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2019年4月 3日 (水)

「花」 滝廉太郎・武島羽衣

 1900年(明治33年)に発表されたこの歌・・・作曲した滝廉太郎は20歳、作詞の武田羽衣は28歳だったそうです。

 私は、中学三年生のとき  この「花」を習いました。メロディが微妙に異なるところを混同してしまう現象を学級全体でクリヤーできたときに、音楽の惣則先生が「奇跡が起きた!!」と喜んでくださったことを懐かしく思い出します。

 音楽訪問をさせていただくと、たいていどの会場にもこの歌のアルトを歌える方がおられてすてきな合唱になります。20歳の頃、合唱に力を入れていた滝廉太郎の熱い思いが今も脈々と受け継がれていること、考えてみると素晴らしいですね。

 岐阜市でも、これから桜が満開の時を迎えます。 さだまさしさんは桜前線が女性の足を踏み出すほどの早さで進むことに気がついて、何かに書いておられました。 うーむ、やはり詩人ですね。桜の花は女人の歩く速度でやってくるというイメージが展開いたします。

 今日も、良い日となりますように。

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コメント

そうそう今思い出しました。高山市の四つの中学合同の音楽練習会の時、講師の先生かなにかの都合で 生徒だけがとても長い時間、体育館で何の情報もないまま 待たされていたことがありました。
 あまりにも長い時間だったので、市のジュニア・リーダーだった私に「前へでてきて」なにかやろうと皆が言いました。
私はでしゃばりたくはなかったのですが その場で輪唱など開始し どんよりした空気が一転して楽しい時になりました。
盛り上がっているところへ、Y先生や惣則先生が偉い講師の先生を案内していらっしゃいました。そのことを後で「高山の生徒たちは素晴らしい」と講師の先生がべたほめされたと人づてに聞きうれしかったです。そのときは高山の先生方は(普段から生徒たちは自主性がある)との顔をしていらしたのです。(笑)急に少女のころを思い出しました。
※ ムーミンパパより
 おお、そういうことがあったのですね。 ブラボーです。 

投稿: kei | 2019年4月 3日 (水) 22時23分

懐かしい惣則先生のお名前!!!!あったかい先生でした。惣則先生に会わなかったら 私は音楽の教師にならなかったかもしれません。きっと教師や演奏家になった方でそんな方がたくさんいらっしゃることと思います。
教師の一言が大切だなと改めて心します。
「花」は国民栄誉賞のような曲ですね!
※ ムーミンパパより
 コメント、ありがとう。 今年の春は、花冷えの程度がきつく思えますね。高山市も今朝は積雪5㎝ほどだったのではないでしょうか。でも、可憐な花はたくましさも備えているところが素晴らしいですね。 惣則先生、鼓笛隊の指導なども燃えておられましたね。全校合唱で♪「おお、牧場はみどり」などを花岡先生と運動場の朝礼台の上でアコーディオンを弾きながら盛り上げてくださっていた姿を思い出します。 桜が咲いて「はーるのー うらーらーの」の声が流れると惣則先生の「奇跡が起きた!!」という声と姿が彷彿としてきます。 夏の中体連の大会が近づいてくると、先生方がチームを組んで 各運動部と激励試合をしてくださったことなどなど、熱い先生方でしたね。嬉しく思い出します。

投稿: kei | 2019年4月 3日 (水) 19時25分

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