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2020年2月27日 (木)

作家 平岩弓枝さんの師匠 長谷川伸さんのこと

 『オール讀物』2019年12月号(文藝春秋社  令和元年12月1日発行)に平岩弓枝さんが、わが来し方の記 嘘か誠か の中で、師匠の長谷川伸さんについてこんなことを書いておられました。

  ◇     □    ○   ※     ☆

 明治の初めに生まれた長谷川伸さんは、幼い頃家が破産し三歳で生母と別れ、十歳で自活せざるを得なくなり、その後独学で新聞記者、作家の道を歩まれました。執筆した『瞼の母』(まぶたの母)がきっかけとなり47年ぶりに生母、兄弟と再会できたことは、大きく報道されたそうです。そのためか、昭和の初めごろ、偽物が現れたとのこと。

 偽(にせ)長谷川伸は熱海の旅館に作品を書くと称して逗留し、温泉に入り飲食はするが、幾日たっても一向に仕事する気配がないのを不審に思った宿の主人が、本物の長谷川伸さんに直接電話をかけてきて、その結果、偽者は詐称と無銭飲食がばれて警察に突き出された。

 これで、一件落着と思いきや、と書いて、平岩弓枝さんは、その続きを紹介しておられます。

 長谷川伸さんは、奥様とその旅館を訪れ、詐欺師を本物の長谷川伸と思って対応してくれた宿の主人に感謝するとともに、踏み倒された勘定を払い一泊して帰られたとのことであった。

   ◇     □     ○     ※     ☆

 うーむ ・・・ なかなかできることではないですね。 図書館からたまたま借りた本の中の、たまたま目にふれた一つの文章・・・心に残りました。

 30年程前でしょうか。長谷川伸さんが、47年ぶりにお母さんに会いに行ったときのことを語っているテープを聴いたことがあります。 そのときも、淡々と、しかし、熱い思いをきちんと語っておられる内容・声が心にしみこんでまいりました。

 インターネット上の辞書、ウイキペディアにはこの再開のときについて、下記のように記されています。引用させていただきます。ありがとうございます。

1934年(昭和9年)、たった一度だけ劇場の廊下で出会った作家の松本恵子から手紙が届く。封を開ける前に「母親の居所がわかったのだ」という啓示があったという。手紙を読み終えると「熱海に行く」と妻・七保に言い残し、ひとり家を出る。誰もいない温泉に入り、湯から出ようと立ち上がったとき突然滂沱の涙があふれ、翌日まで部屋で呆然と過ごしたのち、帰京後、母と会うことを決心。牛込にある母親の再婚先を訪ね、再会を果たす。異父弟の三谷隆正、三谷隆信(官僚)とも面談する。この再会を朝日新聞の記者がすっぱ抜き、新聞紙上を賑わせた。

 ご兄弟の一人は、宮内庁に長く勤められたかた、もう一人は神学者になられ、「愛は(感情一辺倒のものではなく、その根ざすところは)意志である」という印象に残る文章を書いておられます。

 長谷川伸さんの『瞼の母』『一本刀土俵入』など、フアンの方はたくさんおられると思います。

 今日も、良い日となりますように。

 

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コメント

 ムーミンパパが私の婚約の時、「愛は意志である」と教えてくださり、たいへん 強烈な印象をいただきました。出典はこちらだったのですか。ありがとうございました。
 恋愛と愛と なんの分別もない文学好き娘の思春期を振り返ると もう一度 やりなおしたいなどとは決して思いませんが もっと賢かったらなとは思います(笑)
※ ムーミンパパより
 わぁ、記憶力、いいですね。本文にウイキペディアからの記事を追加で引用・紹介させていただきました。三谷隆正さんのことばですね。「愛は意志である」 元気に前を向いて成長したいと思います。 今日も、良い日となりますように。

投稿: kei | 2020年2月27日 (木) 14時41分

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