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2019年9月17日 (火)

『楽毅』(がっき) 宮城谷昌光

0003_20190916144301 『楽毅』 全4冊

宮城谷昌光 著

新潮社 1997年9月25日 発行

 何年か前に読んだのですが、図書館で借りてきて読み始めました。

 いったい、前に読んだときには どこを見ていたのだろうと思うほど、新鮮に読み進んでおります。

 こういうことを嘆いてもいいのですけれど、むしろ、喜ぶことにいたしました。 (^J^)

 宮城谷さんの著書を読んでいると、どの本にも、胸が熱くなってくるところが私には必ず何カ所かあります。

 今回は、優秀な副将を、希望を抱くことが困難な事態の中で諭す楽器の言葉です。

 ◇   □    ○   ※   ☆

 「人知れず耐えるのはつらい。が耐えるということは、もとより人にみせびらかすものではなく、孤立無援のかたちにほかならない。・・・ひとつわかることは、こころざしが高い者は、それだけ困難が多く苦悩が深いということだ。人が戦うということは、おのれと戦うということであり、勝つということは、おのれに剋つ(かつ)ということにほかならない。なんじは、おのれに負けているよ」

  ◇   □   ○ ※  ☆

 こう諭されて、副将は気付きます。

 楽毅を見ていると自分がどうしてもおよばないことがある。一言でそれを言えば、存在の重み、ということである。その人物がそこに在るということを、表現にたよらないで、むしろ表現を棄ててあらわしている。楽毅から発する無声の声が人民を治め兵を動かしている。

 第二巻の終章、故事成語の中でもよく知られている「隗(かい)より始めよ」の章に描かれている楽毅と妻のすごす夜の場面・・・出会い、絆の崇高さが伝わってくる筆致に心うたれました。

 今日も、良い日となりますように。

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