを見習いたいと思います。

  渡辺和子シスターの、木を切り倒すとき、しゃにむに斧を振るうだけでなく、その斧の刃を研ぎ澄ます時間をもちましょうという「斧を見る日間(ひま)」というお話を思い出しました。 日間(ひま)は日光の差し込むことのできる空間の意味で、これが暇(ひま)の語源だそうです。

  普段の生活の中に 新しい風を ・・・新年は、よい機会ですね。

  今日も、よい日となりますように。明日は日曜日。キリスト教会では神様に礼拝が捧げられます。今年の日曜日は、52回あると思います。どうぞ、教会へ。 神様が喜んでくださいます。

「わたし(神様)の目にはあなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。」  聖書 イザヤ書から 

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2018年1月 5日 (金)

生菓子 鈴

Photo 和菓子は、四季の花や風物をとても美しく造形化していますね。

 食べてしまうのがもったいないほどに美しい ・・・ 特に、年末年始に親しい方から心を込めていただいた食品については。

  でも、やっぱり、いただきます。せっかくのお心ですから ・・・ ああ、いままで、とっておくか、味わわせていただくか激しい葛藤をした挙げ句、涙を呑んで賞味させていただいた食べ物がどれほどあったことでしょう。

  あなたにも、そういう経験がおありではないでしょうか。

 えっ、「毎日の食事の度に、そういう思いを味わっているよ」 おお、そうですか、 ごちそうさま でした。

 毎日の 「いただきます」 「ごちそうさまでした」 には、こういうドラマがあるのですね。

 人には、いろいろな環境・状況があるでしょうから、何とも申し上げられないのですけれど、できれば、どの方も「孤食」ではなく、会話しながら ビタミンアイ(愛)のある食事を積み重ねることができたら・・・

 生菓子から、広がりすぎました。おゆるしくだされば幸いです。

 今日も、よい日となりますように。

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2018年1月 4日 (木)

2018年 明けましておめでとうございます

S_7241867537596_2  明けまして、おめでとうございます。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

   写真は、淡路島から見た日の出です。釣りを時々楽しむようになった長男が送ってくれました。初日の出ではありませんが、365回、日の出が続くと2019年を迎えることになるわけです。

 生かされて一日一日が晴れ舞台

 大切に、どの日も歩んでまいりたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。


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