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2020年8月23日 (日)

気象情報

 気象情報は、地球の状態のデータの中から気象に関する情報をピックアップして、総合的に判断して示されるもので、そのおおもとの状況を造り出しているわけではありませんから、予測が外れることがあっても全面的な責任を気象庁や気象予報士にとってもらおうとするのは的外れだと、どなたも思っておられることでしょう。

 詳しく調べたことはありませんけれど、「天気予報」という言葉は、「気象情報」という言葉に変わってきているようです。そのほうが、大幅に外れたときに「責任者、出てこい」ということにならないから、という判断が為されたのかも知れません。

 状況は変わるかも知れませんけれど、22日、23日は久しぶりに傘マークがたくさんの地域に登場し、それ以降は予想最高気温が少し控えめな数字になるようです。 今年の酷暑も、さすがに峠を越えるということになるでしょうか。

 鹿児島に行ったとき、気象情報として桜島の噴煙がどの程度の規模で、どの地域は洗濯物を外に干しても大丈夫でしょうという予想がテレビで伝えられていました。地元の方にはなじみの情報なのですね。旅行者にとっては新鮮でした。

 先日、気象情報の中に「発雷確率」という言葉があり、私には初耳でしたので、ちょっと驚きました。多分、登山する方たちは、ずっと以前からご存じのことなのでしょうね。

 天気のことは、基本的には、人事を尽くして天命を待つ・明日は明日の風が吹く ということでよいのだと思います。

 原子力発電所の設置、運営に関しては、「想定外」という言葉を用いて責任を回避することは、疑問を感じます。設置した責任者は、設置を許可した原子力発電所の敷地内・または万一放射能漏れの事態が起きたときには被害を被る距離の地域に永住する義務を負うほどの覚悟で、設置に責任を負うべきだと思います。

 何か事件が起きたときにテレビカメラに向かって丁寧に頭を下げる場面が、やたら多く目に付く気がいたします。ほんとうにそれで、責任を果たしていることになるのでしょうか。

 酷暑が峠を越えそうと聞いて、上記のようなことを考えて見ました。 お読みいただき、ありがとうございます。

 良い日となりますように。

※ 数日前に準備したこの文章・・・ 21日・22日の岐阜市は両日とも夕方に雷鳴が轟き、夕立が期待されましたけれど、庭を潤すほどの雨は降りませんでした。 関西に住んでいる長男は両日とも土砂降りだったとのこと・・・やはり、人の思い通りにはならない天気・・・謙虚さを学ぶ機会となりました。 でも、ホットな日 ホットな心で(^J^)

 

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