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2018年9月19日 (水)

『対談 銀色のあしあと』  2

 昨日からの続きです。

 『対談 銀色のあしあと』の書名は、星野富弘さんの著書『風の旅』の次の一節から 名付けられたとのことです。

 ◇   □   ○  ※  ☆

 小さな村は、盛り上がる緑に埋ってしまいそうだ。風が銀色の足跡を残して夏の山を登っていく。この山に今年もそろそろ、八木節の軽快な笛やつづみの音がこだまする時期である。

◇   □   ○  ※  ☆

 群馬県の赤城山のふもと ・・・星野富弘美術館を訪れた方も、おられることと思います。

  1946年4月24日生まれ(三浦綾子さんは1922年4月25日生まれ)の星野富弘さん・・・星野さんは私と同い年のお生まれですね。1970年に教師としてのスタートを切ったことも同じです。ただ、皆さま、ご存じのように、その年の6月、指導中に鉄棒から転落して、頸髄を損傷され、首から下を動かすことが富弘さんは出来なくなりました。

  そこから立ち直られ、口にくわえた筆で、絵を描き、詩を書いてたくさんのかたに大きな感動を与え続けておられます。 1974年に病床で、洗礼を受けてクリスチャンに。 この本の冒頭にあります詩画「木瓜」を引用・紹介させていただきます。

  苦しみの中から詩篇の言葉を書いておられることに胸を打たれます。

  ありがとうございます。 今日も、よき歩みをと お祈りいたします。

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