« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »

2018年8月31日 (金)

もっと愛を

 聖書に「あなたの父と母を敬え。あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」

という言葉があります。

  大切な言葉です。実践はとても困難でもあります。自分を愛する人は、世界中にいっぱい、あふれるほどいますが、「我が身をつねって、人の痛さを知る」ことは難しいのですね。 

  酷暑のこの夏、おそらく病院関係者はエアコンのよく利く部屋にいて、いっぽう、病室では点検しないでいた病室のエアコンが故障して、修理が追いつかず、病室の患者さんたちが扇風機一台で入院生活を強いられている辛さを感じ取ることは・・・これは難しいことなのでしょう。

  詳しくは捜査中ですが、私の住む岐阜市の病院で5名の高齢の方が亡くなられたことが報じられています。 委ねられたいのちへの敬意の念はあったのでしょうか。

  自らは高給を補償された政治家が、障害のあるかたに働き場を・・・と雇用の制度を打ち出したのに、その当初から政府の省庁自体が、イツワリの雇用数を統計に上げて長年それが続いてきた、というのも、悲しすぎます。

 そう言っている私自身を筆頭として、「もっと愛を」 と願います。

 酷暑の8月から9月へのバトンタッチ ・・・ もっと愛にあふれている社会へのバトンタッチもできますように。

 8月30日、庭に咲いたアジアンハイビスカスの写真です。枯れないで咲いてくれていることに感謝します。

0002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月30日 (木)

シャンソンコンサート ~ 愛の詩 ~ 遠藤伸子さん

0002 岐阜市出身の遠藤伸子さんのシャンソンコンサート ~ 愛の詩 ~ のお知らせです。 お母さんの夢だった「ニューヨーク カーネギーホールでのリサイタルを実現し、その実現のご恩返しにと励んでこられた「生涯500回のボランティアライブ」を達成。

 その後も、すばらしい歌声で感動を多くの方の心に届けておられます。

  日々の絶え間ない研鑽で磨かれた生(なま)の歌声は、まさに一期一会・・・よろしければ、どうぞ。

  芸術の秋のスタートに最適のシャンソンコンサートだと思います。

 今日も、今年の実りの秋も、すてきな日々となりますように。

 画像をクリックしていただくと大きくなると思います。

0004

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月29日 (水)

認知症 その2  サポーター

 8月20日(月)の岐阜新聞朝刊に、下記の記事が掲載されていました。オレンジ色のブレスレット「オレンジリング」を目印にしている認知症サポーターについての記事です。

0014 認知症になりたいと思って認知症になる人は、いらっしゃらないと思います。年齢が高くなることで、いつしか認知症になるかたもあるということです。 それを予防する努力俳味があると思います。 けれど、それでも認知症にならないとは限りませんので、上記のような認知症サポーターの方が増えていくことは心強いですね。

  実は、私も研修の機会があって、「オレンジリング」を持っています。ただ、中身が伴っているかとなると、心もとないです。

 でも、おだやかな心で、聖書にある「自分のしてほしいようにあなたの隣人にもしなさい」という言葉を力まずに実践できたら、と願っています。

 今日、そしてこれからの日々も 良い日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月28日 (火)

認知症 その1

   私の初任校の校長先生がPTAの会合冒頭に、こんな言葉を用いられました。

「子ども 叱るな 来た道じゃ 年寄り 笑うな 行く道じゃ」

 その時からほぼ50年経っているのですが、心に残っています。

 ほぼ50年経って、私も還暦プラス12=72 に到達しているからより身近になってきたということかもしれません NHKの健康番組のテレビテキストに認知症が特集されていました。そこから、引用紹介させていただきます。

 下に出てくるBPSDというのは、認知症の中核症状と呼ばれる「もの忘れ・時間や場所の感覚があいまいになる・物事がうまくこなせない・言葉が出て来ない」などに対して、周辺症状といわれる「不安・戸惑い・無気力・無関心・昼間の居眠り・夜間の不眠・トイレや入浴の介護拒否・」などの行動・心理症状のことだそうです。 関心のある方は、ご覧ください。

  お医者さんの「いつも「幸せとは?」 と考えています というコラム 温かくてほっとしました。 ※ 画像をクリックしていただくと、読みやすくなると思います。

 今日も、良い日となりますように。

CE
0005


0007_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月27日 (月)

『月を見てパンを焼く』

0001『月を見てパンを焼く』

塚本久美(つかもと くみ) 著

カンゼン 2018年7月24日 初版

 面白いタイトルだな、と思って図書館から借りてきました。 発売されて一か月ほどの本をこうして読むことができるのは、ありがたいことですね。

  著者の塚本久美さんは、せっかく焼いたパンを一つも無駄にしない方法として、受注生産の通信販売を考え、実行しておられます。

 焼けたパンを急速冷凍し、鮮度を保ったまま全国に届ける・・・一日に十四軒ということで、現在5年待ちの状態だそうです。

  ドイツでパン作りを学んでいたとき、石臼のパン職人さんが「今日は満月だから、小麦粉を数日は置かないといけないよ」と不思議なことを言ったのだそうです。

 パンと月の関係? ・・・ドイツでは月齢で農作物を育てる方法が昔からあり、月の満ち欠けによって発酵が進む速度が変わるため、パン生地を置く時間が変わる ということ名のだそうです。

 「なんだかよく分からないけど、月に合わせて働くなんてカッコいいな」と思った塚本さんは、月の暦に合わせて20日間パンを焼き、10日間はパンの原材料の生産者のところを訪れる生活を続けているとのこと。

 パン作りの師匠、志賀勝栄シェフは「パンは発酵食品」と明解に語られるとのこと。

 月の満ち欠けによって、種まきや収穫を行う方法はドイツでは「バイオダイナミック農法としてよく知られていて、もともとはあの思想家、ルドルフ・シュタイナーさんによって提唱された有機農法だそうです。

 「生産システムそのものが生命体であり、人間もその生命体の動きに合わせて生活して豊かになりましょう」という考え方 と説明されています。

  関心を持たれた方は、どうぞ。http://hiyoribrot.com/

  今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月26日 (日)

立場の弱い人にこそ 手厚く  

0003
 8月18日の岐阜新聞 社説です。そしてその翌日 8月19日の同じく岐阜新聞 「分水嶺」の記事を引用させていただきます。

0002
 作家、宮城谷昌光さんの作品にこういう一文があり、心に残っています。

 「正しいことが必ず力をもつ。これを文化という」

 誇りを持てと言われなくても、その国に生まれ、生活していることに誇りが自然と湧き上がってくる・・・ そういう国・政治でありたいと思います。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月25日 (土)

補助輪なしで 自転車に 

0005 補助輪の助けなしに自転車に乗れるようになった小学一年生の夏休みを作家、石田千さんが回想して活き活きと書いておられます。岐阜新聞朝刊8月18日(土)から引用させていただきました。

 画像をクリックすると、文字が大きくなると思います。

 テレビで「初めてのおつかい」という番組が時々放送されますが、おつかいに限らず子どもが成長する瞬間は感動を呼びますね。

 ・ 鉄棒で逆上がりが出来るようになった 

 ・ プールで顔を水につけることができるようになった 

 ・ 少し泳げるようになった

 ・ ひとりで 本が読めるようになった

 この夏休み、それぞれ成長した子どもたちが顔を合わせて始まる二学期。

 素敵な日々となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

 

 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月24日 (金)

子どものたくましさ

0018_2 子どもたちの登下校の安全を考えて、通学班が設けられている学校がたくさんあります。

  PTA・地域の方が加わってくださる場合もあります。

  岐阜新聞8月19日(日)朝刊に、左の記事が載っていました。 通学班の六年生が、普段と様子の違う子がいることに気がついて、迅速に臨機応変の活動をして事なきを得たという記事です。

※ 画像をクリックしていただくと少し大きくなると思います。

  普段の学び、この六年生の子のもともとの資質 いろいろなことが 実っての成果だと感じ入っております。

 二学期が始まります。どの子も、健康で元気に通学できますように。

 見守り、支えてくださっている方々、ありがとうございます。

 今日も、よい日となりますように。


  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月23日 (木)

『地に滾る(たぎる)』

0002『地に滾る(たぎる)』

あさの あつこ 著

祥伝社

平成30年7月20日 

初版 第1刷 発行

  あさのあつこさんの作品では少年野球を描いた『バッテリー』が名高いでしょうか。

  時代小説をお書きになっていることは図書館でこの本を見かけて知りました。

  主人公 伊吹藤士郎は、まだ少年です。清らかな魂の持ち主です。

  一緒に行動する異母兄弟、柘植左京は剣の腕の立つ、しかしニヒルな感じの少年です。

 こんな会話が印象に残りました。

   ◇    □    ○   ※   ☆

  ある藩邸に入ろうとした二人は、露骨に袖の下を要求され、何とか門を通してもらいます。 その後の会話です。

左京 「藩邸の規律が弛緩している証でしょう」

藤士郎 「どこの藩でもおなじなのか」

左京「そこまでは、わかりかねます。ただ、今の世の中を回しているのは、刀ではなく金です。戦のない太平の世では、武士は墜(お)ちていくしかないのかもしれません。」

 墜ちて、どこに行くのだろう。考え、藤士郎は頭を振った。墜ちたままでいいわけがない。緩み切っていいわけがない。

弛緩しているのなら引き締めねばならないし、堕落しているのなら正さねばならない。 ・・・

藤士郎「でなければ政(まつりごと)が成り立たなくなる」

左京「政は生魚のようなものらしいですよ」

「生魚? どういう意味だ」

「料理人の腕次第でまるで味が変わってくるし、すぐに腐る。腐れば悪臭芬々(ふんぷん)としてどうにもならなくなる」

    ◇    □    ○   ※   ☆

 読んでいて、ああ、今の世の政治の世界に、鮮魚を鮮やかに料理して清風を吹かせてくれる動きは起こらないものか ・・・そんなことを思いました。

 ところで、この物語、これからどうなるのだろう というところで終わっています。

 どうもシリーズになっていて、続編は『天を灼く(やく)』(祥伝社刊)のようです。その本の宣伝が巻末にありましたから。

 こんなキャッチフレーズが書かれています。

 止(や)まぬ雨はない。明けぬ夜もない。少年は、ただ明日をめざす。

  さて、図書館にあるものやら、まだないのやら。

  目についたら、読みたいと思います。 藤士郎たちのこれからがどうなるのか分からないと 気持ちが落ち着きませんから。

  今日も、良い日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月22日 (水)

歯科検診・手入れ 「あれから 四か月」

 「あれから 四か月 !」 ・・・ 綾小路きみまろさんのコントのようですが、歯医者さんの定期検診・手入れのことです。

  予約時間に行き、ほぼ30分後には、晴れ晴れとした心で帰宅いたしました。

  無器用な私のこと、プロの歯科衛生士さん、歯医者さんから見たら不十分なところは一目瞭然だと思うのですが、「綺麗に磨けていて、良い状態です」と言ってくださいました。 検診前にはいつもより念入りに歯磨きしたことと、電動歯ブラシの使い方に馴染んできたからかもしれません。

 普通の歯ブラシのように、磨こうと手を動かしていたのが、ようやくこのごろ、歯にあてて 手は動かさないで、しばらくしてブラシを移動するということが出来るようになってきました。 でも、時々、ゴシゴシと手を動かしていることがあるような・・・ 何しろ 無器用なのです (^_^;

 次回は、クリスマスの少し前 ・・・ 晴れやかな気分で帰ってきて、さて、シュークリームでも味わおうか と思いましたが、自戒いたしました。

 こんなふうに、ゆるやかですが、少しは成長できるのですね。希望を持って歩んで生きたいと思います。

 歯科衛生士さん、歯医者さん ありがとうございます。

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月21日 (火)

野球 中日ー巨人戦  8月19日

 私は、中日ドラゴンズが勝ったときだけフアンです。

 負けたときに、周囲の人に不機嫌な顔を見せるようなことはありません。

  8月19日の夕方、たまたまテレビで観戦した巨人戦・・・ 新人投手ががんばって、9回裏の巨人の攻撃が始まったときは、5対1でリード。

  気分良く、4連勝・・・と思ってみていましたら、先頭打者にデッドボール ・・・

  その後、巨人にヒットが続き、点差が縮まり始めました。 本拠地、東京ドームに夏休みだということで詰めかけていたジャイアンツの子どもフアンたちが跳び上がって喜ぶ姿が大写しになりました。

 私の心に、そうか、あんなに幼ない子が喜ぶのだから、もう、1点や2点、くれてやってもいいな ・・・ ジャイアンツのユニホーム姿になって応援するということだけでも、ドラゴンズへの私の情熱より上回っているではないか

  そういう私の抱いた心のすきに付け込んだのか、バッターボックスに立つ打者、立つ打者 鋭い打球を飛ばして あれよあれよという間もないうちに、ドラゴンズは逆転 サヨナラ負け。 

 スポーツの世界に限らないでしょうけれども、 心にすきが生まれるというのは、怖いものですね。

 いえ、私は、その後、取り乱したりせず、落ち着いて、夕食を摂りました。

 心が広い ?! ・・・ いえいえ、勝ったときだけのドラゴンズフアン  大人ですから。 

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月20日 (月)

『日本児童詩歳時記』 11  俳句 その2

俳 句

   東京都 小六 三上 雄輔

NHKのテレビで、

「桜を守った歌」

というのを見た。

桜並木が工事で

切りたおされそうになったとき、

その町の人たちが、

切らないでくれと短歌や俳句を書いて、

桜の木にぶらさげた。

いつまでも さいてほしい さくらたち

というような俳句だった。

すると桜の木は切られなかった。

よかった。

俳句には力がある。

  ◇   □   ○   ※  ☆

 このところ、政治家によって、死語になってしまったことばがいくつもカウントされています。

 誠心誠意 迅速に 丁寧に論議を尽くして ・・・ などなど。

  「信」という漢字は、そもそも「人の言葉」という字源ももっていますのに。

 でも、「俳句には力がある」と 三上君は感じています。

  そうか、私たち大人まで無力感に陥ってしまったら 言葉にも 力がこもらなくなりますね。

  時代という大地にしっかり根を張り、生き方、行動という幹を太くし、枝を繁らせ、ことばという葉に活き活きと血を通わせてまいりましょう。

 今日も、よい日となりますように。

 なお、8月19日は 「俳句の日」、そして「バイクの日」でもあるようです。

 少し、猛暑も矛を収めかけたように思いますが、気温変化の大きい日となる

こともありそうです。 どうぞ、お健やかで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月19日 (日)

『日本児童詩歳時記』 10 俳句 その1

 今日、8月19日は、語呂合わせもあって、「俳句の日」です。

  ◇   □   ○   ※  ☆

俳句の発表会

      千葉県 小六 渡邊  翔

今日は、俳句の発表。

初めて、ステージ煮立つ。

不安で、少しすいみん不足だ。あれだけ練習したんだから

「だいじょうぶ。」

自分に言い聞かせ、家を出た。

ステージに上がった。

急に緊張が高まった。

うまく発表ができなかったら

どうしよう。

練習の成果が出せなかったら

どうしよう。

足がガタガタしてきた。

いつの間にか、自分の番になった。

大きな息をひとつ。

「せみしぐれ 七日の命 道に落ち」

練習の成果が出せた。

人前で話せたうれしさが広がっていた

     ◇   □   ○   ※  ☆

  あれだけ練習したんだから 「だいじょうぶ」 ・・・ そう言えるだけの備え・修練をして ことに臨む  見習いたいと 自分に言い聞かせました。

  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。 今日、ムーミンパパは、礼拝における奏楽者です。 あれだけ練習したんだから だいじょうぶ! ? 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月18日 (土)

『日本児童詩歳時記』 9 ゆかた

ゆかた

     兵庫県 小一 かく あきら

きょうは おぼんです

あさ はやく おきて

さらぴんの ゆかたを きせて もらいました。

あたらしい ゆかたの においがしました。

ぼくはよめさんのように

そろそろ あるいて みました

  ◇   □   ○  ※   ☆

 うーむ ・・・ なんて かわいいんでしょう。 

  今日も、よい日となりますように。

  明日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月17日 (金)

『日本児童歳時記』 8  おぼん

おぼん

   長野県 小一 たなべ たかこ

とうきょうにいる おねえさんが

かえってきました。

あんまり ながいあいだみなかったので

ちょっと はずかしかった

でも とても うれしかった。

おぼんて いいなあ

と おもいました。

  ◇   □   ○   ※  ☆

  お盆 ・・・ 交通渋滞  いろいろな準備 ・・・ でも、やはり それをも含めて 久しぶりに帰省するかた 迎えるかた 大人も 子ども それぞれに いいなあ と思えるものなのですね。 

  今日も、よい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月16日 (木)

心の豊かさ  輝峻淑子さん

A 『豊かさとは何か』 などの書物をお書きになった輝峻淑子(てるおか いつこ)さん ・・・ 90歳の今も、毎月ピアノのレッスンを受けておられるとの記事を岐阜新聞2018年7月24日の朝刊に見て、切り抜いておき、読んでみました。

  読ませていただいて、かつて、河合隼雄さんが文化庁長官に就任されたとき、およそ、こんな意味のことを表明されたのを思い出しました。

   ◇   □   ○  ※ ☆

献身的に働いて今日のこの国を築いてくださった方々には、どうか、貯金を子孫のためにだけでなく、ご自身のために音楽を聴きに行ったり、歌舞伎や美術館、博物館などに足を運ぶことに使うなどして、豊かな文化を楽しんでいただきたい・・・そういう心の豊かな社会を形成するために、少しでもお役に立ちたいというのが 私の願いです。

               ◇   □   ○  ※ ☆

  原文が手元になく、正確な引用ではありませんが、河合隼雄さんのお心が伝わってきて、 ああ、こういう方に政治に携わっていただけてよかったと思いました。

  新聞記事がうまく一枚に収まらなくて、上記の記事は一部分が省かれています。 よろしければ、「続きを読む」をクリックして、お読みください。

  なお、画像をクリックしていただくと、少し大きくなって読みやすくなると思います。

  今日も、よい日となりますように。

続きを読む "心の豊かさ  輝峻淑子さん"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月15日 (水)

野牡丹

0002 炎暑の中、庭の野牡丹が咲いてくれました。

 あるお花屋さんがこんな話をしてくださったことを思い出しました。

  ◇  □  ○  ※ ☆

  あの花に水をやらなければいけないと思いつつも、くたくたに疲れていて、どうにも身体が動かない・・・そんなとき、「ごめんね、明朝一番に水をあげるから、我慢してな」と声をかけておくと、花がもつ、そういう経験が何回もあります。
    ◇  □  ○  ※ ☆

 花のプロのお話しですから深みがあります。

 ムーミンパパは、励ましの声を掛けることに考えは及びませんでした。野牡丹が蕾を持っていることにも気がつきませんでした。

 それなのに咲いてくれた野牡丹・・・なんと健気なのでしょう。 えっ、声は掛けないけれど水は掛けていただろう ・・・  なるほど、おっしゃるとおり、日が沈んでから散水はしていましたが これからは、もっと心を込めて、できれば会話しながら水遣りをしたいと思います。

  終戦、いえ、敗戦記念日 ・・・ どの国の花も戦争で踏みにじられずに咲き続けることが出来る世界となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月14日 (火)

『モモ』 ミヒャエル・エンデ

0017
『モモ』 

ミヒャエル・エンデ 著

大島かおり 訳

岩波書店

1976年9月24日 第1刷 発行

  この本で、エンデは第一作に続いてドイツ児童文学賞を受けたとのことです。

 日本での出版当時、『モモ』を読んだ記憶があります。今回、もう一度読みたくなって読み始めましたら・・・前回の記憶がしっかりとリセットされていることに驚きました。

  とても新鮮に再読できたことを喜んでいます  ← そのことに、やや、複雑な思いもあるにはあるのですが、プラス思考で進みます (^J^)

  ◇   □   ○  ※  ☆

 今回 『モモ』を読んでいて、ふと、こんな情景を思い浮かべました。

  美味しい夕ご飯を仕上げようと立ち働いているお母さん ・・・ 外から帰ってきた幼な子が、お母さんのエプロンを引っ張って、「ねぇ、ねぇ、お母さん、聞いて聞いて! 今日、こんなことがあったんだよ ・・・」

  お母さんは、一瞬、ハムレットのように悩みます。

  身体のための美味しいご飯作りと 話を聞いてとせがむ子の心と どちらを優先しようか  ・・・  あっ、お魚が焦げそうになっている せっかくのお魚を焦がしてなるものか  →  「あとでね ご飯の時に ゆっくり聞かせてね」

 お母さんに少しも悪気はありません ・・・ でも  後まわしにされたと感じてしまった幼な子の心は 簡単には修復できません。

 遙かな昔、大学生時代に教育実習したとき、児童生徒と一緒に過ごす時間はたくさんありました。  採用試験に受かって、実際に教師になると・・・なかなか子どもたちと一緒に過ごす時間がとれません。 ・・・ ある好調先生、いえ、校長先生が「20分休みなどに子どもと遊ぶのは先生の大事な仕事です」とおっしゃいました。 初心に返らせていただいた大事な瞬間でした。

 『モモ』は、児童文学です。でも、読む大人に、自分が子どもだったころに立ち返らせてくれる大切な物語だと、再認識いたしました。

 よろしければ、どうぞ。

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月13日 (月)

大人の文章  岐阜新聞から

 しばらく、児童詩を掲載させていただきましたので、今日は、大人のかたの文章に登場していただきます。

  岐阜新聞朝刊の「素描」という蘭に掲載されたフリーランスアナウンサー 今尾ひな子さんの文章、2回分です。

0015
 岐阜新聞2018年7月19日

 固定観念に気をつけて

 ・・・ 猫はネズミを追うもの 魚を好むものと思っていましたら、キャットフードで育っている猫は 様変わりしているのですね。

 日本語について、あの「ホワイ ジャパニーズ ピープル」と叫ぶ 厚切りジェーソン さんに 教えられることもすくなくありません。

 8月1日の文芸欄にこんな川柳をみました。

「 好奇心 いつも持ってる 旬な人」

                     田中美枝子さん 作

 うーむ 固定観念にとらわれず、古びない人でありたいと思いました。

0016岐阜新聞2018年7月26日

 素描の「たからもの」

 素描という蘭のタイトルと結んで、ユーモアを含みながら示唆に富んだ文章だと印象に残りました。

 言葉で 声で スケッチで 自分を表現する ・・・ それは とても 大事な

意味のある大切なことだと 改めて思いました。

 ありがとうございます。

 今日も、大事なことを表現し合うよい日となりますように。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月12日 (日)

ハラペーニョ

0003 ハラペーニョ ・・・ 我が家の菜園に今年初登場の新人です。

  実がなり始めた頃は、おとなしい、甘みの感じられる味わいでした。

  だんだん、本領を発揮してきて、ハラペーニョ本来の強さが表れてきました。

  新参だったので、猫をかぶっていたのでしょうか。

  油断しないで、味わうことを心がけたいと思います。

  それにしても、普通の規模でよろしいですから、一雨降ってくれたら・・・と思います。

  「暑い日々 生き抜くために 息抜こう」 by ムーミンパパ

  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

※ 追伸です

  8月12日夕方から、雷鳴とともに、勢いよく、雨が降り始めました。0002_2

 ハラペーニョ、ゴーヤ、 そして花たちも 息づいています。感謝です。

 本当に久しぶりの雨 ・・・空気も、しっとりとしてきました。

 今は、雨樋からの水の勢いも、雷鳴も収まってきました。

 どの地方にも、干ばつも大雨、洪水がなく、ほどよい雨が必要なときに降りますように ・・・ むしのよい表現ですけれど、本当にそう願います。

 



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月11日 (土)

『日本児童詩歳時記』  7 あゆのしおやき

あゆのしおやき

             京都府 小二 こうだ たかお

おじいちゃんの友だちから、でんわがかかってきた。

「はい。あゆのしおやきがいいですか。」

とおかあさんがいわはった。

「おとうさんもいたばさんもいないから、なんとかします。」

といって、でんわをきらはった。

「ぼくがするで。」

といった。

あゆにくしをさして しおをつけてやいた。

おとうさんのをいつも見ていたから。

おきゃくさんがきて、たべやはった。

きんちょうした。

  ◇   □   ○   ※  ☆

  おお、なんと頼もしい小学二年生でしょう。

  今日も、よい日となりますように。

  明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月10日 (金)

『日本児童詩歳時記』 6

 両親の出会いは、子どもにも大きな関心事ですね。こんな作文に出会いました。

   ◇    □   ○  ※   ☆

お母さんはすてきな看護婦さん

           熊本県 小三 げじま ゆりこ

 「お母さん、お父さんと どうゆうふうに出会ったの。」

お姉ちゃんがきいた。

「まえ 病院につとめていた時

お父さんが病人できたんだよ。

お母さんに一目ぼれして

『つきあってください』って言いなったよ

あとから、けっこんもうしこみにきなはったよ。」

「ドラマににている」

お姉ちゃんが 眼を大きくした。

わたしのむねも あったかくなった

    ◇    □   ○  ※   ☆

 すてきな出会いですね。 子どもたちに話すとき、お父さんに敬語を用いているお母さん ・・・ お父さんに同じことを尋ねると必ずしもお母さんと同じ答えが返ってこないこともありましょうけれど、多分、このご夫婦の場合は食い違いはないのではないでしょうか。 なんだか、そう思えます。

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 9日 (木)

『日本児童詩歳時記』 5

何のための憲法九条         

             鹿児島県 中三 岡山 君子

「何のために憲法九条があるんや」

新聞に、関西弁で書かれた手紙の一部が載っていた

私も同じ考えだった

イラクに派遣された自衛隊の人達は

家族の写真を胸に抱き

戦場で生活している

何のために憲法九条はあるのだろう

   ◇   □   ○   ※   ☆

  戦争で失われた数多くの方たちの魂が結晶して出来たような恒久平和を願い、守る憲法 ・・・これこそ、世界に誇れる日本の最大の宝ではないでしょうか。 それを遵守するために一番力を尽くす立場の人が 憲法の根幹を変えることに力を入れている  そう思えてならないのです。 「○○一強」 と表現されていますが、それって「独裁」ということではないですか。

  戦争を始めることにした張本人と、その愛する家族がまず、最前線に行くこと ・・・ そういう法律を作ったら戦争は防げるのではないかと書いていた先人がいたように思います。 卓見だと思います。

  今日は、長崎に原爆が投下された日。

  私が小学生の時に先生が教えてくださった歌を掲載させていただきます。歌詞が小学生には難しいところがあるからでしょう、一番だけを習いました。この歌詞はよく覚えています。

「原爆を許すまじ」

浅田石二作詞・木下航二作曲

ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土
(やけつち)
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度
(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度
(みたび)許すまじ原爆を
世界の上に

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年8月 8日 (水)

『日本児童詩歳時記』  4

 今日の詩は、スケールがおおきいです ・・・ 

 ◇   □   ○   ※  ☆

 地球の独り言

      神奈川県 小五 関戸 真吾

この前恐竜が現れたと思ったら

もう絶めつしてしまったか。

今度は人間とかいうのが現れて、

短い時間で文明を発達させ、

最近はかく実験だ戦争だとさわいでおるが、

まったく迷わくな話じゃ。

あんなことじゃ

恐竜ほど長く生きてられそうにないのう。

      ◇   □   ○   ※  ☆

  核兵器、軍備などに注ぐ費用を、福祉・医療・教育、文化 などに用いたら どんなに世の中は住みよいところになるでしょうね。

  そういう社会を築いていくことが出来ますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 7日 (火)

 『日本児童詩歳時記』  子どもたちの詩 3

 『日本児童詩歳時記』から

  実は、2002年発行のこの本の最初に掲載された詩は、この詩でした。

  ◇   □   ○   ※  ☆

  子どもを殺すような親

      東京都 小六 山本麻美子

こんな人、人間じゃない。

小さな小鳥でさえ、

ちゃんと子どもをそだてる

  ◇   □   ○   ※  ☆

 ほんとうに、この詩のとおりですね。

     子どもたちは、ちゃんと大人を見ています。

 ほとんどの大人は、次の二つの詩のようだと思います。

   ◇   □   ○   ※  ☆

おとうさん

              東京都 小二 大森 もとよし

おとうさんはさかんやだ

あしばからおちたこともある

きかいでけがしたこともある

でも、

いつもわらってしごとにいく

ぼくもおとうさんみたいな

つよいひとになりたい。

◇   □   ○   ※  ☆

手紙

       埼玉県 小三 吉田 祐

お母さんが夜おそくまで仕事をしていて

夜に会えない日が続いたので

手紙を書いた

「お母さん、お帰りなさい

いつも仕事をがんばっていますね。

日曜日にはいっぱい休めますからね

かたもみもしてあげますからね。

お仕事がんばってね。  祐より。」

次の日

お母さんがうれしそうに

ぼくが書いた手紙をかべにはっていた。

 ◇   □   ○   ※  ☆

  今日も、よい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 6日 (月)

『日本児童詩歳時記』 2

八月六日

       愛知県 小三 大竹弘泰

八月六日。

ぼくのたん生日。

「たん生日、おめでとう。」

と、みんなに言われた。

ケーキもプレゼントしてもらった。

八月六日

広島に原ばくリトルボーイが落ちた。

ピカッ。

一しゅんのうちに家がもえ、

人も死んだ。

今、ぼくは、

たん生日で楽しんでいるけど

五十一年前のこの日は

たくさんの人が死んで

かなしんでいた日だ

ぼくは、たん生日に

「せんそうがない

といいなあ。」

と思う。

  ◇   □   ○  ※   ☆

   誰も、自分が誕生する日、場所、時代を選ぶことは出来ません。

 大竹くんもそうでした。

   8月6日は何があった日なのかを知った大竹くんは、そのことをしっかりと受けとめて、前向きに歩んでいます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年8月 5日 (日)

 『日本児童詩歳時記』  子どもたちの詩 1

0002『日本児童詩歳時記』

江口季好(えぐち すえよし) 編

駒草出版2008年4月25日

初版発行

 編者の江口季好さんは、滋賀県出身。  詩人、国語教育家。

 早稲田大学文学部卒。 東京都大田区池上小学校で17年間心身障害学級を担任された方だそうです。

  序文によりますと、日本の子どもたちは千年以上前から今日まで詩を書き続けてきたのだそうです。

 古事記・日本書紀万葉集などにも子どものことばがたくさん出ているけれど、氏名と年齢が明記されていて子ども自身が書いたものであることがはっきりしているもっとも古い作品は、827年に編纂された『経国集』にある子どもたちの漢詩だとのこと。

 唐との文化交流を進めるに当たり、子どもたちに漢詩を書く力を身に付けさせたいという教育的関心が高まっていたことがうかがわれるのだそうです。

 平安時代に、ひらがなが流通し、和歌が作られるようになると子どもたちも和歌を、そして江戸時代になって俳句が作られるようになると子どもたちも俳句を ・・・ 現代の自由律の洋梨が書かれるようになると子どもたちも現在書いているような詩を書くようになったとのこと。

 江口さんは、全国の指導者たちの協力を得て児童詩2000篇余を行事・季節・家庭生活・学校生活・・・・・などに分類し、月別に構成して、「歳時記」とされました。

0003
 2008年に発行された本ですが、今日書かれたのではないかと思われる内容の詩もたくさんあります。

  私の感性や書く内容も みずみずしいとは言えない様相を呈してきていますので、子どもたちの詩を この本から引用紹介させていただくことをどうかおゆるしください。この本に記されている氏名・学年も掲載させていただきます。 今、その子たちは年齢が11年加わって、元気に歩んでいることと思います。 そのことを思うと、頼もしく心が弾みます。

   ◇    □    ○    ※   ☆

 ひまわり

       青森県 小一 くどう なおひこ

ひまわりは

もうたねになって

「またうえてください」

って

おじぎしてるよ

 ◇    □    ○    ※   ☆

サボテン

      愛知県 小六 牧野 容子

サボテンはいつもおこっている

たまには

さわらせてくれたっていいのになあ。

さわると体じゅうのはりで

私の手をさすのだ

花がさいた

私はびっくりした

つくづくサボテンにはにあわない

かわいくてきれいな花。

体と大ちがいだ。

おまえは本当はかわいいな 

◇    □    ○    ※   ☆

 今日もよい日となりますように。

日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

熱中症には、お気を付けください。  

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 4日 (土)

真に偉い人

 スポーツ関係のニュースで、「大きな権力を握って 君臨する人」がこのところ何人か報じられています。

  威張っている人に対する最大の反撃は「無視」だそうです。

  ゲーテが「何者をも支配せず、何者にも支配されず それでいて何者かである人が真に偉い人である」 と語っています。

  暴君は、離れ小島で一人にしておいたら、ただの人です。 ひとりぼっちの暴君 ・・・ 一人でいるときにも威張っている人がいたら これは喜劇というか、滑稽でしかありませんね。

  救世主としてこの世に使わされたイエス・キリストは、人を自分に仕えさせるかたではなく、弟子たちの足を洗うなど、仕える人として歩まれました。

  権力とは無縁でしたが、ことばには権威が備わっています。 十字架刑で処刑されてから2千年以上経過しています。けれど、そのおこない、言葉は今日に伝えられ、新しく教会が建てられています。

  明日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 3日 (金)

健康寿命

0002 7月31日(火)の岐阜新聞朝刊の「分水嶺」に、平均寿命と健康年齢のことが掲載されていました。

 画像をクリックしていただくと、大きくなると思います。

 長寿1位は、男女とも香港であること、日本人の寿命は、江戸時代には30代だったこと など、短い記事の中にも、ほーっと目を開かれることがたくさん書かれていました。

  心に残ったのは平均寿命と、他人の世話にならずに日常生活が送れる健康寿命の違いです。

  女性  平均寿命 87.26歳 健康寿命 74.29歳

  男性  平均寿命 81.09歳 健康寿命 72.14歳  

 できるだけ平均寿命と健康寿命の数字は近いのがよいとは思います。

 ただ、若くて健康であっても 老いて身体の力は衰えてきても、ひとはお互いにその存在を生かしあい、助け合い、世話を掛け合いながら歩んでいる、そのことを感謝し合いたい ・・・それこそが人生であり、豊かな社会なのだとのだということを心に刻み、手と取り合って歩んで生きたいと思います。

 今日も、よい日となりますように。

 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 2日 (木)

時が来れば ・・・ ゴーヤの実り

0007 今年は、ゴーヤのジュースを作れるかどうか、危ぶんでいました。二株植えたゴーヤの苗に花は咲きましたが、なかなか実がなり始めなかったからです。

 接ぎ木の苗のほうが少し値が上がるけれど、よかったのか とか、多少、場所は変えたけれど連作している影響だろうか などと考えていました。

 一本だけ、大きく育って収穫出来ましたが・・・ けれど、その一本を見習ってか、後輩がどんどんと育ち始めました。

 そのささやかな菜園のそばに、無器用な私にとっては、ちょっと石畳を思わせる光景があります。 大げさな表現かも知れませんけれど。

0009_2  何年か前に長男が敷いてくれたブロックの途 ・・・周囲に草が生えたり、少し埋まりかけていたので、6月でしたか除草するなど手入れしました。

  人生の足跡も、できましたら、真っ直ぐありたいと思います。

  詩  「ねがい」  八木重吉

どこを

断ち切っても

うつくしくあれば いいなあ

  ◇   □   ○  ☆

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 1日 (水)

『雨と詩人と落花と』 葉室 麟

0002『雨と詩人と落花と』 

葉室 麟  著

徳間書店 2018年3月31日 第1刷

  広瀬淡窓の養子となって、淡窓の開いた私塾 咸宜園(かんぎえん)の二代目 塾主となった広瀬旭荘(ひろせ きょくそう)と、その二人目の妻となった松子の、最初は危ぶまれた夫婦の在り方がいろいろなことを乗り越えて情愛深いものに育っていくところが、感動的でした。 最初の妻には激情に駆られて手を上げることがあり、そのため、離縁にいたった広瀬旭荘でしたが、二人目の妻はそうした旭荘の心の内にあるものを理解することに努め、後に松子が病の床についたときには、旭荘は心を込めていたわり、看病する夫になっていきました。

 詩人でもあった旭荘に、二人の才媛が語る言葉が印象的でしたので、引用させていただきます。

   ◇    □    ○  ※   

☆ ・・・詩才は現れていますが、あなたの魂のようなものは、うかがい知ることはできません。詩句がすぐれていても、良い詩だとはわたしは思いません。詩句に込められた心の深さこそが読むひとの心を動かすのです。

上記の一人に続いて、旭荘の師の娘も語ります。

□ ・・・あなたは詩において大器となる方だと思います。それだけに知っておいていただきたいのです。ひとは才において尊いのではない。ひとを慈しむ心において尊いのです。

   ◇    □    ○  ※ 

  学才のある広瀬旭荘(ひろせ きょくそう)の妻、松子は二人の才媛の言葉を旭荘から聞いて、 自分は学問もなく、旦那様の何の手助けも出来なかった、まして病で寝付いてしまった今は・・・ と嘆きます。

 それに対して、見舞いに訪れた才媛の一人は、こう語ります。

「女としての役目は、出会ったひとをいとしく思い慈しむこと 松子さまは旭荘様が生きる手助けをしてこられたのです。それに勝ることはありいますまい」

 そして、彼女は 広瀬淡窓の 蘭という詩を 紹介します。

 山奥に咲く蘭はひとに知られることを願わない。ただ風が吹くとき、はなやかな香を発するばかり 蘭の香をかぎたければ、山奥に行くしかない 蘭はただ咲くのみでいい

     ◇    □    ○  ※ 

 葉室 麟さんは、2017年に召されていますから、この本は絶筆か、それに近い作品であろうと思います。心に迫るところの多い作品でありました。

 書名は、広瀬旭荘の詩の一節

 桃の花がいっぱいに咲いているあたりに君の家がある 夕暮れ時に門を敲いて訪ねてくるのは誰だろう 雨か詩人か散る花か からとられているようです。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »