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2019年7月19日 (金)

誰がために鐘は鳴る  ジョン・ダンの詩

 映画「誰がために鐘は鳴る」の冒頭にこの詩がスクリーンに映し出されます。

なんぴとも一島嶼(いっとうしょ 孤島の意味)にてはあらず、
なんぴともみずからにして全きはなし、
人はみな 大陸 (くが) の 一塊 (ひとくれ) 、
本土のひとひら
そのひとひらの 土塊( つちくれ) を、波のきたりて洗いゆけば、
洗われしだけ欧州の土の失せるは、さながらに岬の失せるなり、
汝が友どちや 汝 なれ みずからの 荘園 (その) の失せるなり、
なんぴとのみまかりゆくもこれに似て、
みずからを 殺 (そ) ぐにひとし、
そはわれもまた人類の一部なれば、
ゆえに問うなかれ、
誰がために鐘は鳴るやと、
そは汝がために鳴るなれば
(ジョン・ダン)

 映画のフィナーレに、教会の鐘が鳴り響きます。 弔いの鐘です。

  少し飛躍しますが、谷間に教会の鐘が響くことを歌っている外国の歌があります。その村の一人ひとりの人生に三回、教会の鐘が鳴るのです。

 1度目は、誕生の時。 2回目は結婚式の日に。 3回目は弔いの日に。

 ◇   □   ○  ※   ☆

 さて、上記のことを書いてきたのは、今の社会に、 一人一人は大陸を形成している存在であって、孤島ではないのだという意識がとても薄れてきている・・・それも、そのことを感じないほどに急速に進んでいるのではないかと危惧するからです。

 友人やいろいろな方との人間関係が、以前よりひ弱になってきていること、お感じになったことはないでしょうか。プライバシーの尊重 個人情報の保護 という考え方のもとに それは急速に広がっているように思います。

 電話帳に電話番号を載せない人 電話は留守電にしておき、相手を確かめることができるまで出ないようにする 連絡網を作ることに必要以上に反対する風潮が強くなってきました。 登下校の際に 知っている人以外とは口を利かないこと あいさつの声をかけた人を不信感の目で見る なまじの親切心で何かをしてあげようとすると不審者扱いされる・・・

 考えすぎでしょうか。それならばよいのですけれど。

 時々、引用紹介させていただく関根一夫牧師のメールマガジン「いてくれてありがとう」から、7月16日、7月18日の記事を並列させていただきます。 長くなりますけれど、この一回の記事に収めたいと思いました。

 ◇    □    ○   ※   ☆

【当事者意識を持っているか】 7月16日 関根一夫牧師 メールマガジン 「いてくれてありがとう」より

人の悩みを聞き、その人の立場を理解し、法律や文化による壁を知り、どこかに希望はないものかと探し歩き、
声にし、仲間を見つけ、協力者を得る努力は、実に大切な役割だと思います。
私は、以前、フィリピンの方々のビザの問題や技能実習生という名前で日本にやってきた方々の就労についての深刻な状況を知り、何人かの方々と一緒に入国管理局に出かけたり、労働基準局に行ったり、それらの方々が住んでいる市の福祉課を訪ねたりしました。結果は必ずしも満足できるものばかりではありませんでしたが、言葉にできない、相談できない悩みを抱えて人から逃れるような気持ちで生きている人たちがたくさん存在していることに驚き、またそういう出来事に関する日本人の無関心さと心の温かさを両方感じ、当事者意識の低さを感じました。
つまり、「ひとごと」であることには無関心、しかし情報がきちんと届けば同情をしないわけではないのです。

これは困っている人に関することばかりでなく、社会一般、法律や政治一般に関しても同じかもしれません。
かくいう私もまったく人のことなど言える立場ではありません。
でも、それは危険だなぁと最近思います。
こんな詩を以前紹介したことがありましたが、今回また上げておきます。
いろいろな場面での「当事者」意識を育てたいものだと思います。いてくれてありがとうの心を添えながら・・・。

 ++++
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、
私は声を上げなかった。
私は共産主義者ではなかったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、
私は声を上げなかった。
私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、
私は声を上げなかった。
私は労働組合員ではなかったから。
彼らがユダヤ人を連れて行ったとき、
私は声を上げなかった。
私はユダヤ人などではなかったから。
そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

マルティン・ニーメラー

+++++++++++

 ◇    ○    ※   ☆

 順番から申しますと マルティン・ニーメラーの詩を見て ジョン・ダンの詩と 並べてみよう 考えました。

  そこまでしたとき、7月18日の「いてくれてありがとう」が配信され、その記事が 人と人の心のつながりを見事に表現なさっているのではないかと 明るい気持ちになりました。

 希望を持ち続けて歩みたいと思います。 関根一夫先生、ありがとうございます。

   ◇   □   ○  ※  ☆

【小学3年生からの いてくれてありがとう】 7月18日 関根一夫牧師 メールマガジン 「いてくれてありがとう」から。

 昨日は都内のある区立小学校で、その学校の三年生全体180人が集まる音楽の時間にお招きをいただきました。
そこで音楽を指導している友人の小浜まりさんが子どもたちに、私と岩渕まことさんで作った「リジョイス」と「ぶどうの木」を教え、それが子どもたちに大人気になったので作詞者に是非来て聴いてほしいということだったのです。

 小浜さんが学校と交渉し、作詞家として音楽の授業に招かれたわけです。
公立の小学校ということで、ちょっとだけ歌詞を変えて紹介したのですが、子どもたちが本当に嬉しそうに歌っていました。この歌を作った人が一緒にウクレレを弾きながら歌っているということに子どもたちはなんとも言えない幸福感を味わっているように見えました。

 45分間、子どもたちは歌い続けました。
私はウクレレを持っていって子どもたちの歌に伴奏しました。
授業が終わる時間が近づいた時、男の子が立ち上がり
「今日、来てくれたカズオ先生のために歌を贈りたいと思います。贈る歌は「いてくれてありがとう」です。」
この歌をみんなで一緒に歌ってくれました。
しかも、180人が体育館いっぱいに広がり、手を繋いで輪になって・・・。
「嬉しいなぁ」本当に感動しました。
180人全員が、私に「カズオ先生が作った歌、楽しんでますよ」と伝えてくれているような時間でした。

 本当に嬉しそうに、大きな声で歌い上げている子どもたちを見ながら、こういう心を失って欲しくないなと思いました。
そして、歌の持っている魅力や共感性、そして楽しさ、結びつける力は、決して過小評価してはいけないなと思いました。

「いてくれてありがとう」を歌い終わり、授業が終わり、子どもたちが体育館から出ていく前に私は出口のところに走り、子どもたちひとりひとりとハイタッチ!
それぞれが嬉しそうに「どうもありがとうございました」
「来てくれてありがとうございました。」
「僕もウクレレやりたいと思います」「楽しかったです」
「僕は握手がいいです」「また来てください」などなど子どもたちに声をかけてもらいました。
反応のすぐれた子どもたちでした。
この子どもたちのために歌が書けたら良いなと思いました。
嬉しそうな子どもたちに祝福があるように心から祈りました。
「いてくれてありがとう」を子どもたちにも伝えました。

+++++++++++

◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/

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※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

 

 ムーミンパパより  長くなりましたのに お読みいただいてありがとうございます。

 7月14日の礼拝の会堂を見守ってくれた花たちの写真です。一輪の花もそれぞれすてきですね。グループになると、また味わいがあるように思います。 良い日となりますように。

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