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2018年9月30日 (日)

満月 余話・夜話

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 写真は、このブログに時々、メールマガジンを引用・紹介させていただく関根一夫牧師さんが撮影された仲秋の名月です。 見事な写真ですので、拝借させていただきました。ありがとうございます。

  ◇   □   ○  ※   ☆

 さて、今日のタイトルは「満月 余話・夜話」 ・・です。

 ウオーキングの途中、公園でサッカーのパスをしていた子どもたちの声が聞こえました。

 「わぁ~ あれ 太陽かなぁ」

 「オレンジというか 赤というか ・・・ 火星かなぁ」

 彼らの見ているほうに目をやると、まさに登り始めたばかりの大きな月が・・・

 「お月さまだよ、今日は仲秋の名月なんだ」

 というと、「月かぁ・・・」 ・・・ しばし眺めて、彼らはサッカーに戻りました。

 「おれ、ディフェンスに向いているかも」

 「うん、そうかもな、ボール取るのうまいもんな」

  このあと、すぐ、厚い雲に月は隠れてしまいましたけれど、ほっこりとあたたかいものが心に残りました。

  ◇   □   ○  ※   ☆

 よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 私の身近な女性の誕生日。おめでとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。

 

 

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2018年9月29日 (土)

野外での音楽会 

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 すでに終わったことなのですけれど、上記の音楽会を、偶然、行き合わせて聴くことが出来て楽しかったものですから、遅ればせながら、お裾分けを・・・。

 昨日のブログで、自然の中に身を置くこと、音楽のことに内容が及びましたので、野外音楽会のこともいいかな、と思いました。

 二胡・アイリッシュフルート・アイリッシュハープなど、いろいろな楽器の演奏をちょうど薄曇りになってきた暑くない環境で、堪能させていただきました。

 フィナーレは、QBBというジャズバンド。

 幼児を背負ったお母さんトロンボーン奏者の見事なソロで始まり、すばらしく盛り上がってのフィナーレとなりました。「サマータイム」のソロ・トランペットも女性 ・・・ これもすばらしい出来映えでした。

0003 緑の木々を背に芝生の上で展開するFOREST MUSIC in 百年公園 今回が三回目だそうです。

 小鳥の声、風もさわやかで、上質の時間を過ごさせていただきました。

 ありがとうございました。

今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください(^J^)

 

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2018年9月28日 (金)

『あなたは欠けた月ではない』  3

0002 この本の著者、光野 桃(みつの もも)さんは、いろいろなことに挑戦されます。あるときは、ベリーダンスを習いに行かれたそうです。 

 先生はレッスンの最後にこう、語られたそうです。

「できるだけ自然の中にも行ってくださいね。・・・自然のなかには調和しかないんです。そのなかに身を置くと、意識できる自分と無意識の自分とが調和していきますから」 ・・・ そうか、人間の身体も自然の一部なのだと光野さんは思いました。

  このような学びを通して、現在、光野さんは、山にも登られ、朗読の素晴らしさにも目覚め、2008年から五感をひらく時空間をテーマにした「桃の庭」を主宰。「言葉と五感の朗読ライブ・桃の庭」、森をあるく集い「森の庭」などの活動を展開しておられるとのこと。

 朗読会をしてほしいと光野 桃さんに熱心に頼んだ知人は、その理由を問われて、「目で追う言葉は頭に入るけれど、耳で聞くと心に、体に入るから」と答えたそうです。 

 光野さんは、それを自身がマリオ・ブルネロというイタリア人のチェロを聴いたときの「音がまばゆいばかりの色彩を伴って花火のように飛び出して、あっという間に体の中に入り込んで全身を駆け巡り、細胞の一つ一つが活き活きと開いてゆく体験」と結んで知人の言葉が腑に落ち、朗読に取り組むようになられたそうです。

 3回にわたって紹介させていただきました。自分自身をどう育てていくのかを、幅広い視点・視野から示唆してくれる本だと思います。

 今日も、よい日となりますように。

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2018年9月27日 (木)

『あなたは欠けた月ではない』  2

美しき失敗

 ポーランド人の若手ピアニスト、ピョートル・アンデルシェフスキさんがあるインタビューに答えてこんなことを語っておられたそうです。

 最近関心のある音楽について

 「シューマンに目下、集中しており、作品を自分なりに発見している」

「ある意味で、シューマンは失敗したのです。しかし、なんという美しいやり方でしくじったことでしょう!」

 美しいやり方でしくじる・・・強烈なインパクトのある言葉だった。

 ・・・・・・

「いまの時代は効率的なことだけが優先され、どれだけ短い時間で、また少ない時間でうまく成功するかが、大切なことと思われています。でも、僕は違うと思う。これからの時代に必要なのは、そういう効率主義的な発想ではなく、むしろ信念を持って愚直に挑戦し続ける、そのことのほうに価値があると思うんです。」

 成功するために醜く生きるより、美しく生きて失敗してもいい。

 美しくとは、自らを信じ、あきらめずに果敢に挑戦し、常にその過程にいることだろう。結果ではなく、過程に意味を見出して生きることができたら、わたしたちはもっとずっと充足し、豊かでいられるはずだ。

  ◇   □   ○   ※  ☆

 シューマンはショパンと同年生まれで多くの名曲を残したが、生きている間にはショパンほどの知名度と人気は得られませんでした。

 けれど、あの名ピアニスト、ホロヴィッツはシューマンの「トロイメライ」を好んで演奏し、アンコール曲は、この曲と決めていたようなところがあります。 奇跡のように美しい曲だと、私も思います。

 ピョートル・アンデルシェフスキさんの演奏を聴いてみたくなりました。

 2008年に、カーネギーホールでのリサイタルをして、大成功だったそうです。

 芸術の秋、今日も、よい日となりますように。

 

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2018年9月26日 (水)

『あなたは欠けた月ではない』

0011『あなたは欠けた月ではない』

光野 桃 (みつの もも) 著

文化出版局 2011年11月20日 

第1刷 発行

 この本のタイトルに惹かれて図書館で借りてきました。

 結びのことばは、タイトルを見たときの予感を裏打ちしてくれていました。

 ◇   □   ○  ※  ☆

 月は満ち欠けをするから月。欠けているばかりではなく、満ちているだけでもない。満ち欠けは呼吸であり、すべての生きとし生けるもののリズムである。

 あなたは欠けた月ではなく、月そのもの。光に照らされていないときでも、その半身は必ずそこにあり、次の満月の用意をしている。

  秋の夜、澄み切った空を眺めてごらんなさい。思いもかけないほどまばゆい光を湛えた月が静かに、ゆったりと揺るぎなく、そこにある。それは、あなた自身。  その美しさをこそ、あなたは生ききらなければならない。

     ◇   □   ○  ※  ☆

  あと2回、この本の印象に残ったところを紹介させていただきます。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年9月25日 (火)

宮城谷昌光さんの小説観 2

 さて、今日こそ、このタイトルに沿って真面目に書かせていただきます。

 『管仲』下巻のあとがきで、宮城谷さんはこう書かれています。少し他のところで書かれていることと組み合わせて紹介させてください。

  ◇    □    ○   ※  ☆

 管仲は、貴族の時代にはじめて民衆のための政治をおこなった。小説の世界の中で活躍させたいという願いをいだいた。ところが小説として書こうとしても、書けない人であった。管仲の人生の特徴は、つねに宥す人が近くにいたということである。 ※宥す 宥恕‥①寛大な心でゆるすこと。ゆるしてとがめないこと。ゆるし。

 人が人を宥すというのは、たしかに美しい行為ではあるが、至難の行為でもある。それを見事に行った鮑叔を友とし、桓公を主人とした。

 ・・・ 正確にいうと、小説は物語ではない。整理と省約を経た過去形を主な文体とするものではない。なぜ、ということに挑まなければならない。そのなぜが、主題であると同時に、問いと答えを構造化させて、はじめて小説といえるのである。

 ・・・私は十年以上、二十年以上も、斉にいるはずの鮑叔と遠く離れたところに生まれた管仲とのめぐりあいがどこだったかという難問を解こうとして、解けなかった。・・・管仲を書きます、といってからその難問を解決していないことに気づき、暗然とした。・・・もう書きはじめないと第一回分がまにあわない、という日が迫ってきたときに、ふしぎなことに、一つの光景が燦然とみえた。

 ー なるほど、そのようにふたりは遭ったのか。天佑とは、こういうものであろう。冒頭をみせてくれたのである。私は感動し、書きはじめたときに、これでこの小説は終わったも同然だ、とおもった。

 小説とは、最初がみえると最後もみえるものであるが、最後がみえてもかならずしも最初がみえるとはかぎらない。冒頭は小説全体の生命力の象徴といってよい。管仲と鮑叔がもつ陰陽は、桓公の出現で、反転する。その歴史的明暗を小説にとりいれたつもりである。 ・・・・

   ◇    □    ○   ※  ☆

  長くなりました。 お許しください。

  宮城谷昌光さんの著書では、心が震えることばに度々出会います。

  「正しいことが必ず力をもつ。これを文化という」も、その一つです。

 他の作家ですと、ポルノチックになるかもしれない場面で、「肉体を通して魂をかき抱く」 とひとこと で表現されているところがありました。 品格が伝わってまいりました。

 この宮城谷昌光さんが、たとえばノーベル文学賞の受賞者となられても、私は驚きません。宮城館昌光さんの筆によって描かれた数多くの人物たちも慶賀の拍手を送ることと思います。

  読書の秋 ・・・ あなたの傾倒なさっている作家がありましたら、お教えいただければ、嬉しいです。

  よい日となりますように。

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2018年9月24日 (月)

宮城谷昌光さんの小説観 1

 『管仲』 下巻のあとがきで、宮城谷昌光さんは、小説についてのご自分の構えを記しておられます。

 宮城谷さんは、徳川家康についても本を出されていますが、作品が圧倒的に多いのは、中国の歴史に登場した人物たちについてのものです。 中国の歴史、地理、人物について小説を書くために宮城谷さんが蓄えられた知識、巡らせた思惟、練られた構想、費やされた時間数などを、宮城さんと同じくらい自分のものにしている人は、本家、中国にも、そうそうはおられないのではないでしょうか。

 宮城谷さんがそこまで中国の歴史、人物に精力的に向き合っておいでになった入り口は、「衛」という漢字一字の成り立ちを知って、魅せられたことにあると、別の本のあとがきに書いておられました。

 「衛」・・・ 護衛、衛士 などの熟語にある、守という意味の漢字です。このもとになった漢字・・・それは象形文字に近いのですが、 『常用字解』 白川 静 著 平凡社 から引用させていただきます。

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  左側の三番目 金文1 貴人の眠る建物を守って巡回する衛士の足・・・どちらまわりか  ごらんになれるでしょうか。

 警護の武士が、くせ者よりも先に刀を向くためには、建物を右回りにまわるときと左回りにまわるときと、どちらが建物にさやがつっかえることなく素早く抜けるか ・・・ そこまで考えてまわる方向が決まっていたことが漢字一字から分かる ・・・ そのことに感動したことから宮城谷さんの中国の歴史、その歴史に登場したたくさんの国々、そこに生きた人々を小説で描く道が始まったのだそうです。

  剣道に強い方は、右回りか、左回りかを判断できるのではないでしょうか。日本刀の場合と中国の刀とは形状が異なると思いますけれど、抜くときの基本は通ずるものがあると思います。 

  実は、左利きの私は、こういうとっさの場合には左右を混乱させてしまいますので、これ以上は自信を持ってかけません。 剣道の高位の有段者と同じ職場に勤めたとき、このことを話して、右回りか左回りのどちらが俊敏に対応出来るかを教えていただきました。

 余談ですが、新聞紙を丸めた筒で「隙あり」とその有段者の背後から打ち込んでみたいと思ったことがありました。 でも、思いとどまりました。 そんな児戯に等しいことを私にさせない風格が、その剣士には備わっていたから打ちかかれなかったのだと思います。  

 その方は、長身の美男子で、独身教師時代には、彼を女性の誘惑から守ろうというお母さん方の会が結成されたというエピソードが生まれたそうです。 真偽のほどは、勿論分かりませんけれど・・・。

 さて、ここまでに結構、長くかかりましたので、『管仲』下巻のあとがきについては、次回に記させていただきます。

  今日も、よい日となりますように。

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2018年9月23日 (日)

『管仲』 宮城谷昌光

0006『管仲』  上下

宮城谷昌光 著

角川書店

平成15年4月1日  初版発行

  驚きました。この本を読むのは、確か三度目なのですが、とても新鮮に夢中になって読めるのです。

  いったい、前にはどこに目を付けて読んでいたのだろうと思うほどです。

  以前読んだときから十年ほど経過しているからかも知れませんが、私の忘却力が増してきたということだけでなく、読み返す度に、こちらの成長、(あるいは退化?!)に合わせて、この本に登場している管仲や鮑叔という人物たちの生き方、内面が深さ、広さ

を展開して見せてくれる ということでもあるように思えました。

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 他人の評価がどうあろうと、管仲と鮑叔の交わり、友情は強まることはあっても、疑心を抱いてお互いを見ることはなかったといわれています。

 「管鮑の交わり」という言葉が生まれ、今でも強い友情で結ばれていることをさして、遣われているほどです。

 心が震えるほど感動して、引用・紹介させていただきたくなる箇所がたくさんあります。

 この本をお読みになるかどうかは、おまかせするとして、一箇所だけ、引用させていただきます。

 管仲に娘を嫁がせるときにその父親が語る場面の言葉です。

 ◇  □   ○ ※ ☆

 「そなたは南陽一美しいといわれているが、それは南陽しか照らせない光源でもある。そなたの夫の管仲どのは、いつか天下を照らす光源となろう。ゆえに、そなたは、管仲どのの内を照らせ。うぬぼれて、外を照らそうとしてはならぬ。」

 そのことばをきき終えると梁娃(娘)は涙を流した。自分がどれほど父に愛されてきたか、急にわかったのである。
            ◇  □   ○ ※ ☆

  名作は、誰が、いつ読んでも必ず感動する ということではないと思います。 大きな鐘と似ています。 軽くさすっただけでは音色を発せず、小さく叩いたら小さな音を発します。 読み手が大きく叩いたら、大きく鳴って応えます。

  物理的に、人と離れたところに、客観的に名作が存在するのでなく、ひとりひとりの読み手の中にその都度 成る  その可能性を大きく備えているのが名作たり得る作品なのではないでしょうか。

  固いことを書いてしまいました。 主人公が管仲(かんちゅう)なので、そして婚礼に関するところを引用させていただいたので、ちょっとユーモアを込めた結びにしたいと思います。

  俵万智さんの短歌 『サラダ記念日』より

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で 言ってしまっていいの

 失礼いたしました。 『管仲』上下二巻を読み通して、ちょっとハイになって書いたように思います。

 よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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2018年9月22日 (土)

「○分、青い!」

 まもなくフィナーレを迎えるNHKの朝のドラマ「半分、青い!」 ・・・ 登場人物の皆さんが、どうぞ、幸せに歩めますように。

 場所によっては史上最高気温を記録した今年の夏・・・「命に危険のある暑さ」でしたか、そんな表現も登場したので、しばらく控えていたウオーキングを再開しました。  足は丈夫になったけれど命がなくなってしまった、というのは困りますから、歩きたくてうずうずして涼しくなるのを待っていました ← やや事実と異なります。暑さを言い訳に、ゆっくりと体を休めておりました。

  さて、歩きますと、秋の夕空のさわやかなこと ・・・今日のタイトルの「○分、青い!」のところに漢字一字を入れて遊んでみました。 あなたは、どんな一文字を・・・

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 候補の予想  「多分、青い!」 「余分に青い!」

 
 ムーミンパパ 「うーん、大分 青いね」

 余談ですが、ムーミンパパの身近な女性が、こんな短歌をこのドラマの題名の発表よりも大分前に詠んでいました。

   風景の半分は空 そのことが 一日の歩み少し軽くす

※ このブログの心ある読者にお願いです。この短歌を「ムーミンパパのシルエットでみましたよ」 と ムーミンママに言わないでくださいまし。あなたを信頼してこの記事を書きましたから。

  「青」 から、サミュエル・ウルマンの「青春」という詩を連想し、ダークダックスがその詩をもとに歌っている♪「青春」の出だしを書きとめてみました。

 ♪ 青春とは 人生の一つの季節ではない。 それは心の在り方をいう。魂のみずみずしさだ

 ・・・ 人は 理想を失ったとき 若くとも 老いてゆく ・・・

 つまり、 理想を失わない限り、人は老いることがない ということですね。 

 今日も、よい日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2018年9月21日 (金)

『瞳かゞやきて』 ー 園児とすごした幸せな記録 ー

0002  私と同じキリスト教会に通っておられるかたに、32年間幼児教育にたずさわって歩まれた素敵な女性がおられます。

 年齢的には私より少し年長ですが、今もいろいろなことに活躍しておられます。前向きの情熱・若々しいエネルギーは、ワールドサッカーに出場したサッカー選手のよう ・・・ つまり、「半端じゃない」かたです。

  定年退職されたときに作成された冊子、『瞳かゞやきて』は、綴られている文章・短歌・俳句 そしてご自分でお描きになった挿絵もとても素敵です。

  引用・掲載させていただき、ご紹介にかえさせていただきます。

 

  ◇    □    ○   ※   ☆

 「先生 なにがほしい」  ー 保育園から帰る園児を引率したときのこと ー

 里奈ちゃんは5歳。いつもは自分より年下の子の手を引いてくれるのですが、この日は、 先生の手を求めてきて、先生と手をつなぎながら歩き、「ねぇ、先生。先生は今、何がほしいの」と尋ねてきたそうです。

 先生は、「そうね。 健康かな いつまでも元気でこうして皆と一緒に歩いていたい!」

 模範解答したつもりでいたら、こう返ってきたそうです。

「へー。私は『先生は若さがほしいー。』と言うのかと思っていた。 (^J^)

 そして「今日は、お母さんの誕生日なの。お母さんに欲しいものをきいたら、お母さんは、私や弟を叱ってしまった後にね、いつもお願いするんだって 『神様、私にやさしさをくださいって』

 と続け、やがて、遠くの集合場所に子どもを迎えようと待っておられるお母さんの姿が見えると、里奈ちゃんはいつ摘んだのか一輪の野の花をしっかりと握って駆けていったとのこと。

 結びに 次の短歌が置かれています。

母に似し しぐさやさしく 弟と歩道横切る 姉も幼く

   ◇    □    ○   ※   ☆

 へびみつけし 保母の悲鳴に 園児らが 手に手に棒持ち 強がり見する

 秋あかね ボール遊びを かわし飛ぶ

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 保育園、そして子育て支援センターにお勤めになられた日々 ・・・毎日がこうした宝物で一杯だったことと思われます。

 暖かい陽だまりの中に憩わせていただきました。 ありがとうございます。

 これからもお健やかでお歩みくださいますように。

  生かされて ひと日一日が 晴れ舞台 By ムーミンパパ

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2018年9月20日 (木)

母と みたらし団子

  この「母と みたらし団子」が、なぜ音楽という項目に収まるのか・・・それをこれからお話しさせていただきますね。

   ◇    □    ○  ※  ☆

  私が小学校に上がる前のこと。食事中に父が私に何か話しかけました。食べることに集中していたのか、父の言葉を聞き漏らしましたが、ともかくも、まず、と思って「はい」と返事しました。

 すると、父が「そうか。それならば、習いに行きなさい」 ・・・(?!)

 これが、私がピアノを習いに行くことになったそもそもの出だしでした。

  父は、牧師。高山教会に、中国でドイツ人の先生についてピアノを学んだかたが礼拝に来られるようになり、次男である私が将来、礼拝で讃美歌などの奏楽が出来るようになればいいな、と考え、本人に習う意志があるかどうかを確かめてみようと聞いてくれたようです。

   (余談ですが、朝市が開かれる陣屋前に、夏になると大きなテントを張って天幕伝道というキリスト教の布教活動が行われていました。父やほかの牧師さんたちは、臨時の楽隊を編成して、町を一巡して広報 ・・・ 太鼓 アコーディオン タンバリン ・・・父はどの楽器も手がけていましたが、タンバリンを肘も使って器用に打ち鳴らす姿が印象に残っています。)

  そんなきっかけで始まったピアノ教室への入門 ・・・ 長続きしそうにないとお思いになるでしょう ?  それが続いたのは、ピアノ教室への行き帰りに付き添ってくれた母と、練習の帰り道に時々食べさせてくれたみたらし団子のおかげなのです。 先月の岐阜新聞に みたらし団子の由来が掲載されていて、上記のことを改めて思い浮かべました。※ 画像をクリックすると、読みやすくなるかと思います。

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 記事には、1本5円とありますが、私がピアノ教室に通い始めた昭和27年頃は、10円で3本だったという記憶が・・・。現在は1本70円だと思います。

 母は、ふだんの練習にも付き合ってくれました。「子守歌」をつたなく練習していると、「上手に弾いていたから、寝てしまった」、とうつらうつら・・・疲れからか、演技なのか ・・・ どうも、励ますための演技だったと今では思うのですが・・・。

 小学三年生の時の担任の先生が文集にクラスの子の一口紹介を書いてくださったのですが、私の項目は、こうでした。

 「ピアノが上手で 本の虫」

 ・・・ ピアノが上手と言えるかどうかは分かりませんけれど、本を手放せない小学生であったことは確かです。 もし、あの頃、ピアノの練習の虫であったら ・・・ひょっとしたらレコードが出せるくらいの域に達していたかも知れません。 そう、思いつつ、けれど、教会のオルガニストの一人として、そして「音楽療法」というより、双方が音楽を通して活力を満たす時間を過ごすのだから「音楽両方」という呼称がいいな と楽しみながら 音楽とすごす時間を生活の一部と出来ることに喜びと感謝を覚えている72歳です。

 芸術の秋  食欲の秋 ・・・ よい日々となりますように。

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2018年9月19日 (水)

『対談 銀色のあしあと』  2

 昨日からの続きです。

 『対談 銀色のあしあと』の書名は、星野富弘さんの著書『風の旅』の次の一節から 名付けられたとのことです。

 ◇   □   ○  ※  ☆

 小さな村は、盛り上がる緑に埋ってしまいそうだ。風が銀色の足跡を残して夏の山を登っていく。この山に今年もそろそろ、八木節の軽快な笛やつづみの音がこだまする時期である。

◇   □   ○  ※  ☆

 群馬県の赤城山のふもと ・・・星野富弘美術館を訪れた方も、おられることと思います。

  1946年4月24日生まれ(三浦綾子さんは1922年4月25日生まれ)の星野富弘さん・・・星野さんは私と同い年のお生まれですね。1970年に教師としてのスタートを切ったことも同じです。ただ、皆さま、ご存じのように、その年の6月、指導中に鉄棒から転落して、頸髄を損傷され、首から下を動かすことが富弘さんは出来なくなりました。

  そこから立ち直られ、口にくわえた筆で、絵を描き、詩を書いてたくさんのかたに大きな感動を与え続けておられます。 1974年に病床で、洗礼を受けてクリスチャンに。 この本の冒頭にあります詩画「木瓜」を引用・紹介させていただきます。

  苦しみの中から詩篇の言葉を書いておられることに胸を打たれます。

  ありがとうございます。 今日も、よき歩みをと お祈りいたします。

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2018年9月18日 (火)

『対談 銀色のあしあと』 三浦綾子 星野富弘

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三浦綾子 星野富弘

いのちのことば社

1988年11月10日 第1刷

 表紙の絵は、星野富弘さんが描かれた「泰山木の花」とのこと。

 お二人の対談は、1988年5月20日に実現したそうです。

 以下、表紙の見返しのお二人の言葉、三浦綾子さんの当日献げた祈り、星野富弘さんの「あとがき」を引用・掲載させていただいて、この本のご紹介といたします。 ありがとうございます。

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2018年9月17日 (月)

映画 「シェルブールの雨傘」

0014 NHKのBSで放映されていたので、久しぶりにこの映画を観ました。

  全部の台詞にメロディが付いているミュージカルですが、特に、愛し合って兵役で召集されて列車に乗って任地に向かう恋人との別れのシーンで歌われる主題歌が、とても美しいですね。

 この映画の音楽を担当したミシェル・ルグランさんと、羽田健太郎さんが「題名のない音楽会」で二台のピアノで、この映画の主題曲を演奏した場面がありました。

 羽田健太郎さんの幸せそのものの表情を、懐かしく思い浮かべることがあります。

 そうした思いも含めて、この映画、すてきだと思います。映画冒頭の色とりどりの傘が行き交うシーンからして色彩の美しさも心に残りました。

 結びは、クリスマスの雪降るガソリンスタンドでの束の間の再会と別れ・・・この場面もすてきです。

  私の映画音楽のレパートリーの中でも、この映画の主題曲は大切な1曲となっています。

 映画を観た後、秋の長雨の午後、ピアノに向かって新たな気持ちでこの主題歌を弾いてみました。  うーん、映画って、やっぱりいいですね。

 今日も、よい日となりますように。

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2018年9月16日 (日)

ムラサキシキブ

0006 このところ、ぐっと秋めいてきましたので、普段とは違う散歩コースを歩いてみました。

 むむっ、この植物は ?   以前にも尋ねた記憶はあるのですが、返ってきた答えは 記憶にございません。 ムーミンママの答えは 「ムラサキシキブでございます。」

 聞くとよみがえる記憶 というのは、覚えていることになるのかどうか・・・

 それはともかく、雰囲気のあるたたずまい ですね。 ぴったりの命名に思えます。

 河合隼雄さんが外国の方に『源氏物語』の話をすると、「その時代に、われらの祖先は、鎧兜に身を固め、戦に明け暮れていた。 日本ではこのような優れた文学作品を女性が書いていたというのか」と、ジャパンを見る目が大きく変わるのだそうです。

 紫式部、清少納言 世界的にも希有な存在ですね。

 「遣らずの雨」という表現の意味を聞いた韓国からの研修生が、そのことを通して反日感情を克服して、日本文化を愛してくれるようになったという話も聞きました。

 うーむ、こんな感慨を抱くのも、涼しくさわやかな秋風の中に身をおいたからでしょうか。

 よき秋となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

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2018年9月15日 (土)

『木練柿(こねりがき』 あさのあつこ 著

0002『木練柿(こねりがき』 

あさのあつこ 著

光文社 

2009年10月25日 初版一刷 発行

 近 ごろ、読み始めたあさのあつこさんの時代小説・・・と思っていましたが、この本の表紙、以前に見たことがあるように思い、調べてみましたら、9年9か月前、2009年12月20日のこのブログに、この本の内容には直接触れていないのですが登場していました。

 そういうわけで、この本を読むのは二度目なのですが、前回に読んだことはほとんど忘れていて、・・・一度読んだ本を新鮮に読めるのは年齢を重ねてきたことの特権(?!)かもしれません。(^_^;

 この本は、『弥勒の月』からスタートしたシリーズで、武士から商人になった遠野屋の主人、清之介とクールで事件解決にめっぽう頭脳の冴えを示す町廻り同心の木暮信次郎、信次郎の人間性の欠如に辟易しながらも、長年の経験を生かして有能な働きで支える岡っ引きの伊佐治を軸に展開しています。

 岡っ引きの伊佐治親分は、なかなかの人情家で、窮地にありながら弱音をはかない遠野屋を見ながら、胸の中で、つぶやいています。こんなふうに。

  ◇    □    ○   ※   ☆

 遠野屋さん、あんた、間違っていますよ。黙って耐えるだけが人の生き方じゃありません。叫ぶのも、喚くのも、声を上げて泣くことだって人には入り用なんですぜ。あんたが黙って耐えている限りおしのさん(義母)も殻から出てこれねえ。あんたほどのお人が、それくれえのことになんで気がつかねんで。

 もっと、生身でいい。生の感情に振り回されていい。圧(の)し掛かってくる悲傷の前に跪(ひざまず)いたっていいではないか。跪いて、へたり込んで、頭(こうべ)を垂れて、泣き叫んで、身悶えして・・・・・・その後に人はゆっくり立ち上がるのだ。やっと立ち上がれるのだ

 言ってやりたい。けれど、伊佐治は喉元までせり上がってくる言葉をいつも飲み下してしまう。

    ◇    □    ○   ※   ☆

 こうしたところに、登場人物の口を通して、あさのあつこさんが、苦しいことに直面している人に いたわりと励ましのことばをかけているように思われました。

 人生は、いつも晴天のもと、ピクニックに出かけるようなときばかりではなく、徳川家康の述懐しているように、重い荷を背負って険しく長い坂道を登っていくようなときのほうがすっと多いのかも知れません。

 そんなときにも、視界の開けるところに足を運んで、空を見上げ、思いっきり新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでみる 心にあるやり場のない苦しみを叫んでみる  心にある重いものを思い切って吐露してみる そうすると重荷も 負いやすくなるかもしれません。 一気に重荷を雲散霧消してくれる特効薬があるといいのですけれど、大きな苦難に直面したときは、一段と強い心へと鍛え上げられるときであるかもしれません。

 早いもので、9月も半ばとなりました。どうぞ、お風邪を召したりなさいませんように。

 今日も、よい日となりますように。

明日は日曜日。キリスト教会の礼拝に、お出かけください。

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2018年9月14日 (金)

障害のある人の強さ

 岐阜新聞2018年8月31日朝刊から 「初めての給料」 ー労働は社会とのつながりー  ※ 画像をクリックしていただくと大きくなると思います。

0007 この記事の結びの「よく障害者は社会的な弱者だと言われるけれど、彼らは本当に強い人たちです。・・・私はそれまでの固定観念がことごとく崩されました」という文章が心に響きました。

 私は、大学での専攻は国語教育でしたが、特別支援教育(当時は特殊教育と呼ばれていました)で熱い講義をなさる先生がおられると耳にして、その先生の講義を受講しました。

 講義の第一声は「教育は人間を人間たらしめるものと定義するならば、特殊教育は、まさにその原点に位置するものといえます。」でした。心が震えました。

 その先生、柚木馥先生は、講義だけでなく、大学の砂場でひとりの子どもに寄り添っておられる姿も見かけましたし、特殊学級・養護学校の卒業生が働く場を作ることにも精力的に働かれました。

  ずっと後になってお目に掛かったとき、にこにこしておられ「働いてパンやクッキーを喜んで食べていただき、そのお金を貯めて、みんなでハワイ旅行をしようと歩んできたその夢が実現するんだ」と語られました。

 不肖の教え子ではありますが、本当にすばらしい師との出会いでした。

 柚木先生を海にたとえるならば、私は小さな杯をひっくり返したその底面のくぼみともいえないほど小さな器です。

 私は、教師になった最初の三年間、白川町の白川中学校で特殊学級の設立を和田三里という校長先生にご指導いただきながら進め、誕生したそのクラスの担任として歩みました。

 長男が生まれて間もない頃、教員住宅に遊びに来た教え子が、乗り物絵本を「先生のお子さんに」 とプレゼントしてくれました。 彼は新聞配達をしていて、手にしたお金の中からその絵本を贈ってくれたのです。 今から思っても、頭が下がる思いです。 彼は今、愛知県で働いていて、奥さんと会いに来てくれたこともあります。 駅で待っていた私を「あの人が先生じゃない?」と彼よりもさきに初対面の私を奥さんが見つけてくれたことも、懐かしい思い出です。

  今日も、よい日となりますように。


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2018年9月13日 (木)

他人事と 見過ごすことなく

 関根一夫牧師先生のメールマガジン「いてくれてありがとう」に先月末、こういう文章が掲載されていました。

 よく知られていることなのかも知れませんが、のんびりしている私には衝撃を受けるニュースに思えました。

  実験したことはありませんが、カエルをいきなりお湯の中に入れると、敏捷に飛び出すけれど、水の中に入れて、ゆっくりと下から温めると、徐々の変化にならされて、身の危険を感知できなくなって飛び出さないのだそうです。

  下の話を読んで、そのことを思い出しました。関根先生がお書きになっているように、正しいと思うことには「イエス」、納得がいかないことには、今、その理不尽さが他の人にだけふりかかっていることに思えても、断固として「ノー」といえる歩みを貫くことがとても大事だと考えさせられました。以下は引用です。 今日も、よい日となりますように。

   ◇   □   ○   ※  ☆

【8月の終わりに】

 8月が終わりますね。
1年は12ヶ月ですから6月が終わった時点で半分が過ぎているわけですが、私の中ではなんとなく8月が終わると一年の半分の大きな山を乗り越えたという気持ちになります。
 でも、気がつけば今年もあと4ヶ月しかないわけですから、一年の終わりがあっという間だというのは当然のことです。
 そして、プロ野球や相撲や高校野球やアジア大会などスポーツの話題で心ワクワクしている間に、政治の世界や国際社会では深刻な問題が起こっており、国内では新しい法律がどんどん作られて生活の規制が入り込んできているような気がします。

  気がつけば、報道への規制や言論への規制、道徳の押し付けや憲法無視に近い政治家たちの言動など、冷静にはいられないほどの深刻な「全体主義」の足音が聞こえてくるような気がしてなりません。
8月、毎年のことながら私は平和について考え、本を読み、映像を見てあれこれ考えました。
近代における戦争が始まる前には「国民総動員」を扇動する声や「政治に無関心な雰囲気」が蔓延しているような事態が起こされていることに気付かされました。
 マルティン・ニーメラー牧師の言葉として知られている詩を思い出しています。

 ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義ではなかったから
 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

 ちなみに丸山眞男氏は著作の中でこのように訳し直しています。

  ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。
  それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。
  それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。
  さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。 しかしそのときにはすでに手遅れであった。
丸山眞男訳、「現代における人間と政治」(1961年)

+++
「いてくれてありがとう」の心が排除される出来事について
イエスはイエス、ノーはノーとはっきり言える者でありたいと心から願っています。

   ◇   □   ○   ※   ☆

 まさに、警鐘ですね。

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2018年9月12日 (水)

車庫のこと  9月4日の後編

 ガタガタ音がしていた車庫の波トタンを台風21号がやってくる前に取り外しました。 岐阜市でもかなりの強風が吹き荒れましたので、この作業は、わたしにしては珍しく、効果的な「事前の一策」となりました。

 電動ドリルのバッテリーの充電も出来ましたので、車庫の骨組みの解体に挑戦しました。 まずは、ビフォアーの写真です。

Photo 波トタンをはずしたカーポートを上から見ると、こんなふうなのだと、改めて思いました。

 解体と申しましても、順番を考えつつ、ネジをはずしていくと一つ一つの部品は、それほど重い物ではないので大丈夫そうです。

 さて、アフターの画像です。

0003 我ながら すっきりいたしました。

  三本の柱はコンクリートに脚部が埋め込まれていますので、記念に残します。(記念というほどのものではないのですけれど)

  ムーミンママが、空洞になっている柱の頭を防水テープでくるんでくれました。

  不器用な、シルエットのムーミンパパですが、作る自信はありませんが、壊すほうならば、案外、ある程度ならば、できるのかも と、しばらく余韻に浸りました。

 長く世話になったカーポートさん、ありがとうございました。 

  考えてみますと、買い物に出かけたときなど、駐車場は屋根付きではないことがほとんどですし、岐阜市では、雪もあまり降らなくなってきていますので、なくても大丈夫かな、と思った次第です。  どうぞ「稀に見る大雪」 などということに なりませんように。

 つたない作業のことに 二回 お付き合いいただき、ありがとうございます。

 辛抱強い読者の皆さまに よい日となりますように。 いえ、辛抱強くないかたにも よい日となりますように (^J^)

【追伸】

    ー 屋根を取り去るということ ー

 この作業完了の翌朝(9月7日)、雨が降っていました。

 車の屋根には、水滴が・・・・・今までこの位置に車を置いたときには見られなかった光景です。 屋根を取り去るとは、こういうことなのだなぁ、と人生のいろいろなことと思いあわせて、しばらく感慨にふけりました。

A
B


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2018年9月11日 (火)

余韻  遠藤伸子さん シャンソンコンサート

0002 9月8日の 遠藤伸子シャンソンコンサート ~愛の詩~

 からしばらくの日が経過しました。

 でも、感動覚めやらぬ と申しましょうか。 今も、胸が熱くなります。

 歌われた曲目は、下記のプログラム プラス アンコール曲「愛の賛歌」です。

※ 画像をクリックしていただくと、大きくなって読みやすくなると思います。

 たくさんの聴衆 そして にこやかに語り 歌われる遠藤伸子さんと一堂に会して すてきなひとときを 共有させていただきました。

 上質の時間をいただくと、こんなわたくしも 何だか上質になったような気がいたします。

0004

   浦島太郎は、お土産の玉手箱を開けて一気に老け込んでしまいました。

 このシャンソンコンサートの感動の余韻をエネルギーにピアノの蓋を明けると、青春時代の熱さがよみがえってまいります。

 「青春とは 人生の特定の時期を指すのではない。 心の在り方を指す」

 芸術の秋 ・・・ どうぞ、すてきな感動の味わえる日々を 創り出してくださいますように。

 遠藤伸子さん 企画・運営に携わった皆様方 会場でお目に掛かった方々 本当に良い時をありがとうございました。

 今日も、よい日となりますように。 




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2018年9月10日 (月)

温かい血の通う行政へ さらに前進を

 乳がん治療中の妹のためにお祈りいただき、ありがとうございます。回復して、いろいろな働きを元気に展開しております。

 妹は最近のフェイスブックに下記のような文章を掲載しました。了承を得て、転載いたします。

    ◇   □   ○  ※  ☆ 

 台風21号到来の直前に 予定どおりレントゲンや血液検査など診察にいきました。
 癌手術後、自分がよたよただったという自覚はこの一年間ありませんでしたが、同じ病院の中を歩くと、ずいぶん回復して、体力がついているのに気がつきました。神様に感謝!支えて下さった方々に感謝!

  久しぶりの待合室に小さな手作りの新しい掲示物がありました。
「自動車の免許証の写真で、顔を覆わない程度の帽子やウイッグの着用が認められています。帽子は事前に申し出が必要ですが、ウイッグは申し出なくてよいそうです」という内容でした。

  素晴らしいことだと思いました。そして、手作りポスターで、この知らせを広報しようとされた方の思いやりを感じました。
私はたまたま 髪がない時期に免許の更新がありませんでしたが、免許の更新と重なり、髪がない状態で写真を撮らなくてはならないことになった方々はどんなに辛かっただろうかと思いました。免許更新をあきらめた方もあるかもしれません。
 また、ウイッグの着用、申し出をしての帽子の着用での運転免許証撮影の許可は ありがたいけれども、この手作りポスターを見るまでは、そのことを私は知りませんでした。

 こうした変更がされたのはいつからかわかりませんけれど、 私たちの社会は まだまだ 弱者の立場 細やかな眼差しを持って進化スピードをあげていかなくてはならないと 改めて思いました。

   ◇   □   ○  ※  ☆ 

 法律は、取り締まることを前提とするのでなく、人を生かすもの・人の心に温かく寄り添うものであってほしいと改めて思いました。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2018年9月 9日 (日)

ううっ プロは 厳しい

  9月4日、NHKのプレミアムカフェという番組に、漫画家声楽家の池田理代子さんがゲストとして登場しておられました。あの「ベルサイユの薔薇」の作者であり、そして47歳で音楽大学に入り、声楽を学び続けておられます。バチカンの聖堂でクリスチャンとして献歌もされたそうです。

 番組そのものは、高音の男声 ・・・カストラート・・・ ソプラニスタの声楽家 岡本知高さんがナポリを訪れてレッスンを受けたことが中心で、すばらしい内容でした。

  番組の結びに、池田理代子さんは、こんな話をされました。

  世界三大テノール歌手のひとり、ドミンゴ・プラシドに池田理代子さんが「私は歌が好きで歌っていると私は最高に幸せです」と話したら、彼は「それはとてもすばらしいことです。」そしてすぐそれに続けてこういわれたそうです。「でも、これからは、あなたの歌を聴く人を幸せにしなくっちゃね」・・・

 おお、なんと厳しい一言・・・でも、それがプロなのですね。

  わたくし、シルエットのムーミンパパは音楽のプロではありませんが、それを言い訳にしてはいけないな、と反省いたしました。 音楽で、わたくしも音楽タイムに参加してくださるかたたちの「両方」が幸せな時間を過ごすことが出来る「音楽両方」のプロになれるよう、励みたいと思います。

  日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

  今日も、よい日となりますように。

 

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2018年9月 8日 (土)

神様の創造のわざ

92 
  キリスト教会の礼拝 ・・・ クリスチャンは、その会堂を清掃し、整える当番の奉仕を、喜んで果たしています。

  9月2日には、あるお母さんクリスチャンが、このような花をたててくださいました。この日の花は、やはりクリスチャンである息子さんのお庭などからの花の集合体だそうです。一輪の姫芙蓉(底紅)は、この日にあわせてベストコンディションで咲きますように、と願っておられた一輪だそうです。とてもすてきですね。

  礼拝の中心は聖書朗読・聖書からの牧師さんのメッセージです。 そして祈り、讃美歌・・・ その礼拝を優しく見守る心のこもった花 創造主である神様は、最高のデザイナーでもあります。

  明日は日曜日。キリスト教会の礼拝においでください。 よい日となりますように。

 

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2018年9月 7日 (金)

健康 一口話

NHKテキスト『きょうの健康』2018年8月号から

 薬についての基礎知識 

   慶應義塾大学薬学部 教授 望月眞弓さん

 薬の用法・用量が決められている理由

  1.薬の効果を十分に得るため

  2.薬の副作用を少なくするため

 のむとき

 薬は、コップ一杯(200ミリリットル程度)の水、もしくはぬるま湯で飲む

 少なくて、のどや食道に薬が張り付くと、その部分の粘膜を傷めることがある。

 また、水の量が少ないと、薬の吸収率が低下し、効果を発揮しにくいことがある。

 水や、ぬるま湯以外だと薬によっては効果が減ったり、逆に効果が強く出すぎたりすることがある。

  ※ 実は教え子たちとの同窓会で、ちょっとした胃薬を飲もうとしたら、「水で飲んでください」と教え子がお店の人に頼んでおひやを取り寄せてくれたのです。 この本を読んで、教え子たちの配慮が的確だったことが裏付けされ、改めて感謝いたしました。 ありがとう(^J^)

 のむタイミング 薬の吸収と効果が現れる時間帯を考えて設定されている

 食前 食事をする20~30分以内のこと。

 食後 食後30分以内のこと。 ・・・食事を摂れないときは、ビスケット一枚程度でも食べてから がいいそうです。

 食間 食事と食事の間のこと。 食事をしてから2時間ぐらいのこと。

   ◇   □   ○  ※  ☆

  ムーミンパパは、「食間」を 食前 食間 食後 と勘違いして、食事の途中、中ほどでのもうとして、父に間違いを指摘されたことがあります。 中学生の時だったか、高校生の時だったか 懐かしい思い出です。 父は、「今まで薬に縁がなかったということだから、そのことは感謝するけれど」と笑っていました。

 今日も、よい日となりますように。

 ゼラニウムの花です。

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2018年9月 6日 (木)

さくらももこ さんと郡上

 「ちびまる子ちゃん」の作者、さくらももこさんは、「頼まれてもいないのに」郡上八幡のキャラまで考えてくださったのだそうです。岐阜新聞2018年8月29日「分水嶺」。

  画像をクリックすると、大きくなると思います。

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 樹上八幡のかたたちも、さくらももこさんの片思いに終わらせず、9月3日の岐阜新聞には、このように報じられています。

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 こうした両思いの関係が生まれているのは、すてきですね。

 さくらももこさんの実家は、八百屋さん ・・・けれど、「ちびまる子ちゃん」のお父さんはサラリーマン・・・ その訳は・・・ フアンである子どもたちは、知っているのだそうです。

  なんと、八百屋さんを漫画にすると 「店先の野菜類などをたくさん書かなくてはいけなくなるのでたいへんだから」だそうです。 フアンとさくらももこさん・・・よき絆で強く結びついているのですね。 すてきなかただったようです。

  よい日となりますように。

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2018年9月 5日 (水)

映画 「ジャイアンツ」の 結びの場面

 今も早世が惜しまれているアメリカの映画俳優ジェイムズ・ディーンの出演作は、「エデンの東」・「理由なき反抗」、そして「ジャイアンツ」でしたね。

  テレビで放送された「ジャイアンツ」・・・ 掘削していた土地から石油が吹き上がってジェイムズ・ディーンがその油にまみれるシーンが印象に残っていましたが、今回の放送では、エリザベス・テーラーとロックハドソンが語り合う結びの場面が心に残りました。

  最後の場面の日、ベネデクト一家は高級レストランではなく、気楽な食事をしようとハンバーガー店に入ります。  この家族の一員にメキシコ人のお嫁さんがいることにウエイトレスは微妙な表情を浮かべます。体格のよい主人は、名士であるベネディクトの身内らしいと分かって、注文を聞くようにウエイトレスにいいます。

  その後、入店してきた先住民家族を追い出そうとした店主と、それをとがめたビッグ・ベネデクト(ロックハドソン)とは殴り合いのケンカ ・・・ いい勝負だったのですが、ビッグは殴り倒されて、その身体の上に店に掲げてあった「当店にはお客を選ぶ権利があります」という表示札が投げつけられました。

  我が家に帰って、ソファーに横たわりながら、ビッグは「わたしは負けた。何一つ思い通りにいかない まるでくらの上からずり落ちそうな気分だ」と言います。

  ここからのビッグの妻、レイジー(エリザベス・テイラー)の言葉が心に残りました。

   ◇    □    ○   ※   ☆

   いい話を聞きたい?  理由は聞かないで。説明しづらいの。 あなたは 立派だわ。馬を乗りこなす姿がすてき。投げ縄の腕前もまぶしいくらい。 でも一番誇らしく見えたのは、あのハンバーガ店で床に倒れていた姿・・・ひっくり返って汚れた皿の山に突っ込んだとき ・・・あなたは 私の最高のヒーローだった それを目指してたでしょ? 店に入るまで、私もあなたと同じように 私たちは人生に失敗したって思っていたわ。 でもすばらしいけんかだった。 あなたは傷ついてサラダの上に倒れていたわ。でも私はこう思った。 100年の月日が流れて、ベネデクト家は真の大成功を手にしたと。

 しょげて話を聞き始めたビッグは、途中から生気の宿る目を取り戻して聞き、聞き終わって、こう言います。

 「ひとつ いいかい 私は90歳になっても 君を理解できないだろう」

 孫の表情の大写し   ディ エンド

     ◇    □    ○   ※   ☆

  ケンカで打ちのめされ、他にも意に染まないことがたくさん起こって意気消沈している夫に、上記のような言葉を掛けられる妻 ・・・ 映画としては「エデンの東」がそのテーマソングとともに有名だと思いますが、「ジャイアンツ」のフィナーレもすてきだと思いました。

 我が家に咲いた姫芙蓉・・・底紅の花です。

 いい日となりますように。

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2018年9月 4日 (火)

台風に備えて  車庫の屋根

 本物のムーミンパパはなかなか器用なようですけれど、このブログを書いているシルエットのムーミンパパは、はっきり言って、不器用です。

 犬小屋も、子どもの期待に添って作ることができませんでした。

 でも、昨日は、来たる台風に備えて、不安定になっている車庫の波トタンを取り外すことに決め、そして成功しました。 ← 生産的な仕事とは言えないかも知れませんけれど (^_^;

A 風が吹くと、バタバタとするので、努力はしていたのですが、屋根の形がいびつになってきていて、万全ではないのですね。

  雪もあまり降らなくなりましたし、雨の日の乗り降りは、降りるときには傘を上手にさし、乗り込むときにはすばやくたたむということで、車庫を解体してはどうだろうという結論に達しました。

B 作業が順調に進み、そうです。「半分、青い」です。

C  こうして、波トタン6枚を無事にはずすことができました。

  柱と屋根組みは、しっかりしているので、まず、これで、台風が来ても、ガタガタはいいません。

  電動ドライバのナットでサイズが合うネジが用いられていますので、バッテリーを充電して、台風通過後にさらに解体作業に取り組む予定です。

 屋根を上手に張ることができればいいかな、という思いもなきにしもあらずでしたが、解体作業とはいえ、作業が進むと何だか達成感が味わえます。

 思い返してみますと、電動ドライバーを使うのは、孫娘がやってくるときに階段に手すりを取り付ける作業をして以来ですね。12年ほど前でしょうか。

 バッテリーが順調に充電できますように。(時々は、充電していましたけれど)

 台風21号、被害をもたらしませんように。







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2018年9月 3日 (月)

NHKテキスト『きょうの健康』  荒木由美子さん

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  NHKテレビの『きょうの健康』2018年8月号の 「輝き、私流」に荒木由美子さんの介護生活が書かれていました。

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人気アイドルだった荒木由美子さん(タレント・歌手)は、歌手の湯原昌幸さんと23歳で結婚し、義母・吉の(よしの)さん66歳と同居生活がスタート。 当初、実の娘のようにとてもかわいがってくださったそうですが、吉のさんが68歳になられた頃から顔つきが険しくなり、ごはんの後、「ごはん、食べさせてもらっていない」と言い出したり、お金や指輪がなくなったと疑いをかけられるなど、心配な状況になられたそうです。

 71歳でアルツハイマー型認知症と診断された吉のさんは、7年後介護施設に入られ、距離感ができたことで最初のように荒木由美子さんとの関係も和らぎ、落ち着いた期間が続いたそうです。そして、ある日、とてもおだやかな表情で「ありがとう」と言われてその翌朝亡くなられたそうです。結婚以来、他の病気も併せて20年間の介護生活とのこと。

 看取った後、燃え尽き症候群のような状態になった由美子さんでしたがご主人や友人に社会に出るよう、背中を押され、44歳で社会的活動を再開。

 NHKの「福祉ネットワーク」「ハートネットTV」にレギュラー出演しながら執筆、講演をなさっているそうです。

 ◇   □    ○ ※ ☆

 実は、8月下旬に、かつて 私が28歳のときに担任した中学校の2年8組というクラスの同窓会がありました。

 受け持った時から44年が経過していますので、当時28歳だった私の年齢を二倍した56歳を越え、2年後には還暦を迎える教え子たち ・・・何だか不思議な感慨が湧いてまいります。 さて、同窓会・・・楽しくすごしたのですが、彼らの中にも、現在、親さんを介護しつつ社会で活躍している教え子、また親さんをショートステイにあずけることができたので今日は出席できて嬉しいという教え子がいました。 立派に成人しているので「教え子」と書くのは気が引けますけれど。 

 そういう教え子の44年間の、楽しいばかりではない歩みを歩んでいる上での盛り上がる同窓会 ・・・ 荒木由美子さんの歩みも尊いのですが、教え子たちの歩みもかけがえのない尊いものだと、しみじみ感じました。

 私は72歳 ・・・ かつての教え子たちに敬服しながら、カラオケを熱唱する姿などを通してもらった元気を胸に、私自身の人生に励んでまいります。

 彼らの上に そして皆さまの上に ご家族を含めてよき日々が展開しますように とお祈りいたします。

 今日も、良い日となりますように。

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2018年9月 2日 (日)

『事前の一策』より 教育先進国 フィンランドの挑戦

 2011年 平成23年10月、フィンランドに岐阜市から教育視察団が訪れました。

 フィンランドは、PISA(国際的学習到達度調査)で上位を占め、世界でも有名な教育先進国と言われています。

 私、(ムーミンパパのシルエットの執筆者)としては、その立場上!?(^J^)フィンランドの教育成果の素晴らしさをこんなふうに理解しています。

・学力上位者とそうでない者の差が小さい

・学力の男女差も小さい

・保護者の経済力による学力差が大きくない

 上記を支えている大きな要因の一つに、公立図書館の充実が挙げられています。 フィンランドを訪れた人の受ける印象として、日本でコンビニを目にする感覚以上にフィンランドではよく整備された公立図書館を目にしたように思うのだそうです。

 さて、岐阜市長としてフィンランドを訪れた細江茂光さんが3回にわたって書かれた内容を列記してみます。

   ◇   □   ○  ※  ☆

 1990年代の初め、フィンランドは失業率が20%を超えるほどの大不況に襲われた。

 そのとき、ヘイノネン教育大臣(29歳)は、「教育に投資して新たな産業を興す」ことを提唱し、大胆な教育改革を推進した。

 企業に投資しても、いずれ他国に出て行ってしまうかも知れない。しかし、人という資源に投資すれば、その人はここに留まってくれる可能性が高い。

 いまでは、ノキアという世界的に有名な携帯電話会社が育ち、IT製品の輸出割合は20%を超えている。

・1970年頃には700ページもあった国の指導要領は2000年頃には約100ページほどに簡略化された。 ・・・国の関与をできるだけ小さくし、地方自治体や学校、更にはひとりひとりの先生に大きな自由度を保障した。

  上記のように「裁量」を一つのキーワードとし、他に「自己責任」 「学歴社会から職業資格社会への転換」をキーワードとした。

        ◇   □   ○  ※  ☆

 教育視察中、子どもたちのいきいきとした目がたいへん印象的だったそうです。 細江茂光市長さん、すてきな視察をなさいましたね。

 ここからは、私、ムーミンパパの思いです。

 いつもとは申しませんが、ヤジの乱れ飛ぶ国会の光景は、小学校の児童会、中学校、高等学校の生徒会の話し合いの状況に劣ります。恥ずかしくて見るに堪えないことがあります。

 全員とは申しませんが、国会議員・官僚の倫理性、道徳性の質の低さを見ると・・・具体例を取り出すまでもなく 気落ちさせられ、憤りを感じずにはいられない事件はあふれるほどありますね・・・、そういう人たちの手を通って提唱される道徳教育を進めることに疑問を感じずにはいられません。

 つい、思いがこもって長くなりました。 穏当でない書きぶりになっているところもあると思います。 おゆるしください。 お読みいただき、ありがとうございました。

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2018年9月 1日 (土)

『事前の一策』 

0003『事前の一策』

 ー 市長の元気宅配便 ー

細江茂光 著

岐阜新聞社

2013年10月2日 発行

 岐阜市長を3期勤められたあいだに毎月2回発行される岐阜市の広報に寄稿された232編の文章の内、平成20年1月から平成25年12月までの112編をこの一冊にまとめられた本です。

  書名は、座右の銘となさっている「事前の一策は事後の百策に勝る」からつけられました。

 岐阜市の郷土のお宝・・・落語発祥の地・織田信長公が岐阜で10年間すごした足跡・日本の製薬業発祥の地・・・『日本書紀』に美濃で薬が作られていることが記述されているそうです・・・であることなど、岐阜市への誇りと愛情を持って市政を展開されたことが伝わってまいります。

  もと教員である私は、「教育立市」・「医療・健康立市」について書かれている文章に特に惹かれました。

  「市民みんなで、健康・長生き」 2009年・平成21年12月1日の「広報ぎふ」
には、こう書かれています。

 人口10万人当たりのお医者さんの数の全国平均は206人・・・岐阜市は318人、これは、名古屋市や東京23区を上回る数字です。 10万人当たりの病院数、ベッド数も同様。

 全国に1000近くある自治体病院の4分の3が赤字といわれている中、岐阜市民病院は10年以上にわたり黒字経営。

  ◇    □   ○   ※  ☆

  このほか、総務省の「家計調査年報」では平成19年~21年までの3年間の平均の「喫茶代」では、1世帯あたり1万4579円の岐阜市が堂々の第一位 二位は名古屋市の1万3420円、三位は東京23区の8085円 とのこと。  豪華なモーニングサービスは東海地方特有の文化のようですと平成23年3対15日号「喫茶日本一」で岐阜の町おこしには書かれています。

 明日は、三回連続で書かれた「教育先進国フィンランドの挑戦」について、紹介させていただきます。

  現在、岐阜市の市政は年代の若い市長に引き継がれました。住んでいて、生活していて誇りと喜びのある岐阜市へと、さらに成長していけたら、と願っています。

  今日から9月 よい日々となりますように。

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