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2019年4月21日 (日)

ある特別養護老人ホームのナースの話

0001_6  淀川キリスト教病院で働かれる工藤信夫先生が、20日にご紹介した本で書いておられるある特別養護老人ホームで中心的な存在として働いているナースの談話を引用させていただきます。

   医療スタッフとこの特養を見学された工藤先生は、ある意味、カルチャーショックを受けられました。

 そのナースの話は、こういう内容だったそうです。

     ◇   □   ○   ※   ☆

 特養という施設はご存じのように、単に老人というのではなく、心身に重い障害のある方々のための施設です。それで、私どものところに送られてくる方々は、脳外科の手術の後とか脳卒中後遺症、また全盲とか痴呆とか一般の病院や家庭で面倒見切れない人たちばかりです。

 そして初めは、夜中徘徊したり、裸になったり、失禁したり、なかなかお世話が大変ですけれどもここに1年もいると、自分で食事もし、床ずれも良くなって、だいたいみなさん車いすで動き始めるのです。・・・お薬も入所の当初は五種類、十種類と山盛りですが、半年もすると、ほとんどなくてすむようになるのです。

 

 五十名の入所者のお世話に当たるスタッフで、資格を持っているのは二人だけで、あとはナースエイドや事務の人たちという、いわば素人だけのスタートでした。

 初めはみな医学知識がないものですから、夜、騒ぐ人がいても、すぐ拘束とか隔離とか考えずに、ずっとそのお年寄りのそばに付き添ってお世話をし、特別危ないことがなければ見守ることにしていました。

 そうしているうちに、段々お年寄りが、私たちスタッフは何も悪さをしない人だとわかってきたのか、警戒心を緩め、落ち着いてきたのです。

 また、食事も初めはひとりひとりのベッドサイドで介助していたのですが、みんなで食べたら楽しいのではないかと考えて、食堂で懐メロを聞きながら食べさせたり、天気の良い日は、みなでピクニックをしたりしました。そうしているうちに、お年寄りの中から、お互いに助け合ったり世話をし合ったりする人が出てきて、中にはご飯の盛りつけを専属にする人、ボタン付けを一手に引き受ける人、マッサージのできる人なども出てきて・・・結果的には私たちのすることが少なくなっていきました・・・

 二年前、お年寄りたちの息子や孫のような年齢の看護師さんたちがここで働くようになってからは女所帯だけでやっていたときにはあまりなかったこと・・・女の人が身だしなみを整えたり、お化粧をしたり、中にはクリスマスのプレゼントにとセーターを作ったりする人が出て、・・・全体に活気が出てきました・

          ◇    □    ○   ※    ☆

 医師である工藤信夫先生は、上記の話を聞き、実際に施設内の様子を、見て回って〝いったいこれはなんということだろうか〟という驚きに捕らわれた、と書いておられます。聖書 第二コリント人への手紙十二章の「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」という言葉を思い浮かべられたようです。

 今日も、良い日となりますように。

 今日、21日は日曜日。 キリスト教会ではイースター ・・・ 復活祭 の礼拝が献げられます。どうぞ、。お出かけください

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