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2020年2月29日 (土)

礼拝堂に息づく花

0002_20200226093701  わたくしの通う長良キリスト教会は三箇所に会堂があります。2月23日(日)の午後、ふだんは別々の会堂に集って礼拝を献げている教会員が、一箇所に集まって、信徒総会を開きました。各務原の尾崎キリスト教会と岐阜市の長良キリスト教会の会堂に息づいていた花の写真2枚を掲載させていただきます。0004_20200226093801

 もう一つの会堂は、岐阜大学の近くのマンションの一室でしたけれど、昨年一月に岐阜市のマーサ近くに新しい教会を建てることが出来ました。岐阜グレイスチャーチという名前です。岐阜大学への留学生なども集い、国際色豊かな教会です。

 別々のところで礼拝に集いますけれど、神さまを礼拝する心は一つです。そんなことを花々を見ていて思いました。

 そうそう、シスター渡辺和子さんの著書の一つに『置かれたところで咲きなさい』という本があります。

 わたしたち、ひとりひとりも、置かれたところで精一杯咲いている花なのだと思います。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 ※よく知られていることですが、シスター渡辺和子さんのお父上は2.26事件の犠牲になった渡辺錠太郎さんです。

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2020年2月28日 (金)

関根一夫牧師のメールマガジン 「日ごとの糧」 2月25日号から

 「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉は、聖書の中でよく知られているものの大きな一つだと思います。「日ごとの糧」というタイトルも、そのこととつながっていると思います。 2月25日号を引用・紹介させていただきます。関根一夫先生、ありがとうございます。

    ◇     □      ○     ※      ☆

【日ごとの糧】(ローズンゲンによる)
2020.02.25

わたしはお前たちの上に人と家畜を増やす。彼らは子を産んで増える。
わたしはお前たちを昔のように人の住むところとし、初めのときよりも更に栄えさせる。
そのとき、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。
(エゼキエル書36章11節)

神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、
あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。
(コリントの信徒への手紙第二 9章8節)
++++++++
物質的な祝福も神様の与えてくださる祝福の大きなひとつです。しかし、基本的には大金持ちにするという
形の祝福というよりも「よいわざに満ち溢れるように」という背景があり、心の平和、心に愛の充満というか
そういう祝福を伴うものです。その祝福にあずかった人たちは神への礼拝、弱者への施し、自らの修養などに
丁寧に対応するようになっていき、祝福が心の中に深まっていくことを悟る事になります。

マハトマ・ガンジーは「人間の七つの大罪」という表現でこう指摘しました。

1.汗なしに得た財産
2.良心を忘れた快楽
3.人格が不在の知識
4.道徳心を欠いた商売
5.人間性を尊ばない科学
6.自己犠牲を伴わない信心
7.原則なき政治

「祝福」「繁栄」「大儲け」などを神からの祝福と考えようとする時、このガンジーの言葉はとても重要な
参考意見となるように感じます。
他者を不幸に陥れ、怠惰と不正を土台に得た儲けや利益は、神からの祝福とは言えないだろうと思います。

+++++++++++

◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/

   ◇    □     ○     ※      ☆

 ガンジーのことばも、示唆に富んでいますね。

 関根先生のホームページには、愛用のカメラで写された鳥の写真なども掲載されています。よろしければ、3行上のアルファベットの行列をクリックして訪れてみてください。

 今日も、良い日となりますように。

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2020年2月27日 (木)

作家 平岩弓枝さんの師匠 長谷川伸さんのこと

 『オール讀物』2019年12月号(文藝春秋社  令和元年12月1日発行)に平岩弓枝さんが、わが来し方の記 嘘か誠か の中で、師匠の長谷川伸さんについてこんなことを書いておられました。

  ◇     □    ○   ※     ☆

 明治の初めに生まれた長谷川伸さんは、幼い頃家が破産し三歳で生母と別れ、十歳で自活せざるを得なくなり、その後独学で新聞記者、作家の道を歩まれました。執筆した『瞼の母』(まぶたの母)がきっかけとなり47年ぶりに生母、兄弟と再会できたことは、大きく報道されたそうです。そのためか、昭和の初めごろ、偽物が現れたとのこと。

 偽(にせ)長谷川伸は熱海の旅館に作品を書くと称して逗留し、温泉に入り飲食はするが、幾日たっても一向に仕事する気配がないのを不審に思った宿の主人が、本物の長谷川伸さんに直接電話をかけてきて、その結果、偽者は詐称と無銭飲食がばれて警察に突き出された。

 これで、一件落着と思いきや、と書いて、平岩弓枝さんは、その続きを紹介しておられます。

 長谷川伸さんは、奥様とその旅館を訪れ、詐欺師を本物の長谷川伸と思って対応してくれた宿の主人に感謝するとともに、踏み倒された勘定を払い一泊して帰られたとのことであった。

   ◇     □     ○     ※     ☆

 うーむ ・・・ なかなかできることではないですね。 図書館からたまたま借りた本の中の、たまたま目にふれた一つの文章・・・心に残りました。

 30年程前でしょうか。長谷川伸さんが、47年ぶりにお母さんに会いに行ったときのことを語っているテープを聴いたことがあります。 そのときも、淡々と、しかし、熱い思いをきちんと語っておられる内容・声が心にしみこんでまいりました。

 インターネット上の辞書、ウイキペディアにはこの再開のときについて、下記のように記されています。引用させていただきます。ありがとうございます。

1934年(昭和9年)、たった一度だけ劇場の廊下で出会った作家の松本恵子から手紙が届く。封を開ける前に「母親の居所がわかったのだ」という啓示があったという。手紙を読み終えると「熱海に行く」と妻・七保に言い残し、ひとり家を出る。誰もいない温泉に入り、湯から出ようと立ち上がったとき突然滂沱の涙があふれ、翌日まで部屋で呆然と過ごしたのち、帰京後、母と会うことを決心。牛込にある母親の再婚先を訪ね、再会を果たす。異父弟の三谷隆正、三谷隆信(官僚)とも面談する。この再会を朝日新聞の記者がすっぱ抜き、新聞紙上を賑わせた。

 ご兄弟の一人は、宮内庁に長く勤められたかた、もう一人は神学者になられ、「愛は(感情一辺倒のものではなく、その根ざすところは)意志である」という印象に残る文章を書いておられます。

 長谷川伸さんの『瞼の母』『一本刀土俵入』など、フアンの方はたくさんおられると思います。

 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月26日 (水)

緋寒桜の二週間

0022_20200224194701  散歩コースの一つ、墓地公園にある秋縄からの緋寒桜 ・・・ 2月12日からの2週間(写真としては12日間)で、ずっと赤みが増し、量感も出てきたように思います。

 うーむ、日進月歩と申しますか、わたしも日数が経過したら、それだけ分、内容が豊かになっていたいです。

 ♪ 「春よ来い」

相馬御風作詞・弘田龍太郎作曲

 



春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒(はなお)の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている

春よ来い 早く来い
おうちの前の 桃の木の
(つぼみ)もみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている

 今日も、良い日となりますように。

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2020年2月25日 (火)

テレビ番組「2000年を生きる ー塩野七生と高校生の対話ー から

A_20200224174201  昨2月24日、テレビをつけましたら、NHKで、塩野七生(しおの ななみ)さんと高校生が対話する番組を放送していました。 途中から見たのですけれど、率直にお話しなさる塩野さんと、まっすぐに質問し、受けとめる高校生たちに感銘を受けました。

 歴史を見るとき、大切なのは、自分を白紙にして、謙虚に対すること・一番嫌いなのは自分を正しいと思い込むこと だとのことです。 うーむ、これは難しいことですよね。

名将は、リーダーとして、鷹の視点と、虫の視点の二つを持っている
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 「これは正しいということはあるのか」という問いに 「それを真剣に考えると出口が分からなくなる。ただ、わたしの世代、家庭のしつけで親がいつも口にしていたのは、みっともない真似はしないということだった。」

 などなど、謙虚な中にご自分の思いを率直に語っておられたこと、素敵だと思いました。

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 こういう大人になりたい、と思いました。高校生の中には、「イタリア語で質問してもよいですか」と許可を得て発言し、番組担当者から、「日本語で言うと?」と翻訳を求められる生徒もいました。なかなかたくましいですね。
 録画から映像をお借りしました。NHKにお礼申しあげます。
 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月24日 (月)

関市の百年公園  冒険

0007_20200223200201  関市の百年公園に、しばらく立ち入り禁止の区域がありました。先日、通れるようになっていたので、訪れてみましたら、こんな施設が見えてきました。

 近づいてみますと、なかなかの高さです。0005_20200223200401

 この一カ所だけでなく、いろいろ工夫して、子どもたちが楽しく、安全に冒険できるようになっています。

 年齢などの制限は設けられているようです。

 関心と機会がありましたら、どうぞ、お出かけください。 テニスコートからは軽やかに弾むボールの音が聞こえてきました。

 2月も、今週かぎりとなりました。

 インフルエンザ、コロナウイルス、そして花粉などなど・・・用心、予防はしながら、明るいほうへ希望の目を向けながら歩んでまいりましょう。

 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月23日 (日)

神さまを信ずる家族  兄弟姉妹

0001_20200222172601  洗礼を受けてクリスチャンになった方を、キリスト教会内では、同じ神さまを信ずる家族になったという喜びを込めて、兄弟・姉妹と呼びます。

わたしの通う教会では、毎月第二日曜日に、その月に誕生日を迎えるかたをお祝いして、「生まれる前から」という歌を歌います。手話の出来る方は手話付きで歌います。 楽譜を掲載させていただきますね。

 この歌を歌うと、家族なんだなぁと嬉しくなってきます。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 このところ、雨が降るまでの間隔が短いように思えます。 一雨ごとに春近づく・・・良い日となりますように。

 近くの山から、朝夕、カラスが群れて鳴く声がかまびすしいです。

ウグイスが啼く日が待たれます。

 一首 作りました。

ウグイスは どんなにカラスがわめこうと 清らに啼くよ ホーホケキョー

 「清らに啼くよ」のところを「忖度(そんたく)せずに」とすることも考えましたけれど、やはり美しい鳴き声をすらっと讃えようと思いました。

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2020年2月22日 (土)

おとなりさん  白玉椿と侘助

0002_20200221210401  我が家の庭に、白玉椿と侘助椿が隣り合っています。侘助のほうが先に花開きました。このところ、白玉椿が、「お待たせしました」という感じで咲いています。性格や花の様相は異なるのですけれど、何だか交流し合っているように思えてきました。上の写真が白玉椿、下が侘助・・・侘助はほんのりとピンク色のように見えます。

 隣り合って咲いている椿を見ていましたら、ストーリーはつながりがあるということではないのですけれど、アメリカのゴフスタインというかたの『おとなりさん』という絵本を思い出しました。

 お近くの図書館にあるかもしれません。 『わたしの船長さん』、『ピアノ調理師』なども、よろしかったら、どうぞ。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 

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2020年2月21日 (金)

『国家と教養』  藤原正彦 著

0001_20200220091301 『国家と教養』

藤原正彦 著

新潮新書 2018年12月20日 発行

 山岳小説の新田次郎さんの息子さんで、数学者である藤原正彦さんの著書は何冊か読ませていただきました。 小学校の国語教育について、深い洞察力に満ちていて説得力のある文章を展開してもおられます。

 今回のこの本、199ページですけれど、私は大きな衝撃を受けました。

 人類の長い歴史にわたって、多くの国の興亡にも言及しながら、ズバズバと持論を展開し、 結びの第六章 国家と教養 では、次の四つの教養を強調しておられます。

 ◇   □    ○   ※   ☆

 これからの教養には四本柱があります。まずは長い歴史をもつ文学や哲学などの「人文教養」、政治、経済、歴史、地政学などの「社会教養」、それに自然科学や統計を含めた「科学教養」。 力説したいのは、これに加えて、そういったものを書斎の死んだ知識としないため、生を吹き込むこと、すなわち情緒とか形の習得が不可欠ということです。これが四つ目の柱となります。それには我が国の誇る「大衆文化教養」が役に立ちます。旅に出ることや友達と語り合うことも大いに役立ちます。

 そして、特に、今の大学生の半数が月に1冊も本を読まないという調査結果を嘆いてチェーホフの言葉が引用されています。

 書物の新しい頁を1頁、1頁読むごとに、私はより豊かに、より強く、より高くなっていく

 この本をお読みになると、あなたも大きなショックと、そして前向きの刺激をお受けになるところがきっとあると思います。

 よろしければ、どうぞ。

 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月20日 (木)

花の存在

0002_20200219201401  日曜の朝、教会の礼拝堂に、花が活けられています。 静かにたたずんでいますが、よい香りを漂わせてくれています。

 礼拝の始まったときには花を少しすぼめていましたが、礼拝の終わったときには、元気にしゃんと開いていました。

 私たちクリスチャンの心と通ずるところがあるような・・・・

礼拝後、庭に出ましたら、水仙が樹木の下に咲いていました。この木の名前、覚えたのと同じ0005_20200219201801 回数だけ忘れてしまっています。

 

 物言わぬ花たちです。 でも、言葉以上に雄弁であるような気がいたします。

 ピアノ教室・学習塾を開いている妹が、ピアニストで作曲家であるラフマニノフの障害を映画化した「ラフマニノフ」 ← そのまんまですね! ・・・というDVDを貸してくれました。 なかなかに庭、花が美しく登場している映画です。特に活躍しているのがライラックの花でした。

 あなたの特にお好きな花は何でしょうか。

 今日も、良い日となりますように。

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2020年2月19日 (水)

子ども讃美歌 「ぱらぱら落ちる 雨よ雨よ」

 2月16日の日曜日、礼拝中に雨が降っていました。

礼拝堂の窓から、アンズの木の枝をつたう雨滴が見えました。

礼拝後、ムーミンママは、その写真を撮りました。この時期は、「一雨ごとに春近づく」と言われますね。31077

 ムーミンパパは、子ども讃美歌にある「ぱらぱら落ちる 雨よ 雨よ」の歌を思い出しました。

下のURLをクリックしてくださると、その歌をお聴きいただけるかも知れません。

https://www.youtube.com/watch?v=rS7WNoGKGuY

 

ぱらぱらおちる

ぱらぱらおちる あめよ あめよ
ぱらぱらぱらと なぜ おちる

かわいたつちを やわらかにして
きれいなはなを さかすため

こどもさんびか改訂版110

 私のふるさと、飛騨高山に雪が降る映像が2月18日のテレビで見られました。 どうぞ、暖かくして お歩みくださいますように。

今日も、良い日となりますように。

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2020年2月18日 (火)

教養 2冊の本 ・・・

 「教養を身につける」という表現がありますけれど、あるかたは、「その人から奪い去ろうとしても奪えないものが本当の教養です」とおっしゃったことがあります。 そのとき、ドキッとしたので、記憶に残っています。

 一朝一夕には得られないことと覚悟はしましたけれど、覚悟だけではどうにもなりません・・・ ごく最近、書店で1冊、そして図書館で1冊、タイトルに教養という字句のある本に出会いました。  えっ・・・読むことを 強要しないのが教養である ですとおっしゃいましたか。 ・・・ 恐れ入りました。

0001_20200217214501  まだ、自分でも、読み進んでいないのですけれど、その本の表紙だけでも 掲載させていただきます。

 藤原正彦さんは、新田次郎さんの息子さん。

茂木健一郎さんは、脳について研究しておられる方で、テレビにも登場されますね。

0006_20200217214501
 読んで、どれだけ理解できるか分かりませんけれど、表紙を眺めるだけでなく、読み進んでみますね。
えっ、いつ読むのかとお尋ねですか・・・ た、たぶん 今日よゥ・・・
 失礼いたしました。 
 今日も、良い日となりますように。  平野部にも雪が降りそうな 気象情報のようですね。 どうぞ、温かくしてお歩みください。

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2020年2月17日 (月)

『つばき』 山本一力

0003_20200214193701 『つばき』

山本一力 著

光文社 2014年7月20日 初版1刷発行

 江戸・・・ 深川の一膳飯屋 だいこんの女主人 つばき が主人公です。

 商いの根っこともいえる仕入れを初めて雇い人のおてるに任せた朝、落ち着かない様子のつばきに大工である父親、安治が言って聞かせる場面に味わいが感じられました。父親の言葉をつないで 書かせていただきます。

  ◇   □    ○   ※    ☆

 上に立つ者には、任せる度量がいるぜ 

おれの棟梁は肝のぶっとい男だからよ。おめえも知っての通り、こんなおれにも仕事場を任せてくれてるのよ 

おれが一人前の顔をしてお施主の旦那型と話ができるのも、つまりは棟梁がおれに普請場の差配を預けてくれているからだ

だがよう、、つばき。おれは大工の腕はほどほどにたつが、いまも棟梁じゃねえ。おれには棟梁になれるだけの器量がねえんだ

おれがおれがと、つい自分のノコギリやらカンナやらが仲間の前に出ちまうんだ

棟梁はおれに普請場を預けてくれている。しっかり進んでいる限りは、一切口出しをしねえ

だが任せきりにはしてねえ  人前ではおれを褒めてくれるが、しくじりを見つけたときには陰に呼び出されてよう。人目のねえところで、とことん絞られるんだ

この芸当ができてこそ、初めて棟梁だとおれは思ってる。おめえには充分に棟梁になる度量が備わってるからよう

しっかり任せてみろ。二度までは、おてるがしくじっても目くじらをたてるなと娘を戒めた。

人が使えねえことには、だいこんは大きくはならねえ。おてるに仕入れを任せる気になったのは、おめえに棟梁の器量が備わっていればこそだぜ、つばき

 安治に諭されたことで、つばきは一歩も二歩も前に進むことができた。

   ◇     □    ○    ※    ☆

 引用が長くなりました。 胸が熱くなりながら 物語を読み進んだ私でした。

 よろしければ、どうぞ。

 今日も、良い日となりますように。

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2020年2月16日 (日)

枝垂梅(しだれうめ)

0005_20200214211501   初雪が舞ったと思いましたら、20度近い気温になることもある岐阜市の最近の天候です。

 このところ、ムーミンママは、携帯カメラでボカシのある写真を撮る工夫をしています。暖冬0002_20200214205201 で、もう花開いているしだれ梅を見つけ、それをカメラに収めてきてくれました。

 二枚、掲載させていたします。

 窓からの光景が雪と氷のところもあるかと思いますけれど、どうぞ、佳い春をお迎えくださいますように。

 暖かい春は、すぐそばまで来ています。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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2020年2月15日 (土)

『松風の人』 ー 吉田松陰とその門下 ー 津本 陽

0002_20200213142301 『松風の人』 ー 吉田松陰とその門下ー

津本 陽

潮出版社 2008年1月7日 初版発行

 萩を訪れたことがあります。昔からの町並み・夏みかん・・・。大きな萩焼のお店の近くにキリシタン塚もありました。

 松下村塾の建物は小さなものでしたけれど、そこで吉田松陰に学んだ人たちの存在・活躍はとても大きな者となっています。 よく知られている伊藤博文もそのひとりですが、松下村塾の中では際だった存在ではなかったという本もあります。

 この本を読んで、吉田松蔭が清やインドのように異国から攻められ、支配下に置かれることのないようにどうしたらよいかということを真剣に考え、たとえば、東北地方は「東は満州につらなり、北はロシヤに隣している重要な地である」として、10か月間の検分・遊説を願い出て、旅費などの制約もあったため、四か月に期間は縮小されたけれど盛岡などに出向いています。

 若いときから煙管(きせる)での喫煙が身についてしまっていた若者たちが禁煙を実現するなどの場面も松蔭の記した「煙管を折るの記」にあります。 投獄されていた松蔭から囚人たちが学ぶ会が定着するなど、自らが生涯学び続ける人であったことを改めて知りました。

 元旦に「今日だけは(学問を)休もう」と兄の梅太郎が云ったとき「今日もまた、一生のうちの一日です」と兄を励まして学んだというあたり、私とは心構えがかけ離れています。 その熱心さが認められて、11歳のとき、明倫館で萩藩第13代藩主、毛利敬親(たかちか)の御前講義をしたとのこと。山鹿流の兵学を堂々と講義し、講義後、藩主は「成人いたさば、出色の人物になり、きっと国のためにおおいにはたらきをあらわしてくれるにちがいなし」と才幹を認められたそうです。

 吉田松陰の生涯はよく知られていますので、以下は、遺書『留魂録』から引用・紹介させていただきます。

 冒頭の一種

 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

 ・・・ 私は三十歳 事を成しとげることなく死ぬことは、稲穂がまだ実らないようなものであるから、惜しむべきことのようである。しかしわが身にとっては、これまた実の熟したときで、かならずしも悲しむべきことではない。なんとなれば人の寿命は定まったものではない。

 稲穂のかならず定まった四季を経るのとはちがう。十歳で死ぬ者は、その歳月の内におのずから四季がある。二十歳で死ぬ者、三十歳で死ぬ者は、おのずからそれぞれの四季がある。五十、百もまたおのずから四季がある。十歳の人生を短いというものは、夏蝉の命を霊椿(れいちん)のそれと比較するようなものである。百歳をもって長命とするのは、霊椿の命をもって夏蝉のそれと比較するようなものである。

 私は、三十歳で、すでに四季を経験した。その結実が中身のない秕(しいな)であろうと粟であろうと私の知るところではない。同志の士が私のささやかな志をあわれみ、継承してくれるならば、後に続く種子はいまだ絶えないわけだ。実った稲穂に恥じるところはない。同志の者よ、是を考えてくれ」

    ◇      □    ○     ※      ☆

 江戸時代の吉田松陰のことから、一気に現在に移らせていただきます。

 この世での人の生は長さがあります。 それを越えての遺るものは何でしょう。 

 三つを書いた人がいます。 財産を残すのが三番目、仕事を残すのが二番目、一番目は人だそうです。

 聖書には、こう記されています。

 いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番優れているのは愛です。

 第一コリント 13章13節

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2020年2月14日 (金)

『参謀力』 童門冬二

0002_20200212093001 『参謀力』ー 直江兼続(なおえ かねつぐ)の知略 ー

NHK出版 2008年10月25日 第1刷発行

まえがき から抜粋いたします。

 直江兼続は、上杉謙信と上杉景勝の二代に仕えた名軍師 ・・・ この本は直江兼続の史伝や小説ではなく、読み手は主としてビジネスマンであると想定して資料や伝説的なエピソードを再構成し、兼嗣の参謀力が少しでも現代のビジネスマンに役立てば、と願って書いた本である。

 

 私は、ビジネスマンではありませんが、こんなところが印象に残りました。

   ◇    □    ○   ※   ☆

  直江兼続は自分の立場、すなわち上杉景勝の参謀であり軍師であることを、自分では、「梅干しのようなものだ」と思っている。梅干しというのは、皮と肉は食われる。しかし一番大事な種子は硬い殻で最後まで守り抜く。軍師である以上、主人上杉景勝のために政略を行い、場合によっては敵とも妥協する。その妥協や折り合いが、梅干しにたとえれば、「皮と肉を食わせる」ということなのだ。が、自分にとって、「これだけは絶対に譲れない」という大事な種子は食わせない。死守する。兼嗣にとって死守する種子が「上杉謙信公から教えられた義なのだ」と認識していた。 直江兼続にとっての硬い殻の中の梅干しの種子がすなわち義なのである。

  ◇   □   ○  ※   ☆

 まえがきに、 組織における行動プロセスの九つの経過、参謀としての心得五つ など、が簡略に書かれていて、そういう読み手にわかりやすく書くスタンスはこの本全体に貫かれていると感じました。 徳川秀忠が信州上田城に籠もった真田一族との戦いに手を焼き、関ヶ原の決戦に間に合わなかったことは、よく知られていますが、兼続は、これを徳川の譜代の大名たちを温存し、関ヶ原の戦い以降に備えた家康の大芝居の一つだと分析するなど、その大局的な判断力には目が開かれる思いがいたしました。 実際にそういうことだったかどうかは、私などにはなんとも分かりませんけれど。

 よろしければ、どうぞ。   今日も、良い日となりますように。

 

 

 

 

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2020年2月13日 (木)

山中の白梅

30861   散歩道で、白梅を・・・ 先日つぼみだったのに、たくさん開いて待っていてくれました。

こうなると、梅にウグイス・・・初鳴きが待たれます。

なんだか、「這えば立て 立てば歩めの親心み」たいですね。

もう少し 落ち着いて、春への過程を楽しみたいものです。

 

 あ、明日はバレンタインディ ・・・ チョコレートがたくさん商われたり、女性から愛を0002_20200213084501 告白できる年に一回だけの日 ・・・ というのは どうも、日本だけのようです。

 でも、ままいいっか  微笑ましいですよね。 自分チョコ というのもウエイトが大きくなってきているらしいですね。 

 

 文脈はつながらないのですけれど、この冬、牡蠣を食べていないことに気がついて、牡蠣・豆腐・水菜・白たき・うどん・お餅などで、牡蠣鍋をいたしました。

  鍋への牡蠣の入れ時をカキ入れどきという? ・・・ピンポーン いえ、ぶぶーっ ですね。

 商売が繁盛して、帳簿への利益の「書き入れ時」というのが正解なんですね。

 せっかくの風流さが 薄れてしまいましたら すみません。

 今日も、そして明日のバレンタインディも、良い日となりますように。

 

 

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2020年2月12日 (水)

薄氷 うすらい

0020_20200211172201  おっ、今朝は冷え込んでいるな ・・・2月の満月 スノームーンと呼ぶそうです・・・の翌朝、こんな光景がありました。

バケツの薄氷を取り出して写してみました。
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   陽光が注ぐと、花弁をたたんでいた花が息づいて 元気をくれます。

 

 ウオーキングコースの一つに、沖縄からの緋寒0015_20200211182601 サクラがあるのですが、例年より芽吹くのが早いように思います。

 励まされて、1万1千歩 歩いてしまいました。

 ううっ、明日は筋肉痛かな 

 もう少し少なくても、出来るだけ波のないように少し早足で歩くのがいいのだと思います。

 春は、英語でスプリング ・・・ バネのきいたウオーキングが出来ますように。

 今日、良い日をおすごしください。

 

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2020年2月11日 (火)

生身の人間を大切に ー 文明の恩恵は受けながらも ー

 先日ご紹介した『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』 (二宮敦人著・新潮社・2016年9月15日発行)0005_20200210212201

から、印象に残ったこと・言葉をいくつか列挙させていただきます。

・あるピアノ専攻生 「音楽の世界って厳しいです。みんなライバルですし、人間関係もどろどろした部分があって。人に嘘をつかれたり、そういうこともあります・・・。でも、ピアノは絶対私を裏切らないんです。自分が頑張った分だけ、必ず応えてくれるんです。そうして聴く人を幸せに出来るし、私も幸せになれるんです。

・口笛で入学した人が居る その人が初めてで、多分、これからもいないだろう。 2014年「国際口笛大会」成人男性部門 グランドチャンピオンに。

・あるヴァイオリン専攻生  「中学の頃いじめられていた・・・死ぬ間際まで追い詰められていました。そんなとき、ヴァイオリンに集中することで乗り越えられたし・・・ヴァイオリンに集中していたら高校にも合格して、そこから藝大にも進んで・・・道が開けていったんです。だからヴァイオリンは恩人ですね。命の恩人。辛い時、ただそこにいてくれて、私が弾いたら音を出してくれる・・・優しかった、です。」

・芸術は教えられるものじゃない

・バロック楽器は今の楽器よりも生身の人間に近いんです。生きてるもの、自然に近いんです。・・・演奏するときは、生きたものを出さなきゃって思ってます。今はもう失われた音楽を。その音楽が最も輝ける形で、生きた状態で生み出したいんです。 金属や電気など、今は便利なものがたくさんある。だがあえて、人の力で風を送るオルガンで、羊の腸で作った、音を出す。人が今よりもっと、自然に近かったころの音楽。夜になれば闇。明かりといえば炎。そんな時代の、娯楽性だけではなく神秘性も持ち合わせていた音楽を、現代に蘇らせることができたなら・・・ 「それができた時、凄い感動があるんです!全てが混ざりあうんです。作曲家と演奏家が混ざりあって、聴衆と演奏家も混ざりあって。なんだか、宇宙の調和みたいな?」

・ある先生の言葉 「私たちは音楽の末端でしかない。けれど、その末端は本当に美しくなければならない」

・あるオルガン専攻生 「音楽って、生きていくうえでなくてもよいものなんです。でも、長い年月をかけて発展してきました。 やっぱりなくてはならないものなんだって思います。

  ◇    □    ○     ※     ☆

 著者 二宮さんがこの本を執筆された当時、奥様は東京藝大の現役の美術科の学生さんですので、美術関係についてもいろいろなエピソード満載の本です。 いろいろ中を専攻している学生さんたちにインタビューして書かれていますので、芸術に打ち込んでいる人たちの人生がたくさん紹介されている本になっているところが貴重に思われます。

 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月10日 (月)

山本一力さん 江戸を舞台の小説

0004_20200208094101  宇江佐真理さんが江戸の庶民の生活を描いた著作をよく読んでいたのですけれど、天に召されて新作が読めなくなったので、ほかの方の作品をいくつか読ませていただきました。

 そんな中で、山本一力さんの本が図書館にたくさん並んでいたので借りてきて2冊読みました。山本さんは1948年高知県生まれとのことで、1946年生まれの私とほぼ同年代の方です。

『べんけい飛脚』

新潮社 2014年10月20日 発行

 署名を見て、はて、弁慶は怪力でいろいろな武術に秀でていたと思っていたけれど、足も速かったのだろうか と思い、読んでみました。 この書名の意味が分かったのは、読み終わりの近くでした。

 百万石の禄高を誇る加賀藩の上屋敷は敷地が百万石を越えていたとのこと。その敷地内には多いときには4千人近くで参勤交代のときに偉容を示した加賀藩が、その行列の訓練をするための大きな広場が設けられていたとあり、驚きました。

 その広場は、たびたび大火の起きた江戸で類焼、延焼を防ぐためのスペースという役割も果たしていたそうです。

 藩主を乗せる駕籠が万一襲われたときには迅速に長距離を移動できるようにと、駕籠かきの鍛錬をする起伏のあるコースが設けられていたことも出てきて、飽きることがありません。

 筋立てもしっかりしていて、結末を楽しみにしながら読み進むことが出来ました。

 

 

0006_20200208100101 『辰巳八景』

新潮社 2005年4月20日 発行

 ムーミンパパには縁の無い世界のことですが「辰巳芸者」の説明や、三味線の糸の値段などもこの本には詳しく登場して来ます。

 辰巳とは、江戸の東南(辰巳の方角)の深川一帯を指す言葉で、舞子・芸妓が京の華なら、辰巳芸者は江戸の粋(いき)の象徴といわれたとのこと。羽織姿が特徴的だったことから「羽織芸者」とも呼ばれたそうです。

 この本は、深川で生活する人たちが主人公の短編が、書名の通り、八編収められています。

「永大寺の晩鐘」、「石場の暮雪」などが 控えめな恋心が描かれていて、心地よい読後感が残りました。

 ほかの短編も、味わいがいいのですけれど、大火や大水で登場人物が亡くなることが多いような気がして、確かに人生にはそういうはかない場面も多いとは思いますけれど、出来るだけそういうことにならない山本一力さんの本を選んで読もうと思っています。江戸時代の生活と人情が丁寧に描かれているところには惹かれますから。

 今日も、良い日となりますように。

 

 

 

 

 

 

 

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2020年2月 9日 (日)

春を呼ぶ小さな花たち

0010_20200208182801  ウオーキングの山道で、ムーミンママが写した植物たちです。

 一輪だけ咲いていたタンポポ0012_20200208182901

 これから花を見せてくれるだろうスミレ・・・群生しています。

名前は分からないけれど、暖かさを感じさせてくれる植物・・・・

 あいまいで すみません。

0011_20200208183201  さだまさしさんの文章に、桜前線の進む速度は、お母さんの足のサイズずつほど、と書いておられました。 詩的な表現ですが、計算なさって20何センチほどと説明も添えてあったように思います。 

 えっ、「私の人生の春は いつ来るのか」とお尋ねですか。 軽はずみにはお答えできませんが、♪「寒い朝」という歌に、北風の中に呼ぼうよ 春を という歌詞がありました。 私のふるさと、飛騨高山の名産に、春慶塗りというのがあります。寒い地方ほど、春の訪れを心から慶び迎えます。 どうぞ、希望をもって、春をお呼びくださいますように。 京も良い日となりますように。

日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

 「わたしの目には あなたは高価で貴い。 わたしは あなたを愛している」と、聖書の中で神さまは語りかけてくださっています。

 

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2020年2月 8日 (土)

歯の検診をおえて見上げた空に

 歯の定期検診をしていただきました。スリムな男性歯科医さん、そして明るく迎え、手際よくお仕事を進めてくださる歯科衛生士さんたち・・・近くにこの歯科医院があることを感謝しています。 けれど、やはり緊張はいたします。3か月ぶりの検診・・・きれいに磨けていますと、励ましの言葉 (これは電動歯ブラシのおかげです(^0^;)・・・ 歯科衛生士さんの丁寧な観察・お掃除が終わると、歯科医さんが交代・・・歯科衛生士さんの要を得た報告に基づいて、「軽く口を開いてください」→「この鏡を持ってください」 →「見えにくいと思いますが、この歯の奥に、このままだと虫歯に進む箇所があります」→「では、処置をします」→ 「はい、済みました。これで、大丈夫です」 → 鏡での確かめ → 「消毒しておきます。」→ 「5分間はうがいなどしないように。 お大事に」

Photo_20200207132801  予約時間10分前に入り、歯科医院の外に出たときはその38分後 ・・・ 歯科医院から一歩出ると、いつものように空を見上げたくなります。爽やかな心持ちです。すると飛行機雲が十字を描いていました。

 自分の口の中の、本人では見つけられないところにある虫歯への予兆のあるところを的確にとらえ、数分後には、その処置が終わる・・・何という幸いでしょう。

 白内障の手術をしてくださった眼科クリニックも、そんなに遠くないところにあります。

 不器用な私には考えられないほど器用で微妙な仕事、手術などを着実になしてくださるお医者さん、看護師さん、歯科衛生士さんたちがいてくださること、本当に感謝です。

 壁にネジ釘一本固定するのにも何回もネジ釘を落とし、床の上を探し回る私と、直径0.5ミリほどの眼内レンズを一回で目の中の、ここという位置に取り付けることの出来るお医者さんの技倆、専門性とは天地ほどの開きがあります。

 何と恵まれていることでしょう。 ありがとうございます。

2  ふと、青空の十字と昨日のメッセージに紹介されているイエス・キリストが投獄されたカヤパの邸宅の地下牢とがリンクしました。あるブログにその地下牢の写真がありましたので、引用掲載させていただきます。

左の写真は地下牢 右の写真はその地下牢へ囚人をつり下ろしたのではとも云われている天井の穴です。Photo_20200207140701

 青空と地下牢 ・・・ ほんとうに天と地の開きがありますね。

 小聖書と呼ばれるヨハネの福音書3章16節を、しみじみと。思い浮かべました。

 こう記されています。

  神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。 キリスト教会の礼拝におでかけください。

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2020年2月 7日 (金)

「苦難」についてのメッセージ  ー 盛岡みなみ教会のブログから ー

 昨日の関根一夫牧師の「日ごとの糧」を受けて、盛岡みなみ教会の牧師のメッセージを引用紹介させていただきます。

  今日も、良い日となりますように。

 ◇    □    ○  ※  ☆


「苦難」

 盛岡みなみ教会 主日礼拝 2020年1月5日のメッセージより

神は苦しむ人をその苦しみの中で助け出し、
抑圧の中で彼らの耳を開かれる。
神はまた、あなたを苦難の中から誘い出し、
束縛のない広いところに導かれる。
豊かな食物が備えられた、食卓での安らぎに。
あなたには悪しき者へのさばきが満ちている。
さばきと公正があなたを捕らえる。
人々が取り去られる夜を、
あえぎ求めてはならない。不法に向かわないように注意せよ。
あなたは苦しみよりも、これを選んだのだから。
見よ、神は力にすぐれておられる。
神のような教師が、だれかいるだろうか。
神のみわざを覚えて賛美せよ。
人々がほめ歌った、そのみわざを。
すべての人がこれを見、
人が遠くからこれを眺める。
見よ。神はいと高く、
私たちには知ることができない。
その年の数も測り知ることができない。

「ヨブ記36章15-26節」(抜粋)


牧師の言葉

1. 苦難の中で


 私たちはどこで神と出会うのでしょうか。自然界における素晴らしい創造のわざ、人生における素敵な出来事、讃美にあふれた礼拝などさまざま経験をしていることでしょう。今朝の箇所に目を留めると、私たちと神とは苦難においてことさら密接な関係になる、とあります。「神は苦しむ人をその苦しみの中で助け出し」(15節)とあるので、神の助けは苦しみの中ですでに始まっていると教えています。暗闇から出ると神と出会うのではなく、暗闇の中で神を体験し、しかも「助け出し」と完全な救いをもたらしてくださるのです。それは、神が苦しみの中に来てくださるからに他なりません。私たちが神に近づくよりも先に、神が私たちに近づき、自分の蒔いた種によって足が絡みつき、息苦しくもがいている人生の中へ神が近づき、あなたとともにいてくださるのです。詩篇には「あなたは私を最も深い穴に置かれました。暗い所に 深い淵に」(88:6)との預言がありますが、これは主イエスが十字架にかけられる前夜囚えられたことを指してもいます。聖地旅行で訪れたその場所(大祭司カヤパの邸宅で一晩過ごしたと記されている)は、光の届かない、冷たい石でできた穴ぐらでした。それは私たちが苦しみから這い上がれば神に出会えるのではなく、苦しみのただ中に降りてきてくださる主イエスを表す光景でもありました。


2. 苦難を理解する

 しかし、私たち人間は苦しみを素直に受け取ることができません。義人ヨブも自分の正しさを主張し、人の不幸を願うこともあったようでした(17-21節)。人間は実に短絡的に自分の人生を呪い、暴発的に他人も苦労すべきだと訴える危険性を誰もが持っています。苦しみを懲罰と受け取り自分や他者を傷つけるのか、訓練と受け止め謙虚になり他者を励ますのかでは雲泥の差があります。この両者の差はどこから来るのでしょうか?それは苦しみの大小ではなく、信仰の有無です。蝶は羽化する際、全身を震わせ大変な苦しみを経るそうです。そして姿を変え、羽ばたくようになります。ある実験でこの羽化の苦しみを除去し、手助けをしたところ、羽化した蝶は弱々しく程なくして死んでしまったそうです。私たちは、苦しみから学ぶ姿勢を持たなければなりません。人生を呪うよりも先に。他者を引きずり込むよりも先に。

3. 知性をどこに?


 なぜ、そのようなことを聖書は奨励するのでしょうか?それは苦しみが神からもたらされているものだからです。神は偉大な教師であり、並び立つ者はなく、いつでも讃美されるべきお方だからです(22-24節)。神はこの世界を創造し、秩序を保っておらえるお方です。その知恵と力とは計り知ることができません。私たちは自分の家のエネルギーを循環させる技術もありませんが、神は全世界に光や水を循環させておられます(27-30節)。雷鳴や稲妻で地を震わせ、家畜さえも神の力を学んでいます(32-33節)。ましてや私たち人間には知性があります。これは物事をよく見て、学び、考え、選択し、決定することのできる能力です。その素晴らしい知性を運命や法則の軍門に下らせてしまうのでしょうか?それとも、全知全能の神に信頼し、従わせていくのでしょうか?この世界を造られた素晴らしい神さまが、あなたの人生にも深く関わっておられます。人生における苦しみも、この方からの贈り物です。神と親しく、強い交わりを築きたいと願います。

      ◇     ◇      ◇       ◇      ◇ 

 よろしければ、盛岡みなみ教会のホームページを訪れてください。 「メッセージ」のページ、そして「三日牧師」のページなど どうぞ。 https://minamichurch.net/message/

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2020年2月 6日 (木)

苦難と希望  ー関根一夫牧師のメールマガジン「日ごとの糧」からー

 2月4日の関根一夫牧師の「日ごとの糧」を引用紹介させていただきます。ありがとうございます。

日ごとの糧】(ローズンゲンによる)
2020.02.04

苦しむ人、貧しい人は水を求めても得ず渇きに舌は干上がる。
主であるわたしが彼らに答えよう。
イスラエルの神であるわたしは彼らを見捨てない。
(イザヤ書41章17節)

また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。
渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。
(ヨハネの黙示録21章6節)
+++++++
聖書には人生における苦難の存在は否定されていません。クリスチャンになったら全てがハッピーになるということはありません。罪とか正義とかに敏感になることが多いので、前より、悩みは増えることのほうが多くなる可能性があります。
ただ、前と違うのは「神による希望がある」ということ。
見捨てられることもなく、私の渇きや苦労を知り、かならずいつの日にか報いてくださるお方がおられるということを知ることができるので、前に向かって進む力を得ることになるのです。また、そこを通過しながら「神の約束を学び、聖霊による助けを受け、忍耐を養われつつ」成長させていただくことにもなるのです。
祝福がありますように。

  ◇    □   ○   ※  ☆

 旧約聖書の中に、よく知られた「ヨブ記」があります。 信仰深いヨブがとても大きな苦難に見舞われるのです。 神様を信じて、誠実に歩んでいるのに、なぜ という問いが強く浮かんできます。 2月4日の関根牧師の「日ごとの糧」には端的に、クリスチャンになっても苦難はむしろ増すかも知れない。けれど、「神による希望」がある、と述べられていて考えさせられます。

 明日は、別の牧師の「苦難の意味」についてのメッセージを引用紹介させていただきます。

 今日も良い日となりますように。

 

 

 

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2020年2月 5日 (水)

杉山龍丸さん ・・・ インド緑化の父

 中村哲医師を悼む心は薄れていくことがありません。 そんな心に、NHKテレビ プレミアムカフェで2011年に放送された 杉山家三世代の挑戦という番組が飛び込んできました。 杉山茂丸さん ⇒ 杉山直樹さん(=夢野久作さん)⇒ そして杉山龍丸さんという三世代の歩みが紹介されました。

0006_20200204235801  この三代目、杉野龍丸さんのことを番組からメモしました。かいつまんでご紹介いたします。

 インドに干ばつの被害が続いていたとき、杉山龍丸さんは「治山治水」という独自の考えに基づいて、ひたすらインドに自腹で費用を捻出して植林を実行したのだそうです。最初は龍丸さん夫妻からスタートし、途中から賛同者が労力を提供するようになって成し遂げることができた結果、昭和38年から10年がかりでインドの国道1号線沿いに260キロにわたって植林したとのこと。選んだのはユーカリの苗・・・生長の早いユーカリの苗は1本7円・・・それが3年で15メートルの木に育ち、1本0002_20200205000001 3500円でパルプ材として売れるようになったそうです。そのユーカリの林の根が地下水の流れを素通りさせないで乾いた荒れ地を緑地へと変化させていき、その映像が紹介されました。

 そうなるまでは、100メートル掘っても水が出なかった荒れ地が、40メートル井戸を掘ると豊かに水の湧き出る土地に変わったといいます。

0004_20200205000101  龍丸さんは、更に考えました。米と麦の二毛作が出来るようにと工夫し、化学肥料に頼らないで、優秀な苗をご自分の祖父が尽力して台湾で農業が盛んになったことを背景に、当時、台湾が輸出禁止としていた「蓬莱米」の苗を20トン輸出してもらえるように働きかけ、聞き届けられたのだそうです。

 その甲斐あって、米、麦、そして野菜の三毛作が可能な土地が広がり、放牧に頼っていた荒れ地の人々が定住して農業にいそしむことが出来るようになったとのこと。

 祖父の茂丸さんの「民を親にするにあり」の心を龍丸さんご夫妻はインドの地で実現したの0008_20200205001701 だそうです。 中村哲医師がご存命でしたら、インドで龍丸さんたちが成し遂げたことをきっと成就されたことと思います。

 そんなことを感じながら、感動しつつ、この番組を見終わりました。 国として、そういう方向を継承できたら、嬉しいですね。

 今日も、良い日となりますように。

 

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2020年2月 4日 (火)

「看」という漢字

 「聞く」は 英語のhear  そして 聴くは 「listen」 と 遠い昔に教わったような・・・ 視覚の漢字では 「見る」「観る」「診る」などと並んで 「看る」などがありますね。 通っている整形外科は、昨年の左足の骨折も綺麗に治していただけましたし、ウオーターベッドという液体のうねりがマッサージしてくれる機器も気に入っています。

 ただ、「看る」という「手を目にして」体の健康状態を看るということも大事にしたくて、手もみの時間も組み込んでいる接骨院にも、この一月からお世話になることにいたしました。 毎回、必ず、院長先生の手によるマッサージ そして しばらくはサービスで足の筋肉トレーニングもしていただけることになり、「真面目に通ってこられますね」「はい。しっかりと看ていただけますので嬉しいです」というような会話をしながら週に二回、家から散歩も兼ねて徒歩で通っています。

 真面目に続いているわけがもう一つあって、この院長先生(男性)は今は弾くことが少なくなっているそうですけれど、ベート-ヴェンのピアノソナタ「熱情」などをばりばりと弾きまくっていた時代があったとのこと ・・・ そんなことが分かって、看ていただきながら音楽の話も出来るのが嬉しいところです。足に5キロほどの負荷をかけて上下する筋トレ・・・帰り道で、おっ、ちょっと足に来ているな と思うこともあります。

 「筋トレは、成果が体感できるのでハマル人が多いですよ」とのお話 ・・・「ハマルほどの勤勉さがあるかどうか自信はありませんけれど・・・」と正直にお話ししています。 さて、どうなることでしょう。

 おお、今日は立春。 皆さま、佳い春をお歩みくださいますように。

※ 昨日の記事の鶏鳴のところのURL クリックしていただいても そのページへ行けない方がおられたかと思います。昨日の途中で修整できたと思いますので、お手数ですが、再度お試しくだされば、幸いです。 今日も、つたないブログを訪れていただき、ありがとうございます。

 

 

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2020年2月 3日 (月)

ガーベラ と カモ

0009_20200202170201  2020年(令和2年)2月2日・・・「2」という数字がたくさん登場する昨日の日曜日でした。

こんな短歌を詠みました。

 三本のガーベラ息づく礼拝堂 鶏鳴聞こえ カモも羽ばたく0008_20200202170201

 「睡蓮の池のほとりに佇つ教会」という愛称のある尾崎キリスト教会の今の様子です。

 言語表現として未熟ですので、写真2枚の助けを借りました。

 池のそばをかけていく少年がいて、カモが一斉に飛び立ちました。しばらく飛ぶと、雁の群れに近い隊形になりますが、短時間で降りてきますので、空を飛ぶ群れを撮るのはなかなか難しいです。

 誰かに池の近くを走ってもらうのは、やらせになってしまい、自然ではありませんから、そういう演出はいたしませんでした (^J^)

 歌にある鶏鳴については、以前掲載いたしましたこのブログをご覧ください

http://muhmin-papa.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-a74d54.html

 よろしければ、キリスト教会を訪れてみてください。

 明日は立春 ・・・ 今日も、良い日となりますように。

 

 

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2020年2月 2日 (日)

宝石サラダ

0002_20200201200901  まだ、私たちの子どもが小さかったころ、テレビである女性ピアニストが「何かの記念日には、宝石サラダを作ります」と話されたそうです。どんなサラダかということは詳しく話されなかったそうですけれど、ムーミンママはその「宝石サラダ」を あんなんかなぁ こんなんかなぁとイメージして、作ったそうです。 そういうわけで、作る時々で構成する材料に変化はあるのですけれど、ごく最近、水曜日ごとの聖書の学びの後の持ち寄りランチに登場したのがこういう「宝石サラダ」でした。ナタデココなども入っています。

 かなり細かに素材を刻みますので、運動にもなるそうです。 お名前も思い出せないそのピアニストさま、ありがとうございます。

 よろしければ、あなたご自身のオリジナルの「宝石サラダ」をどうぞ ・・・

 今日も、良い日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

 

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2020年2月 1日 (土)

白梅

0004_20200131211201  「エマオの途(みち)」と、聖書にちなんだ名前で勝手に呼んでいる山の散歩道をぬけると、先日つぼみだった梅が咲いていました。

 少し冷たい風が吹いていましたけれど、とうとう、岐阜市はこの冬、雪が降らないで2月を迎えています。(この写真は1月31日に撮りました)

 白梅がごらんのように開花し、香りを漂わせています・・・ 私には少し遠慮がちな香りに思われましたけれど。

 

 ムーミンママは、この散歩道のことをよく分かっていて、次の一枚を撮ってくれました。0002_20200131213001

冬イチゴです。

 今日から2月 ・・・閏年ですので平年より一日多いのです。 わぁ・・・ 何だか ゆとり

を感じます。 

(いつもの2月より食費が一日余分にかかる、という考え方もあるかもしれませんけれど。)

 今日も良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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