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2019年12月20日 (金)

高山市で だいく 

 「高山市で だいく」と書きますと、「高山の大工 ・・・左甚五郎か」とお思いになった方もあるかもしれません。 ピンポーンと言いたいところですけれど、実は、「高山市で第九」ということでした。

0002_20191219171501  わたしのふるさと、飛騨高山で、オーケストラ約90人。十代~八十代の県内外の合唱団員や有志約400人がほぼ一年間の練習を積み重ねて、ベートーベンの第九交響曲合唱付きを高らかに歌い上げたとの記事が12月18日の岐阜新聞に載りました。

 聴衆は1300人ほどだったそうです。

 年末に、ベートーベンの第九の演奏会をすると、オーケストラの団員や合唱団員の知人・友人・家族などが聴きに来るだろうからコンサートのチケットもたくさん出るだろう ・・・と考えた人がいて、(そのアイデアを出したのはあるヴァイオリニスト・・・黒柳徹子さんのお父さんだという説があります。

 日本で、12月に入ると第九の演奏会が、ここかしこで開催されるのは、上記のような説もありますけれど、やはり、ベートーベンが長年かけて作曲した第九が大きな魅力を備えているからに他ならないと思います。

 国境を越えて 多くの人に愛され、歌われる歓喜の歌 ・・・ 張り合い、いがみ合うよりも あの歓喜の歌を みんなで歌うほうが はるかに すばらしいことであることは間違いありません。 平和な世界 環境も含めて 美しい世界を 粘り強く 力を合わせ、声を合わせて 築き上げていく 日々でありたいと願います。

 今日も、良い日となりますように。

 ベートーベンがシラーの詩、「歓喜に寄せて」に感動したのが1792年・・・第九の作曲の完成には30年以上かかっているといわれています。

 

「歓喜に寄せて」

おお友よ、このような旋律ではない!
もっと心地よいものを歌おうではないか
もっと喜びに満ち溢れるものを
(以上3行はベートーヴェン作詞)

歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高なる者(歓喜)よ、汝の聖所に入る

汝が魔力は再び結び合わせる
(以下2行は1803年改稿)
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
(1785年初稿:
時流の刀が切り離したものを
物乞いらは君主らの兄弟となる)
汝の柔らかな翼が留まる所で

ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
自身の歓喜の声を合わせよ

そうだ、地球上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい

すべての存在は
自然の乳房から歓喜を飲み
すべての善人もすべての悪人も
自然がつけた薔薇の路をたどる

自然は口づけと葡萄の木と 
死の試練を受けた友を与えてくれた
快楽は虫けらのような者にも与えられ
智天使ケルビムは神の前に立つ

天の壮麗な配置の中を
星々が駆け巡るように楽しげに
兄弟よ、自らの道を進め
英雄が勝利を目指すように喜ばしく

抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
聖なる父が住みたもうはず

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界中の者どもよ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう

 

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