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2019年7月18日 (木)

『命をみつめて』 その2

 『命をみつめて』の「こころを読む」の章に細川宏という44歳で胃がんのためになくなったお医者さんの詩が紹介されています。細川医師は、日野原医師と共にアメリカのアトランタ市に留学し、40歳で東大の解剖学の教授になった方だとのこと。

 『詩集 病者・花』現代社1977年発行 からの引用紹介です。

 俺はもうすぐ死ぬんだぞと

 会う人ごとに言ったとしてみてごらんなさい

 当人の気持は無理からぬとしても

 返答に窮して困惑するのは

 そういうのっぴきならぬことを告げられた人達

 つまり僕の親しい周囲の人々に他ならないでしょう

 ◇   □   ○  ※  ☆

 上記の詩を挙げて、日野原医師は、患者とは英語でpatient・・・耐える人 だと語り、春が来るのを、あるいは来ないかも知れない春を毎日待って耐えているそのような人にどのように対応したらよいかと書いておられます。そういう方のこころが分かる人になるために細川医師の遺したこの詩集を読むことを勧めておられるのです。

 苦痛のはげしい時こそ

 しなやかな心を失うまい

 やわらかにしなう心である

 ふりつむ雪の重さを静かに受けとり

 軟らかく身を撓(たわ)めつつ

 春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて

 じっと苦しみに耐えてみよう

 ◇   □   ○   ※   ☆

  日野原医師は、この本のほかのところでこう書いておられます。

  私たちはなんといっても弱い人間です。誰かの支えを必要とします。私たちのからだには限界があるというそのときに私たちのからだを支えること以上に、私たちの心を支えるものがあればいい。何が私たちのこころを支えるかということは、言い換えると、私たちがどのようなベクトルをもって生きるかということではないかと思います。 ・・・なにがしか人さまのために使った時間とまわりのみなさんが差し出した時間とを比較して、他人からいただくものが多かったか、自分の方から差し上げるものが多かったか・・・いままではあまりにも私的な寿命を求めてきました。これからは私たちはもっと垂直に、深く生きることを求めて生涯を送りたいものです。・・・長さではなく、深さです。

人間とは

 ・ソクラテス   「理性をもって行動するもの」

 ・アリストテレス 「社会生活をする動物である」

 ・パスカル    「人間は考える葦である」

 ・カッシーラ   「人間とは言葉を扱う動物である」

 ・ホイジンガ-   「人間というのは、遊ぶ生き物である」

 ・日野原医師   「人間は感性をもった生き物である」

           こう述べる前に小林秀雄さんの次の言葉を引用しておられます

「人間はいくら知識があっても、学問があっても、優しい心がなければ立派な人間とは言えない。優しい心とは感じることである」

  優しい感性を育て、磨くために大切なこととして、日野原医師は、人と出会うことを挙げています。

   日野原医師の尊敬するオスラー医師は好きだった詩人テニソンの、「現在の自分は、これまで出会ったものすべての贈り物」ということばを医学生に語っていたとのこと。よい出会いを糧として成長することを大事に、と感じました。

  ◇   □   ○   ※  ☆

 長くなってしまいました。

  ムーミンパパなりに 書いてみます。

  人が生きるのは 人生という音楽を 出会った方と一緒に 奏でている ということかもしれません。

 それぞれの人が 自分の持ち味を 最高の音色で奏でることにベストを尽くし合うとき そのオーケストラは 最高のハーモニーを響かせることになる ・・・ 音楽は苦手 というかたは、一枚の名画の中のどこかに描かれている何かにご自分を例えてみてください。

 あるいは、名作と言われる映画の中の登場人物 (余談ですが、町の中を歩いている 一瞬しか登場しない人物の役を 仲代達矢さんは 黒澤明監督にダメ出しを続けられながら終日 演じさせられたことが 後日につながったそうです) 風景  部屋の中にレイアウトされた 何か ・・・ その作品の全体をお互いをたいせつにし合う優しさが 包んでいる ・・・ そんな世界を思い浮かべてみました。

 昨日と今日、105歳で2017年の今日天に召された日野原医師を偲んでみました。 10月4日生まれだった日野原医師は、その日を104と並べて「天使の日」と読んでおられたようです。 (恐れ多いことですが、私と日野原先生の共通点が一つ ・・・それは牧師の家庭の次男として生まれたことです どさくさにすみません。 音楽が好きなことも入れていただけますか)

 下記の『命をみつめて』の結びに日野原先生の医師として大切にされた生き方が凝集されているように思います。

 私は、医師としての歳月を重ねるにつれ、私の先生は患者さんだ、なんと患者さんから教えられることが多いのだろうと感じてきましたが、実際、自分が入院してみて、また今回もそれらに実感をつけ加えることができました。

 病気をもっている患者さんの語ってくれる病気の話こそ臨床医学の神髄なのに、私たち医師はその声に耳を傾けようとしないし、訴えるものを見ようともしないことが多い。ここにこそ医療者と病む人との間に大きなギャップがあることが痛感されました。

 今日も、良い日となりますように。

 

 

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