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2018年6月16日 (土)

『わたしの空と五・七・五』 森埜(もりの)こみち 著

0007『わたしの空と五・七・五』 

森埜(もりの)こみち 著

山田和明 絵

講談社 

2018年2月1日 第1刷 発行

 主人公の伊藤空良(そら)は中学1年生。

 どの部に入るかを考えているとき、こんなチラシの言葉が目にとまります。

 しゃべりは苦手でも ペンをもったら本音をぶちまけられる者よ!

 文芸部に入るべし。

 目立たないところにある文芸部の部室の行くと そこには二人の先輩と 入部したばかりの 新一年生が一人 ・・・

   ◇    □   ○   ※  ☆

 あれやこれやで ここで一句詠めとせめられて 苦し紛れに こんな句が・・・。

 むちゃぶりに ため息ひとつ 春の空

 「五七五になってる」

「すげえじゃん」

「あんた、空に自分の名前、掛けたわけ」

「おっ、すげえ」

へっ ?

「こいつ、わかってねえの」

・・・ 空 空良   あ、そっか、。いまわかった 確かに掛詞になっている・・・

 という感じの文体で展開する青春ストーリー ・・・ 季語や句会 講評 披講という 俳句の世界を とまどいながら 体験を通して 空良は学んでいきます。

   即席ではなく、新入生歓迎句会に空良が苦しんで出したのは三句・・・そのうち二句は、こうでした。

 春の闇 あることを知り 動けない

 これは、同級の一年生男子が部活動の上級生にしぼられているのを目撃し、たのですが、その本人に誰にも言うなと口止めされて行き所のない悩みを詠んだ句です。 でも、空良は、悩みっぱなしにしないで、季語をいろいろ調べて次の句に思いを込めました。

 悔しさに 眠れぬ夜も 蘆(あし)の角

  句会で、この句を選んでくれた上級生はこのように講評してくれました。空良の気持ちを、よく読みとってくれています。

 「蘆は泥の中から芽を出し、その芽は牛の角のように鋭く青々とpしています。だからこそ、蘆の角は、初々しさを感じさせる春の季語です。けれど。この俳句の情景は少し違います。眠れぬ夜とあります。日が暮れると水辺はさみしい。とりわけ泥のsるあたりは湿った暗さがある。作者は蘆の角に、悔しくて眠れぬ夜もあるだろうとこころを寄せています。心象風景だと思いますが、伝わってくるものがあります。蘆はひとの背丈を超えて伸びる草です。いつの日かという希望も感じました」 

   ◇    □   ○   ※  ☆  

 よろしければ、どうぞ。

  図書館にはいろいろな年代の人に向けて書かれた本との出会いがあって、嬉しいです。

 今日も、よい日となりますように。 

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝へどうぞ。

 

 

 

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