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2020年10月 9日 (金)

『平和のバトン』 2020年 読書感想文コンクール 中学生向け 課題図書

 先日、このブログで取り上げた『11番目の取引』『天使のにもつ』と今日の『平和のバトン』が今年度の中学生向けの課題図書です。

0005_20201007145401 『平和のバトン』 ー広島の高校生たちが描いた8月6日の記憶ー

弓刈 匡純 (ゆかり まさずみ) 著

くもん出版 2019年6月27日 初版第1刷発行 2020年3月26日 初版第2刷発行

  この本の最初のほうに広島平和記念資料館に展示されているアルミ製の弁当箱のことが書かれています。

 1945年8月6日に投下された原子爆弾によって命を失ったたくさんの人の中の一人、折免 滋(おりめん しげる)くん 当時13歳 が お母さんがやっと見つけ出したときに遺体の下に宝物のようにしっかりと抱えていたお弁当箱です。 はしがつけられることなく中身は高熱のために炭化して黒焦げとなっていました。

 広島県生まれの母は、この折面くんのお弁当と、独身時代の母が、原爆ドームの姿になる前の産業奨励館で開かれた会議に出席したときに出されたお弁当を素材として「食べられなかった二つのお弁当」という文章を書きました。

 母の場合は、愛国子女団というような会議に女学生として出席し、当時としては豪華な折り詰め弁当が出されたのを喜んで、箸をつけずに家に持ち帰って家族と分け合おうと考えたのだそうです。食事時間の後、産業奨励館内部の見学があり、人目に付かないところにそのお弁当を大切に隠したのだそうですが、見学を終えてもどってくると・・・見当たらなかったそうです。

 帰宅して家族に話すと、「そのお弁当を喜んで食べる人が居るのだから、いいじゃないか」と慰めてくれたそうですが、それからずいぶん時間が経過しても私たちに話してくれたのですからほんとうに残念だったのだと思います。

 さて、この本にもどります。この本は被爆された方が話してくださったそのかたが見た光景を美術を学ぶ高校生たちが絵にしている『次世代と描く原爆の絵』について書かれています。

 広島市立基町(もとまち)高等学校の創造表現コースで教えている橋本一貫先生が、広島平和記念資料館から基町高校に依頼されたことを受けて始められたプロジェクトなのだそうです。その依頼というのは次の内容だったとのこと。

 「被爆体験証言者のみなさんが話される内容を、聞いてくださる方がたによりわかりやすく伝えたい。ついては、彼らが見た光景を、生徒たちの手によって絵にしてはもらえないだろうか」

 冒頭に記した折面 滋くんのように建物疎開の後片付けに動員されていた国民学校高等科と中等学校(今の中学校・高校に相当)、高等女学校の生徒たち約8387名の内、約6295名の12歳から18歳の若い命が一発の原爆によって一瞬の間に亡くなったと記されています。

 1945年の広島市の夏休みは8月10日から20日となっていたため、8月6日、市内で授業を受けていた6歳から8歳の小学生たちも、爆心地の近くの学校ではほとんど全員 亡くなったそうです。

    ◇    ◇     ◇    ◇    ◇

 10月8日の岐阜新聞に掲載されていた記事を引用・紹介させていただきます。

 ノー モア  ヒロシマ ナガサキ   心から そう願い 祈ります。 

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