« アジアンハイビスカスの開花 | トップページ | 時が来れば ・・・ ゴーヤの実り »

2018年8月 1日 (水)

『雨と詩人と落花と』 葉室 麟

0002『雨と詩人と落花と』 

葉室 麟  著

徳間書店 2018年3月31日 第1刷

  広瀬淡窓の養子となって、淡窓の開いた私塾 咸宜園(かんぎえん)の二代目 塾主となった広瀬旭荘(ひろせ きょくそう)と、その二人目の妻となった松子の、最初は危ぶまれた夫婦の在り方がいろいろなことを乗り越えて情愛深いものに育っていくところが、感動的でした。 最初の妻には激情に駆られて手を上げることがあり、そのため、離縁にいたった広瀬旭荘でしたが、二人目の妻はそうした旭荘の心の内にあるものを理解することに努め、後に松子が病の床についたときには、旭荘は心を込めていたわり、看病する夫になっていきました。

 詩人でもあった旭荘に、二人の才媛が語る言葉が印象的でしたので、引用させていただきます。

   ◇    □    ○  ※   

☆ ・・・詩才は現れていますが、あなたの魂のようなものは、うかがい知ることはできません。詩句がすぐれていても、良い詩だとはわたしは思いません。詩句に込められた心の深さこそが読むひとの心を動かすのです。

上記の一人に続いて、旭荘の師の娘も語ります。

□ ・・・あなたは詩において大器となる方だと思います。それだけに知っておいていただきたいのです。ひとは才において尊いのではない。ひとを慈しむ心において尊いのです。

   ◇    □    ○  ※ 

  学才のある広瀬旭荘(ひろせ きょくそう)の妻、松子は二人の才媛の言葉を旭荘から聞いて、 自分は学問もなく、旦那様の何の手助けも出来なかった、まして病で寝付いてしまった今は・・・ と嘆きます。

 それに対して、見舞いに訪れた才媛の一人は、こう語ります。

「女としての役目は、出会ったひとをいとしく思い慈しむこと 松子さまは旭荘様が生きる手助けをしてこられたのです。それに勝ることはありいますまい」

 そして、彼女は 広瀬淡窓の 蘭という詩を 紹介します。

 山奥に咲く蘭はひとに知られることを願わない。ただ風が吹くとき、はなやかな香を発するばかり 蘭の香をかぎたければ、山奥に行くしかない 蘭はただ咲くのみでいい

     ◇    □    ○  ※ 

 葉室 麟さんは、2017年に召されていますから、この本は絶筆か、それに近い作品であろうと思います。心に迫るところの多い作品でありました。

 書名は、広瀬旭荘の詩の一節

 桃の花がいっぱいに咲いているあたりに君の家がある 夕暮れ時に門を敲いて訪ねてくるのは誰だろう 雨か詩人か散る花か からとられているようです。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

|

« アジアンハイビスカスの開花 | トップページ | 時が来れば ・・・ ゴーヤの実り »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『雨と詩人と落花と』 葉室 麟:

« アジアンハイビスカスの開花 | トップページ | 時が来れば ・・・ ゴーヤの実り »